近衛家18



近衛さんちの未来の婿養子は中等部に在席する身にして妖魔討伐の任を請け負っている。
それに見合う以上の実力はあるし、それなりの報酬も、本人は謙遜つつも貰っている。
魔法生徒の中でもトップクラスの・・・、某真祖お墨付きの実力もちの彼女には難易度の高い仕事が舞い込んできたりもする。
それは数日間の遠出もする任務もあるわけで。


「失礼致s『おかえりなさ〜いッ!!』ぐふッ!!」


五日ぶりに帰って来た桜咲さんちの刹那さんが君主の部屋を訪れて数秒で強烈な衝撃×2を腹部に受けて苦悶の声を上げたのは今日の朝のこと。



――――――


「これはまた凄いわね・・・」
「そうですね・・・」


呆れたような弟子の言葉に苦笑で返す刹那。
そして刹那の膝の上と背中には。


「父上〜☆」「父様〜☆」


それはもうべったりとパパにくっつく近衛さんちの双子。
喉をごろごろ鳴らしそうな勢いである。
久しぶりに会ったパパから離れようとはしないのだ。


「つーか、よく振り払わないわね。そこまでべったりだとうんざりしない?」
「振り払えると思いますか?」
「あたしだったら出来ると思う」
「無理やなぁ」
『へ?』


〜〜〜〜〜〜


「お母さま〜☆」「お母さん〜☆」
「あっついってばー、もう」
『えへ〜』
「ったくしょうがないわね・・・」


〜〜〜〜〜〜


「なーんて苦笑いしつつもそのまんまな感じやな、明日菜だと」
「ああ、そんな感じですね」
「ちょっと、夫婦して変な想像しないでよ」
「堪忍」「夫婦じゃないです」


会話の途中からやってきて、刹那の言葉に頬を膨らませるのは近衛さんちの跡取り娘。
木乃香はパパにべったりな娘たちを見て溜め息をつく。


「こーら、ちびちゃんたち、パパ疲れてるんやらかほどほどにしとき」
「いいですよ、帰りの移動中に休みましたから」
「せやけど・・・」
「それに、離れそうにないですし」


ぎゅーっと抱きつく幼子を見つつ、刹那は膝の上にいる桜香の頭をぽむぽむしつつ微笑んだ。
何だかんだで娘たちに甘い婿養子である。
本人は頑なに認めようとはしないものの、その事実は確実に揺るぎないものになっていた。


「まぁ、せっちゃんがそう言うならええんやけど」


そう呟いた木乃香が若干寂しそうに微笑んだのを、明日菜だけが見逃さなかった。
しかしそれを口にせずに、あえて軽く言う。


「無理矢理引き剥がすと泣きそうだしね」
「さすがにアレを聞きたくはありません・・・」
「朝倉たちとか聞きつけてきそうだしね・・・」
「笑えませんよ、明日菜さん」
「そしてクラスメイト数人」
「・・・・・・・・・・・・・・、そんな中を抜け出そうものなら、明日菜さん、尾行されますよ?」
「な!?」
「いいんですか?ばれても」
「・・・・・・。刹那さん、最近奥さんの性格移ってきてるわよ」
「奥さんじゃありません」


どうやら明日菜はこの後出かける予定があるらしい。
師匠と弟子のそんな会話が続く中も、娘たちはパパにべったり。
そしてそれを一瞬だけ羨ましそうに見たママがいたことは誰も知らない。


――――――


数十分後。
明日菜が出掛け、近衛家跡取り娘夫妻とその娘たちだけになった部屋。


「父上どこ行くんですか〜?」
「湯飲みを片付けにいくだけだが・・・」
「うちらも行く〜」
「あ、ああ・・・」


キッチンに行くだけなのに。


「父様どこ行くん〜?」
「ゴミ捨てるだけだって」
「わたしたちも行きます〜」
「いや、三メートルもないぞ・・・?」


ほんの十歩ほどの距離なのに。
果てはトイレにまで付いてこようとしたちびたちに閉口するしかない婿養子だった。


――――――


「父上〜☆」「父様〜☆」
「はいはい」


何だかもう色々達観した刹那は背中に張り付く双子に返事をしつつも休んでいた授業分のノートを写し、宿題を片していた。
忘れそうだが刹那とて中等部の生徒。学業を修めなければならない。
とは言うものの成績は芳しくないのはご愛嬌。
一部では護衛と妖魔討伐に全てを捧げて学業に全く重きを置いていなかったわりには赤点を免れていた刹那は、実は頭が良いのではないかと噂され

ている。
確かにその線も否定は出来ないが、今現在において成績優秀と言えない刹那にとってノートをとることは重要だった。


「・・・・えっと」
「せっちゃん、教えたろか?」
「あ、いえ、この前茶々丸さんにご教授頂いたところなので大丈夫です」
「・・・ほか」
「お気遣いありがとうございます」


木乃香の丁寧で要点を抑えたノートと、茶々丸の的確すぎる教えのお陰で何とか一人で問題を進めていく。
その姿を見て、木乃香は気付かれないように溜め息をついていた。


――――――


「父上、あ〜ん」
「いや、あのな?」
「父様、あ〜ん」
「だから・・・」
『あ〜んっ』
「あ、あー、ん・・・」


口の中で混ざるバニラとストロベリーの甘さに顔を顰めそうになるものの、それを抑えて刹那はちびたちにお礼を言った。
今日のおやつはカップアイス。
例によって例の如く、あーんを強要させられるパパ。
無論。


「あ〜ん」
「え?」
「あ〜ん」
「えっと・・・」
『あ〜ん!』
「わかったよ・・・」


強制もさせられていた。
刹那は、甘さ控えめの抹茶味もパパからもらえば極上の甘さ、と言わんばかりに満面の笑みを作るちびたちに苦笑する。


「ああ、ほら・・・双那、口元汚れてる」
「ん〜・・・・」
「桜香も」
「む〜・・・・・」


ちびたちの口を拭いてあげている姿は紛れもなく優しいパパ。
そしてママはというと。


「せっちゃん、うちにはあーんしてくれへんの?」
「お、お嬢様に出来るわけないじゃないですかっ」
「うちはしてもらいたいんやけど?」
「ご勘弁を・・・」
「むぅ・・・」


困ったように微笑む夫に不服気であった。


――――――


そんなこんなで夕方。
床に座りソファに背中を預け、今は両膝に落ち着いている双子の後ろ頭を見つつ、刹那は先ほどからずっと黙っている木乃香を気にかけていた。
おやつくらいまではよかった、しかしそれ以降木乃香はあまり口を開かない。
あーんを断ったのがいけなかったのかと思考に潜っていると、双子が刹那に振り返る。


「父上明日何処かに連れてってくれますか〜?」
「え?何処かに行きたいのか?」
「日曜日やもん〜、茶々丸お姉ちゃんとこ行きたい〜」
「ああ、じゃあ聞いてみるよ」
『やた〜〜っ』


笑顔のちびたち。
次の瞬間訪れるであろう抱きつきは、ポンッという音に変わり、目を見開く刹那の膝にひらひら舞い落ちる二枚の札。
状況を理解した刹那が視線を動かすと同時に、胸元にボスンと衝撃。
身体にしな垂れ掛かる体温。
背中に回された腕。
視界に映る背中と艶やかな黒髪。


「どう、なさいました?」
「・・・・・・・・・」


ぐりぐりと肩口に押し付けられるおでこ。
ぎゅうっと服を握る手。
安堵するような微かな吐息。


「ずるい、やんか・・・」
「何がですか?」
「ちびちゃんたちばっかり、ずるい、やん・・・」


優しく華奢な背中に腕を回し、その流れる黒髪を梳き、刹那は言葉を待つ。




「うちかて、せっちゃん、久しぶりやもん・・・・、甘えたいもん・・・・」




苦笑。
嬉しさと、幸せが混ざった、苦笑。
言葉を聞いた刹那が漏らしたのは、まさにそれ。


「お嬢様が喚んだんですよ?」
「解っとる・・・。ちびちゃんたちも、せっちゃんと会いたがっとったから、せやから・・・」
「お嬢様はお優しいですからね」
「でも、我慢できひんかったん・・・」
「そうですか」


腕の中の愛しい存在を、優しく抱き締める。
刹那の、愛しいお姫様。


「せっちゃん」
「はい」


呼び声に顔を覗きこんだ刹那の唇を掠めて、木乃香のそれは言葉を紡ぐ。


「甘えても、ええ?」


言葉に返されたのは、唇にぬくもり。


「いくらでも」


お姫様と護衛の久しぶりの逢瀬は、始まったばかり。









「・・・・・・・・・・怒られ、そうやなぁ」
「何がです?」


息継ぎの合間、漏れた言葉に問えば。


「ちびちゃんたちに、何でいきなり還したん〜、いうて」
「ああ・・・」
「そん時はせっちゃん、よろしくな」
「え゛」


いい訳を考えておくことを命じられた。
娘たちの言い包められなければ、クラスメイトに知られる確率は高く。
その危険性は、言わずもがな。

頑張れ、パパ。

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