近衛家17



その日、麻帆良学園女子寮中等部区画3−A棟の一室にてとある特集番組が見られていた。


「ゆ、ゆーなぁ、もぅ見るん止めにしよぉや・・・ッ」
「何言ってんの。面白いじゃん」
「ふぇぇ、あたしも嫌い〜・・・」
「裕奈、二人とも嫌がってるよ」
「でもにゃー、この二人は興味津々みたいだにゃー」


休日に集まった運動部四人組の視線が向かった先、そこには。


『・・・・・・』


自身の手で目隠しをしつつも、指の隙間からテレビを見てはビクつき、また隠しては覗き、ビクついてまた隠す。
そんなことを繰り返している近衛さんちの双子。


「怖いもの見たさ。それは人が持ってしまった困った本能・・・」
「何シリアスに言うてるん。ぁあー・・・・今日一人じゃ眠れへん・・・」
「あたしもだよぅ・・・」


画面に映っているのはホラー番組。
真夏にやっていたものの再放送だった。


「アキラぁ、今日一緒に寝てもええ?」
「ん?うん、構わないよ」
「アキラー、あたしもぉ」
「うん」
「ちょ、あたしには一言もなしかにゃー?」


サッカー部のマネージャーと新体操部員が水泳部員に泣きつく。
そして問いかけてきたバスケ部員に冷たく言い放った。


「ゆーなは怪談とか話しそうやから嫌や」
「恐がるの楽しんでるもん」


軽く凹むバスケ部員を他所に、今だ怖いもの見たさという本能に流されるまま番組をちらちら見続ける双子。
これが、今日のお昼過ぎにあった光景。


――――――


それに木乃香が気付いたのは、夜中のことだった。
横にいる小さな身体二つが、座ってもぞもぞ動いていたのだ。


「・・・・・・ちびちゃんたち?」
『ッ!?』


身を起こして声を掛ければビクついて固まるちびたちに木乃香は首を傾げて、ふと感じる違和感に視線を下に向けた。


「ぁぅ、あぅ・・・っ」「ぅ、うく・・・っ」


その時点ですでにちびたちの目には涙が溜まり。


「・・・・・ああ、おねしょしてもうたんね」


シーツに描かれた模様に、木乃香が呟いたこの言葉に。


『っひ、ぅ、ぅあぁぅ、ぅわぁぁぁぅ・・・ッ!』


決壊した。
怒られる、という恐怖感からだろう。
そんなつもりは全くない木乃香は慌てて涙を拭う。


「ああほら、泣かんでもええよ?大丈夫やから、ね?」
『ひっく、ぅああぁあぁん・・・・っ』


しかし一度決壊してしまったものは止まらずに、綺麗な丸い瞳は歪められて止め処なく流れる涙。
しかもそれなりの泣き声はこの静かな時間帯には尚大きく聞こえるわけで。


「ん。んー?どしたのー・・・?」
「双那ちゃんと、桜香ちゃん・・・?」
「ああ、二人とも堪忍。起こしてもうたね」


同居人を起こすに至った。
二段ベッドの上の段から声の発生源を覗き込んで、明日菜は困ったように微笑む双子のママを確認。
ちびたちとシーツの現状を認識して、納得。


「ああ、なるほど・・・」


苦笑を漏らす。
それに頷いて返すと、木乃香はちびたちのパジャマ、シーツ、自身のパジャマを見て、少し思案。
今だ泣き止まぬちびたちを気にしながらも携帯に手を伸ばした。


ピ、ピピ、ピ・・・・プルルルル・・・・

「・・・・堪忍、寝てたやろ?・・・・・・ん、ちょお部屋まで来てくれへん?ん。・・・ん、お願い」


目的を果たすとそれをベッドサイドに置き、心配して寝床から降りてきた二人に申し訳なさ気に言う。


「ネギ君、悪いんやけどお風呂用意してきてくれへん?」
「はい」
「明日菜・・・」
「とりあえず三人の着替えとバスタオル、ね?」
「ありがと」


泣くちびたちから離れることが出来ない木乃香の頼みを微笑んで承諾する二人。
そうこうしているうちに控えめに告げられる来訪。


コンコン

「あたし出るわよ」


明日菜が玄関に向かい、少しして現れたのは。


「失礼致します」


急いできたのだろう、いつもよりラフな恰好で髪も結っていない刹那だった。
ベッドまで歩み寄り、刹那は状況を把握した。


「お嬢様」
「ありがと、せっちゃん。急に呼んでごめんな?」
「いえ・・・」


目線でこういうこと、と木乃香に告げられ苦笑する。
そしていつもだったらすぐに抱きついてくるのだが俯いたままこっちを見ない双子を、優しく覗き込めば、勢いを弱めていた涙が再び溢れ出した。


「双那、桜香」
『ごめっ、ん、なさぃ〜・・・っ!!』
「謝らなくてもいいよ、ほら、泣き止んで」


頭を撫でても余計に流れ出す涙にどうしようかと困る刹那の耳に届くお風呂が沸いた音。
刹那と一瞬目を合わせて、木乃香はちびたちに出来るだけ優しく微笑む。


「ほら、ちびちゃんたちさっぱりしてこよ」
『ひっく、ぅく・・・っ、ぅ〜・・・』
「ね?」
『う、ん・・・っ』


何とか頷いてくれた二人を抱き上げて、木乃香は刹那と同居人に顔を向けた。


「せっちゃん、うち一緒に入ってくるから・・・」
「はい、こちらはお任せを」
「ん。明日菜とネギ君も堪忍な」
「いーわよ」「構いません」


脱衣所に消えた三人を見送り、刹那は明日菜とネギに向き直る。


「すみません、明日菜さん、ネギ先生。お手数お掛けして」
「いいわよ。大したことじゃないし」
「二人とも、まだちっちゃいですしね」


何でもないように言う二人に感謝しつつ、木乃香のベッドのシーツと布団を片付け始めた。
三人がお風呂から上がってくるまでに新しく布団を用意しなければならないのだ。


「とりあえずシーツとかは洗っちゃった方が良さそうね」
「そうですね」
「布団は・・・さすがに今は無理だから、朝。ネギの魔法ですぐに乾くでしょ」
「とりあえず水気だけ取っておきましょうか」


片づけが終わり、来客用の大き目の布団を出し始めた頃。
明日菜がシーツを張る刹那に話しかける。


「怒らないのね」
「何がですか?」
「おねしょ」
「恐かったんですから、仕方ないですよ」


苦笑して答えるパパ。
ちびたちが昼間、運動部の四人とホラー番組を見たのはもう周知の事実。
寝る前のトイレを我慢したと、予想は出来る。


「まぁ、なんていうか・・・刹那さんらしいというか・・・」
「ですね。木乃香さんもでしたけど」
「さすがあの双子の両親っていうか・・・」
「二人だから、あの双子って感じです」


明日菜とネギの言葉の意味が解らずに首を傾げる近衛家の婿養子にしてちびたちのパパ。
最後に枕をポンと置いて作業を完了したのを見て、明日菜は何気なく呟く。


「刹那さんて、ほんっとーに、いいパパよねー・・・」
「パパじゃないです」


ちょっといい話な感じだった雰囲気が一気にいつもの雰囲気に変わるこの影響力。
夜中だろうがこういう状況だろうが即答。
何度繰り返したか解らない遣り取りだ。


「ファザー」
「違います」
「父上?父様?」
「ですから、違います」


頑なに認めぬ婿養子。
認めたら、張り巡らされて完成している歯車がノンストップで動き出すのは解りきっている。


「じゃあ、木乃香の夫」
「おttッ!?」
「あ、否定しないんだ?」
「明日菜さん・・・・ッ!」


しかしいつもと違うこの問には詰まるしかなかった。
顔を赤くする刹那が明日菜に抗議していると、脱衣所の扉が開く音。
それと同時に小さな足音が二つ聞こえた。


「父上っ」「父様っ」
「ちびたち」


しゃがんだパパに抱きつく、まだ瞳が少し赤い幼い双子。
どうやらママによる宥めが効いた様子だ。
後ろからやってきた木乃香と微笑みを交わして、刹那はしがみついてくる双子に優しく言う。


「今度からはちゃんと寝る前にトイレに行くこと」
『うんっ』
「いい子」


やっと笑った双子に、同居人の二人も頬を弛ませ。
数分後にはパパとママに挟まれて布団に入るちびたちの姿。


「うちらが一緒やからお化けなんて恐ないえ」
「お化けでないですか〜?」
「出ぇへんよ」
「ほんと〜?」


ちびたちの頭を撫でて、木乃香は微笑む。


「それに、もし出てきてもパパはお化けなんてすぐやっつけてくれるからなー」


お化け=妖魔。
まあ、あながち間違いではない。
尊敬の眼差しで見つめてくる双子にどういう顔をしていいか解らないパパはとりあえず、頷いて。


「だから、安心して寝ていいよ」
『うんっ、おやすみなさい〜』
「おやすみ」


両親のぬくもりで安心したのか、すぐに眠りに付いたちびたちの頭を撫でる刹那を見て、ベッドの上段から弟子の声が届く。


「間違いなくパパじゃん」
「違います」
「パパやなかったらせっちゃんは・・・・・、あ・な・た☆」
「!?」


・・・・・・・。
この後数分間、婿養子は跡取り娘にからかわれ続けることとなる。


頑張れ、パパ。

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