近衛家15



「だーっ!こら待てちびズ!!」
『きゃ〜っ☆』


楽しそうに室内を駆け回るのは近衛家の双子。
それを半ば必至に追うのは神楽坂明日菜。


「歯磨きしなさいって言ってるでしょ!」
「ミント嫌です〜っ」
「辛いんやもん〜っ」


どうやらちびたちが明日菜から逃げ回っているようだ。
原因は歯磨き。
朝食を終えて、さて歯磨きという場面で明日菜が取り出した歯磨き粉(クールミント)の存在を察知し、拒否したのだ。
それを許すわけもなく明日菜がちびたちを捕まえようとしたところ、今に至る。
・・・・・追いかけっこと化してしまったため、ちびたちはとても楽しそうだ。


「虫歯になるでしょ!」
「スースーするんやもん〜っ」
「あれ嫌いです〜っ」


確かに幼子にはミントは少々辛いものがあるだろう。
そして明日菜は気付かない。
洗面台の戸棚にはちびたち用にパパが買ってきたピーチフレーバーな幼児用歯磨き粉があるということに。
一度ミントの歯磨き粉を使ったちびたちが涙目になってママにすがり付いて離さなかった翌日に、それを聞いた婿養子が跡取り娘にそっと渡した一

品だ。


「ちょこまかしないッ!」
『ひゃ〜〜っ☆』
「た、楽しんでるわね・・・ッ」


伊達にあのパパの娘たちではない。
運動神経はとてもいいし、その小さい体躯を駆使してちょこまかと明日菜から逃げ切っていた。
もとより2対1なのだ。
捕まえることは難しい。
・・・・・・。
そして一人ずつ捕まえようと考えない明日菜は、明日菜らしかった。


「この・・・ッ、でりゃあっ!!」
『ぅあぁっ!』


だがしかし。
明日菜もちびたちのパパの弟子である。
ちびたちの一瞬の隙を突いてダイビングキャッチ。


「ふ、ふふふ・・・やっと捕まえたわよ」
「明日菜お姉ちゃんがわたしたちに無理矢理辛い思いを〜っ」
「体格差で絶対負けへんって解ってるんに〜っ」
「・・・・・・・・・・・・・。ちびたち、あの似非家庭教師たちに色々習いすぎ」
「父上にもそう言われました〜」
「その後夕凪さん持って出かけていったんよ〜」
「・・・・・・」


明日菜は、婿養子に同情した。
盛大に溜め息をつき、ちびたちを両脇に抱えて立ち上がる明日菜。
なんとも勇ましい姿だ。


「・・・・何やってるんですの?」
「へ?」『ふぇ〜?』


振り向いた先には、雪広のお嬢様。


−−−−−−


「いつも使ってるものなのに何故気付かないんですか」
「あたしがいつも世話してるわけじゃないし」


幼児用歯磨き粉が発見され、無事歯磨きは完了。
そしてその歯磨き粉を発見したのは、やってきた客人・・・あやかだった。


「で。何でいんちょが居るわけ?」
「それはこちらの台詞です。何故私が来なければならないんですか」


あやかの話に寄ればこうだ。


======


自室で朝の身支度を終え、優雅に紅茶を啜っていたあやか。


〜〜〜〜♪

「あら・・・」


しかしその時間は携帯の着信と共に、終わりを告げた。
ディスプレイで発信者の名前を確認し、少し意外に思いつつもあやかが電話に出る。


「もしもし?」
あ、いいんちょ?今大丈夫やろか?
「ええ・・・、どうなさいましたの?木乃香さん」


電話の相手は木乃香。
彼女があやかに電話をくれることは珍しい。
その旨を聞けば。


実はうち今日お見合いなんよー
「そうですの」
それで、いいんちょに折り入って頼みがあってな


どうやら某学園長の趣味であるお見合いらしい。
木乃香自身はもう将来の伴侶をガチで決めているため、完全にお爺様の趣味に巻き込まれているようなもの。
その伴侶候補は、強い・誠実・一途・容姿端麗・家事出来る(跡取り娘の教育により)・育児できる(同)・・・何とも完璧なスキル持ちだった。
木乃香は、こう言う。


「うちが決めた人以外と結婚せぇなんて言われたら・・・うち、家出る」


マジだった。
本気と書いて、マジだった。
近衛家の伝統とかその他諸々なんて関係なかった。
ちなみに彼女のお父様もお爺様も本人の意思を尊重する構えなので心配することがないのは言うまでもない。
魔法や呪術が存在するのだ、跡取りなどどうとでもなる。
この際科学でもいい。
某総本山の巫女の言葉を借りれば。


「愛さえあれば、何でも出来ますえ」


全ては、跡取り娘が望むように。
それを某婿養子候補が聞けば、卒倒しそうなものである。
閑話休題。
そのお見合いに付き、あやかに頼みがあるとのことだった。


「頼み、って何ですの?」
ちびちゃんたちの相手、頼みたいんよ
「桜咲さんは?」


あやかの脳裏に浮かぶ、木乃香の婿。
彼女に娘たちの相手を頼んだ方がよいのではないだろうか、と。


せっちゃん昨日の夜からお仕g・・・コホン、用事あって夜まで寮に居らへんから・・・
「なるほど・・・」


若干言葉を濁らせたものの、どうやら彼女も用事があって無理らしい。
となれば。


「わかりましたわ、そういうことでしたら私にお任せください」
ありがとな、いいんちょ


この世話好きかつ責任感溢れる3−Aの委員長は承諾するのであった。
木乃香の安堵の声が聞こえて数秒後。





何かを思い出したような声。
そしてこれがあやかに痛烈なダメージを負わせることとなる。


ネギ君たちは居らへんけど、明日菜も部屋に居るから、わからんことあったら聞いてな
「な゛!?」


娘たちがいる木乃香の部屋には、某ツインテールの彼女も居るようだ。


「ちょ、待ってください木乃香さん!明日菜さんが一緒だとは聞いてませんわよ!」
明日菜一人やと大変やと思うから、いいんちょにも頼んだんよ?


事も無げに言う木乃香。
確信犯ではないだろうか。
・・・・その可能性も否めない。


あ、もう行かな・・・ほんならいいんちょ、頼むわ!
「ちょ、木乃香さん!?」


無慈悲にも通話は切れ。
こうして、あやかは某部屋に行くことと相成った。


======


「―――というわけです」
「・・・・・・体良く駆り出されたってわけね」
「私が手伝いに来てあげたんですからもう少し喜んだらどうですの?」
「あー、はいはい、ありがとー」
「心が篭ってませんわ」


実のところ。
あやかはこの状況・・・明日菜と二人きりとはいかないものの共同作業にかなり喜んでいたりする。
だが某剣士が持つものと同じスキル保持者なあやかにはそれを表に出すことなど出来ないのであった。


「あたし一人でも大丈夫だってのに・・・木乃香ってば」
「先ほどまで歯磨きでてんやわんやしてたのはどこのどなた?」
「うっさい」


そしてこの予想外の・・・本心から言えば嬉しい助っ人に素直になれないのが明日菜である。
まあ、似たもの同士だ。
そんな二人の微妙な心を知らないちびたちはというと。


「父様今日はお土産買ってきてくれるんやろか〜」
「この前は金平糖でしたね〜」
「せやね〜」
「・・・・金平糖と言えば〜」
「お爺様やね〜」
「今度いつ行くんですかね〜」
「また行きたいな〜」


婿養子にとってはとても胆の冷えるようなことを言っていた。
ちなみに今はお着替え中。
着ぐるみタイプのパジャマのボタンをぷちぷちしていた。
ソファに座り、その二人を見たあやかがしみじみ呟く。


「それにしても・・・本当に木乃香さんと桜咲さんにそっくりですわね」
「そりゃ娘だしね」


頬杖を付いた明日菜が言葉を返し、見ていた雑誌のページを捲った。


「性格的には?」
「ママの方が優勢に決まってるでしょ」
「言い切りましたわね」
「ママももちろん好きだけど、ファザコン・・・刹那さん大好きだしね」
「・・・・・。木乃香さんヤキモチ妬かれませんの?」
「・・・・・・・妬くに決まってんでしょ」
「・・・・・・・」


深くは語らず、また聞かなかった。
触れてはいけない話題のようだ。


「ふぬぅ〜ッ」「ふむぅ〜ッ」
『ん?』


いきなり奇妙なうめき声。
明日菜とあやかが声の出所を見れば。


『助けて〜・・・ッ!』


襟元のボタンを外していなかったため服から頭が出ずに唸るちびたち。
いつもはママが外した状態で用意してくれるので、見事に引っかかってしまったようだ。


「はいはい、・・・いんちょ、桜香の方お願い」
「え?あ、はい、わかりましたわ」


こうして。
明日菜とあやかによるお守りが始まったのだ。


――――――


「桜香ちゃんから見て、お母様はどんな人なんですの?」
「母様〜?」


明日菜が双那の髪の毛を結んでいる間、あやかは桜香を膝に乗せて会話をしていた。
何となく興味本位で聞いてみた質問。


「母様は〜、暖かくて〜、いい匂いで〜、優しくて〜、ご飯美味しくて〜・・・・・時々父様独り占めするけど〜・・・。ん〜、大好きや〜っ」


ほにゃりと笑って、幼子らしい真っ直ぐな気持ち。
指折り数えていって、最終的にはかなりざっくりとした総評に行き着いた。
その答えが全てだろう。


「おうかは髪結わないんですか〜?」


そこに髪を結い終わった双那が己の片割れに寄って行く。


「今日は結わへんて〜」
「そうですか〜」


二人とも両親と同じ髪型仕様。
あやかが双那の髪を結っていたはずの明日菜を探せば、なにやら本を携えてこちらに来ていた。
首を傾げれば、その本を掲げてくれる。


【よみかきF】


かなり進んだようだ。
基本的にお昼ご飯まではちびたちはお勉強の時間、そう決まっている。
そしてそれにあわせてママが宿題をするというわけだ。
同じくして子供先生に明日菜が教えてもらうのも、もう日常である。


「ちびたち、おべんきょーの時間」
『は〜いっ』


ローテーブルに専用の折り畳み椅子を持ってきて、準備は万端。
本を開き、鉛筆を走らせるちびたちを見て、あやかは明日菜に問う。


「よみかき以外にも何かしてますの?」
「算数を夕映ちゃんと本屋ちゃんに習ってるみたいだけど・・・、あと色んなこと皆から教えてもらってるみたい」
「色んなこと?」
「刹那さんが刀持ってパルとか朝倉の部屋に行くの見たことない?」
「・・・・何度か」
「それがその答え」
「・・・・・・・・・・何を教えてますの、あの方たちは」
「さぁ・・・」


“色んなこと”、これが答えだ。
刹那が信用している先生は限られる。
綾瀬先生、宮崎先生、絡繰先生、和泉先生、大河内先生、四葉先生、長谷川先生、釘宮先生・・・こんなところだろうか。
特に三番目の先生には色々助けられていた。
意外なところで後者から二番目の先生。
彼女は嫌がりつつも面倒見が良い人なのだ。


「勉強得意なところもお母様譲り、かしら」
「集中力はパパ譲りだけどね」
「いいところを受け継ぎましたわね」
「そーでもないわよ・・・」


明日菜の言葉に疑問符を浮かべ、その横顔を見れば。
かなり疲れたように笑う顔がそこに。


「微妙にいたずら好きなとこはママ譲り。そのいたずらの応用力はパパ譲り。一つのことに一生懸命なところは両親譲り。」
「何かありました?」
「・・・・・・」
「明日菜さん?」
「・・・・・・あ、桜香、そこ書き順違うわよ」
「あ〜、ほんまや〜」


明日菜は華麗に質問をスルーした。
どうやら聞いてはいけないことらしい。


――――――


あやかの協力もあって、自分の名前をバランスよく漢字で書けるようになったところでお昼。
木乃香が用意しておいてくれたお昼ご飯を食べ、小休止。
あやかが食器を洗い終わり、手を拭いていると。


トテトテトテトテッ

『あやかお姉ちゃん〜っ』
「どうしましたの?」


ちびたちがキッチンへと掛けて来た。
その後ろには苦笑した明日菜。


『お散歩行こ〜!!』
「お散歩?」
「明日菜お姉ちゃんがあやかお姉ちゃんもいいって言ったら連れてってくれるって〜」
「あかん〜?」


あやかが視線を向ければ、明日菜は肩を竦めている。
こんな無垢な瞳でお願いされたら断れないということを解っているのだろう。
あやかはしゃがみ込み、ちびたちと視線を合わせて言った。


「お散歩、行きましょうか」
『やた〜〜っ!』





――――――


「いいんちょ、どっち担当がいい?」
「いい、と言われましても判断に困りますわ」
「ぁー、じゃあ双那お願い」
「わかりました」


外着のちびたちの手をそれぞれ繋ぎ、いざお散歩へ。
外は雪が降っているため、寮内の散歩。
と、なれば。


「お?何か珍すぃー組み合わせじゃないかにゃー」
「ほんとだー」
「お守り、かな」
「近衛夫妻はどないしたん?」


ものの20分と経たず、運動部四人組と遭遇。
四人を発見するや否や話しかけてきた。


「あ〜、裕奈お姉ちゃんにまき絵お姉ちゃんに〜」
「アキラお姉ちゃんと亜子お姉ちゃんや〜」


明日菜とあやかの手を離し、駆け寄っていくちびたち。


「や、ちびズ。裕奈お姉ちゃんだぞーっ」
『きゃ〜〜☆』


それをしゃがんで待ち構えていた裕奈から熱烈なハグを受けることとなる。
頭にかいぐりかいぐり頬ずりされ、ちびたちは楽しそうにきゃいきゃいはしゃぐ。


「ゆーなズルイ、ほらちびズおいでー」
『きゃあ〜〜☆』


裕奈から解放されたかと思えば、今度はまき絵のハグ。
それにもはしゃぐちびたちだったのだが。


ひょい

「はいはい、もうその辺で止めとき」
「ちびズ、苦しくなっちゃうよ」


あまりの熱烈具合(欧米風味)に苦笑した亜子とアキラにちびたちは救出されることとなった。
救出した二人は双子を抱き上げたまま、明日菜とあやかの方に向き直る。


「で、ほんまにどないしたん?」
「パパとママが二人とも用事」
「私たちがお守り、というわけです」
「・・・・・、札に戻さなかったんだね」
『あ』


アキラ以外の声が、重なった。
その手があることを失念していたらしい。
ママ本人さえも。


――――――


ホールに場所を移した八人。
事の子細を聞いたまき絵と裕奈が口を開いた。


「なるほどー、だから二人がお守りなんだ」
「ふんふん、ママが親友夫妻に預けたわけね」
『な゛ッ!?』『しんゆーふさい〜?』


裕奈が発した呼称に固まる近衛夫妻の親友夫妻、首を傾げる近衛夫妻の娘たち。
なるほど、言いえて妙だ。


「ねー、雪広さんちの旦那さん」
「そーだよねー、雪広さんちのお嫁さん」


どうやらこちらはお嫁さんらしい。
口をぱくぱくさせながら固まる二人を放置し、尚もまき絵と裕奈の空想は続く。


「この際さー、二人の子供とか居たらー・・・・」


〜〜〜〜〜〜


「お母さま〜っ」「お母さん〜っ」
「んー?何?」


明日菜の足元に駆け寄ってきたのは。

背中の半ばほどまである金髪を靡かせた美幼女と。
こちらも背中の半ばほどまであるオレンジ色の髪を靡かせた美幼女。

近衛さんちの双子と同じ年頃にして、負けず劣らず可愛らしい幼女。
・・・・・もうすでにどういう家族構成なのか察してしまうだろう。


『ぎゅぅ〜っ』
「ぎゅー?」
「ハグですわ〜」「ハグ〜」
「・・・・ハグって、まぁいいや、おいで」


苦笑したママにほにゃっと笑い、思い切り抱きつく双子。


「・・・・お母さま〜」
「何?絢菜」


絢菜(あやな)と呼ばれた金髪を持つ幼子が、己の片割れと顔を見合わせてから、ママを見上げ。


「・・・・お母さん〜」
「え?明日歌も?」


明日歌(あすか)と呼ばれたオレンジ色の髪を持つ幼子も、己の片割れと顔を見合わせてからママを見上げた。


「な、何よ?」
「お父さまの〜」「お父さんの〜」
「へ?」
『こーすいのにおいがする〜』

ブハッ!


その双子の言葉を聞いてママよりも早く、紅茶を吹き出すという反応を示したのは。


「・・・・何噴き出してんのよ」
「げほこほっ・・・!」
「あたしのせいじゃないからね。・・・・この“こーすいのにおい”も」
「ぅ゛」


母子の様子をちらちら見ていたパパだった。


〜〜〜〜〜〜


脳内に浮かんだヴィジョンに二人が眉間に皺を寄せる。


「何でだろ・・・微妙にマザコン双子が・・・」
「解んない、でもあたしにもマザコン双子が・・・」


近衛さんちの双子はファザコン。
これは事実。
雪広さんちの双子はマザコン。
これは想像。
何故なのか、その理由は解らない。


「いんちょ、苦労しそうだね。主にママ独r・・・二人占めされて」
「どうもうちのクラスだとパパの方が苦労する確率が高いみたいだね」
「ああ、言えてる」


うんうん、と亜子やアキラまでも納得していると。
やっと機能回復した雪広夫妻が反論を開始し始めた。


「ちょ、何でそういう話になるのよ!!」
「え、至極当たり前な流れじゃないかにゃー」
「断じて当たり前な流れじゃありませんわ!!」
「じゃ、運命」
「そう!でぃす、でぃすと・・・?」
『ディスティニー』
「でぃすてぃにー!!」
「違う!!」「違います!!」


じゃ、宿命で。


――――――


数十分間の口論の末。
若干酸欠になりつつも結果はドロー。
明日菜とあやか、ちびたちは部屋に戻ってきていた。
とてもじゃないが散歩を続ける元気はなかった・・・前者二人が。


「ったく、余計な体力使った・・・」
「明日菜お姉ちゃん〜、大丈夫ですか〜?」
「ん、だいじょーぶ」


双那に心配される明日菜。


「まったく、どうしてあんなことを・・・」
「あやかお姉ちゃん〜、大丈夫なん〜?」
「ええ、大丈夫ですわ」


桜香に心配されるあやか。
幼児に心配されているあたり、二人が結構本気で口論していたのかがわかる。
本当に否定したかったのか。
それとも・・・照れ隠しだったのかは、解らないが。
まあ、二人の性格上しかたないだろう。


「普通とカボチャと抹茶と牛乳」
『かぼちゃ〜!』
「はい」
『えへ〜』


手洗いうがい着替えを済ませ、ちびたちに渡されたのはかぼちゃプリン。
余談だがこれ、婿養子が某忍者から貰ったものであった。


「刹那にもおすそ分けでござる」
「いいのか?」
「真名から大量に貰ったから大丈夫でござるよ」
「・・・・・大量?」
「・・・・・・」
「ああ、そういえば限定プリン食べてしまったって言ってtすまない」


悔しさの念がその人から洩れだしたので婿養子は最後まで言葉を紡げなかったらしい。
そのおすそ分けのプリンがパパからママに渡り、ちびたちのおやつとなっているのだ。


「あ、双那」
「何ですか〜?」
「ほら、口元汚れてる」
「ん〜・・・」


双那を呼び寄せた明日菜がカラメルが付いたその口元を拭っている。
それを見たあやか。


「・・・・・・・・・」


〜〜〜〜〜〜


絢菜、おいで
何ですの〜?
ほら、口元汚れてる
ん〜・・・


某金髪お嬢様似の幼児を呼び寄せ、その口元を拭う“お母さま”。
大人しくそれを受ける“娘(双子の姉)”。


〜〜〜〜〜〜


「―――えちゃん〜?」
「・・・・・・」
「――かお姉ちゃん〜?」
「・・・・・・・・・・」
「あやかお姉ちゃん〜ッ!」
「っは!な、何ですの?桜香ちゃん」
「ぼーっとしとったよ〜?」
「だ、大丈夫、です、わ」


何だかんだで先ほどの口論の影響を受けている。
でもそれを言えないのが、某婿養子と同じスキルを持つあやからしい。


「いんちょ?どしたの?」
「何でもありませんわっ」
「・・・・?なぁにムキになってんだか」


そしてこの人もそれに気づかないあたり、結構鈍感である。


――――――


四時過ぎ。
ちびたちのママがそろそろ帰って来る時間だ。
お昼寝をしていなかったちびたちがうとうとし始める。


「ちびズ、ママ帰って来るまで寝てる?」
『ん〜・・・・』
「どうします?」
『待ってる〜・・・・』


睡魔と戦いつつもママと待つ気で居るらしいが。
下がりそうな瞼。
舟をこぐ頭。
高い体温。
間違いなく陥落は間近。


「いんちょ、あたし布団用意するからちびズ見てて。・・・あ、双那の髪解いといてくれる?」
「わかりましたわ」


小声でそう言い、双子が身を凭れているソファ離れる明日菜。
あやかは双那の髪ゴムを外しながら、この何とも微笑ましい双子の姿に頬を弛ませた。


「可愛いですわね」
「そりゃあの二人の子だしねー」


互いの顔を見ないまま、会話が続けられる。


「それもありますけど・・・・こうやってお母様の帰りを頑張って待っているところとか」
「・・・何?いんちょ遂に幼女にまで?」
「ち・が・い・ま・す。・・・・ただ、木乃香さんと桜咲さんが可愛がるのもわかりますわ、っていう話です」
「じゃ、将来は自分の子供可愛がればいいじゃない」
「ッ!!」
「・・・・いんちょ?」


いきなり言葉を詰まらせたあやかに、視線を向ければ。


「何で真っ赤になってんのよ」
「し、知りませんわッ」
「知らないって・・・」


不思議そうにあやかを見る明日菜だが、顔を逸らされるばかり。
彼女の赤面の原因が自分だということも知らずに。


ガチャ

「ただいまーぁ」


そこに帰宅を告げる声。
近衛さんちのママの帰宅である。
明日菜が玄関に向かうと。


「おかえりー。って、木乃香・・・と、刹那さん?」


明日菜の目に映ったのは。


「ただいまぁー」
「・・・・・お邪魔致します」


木乃香だけではなく、まだ仕事であるはずの刹那の姿だった。
そして何故か近衛さんちの婿養子が機嫌がとても麗しくない雰囲気を漂わせていた。
明日菜が奥さんを見れば、困ったように笑っている。


「・・・・えっと、・・・・あ、刹那さん、帰ってきて早々悪いんだけどちびズがお眠だから布団に運んでくれない?」
「わかりました。ちびたちのお守り、ありがとうございます」
「いーえ」


不機嫌を隠すように微笑んでリビングへ進んでいく刹那を見送り、残った木乃香に明日菜は視線を戻す。
木乃香の話を聞くために、故意に刹那を先に行かせたようだ。


「で?」
「内緒でお見合いしたこと、ばれてしもてん」
「ぁー・・・」


原因はママに有り。
かなり早めに終わった仕事の報告に学園長のところに赴いた刹那が、お見合いのことを知ってしまったのだ。
それで、今の状況。


「どーすんの?」
「どないしよう、明日菜ぁ・・・」
「いや、あたしが解るかっつーの」


泣き付く木乃香。
ドライな明日菜。


「あないに怒る思わへんかったんやもん」
「確かにあれは怒ってるわね」


負の感情を出すことは日常生活においてほとんどない刹那が、不機嫌なのである。
間違いなく怒っている。
明日菜が思案し、言う。


「・・・・待って。確か木乃香やむを得ずお見合いする時は絶対に事前報告する≠チて言ってなかった?」
「・・・・・」
「・・・・・・・・」
「仕方なかったんよぉー・・・」
「そりゃ怒るわ」


もはや明日菜は呆れていた。


「刹那さんは仕事の前後と、怪我の有無、ちゃーんと連絡してくれてるじゃない」
「ぅー・・・」
「あんたがそう言ったからしてくれるようになったんでしょ?」
「そやけど・・・」
「そのあんたがお見合いのこと言わなきゃ世話ないわよ」


珍しく反論できない木乃香に畳み掛ける。


「あたし知らないからね」
「あーすーなぁー・・・」
「ええぃぐちぐち言うなッ」
「どないしたらええ思うー・・・」


結局、「素直に謝れ」というシンプルな助言を跡取り娘は貰うこととなる。
後にこれを木乃香が実行したかは解らないが、結果として婿養子の機嫌は直っていた。
何があったのかは夫婦のみが知るということで、ここは割愛。


――――――


「今日はありがと」
「いえ、大したことはしてませんし」


寝ぼけ眼で両親に『おかえりなさい〜』と伝えたちびたちが眠りに落ちて数十分後。
明日菜とあやかは玄関にいた。
お守り任務完了につき、自室に戻るためである。


「まあ・・・ほら、あたし一人だと、大変だったと思うし・・・助かった」
「あら、珍しく素直ですこと」
「・・・悪い?」
「いいえ。ただお礼の言葉と共にお礼の品でもくだされば尚のこといいのですけど?」


冗談のつもりで、いつものように言ったあやかだったが。




「いんちょ」


不意に強く香る彼女の匂い。




「あ、すな、さん?」
「・・・・・・・何よ?お礼の品あげただけでしょ」


少し紅い明日菜の頬。
逸らした視線。
数秒前まで手が添えられていた自身の肩。




一瞬だけ唇を掠めたぬくもり。




あやかが全てを認識するには時間は短すぎて。
明日菜が耐えられなくなる方が早かった。


「ほら!もう任務完了したんだから部屋戻る!!」
「え、ちょ、あすなさん?」
「じゃね!また明日!」

バタンッ


少しだけ強めに閉められたドアは、彼女も切羽詰っていたのを表すかの様。
しばらくぼーっとそのドアを見ていたあやかだったが。


「〜〜〜〜〜ッ!ッ!!」


やっと脳内処理が終わったのか、顔を紅く染めた。
しばらく口元を押さえて立ち尽くしていたものの、落ち着きをやっと取り戻したのか少し覚束ない足取りで自室へと戻って行く。


「明日、どんな顔で会えばいいっていうんですの・・・?」


・・・・・。
えっと・・・。

頑張れ、(一部の空想内では)パパ。

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