近衛家14



雪やこんこ

霰やこんこ

降っては降っては

ずんずん積もる


−−−−−−


『ほあ〜〜〜〜〜ッ!!』


窓にへばり付いて外の様子に感動の声を上げたのは。


「ああ、そういえばちびズって」
「こないに積もった雪見るんは初めてやね」


ママとママのルームメイトにそんなことを言われている近衛さんちの幼い双子。
窓硝子が息で曇って邪魔なのだろう。
小さな手できゅきゅきゅーっと拭っては「雪いっぱい〜っ」だの「綺麗〜っ」だの言い、その吐息によって曇り、また拭っている。


「双那ちゃん、桜香ちゃん、手が冷たくなっちゃいますよ」
「大丈夫です〜」
「硝子冷たいでしょう?」
「大丈夫や〜」
「そ、そうですか」


子供先生は苦笑いを浮かべ、瞳をキラキラさせている双子を見た。
ちびたちは雪自体は年末に見ていた。
その際はちらちらと降る程度に止まり、積もることはなかったのだ。
そして年が明け、新年。
昨夜遅くから降り始めた雪は、朝になった今も尚ちらちらと降り注いでいた。
雪がちらついてきた頃には既に眠りについていたちびたちが、翌朝窓から見たのが【一面の銀世界】というわけだ。
と、そこにタイミングよく来客。


コンコン

「あ、せっちゃんやね。開いとるよーっ」
『!!』


双子がノックの音とママの言葉に反応するのはいつものことだが。


ガチャ

「失礼致しm」
『お外に連れてって〜ッ!!』

タタタタタッガバッ!!

「なッ!!」

ドサッ


呼称を言いもせずに用件を叫び飛びついた音と、何かが崩れ落ちる音が聞こえるのは、珍しかった。


「・・・・・・・・・あやー、いつもより勢いが四割増しやったんやねぇ」
「木乃香、夫と娘の心配とかしないわけ?」
「大丈夫やて。ちゃーんとキャッチして、その上で怪我してへんから」
「す、凄い自信ですね」
「自信言うかー・・・・・・経験上?」
『あー・・・・』


この数十秒後、双子に引っ付かれたパパが困惑した顔でリビングに入ってくることとなる。


−−−−−−


双子を明日菜に任せ、背後の「・・・明日菜お姉ちゃんこーすい≠ツけとる〜?」「は?」「
私この匂い知ってます〜」「・・・・あ゛」『・・・・ん〜、誰の〜?』なんて会話をBGMに刹那は木乃香に状況説明を受けていた。
さて。
この間にお正月にあった出来事でも記載しておこう。
正月。
子供たちにとって最も楽しみなのは、お年玉・・・これだろう。
この学園内においては寮生がほとんどのために先生にお強請りの声が集中する。
年下である子供先生も、例外ではなかった。


「ネギくーん!!」
「は、はい?」
『お年玉ちょーだい!!』


新年の挨拶もそこそこにニッコリ笑顔の生徒たちにじりじり詰め寄られる哀れな子供先生。
それを見ていた双子が、ママのエプロンをくいくい引っ張りつつも言った。


「母上〜、おとしだま≠チて先生からも貰うんですか〜?」
「ほんまはちょぉ違うんやけどねぇ」
『?』


ちなみにちびたちは元旦にパパからちゃんとお年玉の代わりにふあふあの耳当てを貰っている。
首を傾げた双子から静かに離れ、木乃香は子供先生を苦笑いを浮かべて見ていた刹那の傍らに。


「お嬢様?」
「実はな、せっちゃん」
「はい?」
「お爺ちゃんと、お父様から、ちびちゃんたちにな」


その呼称を聞いた瞬間、婿養子は固まった。
この時期、この状況、目の前で繰り広げられる情景・・・全てを合致すると。


「さすがにお金は使い方まだちゃんとわからん思うから、て・・・・匂い袋、送ってくれたん」


婿養子の気が、一瞬遠くなった。
京都名店の、しかも近衛家ご用達の老舗から逸品だということは、もはや言うまでもない。


「あ、うちら≠ノも小包届いてたんやけど・・・・せっちゃん?」


婿養子は、この後数分間こっちの世界に戻ってこなかった。


――――――


コート。
マフラー。
手袋。
ブーツ。
耳当て。
所謂最強装備である。
あれから数十分後、玄関には完全防備(対寒さ)のちびたちが玄関前に居た。
ちびたちの前には、耳当て以外は同じく全て装備したパパとママ姿。


「はい。じゃあお約束言うてみて」
「1!身体が寒くなったら直ぐに言う!」
「2!父様と母様からあんまり離れない!」
「3!雪を食べない!」
「4!転ばないように気をつける!」


一呼吸。


『5!雪玉に石的なブツを入れない!』
「・・・・・四カ条のはずだったが」
「戦いは正々堂々とぉ!って和美お姉ちゃんが言ってました〜」
「・・・・・いつ、会った?」
「さっきや〜、直ぐにどっか行ってもうたけど〜」


刹那の説教リストに某新聞部員がトップに書き込まれた。
どうやらちびたちを先に部屋の外に出してしまったことが敗因のようだ。
さきほど一部始終を木乃香から聞いた刹那は、せがむ双子に微笑んで了承。
そして今、寮の近くの広場に雪遊びに行こうとしているのだ。


「母上早く〜っ!」「父様早よう〜っ!」


両親の手を引っ張る双子に顔を見合わせ、パパとママは苦笑を漏らした。


――――――


『真っ白〜ッ!!』


さくさく雪を踏みしめて広場へやってきたちびたちはまっさらな白い地面を目の当たりにして、握っていた両親の手を離して駆け出す。
歓声が過ぎ去った白紙に残るのは小さな足跡たち。
しばらく走ったかと思えば足を止め、双子は頷き合うといきなりうつ伏せに倒れた。
驚いた刹那は双子に駆け寄り、娘たちの意思がわかった木乃香はおっとりとその後を追う。


「双那っ、桜香っ」
『ップハ・・・・・えへ〜』


何事もなかったかのように、そして何故か慎重に身体を起こすちびたちに疑問符を浮かべつつ、顔やコートについた雪を払う刹那。


「怪我は・・・ないな。どうしたんだ?」
「父上見てください〜」
「うちらの型≠竅`」
「型=H・・・・・ああ、そういうことか」


視線を落とせばちびたちの跡がくっきりと残っていた。
幼い頃に必ず一回はしたことがあるこの行動。
やっとことを理解した刹那に背後から木乃香が声を掛ける。


「せっちゃん心配性やねぇ。皆に過保護パパ言われとるの知っとる?」
「ち、違いますっ」
「しかも愛妻家やもんねー?」
「で、ですからっ」


夫婦のいつもの会話が繰り広げられるが、今回は長くは続かず遮られることとなる。


「父上〜」「父様〜」
「え?」
『雪だるまつくって〜ッ!!』
「ゆきだるま?」


娘からパパへのお願い。


――――――


「最初は小さい雪玉を作って、ソレをころころ転がす。・・・・解った?」
『イエッサ〜っ』
「じゃあちびたちは頭作ってくれる?」
『サーイエッサ〜ッ!』


雪だるま作りレクチャーを終え、二十分ほど経ち。
刹那の足元にはそれなりの大きさの雪玉が転がっていた。
どうやら体は出来たようだ。


「・・・・・・もぉちょいかかりそうやね」
「ええ」


刹那と、その隣の木乃香の視線の先には。


「ふぬぅ〜〜〜ッ」
「せりゃ〜〜〜ッ」

ごろごろ、ごろん


少々歪な大きな(ちびたち比)を右往左往しながら転がすちびたち。
まさに娘を見守る両親(新婚)である。
そこに、新参者が。


「おやー、娘のお守り?パパ」
「パパじゃありません」
「じゃあ家族サービス?婿殿」
「婿じゃありません」


微妙な顔をした刹那と苦笑した木乃香が振り返れば、そこには3−Aのクラスメイトの大多数。
がっつり防寒装備なところを見ると、どうやらちびたちと同じ理由らしい。


「いい加減諦めなって。可愛い奥さん・可愛い子供・家族公認・逆玉の輿・・・・どこが不満なの?」
「不満とかそう言うことじゃありません」
「あ、尻に敷かれてるのが納得いかないとか?」
「敷かれて・・・・」
「え?刹那さん、下克上してる時あるでしょ?ないと困るんだけど、ネタ的に」

チャキ・・・ッ

『ちょ、ストップ!!!』


刹那が得物に手を掛けると同時に制止を呼びかけるいつもの二人。
この後行われるであろう婿養子による制裁が・・・。


「父上〜ッ」「父様〜ッ」
「え?」
『出来た〜〜〜ッ!!!』


娘の声によって止められた。
全員の視線の先には、少し離れた場所で頑張って大きくした雪玉の前で両手を掲げているちびたち。
誇らしげな顔でパパを呼んでいる。


「ほ、ほら、呼んでるよ」
「・・・・・そうですね」
「早く行かないと拗ねちゃうよっ」
「・・・・・・」


腑に落ちない顔で刹那は足元にあった雪玉を転がして、ちびたちの元に。
帽子に薄っすら乗っていた雪を払い、その小さな頭を撫でる。


「頑張ったな」
「雪玉大きくなりました〜っ」
「早ぅ雪だるま〜っ」
「ん」


微笑んで、頭をあるべき場所へ乗せて。
数十秒後。
ちびたちの前には自分たちより背の高い雪だるま。


「優しいパパよね」
「せやろー?」
「うわー、惚気られた」
「だってうちの旦那様なんよ?」
「はいはい、ごちそーさま」


きゃいきゃいはしゃぎつつも用意してあった棒や松ぼっくりで腕や顔を作っていくちびたち。
娘を抱き上げたりしつつ手伝うパパ。
ママに惚気られつつソレを見ていたクラスメイトたちは促されたかのように。


「楓姉!ボクらも雪だるま作りたいッ!」
「あいあい、承知したでござるよ」
「お、お姉ちゃん何でそんな意気込んでるの?」
「かまくら作ろ!皆が入れるくらいどでかいやつ!」
「む、無理やって」
「ソリってどっかにあったっけ?」
「あ、借りたのがもうすぐ来るよー」
「雪合戦しよー!!」
『いいねー!!』


雪遊びの開始。


――――――


雪合戦。
合戦の名がつくこの遊びに、情け容赦などない・・・・・・かは、わからないが。


「遊びの名がつくことで手を抜くという言葉は、あたしの中にはないッ!!」
「真剣勝負・・・アルね」


妙な緊迫感を発している某シスターと某バカイエロー。


「っふ、あたしの足についてこれるッスか?」
「数打ちゃ当たるアル。超がそういってたアル」
「馬鹿にされてると思うッス。でもそれに気付いてn」

ベシッ!

『プオッ!?』
「油断大敵ー♪」


二人の顔に直撃する雪玉。
発射元は笑顔の某触覚の人。
ボダボダ顔から剥がれて落ちていく雪、露わになった二人の目は標的に据わっていた。


「え゛、ちょ」
「目には、目を、ッス」
「やられたら、やりかえすアル」


いつの間にか二人の手には雪玉。


『喰らえッ!!』

ゴウッ!!


一人は魔法生徒。一人は中国武術研究会部長。
彼女たちから放たれたソレを某トラブルメーカーが避けることはまず不可能なのだが、人は窮地に立たされると未知の能力を発揮する時がある。
豪速球に晒されたこの人もまた、そうであったらしい。


「視えたッ!!」


キュピンと眼鏡の奥の瞳が光ったかと思えば。
彼女の周りだけがスローモーションで動き、紙一重で二球を避けきったのだ。
が、しかし。
その避けた雪玉の照準先には。


「あ」「げッ!」「アル?」


近衛さんちの双子とそのママ。
しかも三人は雪玉の存在に気付かずに雪うさぎを作っているという状況。
マズイと思った瞬間には遅かった。
当たる、と三人が目を瞑った瞬間。


バシッ


何かに衝突した音は聞こえたが、痛みの声は聞こえない。
目を開ければ。


「さ、桜咲さん」「刹那?」「せ、刹那、さん」


当たるはずだった雪玉をしっかり掴み取っている刹那が仁王立ちしていた。
先ほどまで、かなり離れた場所に居る某従者と話していたのにも関わらず、だ。
突然傍に現れたパパの後姿をちびたちは不思議そうに、ママは状況を察し、見上げ。
妙な空気を察したのか雪合戦に参加していたクラスメイト数人も行動を止めて、視線が刹那に集まる。


「楽しむのはとても良いことですが・・・」

グシャッ


この騒がしい中で静かなのにもかかわらず何故かよく通る声とともに、握り潰され欠片となって堕ちる雪塊。
不自然なほどににっこり笑った刹那が、言う。


「ソレに参加していない人たちに、気をつけてください、ね?」


無言でこくこく頷く面々。
この後、婿養子の妻子の周囲に雪玉が飛ぶことはなかった。


――――――


「ほら、もう少し」
『んぅ〜〜〜〜・・・』
「ふぅ、仕方ないな」


眠たげにその場に座り込もうとするちびたちを抱き上げ、刹那はリビングへと進んだ。
雪遊びを堪能したちびたちが疲れてこくりこくりと舟をこぎ始めたのが二十分ほど前。
それに気付いた木乃香が刹那とともに二人を部屋に連れて帰ってきたのだ。
着替えと手洗いうがいを何とかさせたものの、洗面所で眠気の限界を迎えてしまったらしい。


「せっちゃんどない?」
「この通りです」
『・・・・・くぅ、・・・くぅ』


布団の用意をしていた木乃香が刹那の腕の中を覗き込めば、穏やかな寝息と安心した寝顔。
パパの腕から、布団に優しく下ろされる。


「遊び疲れたんやねぇ」


暖かい室内、暖かい布団の中で眠るちびたちの頭を撫で、木乃香は後回しにしていた自分のコートを脱ぐ刹那を見やる。
しばらく考え込み。


「んー、ちょぉ身体冷えたかも知れへん」
「大丈夫ですか?あ、ココアでも入れます」
「んーん、それよりもー」


心配顔で近づく刹那に、微笑んで。


「ぎゅー、ってして欲しい」
「へ?」
「ぎゅー、って、して」
「えっと」


恥ずかしさから渋る婿養子だが。


「せっちゃんに引っ付いてれば、寒ないから」


ね?と、微笑まれては、拒むという選択肢は消滅した。
この後。
壁に凭れて座り抱き締めると、ご満悦に微笑んだ跡取り娘に安堵する婿養子だったが、十数分後から聞こえ始めた寝息にかなり狼狽することとなる




「んぅ・・・。せ、ちゃ・・・」
「・・・・・・・・・・・・わざと、だろうか」


もうすぐ帰って来るであろう弟子と子供先生たちにどう説明しようか、そして擦り寄ってくる愛しいぬくもりにどうすべきか悩む婿養子であった。

頑張れ、パパ。

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