近衛家13



昼下がり。
冷たくなった空気の中、散歩をしている人影。
三つあるうちの両端の二つは、真ん中のそれよりかなり小さい。


「父上〜、紅葉さん綺麗ですね〜」
「そうだな」
「落ち葉さんいっぱいや〜」
「ああ」


にこにこ笑顔で自分より大きい手をしっかり握り、見上げているのは美幼女の双子。
それを微笑んで返すのは、精悍な美少女。
問題は彼女が“父親”と呼ばれていることなのだが、彼女たちの知り合いにとったらむしろ常識。
近衛家の未来の婿養子、桜咲刹那と。
近衛家のちっちゃい双子、双那と桜香であった。


「ん?」
「父上〜?」「父様〜?」


幼い双子の娘を連れて散歩をしていた刹那が、ふと声を漏らす。
双子もパパの視線の先を辿り・・・。


『あ〜、茶々丸お姉ちゃんたち〜』


なにやら広場の一角に集まっている両親のクラスメイト。


「おや・・・」
「あ、桜咲さんや」
「あー、ちびズーっ」
「お散歩かにゃー?」
「こんにちは」


茶々丸と運動部四人組だった。


−−−−−−


竹箒装備の茶々丸とアキラ、そして裕奈。
袋を携えているまき絵と亜子。
五人の足元には掃き集められた落ち葉たち。
刹那とちびたちはそれに近づいていった。


「こんにちは」『こんにちは〜』
「こんちはー、・・・・・って、あれ?ママは?」


裕奈が木乃香の姿が見えないことに疑問の声を上げた。
大抵この親子は四人セットで目撃されるから。


「母様はお掃除や〜」
「わたしたちはお散歩です〜」
「ほぉ・・・、木乃香置いて?」


五人の視線は、婿養子へ。
妻ほっぽいて娘と散歩ですか的視線が混じっているのは気のせいではない。
それを感じ取っているのかいないのか、刹那はなんとも言えない顔で答える。


「部屋の掃除をするから、ちびたちを連れて散歩に行ってきてくれ・・・と」


そのあまりにも婿養子らしいというか、跡取り娘らしい返答。
相変わらず尻に敷かれているのだね。
微妙な沈黙が流れ、裕奈の口が開かれる。


「日曜日のお父さんみたいじゃん・・・・・・・。あ、実際そうか」
「お父さんって言わないでください」


そこは頑なに否定するらしい。
いまだ諦めてはいないのだ。


「ちびズおいでー♪」
『は〜いっ』


そんな問答を無視して、まき絵はちびたちを呼び寄せる。
パパの手を離し、駆けて行くちびたち。


「よ、っとぉ・・・相変わらずちっちゃいねぇ」
「そら幼児やから当たり前やん」


袋を足元に置き、まき絵は桜香を亜子は双那を抱き上げ、微笑んだ。
それに抱き上げられた双子はえへへーと笑い返す。


「今日は寒いから暖かいカッコしてるんだー」
「マフラーや〜」
「んー、見る限り手編みやけど・・・」
「母上が編んでくれたんです〜」


ちびたちの顔の半分ほどを埋めているママ手編みのマフラー。
双那は白地に濃紺のストライプ。
桜香は白地に臙脂のストライプ。
口元が埋まっているので時折りもがもご言っているのはご愛嬌。
愛娘のために楽しそうに編み物をするママが安易に想像できた。


「ということは・・・・」
「桜咲さんのも、手編み、だね」


そして刹那は黒のマフラーを装備している。
刹那に合ったシンプルな作り。
少しだけ高揚した頬の婿養子・・・事実を物語っていた。


「妻の愛が詰まってるから余計暖かいってか!ラヴラヴだねこのこの〜っ!」
「ラブじゃなくてラヴだもんね!」
「な゛!?」
「ちびズのパパとママは仲がいいね」
「新婚やもんなー」
『・・・?うんっ』


からかわれる婿養子に、可愛がられるちびたち。
それはいつものほのぼのした光景だ。
婿養子以外には。


「・・・・・、そろそろ始めないと、日が暮れますが」
『あ』『?』


茶々丸が言葉に運動部四人は固まり、父子は疑問符を浮かべた。


−−−−−−


『焼き芋〜?』
「そうだよ。ちびズは焼き芋したことあるかな?」
『ない〜』
「せやったら初めての焼き芋やな」


どうやら運動部四人。
秋=落ち葉が大量=何かに使えないか=若干空腹=焼き芋。
このような方程式が成り立ち、たまたま居た高畑先生に言ったところ。


「そうだなぁ・・・・茶々丸君と一緒なら構わないよ」


監督&保護者に茶々丸を指名されたのだ。
火を扱うことだから。


「それで、私がこの焼き芋の総司令という重役に就任させて頂いたわけです」
「し、司令ですか・・・」
「よって私はこの任務を無事遂行しなければなりません」
「は、はぁ・・・」
「そしてマスターに完璧な焼き上がりの焼き芋をお土産に持って帰らなければなりません」
「・・・・・・」


むしろ最後の言葉が最重要な気がする。
無表情に握り拳を作る茶々丸に、刹那は苦笑するしかなかった。


「じゃあその袋の中身は・・・」
「サツマイモだよ」
「たくさんあります〜」
「後で皆にもおすそ分けするつもりだったからね」
「皆で食べるんね〜」


適量の落ち葉を集め終わり、アルミホイルと新聞紙で包まれたサツマイモがその中に埋められていく。
初めての体験にちびたちも瞳をキラキラ輝かせながら手伝っていた。
刹那はその手助け。


「んしょ〜」
「ちゃんと包んだ?」
「できた〜」
「じゃあ、落ち葉の奥の方に入れよう」
『は〜いっ』


その様子を生暖かい目で見る他五人。


「完璧親子」
「いいパパだよね」
「あれはファザコンになっても仕方ないよ」
「あたしも刹那さんみたいなお父さん欲しいなー」
「しかも妻曰く最高の夫ですし」
「ああ、あんな夫いいよね」
「でも、桜咲さんを夫にするってことは、さ・・・」
「あの妻を、超えなきゃいけないってこと、だよ、ね・・・・」


五人の脳裏に浮かび上がる、麻帆良最強の・・・下手したら史上最強の妻。
婿養子の嫁にして、某名家の跡取り娘。





「うちからせっちゃん奪える思っとるん・・・?」





何故かリアルに脳内再生されるその音声と笑顔。
茶々丸以外の顔色が、蒼白に。


『絶対勝てない』
「それが賢明な判断です」


真理だった。


−−−−−−


『お〜』
「ちびたち、危ないから離れてなさい」
『は〜い』


準備が完了し、点火。
焚き火を前に感嘆の声を上げたちびたちに、刹那が注意し。
そして、気付く。


「双那、桜香、おいで」
『?』
「抱っこしてあげるから」
『っ!は〜いっ!』


嬉しそうに駆け寄ってきた二人を抱き上げ、刹那は微笑みかけた。


「寒くないか?」
「大丈夫です〜」
「父様暖かい〜」


大好きなパパにべたーと張り付くちびたち。
状況を理解できなかった裕奈が茶々丸に小声で問い掛ける。


「え?何?何が起こったの?」
「おそらくちびズが作業に疲れたのを読み取ったのでしょう」
「ああ、だから抱き上げたんだ」
「ここらへんベンチとかもないしね」
「さすが桜咲さん」


これこそ刹那が最高のパパと呼ばれる由縁である。
・・・・・。
性格上の理由と、妻による教育がなせるものだろう。
どちらにせよ、優しい・・・若干過保護なパパだ。


「・・・・木乃香さんにも甘いですしね」


妻に対しては、アレだ。


「だからこそ敵わないのでしょうが」


超過保護にして、尻に敷かれているのは間違いがなかった。


−−−−−−


「そろそろいいでしょう。ベストな焼き時間です」


茶々丸の言葉を皮切りに、棒で掻き出される塊たち。
いわずもがな、サツマイモたちである。


「ぅわちゃちゃっ!よし、ご開帳ぉーっ!!」


焦げたアルミホイルと新聞紙を取り払えば、そこには。


『おぉ〜〜〜っ!!!』
「完璧な焼き上がりですね」
「お見事です、茶々丸さん」


ほくほくの焼き芋。
割れば立ち上がる湯気と共に、食欲を誘う少し甘い香りと黄色。


「ほらちびズ見てご覧!」
『ぅわ〜っ!!』
「ああ、凄い笑顔。キッラキラな瞳が何故か眩しいにゃー・・・」
「裕奈、何感慨に耽ってるの」
「若いっていいにゃー」
「私たちも十分すぎるほど若いよ。ちびたちは若いって言うより、幼い」
「穢れのないピュアな瞳が・・・・」
「ゆ、裕奈・・・」


裕奈とアキラがちびたちの相手をしている間に、仕分けされていくサツマイモたち。
クラスメイトたちに分ける分だ。


「桜咲さん、木乃香たちの部屋に戻るんだよね」
「はい」
「じゃあ、木乃香たちの分も持って行ってくれない?」
「承りました」


もう同居しちゃえばいいのに、とクラスメイト全員が思っているのは秘密である。
いまだ婿養子は別居中だ。
・・・・・・。
学園長にも公認なのだからこの際新しい部屋を用意してもらってはどうなのだろうか。


「刹那さんもここで召し上がりますか?」
「いえ・・・、お嬢様がちびたちにおやつを用意してくださっているかもしれないので・・・」
「あ、そっかー」
「せやったらちびズもここで食べん方がええな。お腹いっぱいになるやろし」


そんなことを思案していると裕奈がやってきた。


「どしたの?」
「サツマイモ大きいでしょ?だからそれ食べたらちびズ、ママ特製のおやつ食べれなくなるなーって」


その言葉を聞いた裕奈がニヤリと口角を上げる。


「実はサツマイモだけじゃないんだなぁ・・・」
『へ?』
「じゃーんっ!!」


裕奈が転がる焼き芋たちから一つを拾い上げた。
外装がもう冷めたそれを難なく剥がし、現れたのは。


「ジャガイモ、ですか?」
「イエス!アキラっ、アレちょーだい!」


煌く笑顔でサムズアップ。
そして苦笑いしたアキラから受け取ったのは。


「北海道産バター!(五月さん提供)」


バターの箱だった。
それを某猫型ロボの如く掲げる。


「皮を少し剥いてー、バターを一切れ落とせばっ・・・出来た!!」


じゃがバターの完成である。
どうやらサツマイモに混じってジャガイモも焼き芋にしていたらしい。


「このちっちゃいヤツだったら、おやつにも支障がないでしょ」


湯気を出す小さめのジャガイモを二つに割り、裕奈はそれをちびたちに手渡す。


「まだ少し熱いから気をつけてね」
『うんっ』


マフラーを摺り降ろし、熱そうにしながらも、もそもそジャガイモを頬張るちびたち。


「おいし?」
『おいし〜っ』
「そっかー」


満面の笑み。
よほど美味しいのだろう。
それを見ていた刹那に、アキラが別の包みを持って近づく。


「桜咲さんも、どうかな?」
「えっと・・・」
「小さいのやったら大丈夫やって」
「・・・では、お言葉に甘えて」


小さいジャガイモ二つは、刹那とちびたちの胃の中へ。


−−−−−−


「ただいま戻りました」『ただいま〜』


麻帆良学園女子寮中等部区画3−A棟、643号室。
そこに帰ってきた刹那とちびたちが帰宅の意を告げる。


「おかえりー」


部屋の奥から出迎えにやって来たのは、無論木乃香。


「堪忍な、せっちゃん」
「いえ」


刹那を労い、ちびたちのマフラーを外していく。


「楽しかった?」
『楽しかった〜』
「よかったなぁ」


ちびたちに微笑んで、木乃香は少し冷たくなったその頬を撫でた。
リビングに移動し、木乃香はマフラーをしまいながら刹那に問う。


「その袋、何?」
「ああ、焼き芋です」
「やきいも?」


小首を傾げる木乃香にことの経緯を説明。


「じゃあサツマイモ食べてこなかったんやね」
「でも違うの食べてきました〜っ」
「何?」
「当ててや〜」


楽しそうにクイズを出してくるちびたちに、ママが答えないわけがない。


「ん〜・・・・」


口元に手を宛がい、考える木乃香はふと視線を刹那に向ける。
焼き芋が入った袋を置いていた刹那は、疑問符を浮かべた。
どうしたのだろう、と。


「・・・・。せっちゃんも、食べた?」
「え?あ、はい」


おそらく、ちびたちのクイズの答えだろう。
返事は、もちろん肯定。
それを聞いて木乃香は気付かれないように少しだけ笑い、ちびたちの前にしゃがみ込んだ。


「せやねぇ・・・、うちが考えてる間に手ぇ洗って、うがいしてき」
「父上に聞いちゃダメですよ〜?」
「ん、りょーかいや」
「父様も言ったらあかんよ〜?」
「あ、ああ」


きちんと釘を刺し、ちびたちはリビングを出て行く。
両親を、その場に残して。
十数秒後、洗面所で手洗いうがいをしていたちびたちの耳にガタッという音が届いた。
さして気にもせずに洗浄を終え、再びリビングへ戻る。


『わかった〜?』


双子が見たのは。


「・・・・ッ」「んー?」


壁に背中を押し付けられているパパと。
夫を迫るように押し付けて、マフラーを若干引っ張るように掴んでいるママ。




「・・・。ジャガイモ、の味やねぇ・・・・」




双子には聞こえないように呟かれた木乃香の言葉。
すっと刹那から身を離し、木乃香は再びちびたちの前にしゃがむ。


「じゃがバター、やろ?」
『大正解〜っ!!』


木乃香の答えは、正当だった。


「父上言っちゃたんですか〜?」
「せっちゃんはなーんも“言うて”へんよ」
「母様凄い〜」


きゃいきゃいはしゃぐちびたちに微笑む木乃香。
袋に一瞬だけ目をやり、ちびたちの頭を撫でる。


「明日菜たちも帰って来るやろうし・・・この焼き芋でスイートポテトでも作ろか。ちびちゃんたち、手伝ってくれへん?」
『は〜いっ』


娘たちの返答を嬉しげに見詰め、木乃香は立ち上がって背後の・・・・まだ壁に背中を預けている夫を見やる。
とても、笑顔で言った。


「せっちゃんも、手洗いうがいしてき」
「は、はい・・・」


何故か覚束ない足取りで洗面所に着いた刹那は、マフラーを外し、洗面台に手をついて項垂れる。
ふと顔を上げて鏡を見れば、まだ少し紅い顔。



「あんなの、不正行為、だ・・・・」



どんな反則をしたのかは、夫婦しか知らない。



頑張れ、パパ。

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