近衛家12
秋である。
読書、食欲、スポーツ、芸術。
様々な秋がある。
だがしかし。
もっとも秋になったと感じることが出来るのは、やはりこれであろう。
視覚に訴える鮮烈な色彩。
その移り変わりの美しさ。
冬になる前の自然の化粧。
そう。
紅葉だ。
秋になれば紅葉狩りや紅葉スポットなどが観光名所となる。
さて。
美しい紅葉といえば、何処を思い浮かべるだろうか。
おそらく、大多数の人がここを思い浮かべるであろう。
古から変わらぬ、その美しさ。
麗しき古都。
京都。
絶好の紅葉シーズンと化したこの時期に、京都を訪れる人は多い。
無論、帰省する人も。
そして。
この御方もまた、その一人であったようで。
−−−−−−
「・・・・・・・・・・・・、それでは、私は道中のみお供するという形で」
「それはあかんてこの前言うたやろ」
「前回の事件から結界や警備が格段に上がったと、先日聞き及んでおります」
「へぇ、そーなんや」
「ですから、私が居らずともよろしいかと」
「あかん」
即答だった。
正論を繰り出した人の前には、笑顔の人。
その笑顔の人の両隣にはキッラキラな瞳の幼い双子。
三対の瞳に若干気圧されつつ、正論を続ける人。
「・・・・・。私がお邪魔する理由が、まったく、ございません」
「ございます」
「私が考えうる限り、ございません」
『ございます〜』
否定を繰り返すのは、近衛家の未来の婿養子候補、桜咲刹那。
にっこり笑顔で否定を否定するのは近衛家の跡取り娘、近衛木乃香。
ママに加勢するのは、近衛家のちっちゃい双子、双那と桜香。
「・・・・。私が軽々しく御伺いする場所ではございません」
「せやったら、大事な用事があればええの?」
「そんなものは、ございません」
刹那の言葉にしばらく逡巡し、木乃香は口を開いた。
「第三子が出来ました、とか」
「・・・・・。とても笑えない冗談なのですが」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
言い様がない沈黙が部屋を支配する。
そして、微笑んだ木乃香の口から爆撃。
「作る?」
「・・・・・・・・・・・。お戯れもほどほどに」
何だかんだで娘たちが出来てからある意味逞しくなった婿養子である。
「婿って言わないでください。そして娘じゃありません」
そして認めないのも相変わらずな様で。
不満げな木乃香に内心溜め息をつく刹那。
わりかし本気なんやけど・・・という呟きは聞こえないことにしたらしい。
「せやかて、お盆も帰ってへんし・・・」
「ですから、どうぞご帰省ください。私は道中のみお供いたしますゆえ」
「それがあかん言うてるやろ」
ご察しの通り。
木乃香が京都に帰省したいと言い出したのが事の発端である。
無論、双子を連れて。
当たり前の如く、夫を連れて。
「夫じゃありません」
・・・・・。
まぁ、婿養子がそれを拒否しているというわけだ。
前回と同じ轍は踏まぬとばかりに拒否していたのだ。
道中のみの護衛。
それを譲ろうとしない。
「三人だけやと、三行半突きつけて実家に帰ってきたみたいやん」
「みくd・・・」
「でもせっちゃんそんなことさせるようなことせぇへんやろ?」
「・・・・・・・・論点が逸れてます、お嬢様」
確かにこの真面目で一途な婿養子に限ってそんなことを妻にされるとは考えられない。
愛妻家で恐妻家な夫。
子煩悩だけど少し厳しいパパ。
これが、一番似合う。
「京都に帰らへんの〜?」
「皆待ってますよ〜?」
「お嬢様とちびたちのことは待ってるだろうけど・・・」
小首を傾げる双子に何とも言いがたい表情で返す刹那。
それに木乃香は溜め息をつき。
「しゃあないなぁー・・・。ちびちゃんたち、アレ、持ってきてくれへん?」
『らじゃ〜っ』
ちびたちに、頼みごと。
敬礼をしてタタターとママの机に駆けて行った。
数十秒後戻ってきたちびたちの手には、三通の手紙。
刹那に嫌な予感が襲来したのは言うまでもない。
「これ見ても、そんなこと言えるん?」
にっこり笑顔でちびたちから受け取った手紙の一つを広げる跡取り娘。
帰省する際は、是非刹那君も一緒に帰ってきてくださいね
紛れもなく西の、関西呪術協会の長の筆跡だった。
婿養子が、固まった。
「さらに」
追加で開かれる二つ目の手紙。
京都に戻るのじゃったら、刹那君と一緒に帰るといい
紛れもなく東の、関東魔法協会会長の筆跡だった。
婿養子の額を伝う、冷や汗。
「おまけ」
三つ目の手紙。
こちらにお戻りの際には、双那ちゃんと桜香ちゃん・・・・、もちろん、刹那はんも一緒に
紛れもなく、どこかで見たような筆跡だった。
外堀は、順調に埋められてきているようだ。
計三つの手紙を掲げ、木乃香は微笑む。
刹那にとっては求刑書を突きつけられた気分である。
「公認」『こーにん』
「・・・・・・・・・・・・・・」
ママと双子は限りなく笑顔だった。
「・・・・・・・・・・」
「父上〜、お爺様のところに帰りましょ〜っ」
「・・・・・・・・・・」
「父様〜、京都のお家に帰ろ〜っ」
ちびたちの行動はすでに帰る
ママの行動ももちろん帰る
実家なのだから。
さて、婿養子の選択は・・・。
「・・・・・・・・・。わかりました・・・・謹んで護衛として同行£vします」
「ぷー」『ぷ〜』
「ぷーって・・・」
苦渋の選択として出した答えにブーイング。
疲れたように刹那は三人を見る。
「帰るって言ってくれへんやもん」
「お嬢様のご実家です」
「せやから帰る≠ナええんやん」
「・・・・・・・・・護衛として同行£vします」
「ぷー」『ぷ〜』
陥落は、まだらしい。
とりあえず婿養子が認めるまでは。
「婿って言わないでください」
諦めたらどうだろうか。
−−−−−−
寮で帰省のことがクラスメイトにばれ、ひと騒動あったのだが割愛。
ただ、刹那が胃痛を訴えたとだけ記しておく。
新幹線で約二時間、残りは徒歩。
そして。
『お帰りなさいませ、木乃香お嬢様』
数十名の巫女たち+神官たちからの言葉。
前回より、人が多いのは気のせいだろうか。
近衛家の一人娘たる木乃香と、その双子の娘、さらには未来の婿養子の帰宅を歓迎するものだ。
「ただいまー」
『ただいま〜』
「・・・・・・お邪魔致します」
まあ、刹那はそれを認めてはいないが。
数ヶ月ぶりに、木乃香の実家、関西呪術協会総本山に四人は到着した。
「お帰りやす。木乃香お嬢様」
「ただいま」
「双那ちゃんも桜香ちゃんもよぉ帰ってきてくれはりました」
『ただいま〜』
木乃香とちびたちを囲む巫女たち。
その一団から故意に離れていた刹那だったが。
「あらぁ、刹那はん。よぉ来てくれはりました」
「・・・・ど、どうも、ご無沙汰しております」
巫女数人により、囲まれることと相成った。
包囲網の域である。
にっこり笑顔の巫女たちと、対して引きつった顔の刹那。
場にそぐわぬ張り詰めたような空気が漂う。
そして、巫女の口が開かれた。
「ついに腹くくられました?」
「・・・・・・・・・・。申し訳ございません、お言葉を察しかねます」
「いけずやねぇ」
「ただいま言うてくれてもええんどすえ?」
「お嬢様のご実家ですので」
「せやから、ただいま≠ナ構いませんえ」
「・・・・・・・・・・・・」
「娘はんたちもただいま言うてるんやから」
「娘では、ありません」
「認知はすべきどす」
「・・・・・・・・・・式神、です」
「今ある命を否定するんどすか・・・!?」
「何故悲劇的にするんですか・・・!!」
木乃香が家の中に入ろうと刹那たちの方に振り向いた時には、既に婿養子は精神的に疲弊していた。
「せっちゃん?」
「いえ、何でも、ないんです・・・」
「ぐったりやん」
「お気に、なさらずに・・・」
「?」
ちなみに、6対1だった。
−−−−−−
数十分後。
巫女たちに勧められ、刹那は宛がわれた部屋に着替えにやってきていた。
無表情で目の前に鎮座する紋付袴をスルーし、紺色の袴を手に取る。
そこで、机に置いてある卓上カレンダーに気付いた。
何気なく、見れば。
「何だ?・・・・・・・・・・。・・・・・・」
共通点は、大安吉日であること。
刹那は黙って、それを伏せた。
「・・・・・・・・・・・はぁ」
だんだん巫女たちの攻撃は、巧妙になってきているようだ。
さらに着替えが終わり、木乃香とちびたちと合流するまでの間には。
「刹那はん」
「はい」
「大安吉日で神殿が空いてる日はチェック済みどすえ?」
「・・・・・・・」
もう遠回りな攻撃では、なくなってきている。
持ってきた胃薬のストックは、持つのだろうか。
−−−−−−
「お帰り、木乃香」
「ただいま、お父様」
謁見の間。
前回同様、父娘の再会は果たされた。
そして。
「双那ちゃんと桜香ちゃんも、お帰りなさい」
『ただいま〜、お爺様〜』
初孫双子とお爺様の再会。
さらには。
「よく来てくれました、刹那君」
「は。お邪魔致しております、詠春様」
前回ほどではないもののカチコチに緊張した刹那と、命の恩人。
恭しく頭を下げた刹那の隣には桜色の着物に身を包んだ木乃香と、橙色の着物に身を包んだ双子。
・・・・・・・・・。
完全に帰省のご報告である。
「私などをお招き頂き、誠に恐縮です」
「ははは、刹那君と一緒でなければ木乃香たちが淋しいでしょう?」
「しかし・・・」
「それに、私も淋しいですし」
「・・・・・ありがたき幸せにございます」
「やはり家族は全員揃わないと」
「かz・・・!!」
ほぼ、巫女たちの刷り込みである。
刹那の心の叫びは届かずに、詠春は微笑んだまま。
そのまま、微笑みを双子に向ける。
「双那ちゃん、桜香ちゃん、おいで」
『何〜?お爺様〜』
呼ばれた双子の孫はトテテテと駆け寄り、詠春の前で気をつけ。
それを終始にこにこしながら見るお爺様。
二人の頭を撫でるその手は、限りなく優しく。
「よければ麻帆良でのお話を私に聞かせてくれませんか?」
『うんっ』
「ありがとうございます」
「お爺様お膝座ってもええ〜?」
「はい、どうぞ」
「お邪魔します〜」
若いお爺様の膝に座る双子の孫。
微笑ましい光景の完成である。
「・・・・・・・・・」
それをかなり遠い目で見る、刹那。
胸中は、窺い知れない。
そんな微笑ましい謁見の間に新たに巫女が入ってきて、木乃香の傍へ。
「木乃香お嬢様。双那ちゃんと桜香ちゃんのお部屋、どないしましょう」
「あー、・・・・・。うちの部屋にお願いしてええ?」
どうやら今晩のちびズの寝床のことらしい。
「せっちゃんも一緒に寝r」
「謹んで、辞退を」
「いけずぅ」
「・・・・・・」
刹那の精神は、疲弊の一途を辿っている。
「あ、せや。うちのちぃさい頃の寝巻きあったやろ?」
「衣裳部屋にはありませんでしたえ」
「じゃあうちの部屋やろか・・・。せっちゃん、ちょぉ見てくるから・・・」
「はい。ちびたちはお任せください」
「ん。ほな行ってくるね」
木乃香が出て行き、刹那の周りに巫女が数人近寄ってくる。
この上なく極上の笑顔を貼り付けて、近寄ってくる。
嫌な予感、セカンド。
「あらあら、娘はんたちもお館様に懐かれて・・・・・これはもうこの家に入れとのお達しやと思いますえ?」
「ですから、娘では、ありません」
刹那VS巫女。
総本山に来て何回戦目か解らない戦いの開幕であった。
「まぁまぁ、予行練習やと思えば」
「予行練習ってなんですか」
嬉しそうなお爺様と可愛らしい双子を視界に収めつつ、会話は続く。
「ほんまもんの御子がお生まれになった時の」
「みk・・・・ッ!?」
御子[意]:他人を敬ってその子をいう語。
つまりは、子供のこと。
言葉に詰まる刹那に、口撃は追加。
「大丈夫。お二人の子やさかい、美人はんになるのは決定事項どす」
「そう言う問題じゃありません!!」
どうやら臣下たちの間では、女の子が生まれるのも決定事項らしい。
近衛家は女傑一族だから。
・・・・・・。
つまり婿が尻に敷かれるのは仕方がないというわけだろうか。
「何でしたら祈祷でもして、双子の御子が生まれるように・・・」
「ですから女性同士ですっ」
「刹那はん」
「はい?」
さらなる超意見に反論する刹那に、打って変わって巫女たちは神妙に言葉を紡いだ。
「愛」
「・・・、あい?」
一度巫女が目を閉じ、短い沈黙が流れる。
そしてカッとその瞳が開かれ、凄まじいオーラを纏いつつも言い放った。
「愛さえあれば、何でも出来ますえ・・・・!!!」
この前と同じく絶句する刹那に、やはりはんなりと巫女は告げる。
「具体的に言えば、魔法と呪術があります。どうとでもなります」
デジャヴを感じる言葉たちだった。
ある意味最強な理論、再び。
魔法と、呪術。
世界の常識とか論理とかその他諸々を全て覆してしまうかもしれないもの。
確かにいろんなことがどうとでもなりそうな気がする。
どうとでもできそうな気がする。
さすが、近衛家。
「そ、そんなこと駄目です!!」
「利用できるもんは利用すべきどす。全ては近衛家の、お嬢様の未来のために・・・!!!」
「ちょ、第一そんなこと魔法協会と呪術協会が許すわけが・・・!」
「刹那はん、忘れはった?」
「はい?」
「その二つのトップは・・・・身内どす」
「・・・・・・・・。そう言う問題じゃありません!!」
結局。
この戦いもドローに終わった。
――――――
近衛家のある一室。
一人娘の・・・、木乃香の部屋。
そこに木乃香と巫女はいた。
「あ、これやこれ」
木乃香が奥の箪笥から取り出したのは小さな寝巻き。
木乃香の幼少時のものだ。
桜色の着物と、その隣には空色の着物。
「お嬢様、刹那はんのもとっといたんどすか?」
「うん・・・。これ、お揃いで買ってもらったんよ」
懐かしむかのように着物に触れ、木乃香は微笑む。
「せっちゃん、すっごく嬉しいのにどうしていいか解らんで、遠慮して、最終的には顔真っ赤にしてお礼言うてたなぁ・・・」
「ああ・・・、初めてのお泊りの時・・・」
幼少の頃。
木乃香が駄々を捏ねて、刹那が近衛家に止まることは珍しくはなかった。
刹那は幼いながらに恐縮し、木乃香と同じ部屋を辞退していたがそれにもお姫様は駄々を捏ね、結局布団を並べて寝ていたことを巫女は思い出して
いた。
「うち嬉しくってよぉ眠れへんくて・・・せっちゃんの布団に潜りこんだんよ」
「あらあら・・・」
「そしたら凄い慌てて」
くすくす笑い合う木乃香と巫女。
「手ぇぎゅぅ握って、一緒に寝たんよ。結局毎回そうしてたなぁ・・・」
「ああ、せやからお泊りの翌朝刹那はん眠そうにしてたんどすか」
「え?」
「お嬢様が見てない時やけど、欠伸ばっかりしとりましたよ」
「・・・・・・・あちゃー」
どうやらその頃から婿養子は木乃香に弱かったらしい。
苦笑する木乃香は、小さな着物を巫女に渡す。
「これ、後でちびちゃんたちに合わせて、裾上げとか頼んでもええ?」
「承りました」
「あの時のうちらより、ちびちゃんたちちぃさいんよねー」
「あのくらいの年頃は伸び盛りやさかい、すぐに追いつきますよって」
「そやろか」
忘れそうだがちびたちは式神の特殊ヴァージョンだ。
知能・精神的には成長を認められるものの、身体的な成長はあるのだろうか。
謎である。
しかもそれに全く気付いていないママとママの実家の臣下であった。
−−−−−−
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何ですか?」
「刹那はん、簡単な作業どす」
「はい?」
刹那はかなり恐縮していたものの、詠春がちびたちにとおやつを取りに出て行った。
ちびたちは嬉しそうにお爺様に付いて行き、この場には刹那と巫女たちしか居ない。
それすなわち。
「市役所で然るべき書類を貰い、署名と判子を押せば全ては丸く収まります」
「・・・・・・・・・・・」
VS巫女の際限がなくなるということ。
「ああ、せやけどお嬢様も刹那はんも規定年齢に達してませんな」
「せやったら同意書でも別に書いて貰たらどないやろ」
「そやねぇ」
「神鳴流にも打診せなあきませんね」
「ああ・・・刹那はんのこと可愛がってましたからねぇ、特にあの姉妹は・・・」
「お館様とあの姉妹さえ味方につけば、式に神鳴流を呼ぶことも可能やと思いますし」
盛り上がる巫女たちの会話。
しかも何だか現実味があるのがさすがとしか言いようがない。
「・・・・・・・・・・・」
刹那はそれを現実逃避気味な目でおぼろげに見ていた。
「それはまたでええとして。刹那はん」
「は、はい?」
当事者なのに蚊帳の外状態だった刹那にいきなり話は振られる。
「聞くまでもない思いますけど・・・、お嬢様とはどないやろ?」
「な゛ッ!!」
言葉のカウンターが刹那に襲い掛かり、辛うじて回避。
どない≠ニは、何を表しているのかが気がかりだ。
「な、ななななな、な、なにを・・・」
「どないやろ?」
煌く笑顔の巫女たち。
対して刹那は冷や汗。
この相対具合が全てを物語っている気がする。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・」
「どない≠竄?」
「黙秘します」
刹那よ、視線を逸らしたらそこで負けだ。
「・・・・・まあ、よろしおす」
「はぁ・・・」
ある程度予想が付いたのか巫女たちの詮索はそこで止まった。
安堵の息をつく刹那だったが。
「近衛家は神前式になりますから、刹那はんもそのつもりでおってくれればと」
「ですから・・・ッ!!」
攻撃は、まだ終わっていなかったらしい
−−−−−−
『金平糖〜♪』
小さな袋を手にきゃいきゃいはしゃぐ幼い双子。
それを瞳を細めて見る詠春。
ちびたちのために買っておいた金平糖は、その役目をきっちり果たしてくれたようだ。
「そんなにはしゃぐと転んでしまいますよ」
『は〜いっ』
聞き分けがいいのは両親の遺伝なのか、それとも教育の賜物なのか。
お爺様の両脇でその着物の裾を掴むちびたち。
傍から見れば完璧に孫とお爺様だ。
三人が居る縁側からは、ハラハラ舞い落ちる紅葉が見える。
「あとで中庭で紅葉狩りでもしましょうか」
『もみじがり〜?』
「紅葉を見て楽しむことですよ」
『する〜っ』
近衛家は広い。
刹那が居る謁見の間までかなりの距離があり、詠春とちびたちは他愛もない会話をしながら歩いていた。
詠春にとっては待ち望んだひと時であろう。
「あ」
「そうな〜?」
ある一室の襖の前・・・・、そこにある柱を見て双那が立ち止まる。
その柱には支柱の役割を果たす木の他に、縁側の方の一辺に板が取り付けられていた。
「お爺様〜、これ何ですか〜?」
双那が気付いたのはその板に付けられた傷。
いくつかの横傷が付けられていた。
それは双子より高い位置で。
ちびたちがそれに近寄り、傷痕を見上げる。
「ああ、背比べの跡ですよ」
『背比べ〜?』
その痕はよく見れば二つのものを比べたもの。
ただ、それはほとんどと言っていいほど差がない。
「双那ちゃんと桜香ちゃんの、お父さんとお母さんのですよ」
「父上と〜・・・」
「母様の〜?」
詠春の脳裏に蘇るのは。
せっちゃんと背比べするんやっ
そう満面の笑みでおろおろする小さな剣士の手を引っ張って駆けてくる幼い日の愛娘。
最初は背中合わせでしていたのだがいまいちわからずに、この柱に変更になったのだ。
さすがに柱に直接傷を付けることは出来ずに、急遽板が取り付けられ・・・・今に至る。
「二人よりも少し大きい時のものですけどね」
『へぇ〜』
詠春と双子は、しばらくそれを見ていた。
−−−−−−
「母上っ」「母様っ」
近衛家の中庭。
そこで母親に駆け寄る、幼い双子。
『真っ赤や橙、黄色〜っ!』
「綺麗やねぇ」
落葉したばかりで綺麗な紅葉を手に満面の笑みを浮かべる双子に、微笑む木乃香。
「お爺様〜、どんぐり〜っ」
「松ぼっくり〜っ」
「おや、大きいのを見つけましたね」
そして、孫の可愛らしい姿に頬が弛むお爺様。
あの場から謁見の間に戻った三人は、少しして戻ってきた木乃香と共にここで遊んでいるというわけだ。
そして婿養子はというと。
「・・・・・・・、何ですか、これは」
「家族計画の全て≠ヌす」
中庭に面する縁側で、巫女たちにとある本を見せられていた。
戦闘はまだ続いているらしい。
木乃香と詠春に気付かれていないあたりが凄い。
「・・・・・・、これを、どうしろと」
「計画性は、大切どす。特に子づk」
「謹んで遠慮致します」
全て言わせない辺り、婿養子は間違いなく成長している。
「ああ、堪忍。こんなことぐらい知ってはったんやね」
「ですからどうしてそう言うことになるんですか・・・・ッ!!」
「なら、お嬢様が身篭られるんやと思いますから・・・・刹那はんには産み分けの知識を」
「要りません・・・・ッ!!」
「あ、もう知ってはる?」
「・・・・・・・・。ああもう・・・っ!!」
ちなみに婿養子、既に胃薬服用済みだった。
−−−−−−
それから少し時間が経ち。
夕日の橙と赤に染められた中庭。
お爺様に折り紙を習うと意気込んで、詠春と共にちびたちは奥の部屋に戻り。
また、巫女たちも仕事があるとVS刹那の戦闘を中断して去って行った。
残るのは。
「・・・・。せっちゃん?」
「はい?」
「どないしたん?何や疲れてるけど・・・」
「イエ、何モ・・・」
木乃香と、刹那。
京都に来てから初めての、二人きりだった。
「お父様もちびちゃんたちも楽しそうやったね」
「はい。それにしても、詠春様があんなにお喜びになるとは・・・」
「すっごく楽しみにしてたらしいから、うちらが帰って来るの」
「そうですか・・・」
当たり前のように木乃香の手が動き、刹那の手を握る。
「っ、お嬢様・・・?」
「えへへ」
一瞬だけ刹那は驚いたものの、微笑んでそれを握り返した。
指が、絡まる。
「ちびちゃんたちがあの柱見つけたて、お父様が言うてたよ」
「あの柱・・・?」
疑問符を浮かべる刹那に木乃香は頬を膨らませる。
「忘れたん?」
「あ、あの、えと・・・・すみません・・・」
「もうっ」
手を引き、向かい合う。
「せっちゃん!背比べしよっ、お父様に見てもらうん!!=v
「・・・・ぁ」
「・・・・、思い出した?」
「はい・・・」
あの時と同じ言葉を、あの時とは違う容貌で。
その記憶を思い出した刹那が苦笑する。
「測る人によって結果が違いましたよね」
「せやったっけ?」
「はい」
きちんとした計測ではない。
しかしそれは確かに特別な思い出で。
「でも」
「?」
木乃香は空いた片手を身長を比べるように自分と刹那の頭を行き来させる。
「今はうちの方がちょーっと高いんよねっ」
「ぅ゛」
それは刹那にとってはコンプレックスであることは確か。
護り続けたい人よりも背が低いのは、やはり気になるらしい。
「神鳴流使う人って、小柄な人が多いん?」
「そ、そういうわけでは・・・」
「あ、お父様も葛葉先生も大きいかぁ・・・」
「ぐ・・・」
その言葉に、刹那は少し傷ついていた。
本人も好きで小柄ではないのだから。
「も、もういいでしょう?屋敷の中に戻りましょう」
居た堪れなくなった刹那が、手を引き縁側へと戻る。
それに苦笑しながら付いて行く木乃香。
縁側の直前。
「せっちゃん」
背後から、静かな声。
刹那が振り向けば、木乃香は微笑んでいて。
「ほら、今ならせっちゃんの方がうちより背ぇ高い」
「石段に上がってますし・・・・」
刹那は縁側に上るための石段に乗っていた。
二段あるそれの下段。
この状態ならば、木乃香より刹那の方が5センチほど背が高い。
微妙な顔をした刹那に、木乃香は言う。
「でも将来的にはこうなる可能性高いんとちゃうかな」
「そうですか?」
「せっちゃん、大きゅうなりそうやから・・・少なくとも、うちよりは」
いつもと違う位置から上目遣いで。
「せやから・・・」
背伸びで詰められた、互いの顔の距離。
「・・・・・・・。こうすることになりそうやね」
「・・・・・・・」
「んー・・・、慣れてないから、ちょぉやりにくいなぁ」
はにかむ木乃香。
刹那は止まっていた思考を動かし、答える。
「・・・・・・。慣れて頂けなければ、困ります」
「んー?」
「将来は、こう、なるのでしょう?」
「そうやねぇ」
木乃香は覗き込むように、刹那を窺った。
「なら、も一回試してもええ?」
「・・・・、喜んで」
今度は、刹那が少し屈んで。
−−−−−−
夕日に照らされた縁側。
本来の柱とは別に取り付けられた板。
そこには、幾筋の古い傷痕。
そして。
それよりも低い位置に新しく刻まれた、仲良く並んだ二つの跡。
それを付けた人は、その高さと同じ位置にある二つの頭を優しく撫でながら微笑んだ。
「今度は、二人の背比べの跡を付けていきましょうか」
幼い二人は、嬉しそうに笑った。
−−−−−−
そして一晩明け。
麻帆良に戻る前の最後の食事、近衛家の食卓にて。
「刹那はん」
「はい?」
「よb」
「してません」
「言葉遮るなんていけずやねぇ」
「遮らせないようなことを仰ってください」
「・・・・・・ほんなら、昨夜はお楽s」
「してません」
VS巫女は、続いていた。
さらに。
「あ、せっちゃん」
「はい?」
「何やまた報告会見開かれるらしいえ」
『会見〜』
「・・・・ッ!?」
京都でも麻帆良でも、婿養子の気苦労は耐えないらしい。
「・・・・・・あ、胃薬のストックもうないんだった・・・」
とりあえず婿養子の麻帆良での一番最初の行動は、胃薬を買いに行くことに決まった。
頑張れ、パパ。