近衛家11



「・・・・・・おふろ?」
『お風呂〜♪』


ある夕方のことだった。
跡取り娘の御部屋に御邪魔していて、明日菜と会話していた刹那。
そのパパに駆け寄ってきた双子が発したのは日常生活習慣。
それを小首を傾げて聞いたパパだったが、やがて口を開いた。


「・・・・・・・・・いや、お嬢様と入ってきなさい」
『ぅ、ふぇ、ふぇえ・・・』
「ちょ、な、泣くなっ!」
(この父親、また落とされてる・・・・)


ちびたちが最近覚えた技:泣き落とし(レベル中)
ママ直伝である(ちなみにママはレベル極)
その精度は計り知れない。
どこまで尻に敷かれるか最近見物になってきた(クラスメイト談)婿養子は、そりゃあ慌てた。
何とか涙を引っ込めた双子に、パパ・・・刹那は困った顔で聞く。


「いつもはお嬢様や明日菜さん・・・・あと、運動部の皆さんとかと入ってるんだろう?何で今日に限って・・・」
「父上と一緒に入りたいんです〜っ」
「・・・・・ちびたち、今日誰と話してました?」
「茶々丸さんと千雨ちゃん・・・・・・あと、朝倉」
「あの人か・・・ッ!!」


刹那の脳裏に高笑いする某報道部員。
某図書館探検部員と共にちびたちに要らぬ知識を刷り込む張本人だった。


「・・・・私じゃなくてもいいだろう?」
『や〜っ!』
「やーって・・・」
「入ったげたらどない?」
「お、お嬢様・・・」


そこにやってきたのは双子のママ、木乃香。
のほほんとエプロンを外しつつも明日菜と父子の傍に歩み寄る。


「うちと入ったことあるやん」
「あ、れはっ!お嬢様が・・・ッ!」
「うちが?」
「・・・・お、嬢様が・・・」
「う・ち・が?」
「・・・・・・何でも、ありません」
(二十秒で制圧、か・・・)


婿養子は、妻の笑顔に屈服した。
何があったのだろうか。
真相は闇の中、というよりも、妻の笑顔の裏に。
解明はまず不可能だろう。


「母上ばっかりずるいです〜っ!」
「ず、ずるいとかいう問題じゃなくてな、双那」
「うちらも父様とお風呂入る〜っ!」
「は、張り合うな、桜香」
『お風呂〜っ!!』
「・・・・・だ、だから」
「せっちゃん・・・、入ってやり」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい」


項垂れる刹那を見て、明日菜は。


「何この夫婦の会話」
「ふ、夫婦じゃありません!!」
「説得力皆無よね」
「っぐ」


・・・・・かなり、呆れていた。


−−−−−−


『おっ風呂〜♪おっ風呂〜♪お風呂〜っ♪』
「・・・・・はぁ」


大浴場だと間違いなく騒ぎの原因となる。
よって寮の部屋に備え付けの風呂に入ることとなった。
着替えを手に、洗面所兼脱衣場へ。


「仕方ない、か・・・」
「父上早く〜」
「父様ぬぎぬぎ〜」
「はいはい・・・髪結い解いてなさい」
『は〜いっ』


双那はサイドポニー、桜香は二つ結いになっていた自分の髪を解く。
双子の対面に立ち膝をする刹那。


「自分たちで服脱げる?」
『・・・・・・。脱げない〜☆』
「・・・・・・・・・そういうところも、お嬢様に似てるよな・・・」


笑顔でおそらく嘘をついた双子に、さらに項垂れる刹那。
どうやらパパにぬぎぬぎさせて貰うのをご所望のようだ。


「はい、ばんざーい」
『ばんざ〜い☆』


ちびたちの服を脱がしていく刹那。
完全に親子の図が、そこにはあった。
衣服を脱がせてもらったちびたち。


「すっぽんぽん〜」「すっぽんぽんや〜」
「はいはい」
『一糸纏わぬ姿〜』
「・・・・・・知識力が上がるのも、ある意味問題、か・・・」
『えっと・・・あ、んと〜、・・・・つるぺた〜っ』
「・・・・・・。後で、夕凪の手入れをしよう」
『夕凪さんもきれいきれい〜?』
「ああ・・・、綺麗に整備してから、使わないと、な・・・」


要説教のブラックリストに、某触覚の人が何度目か解らないが、貼り付けられた。
婿養子の目は、笑っていなかった。


−−−−−−


「お風呂っ!」「お風呂やっ!」
「お風呂だな」
『ばすっ!!』
「bathだな」


かちゃっと浴室の扉を開け、お風呂場へと入る刹那とちびたち。
刹那はかなり悩んだものの、バスタオルを巻かずに普通のタオルを持ってはいるが、裸。


(ちびたちだし・・・まぁ、いっか)


それに、この後ある仕事が待っているのだ。
バスタオルなどすぐに濡れて作業の邪魔になる。


「ほら、身体軽く流してから浴槽に入ろうな」
『は〜いっ』


ママの遺伝がとても強いので、ちびたちは二人ともお風呂好き。
そうでなくてもこの時期の子供と言うものはお風呂=遊び場だ。
既にきゃいきゃいはしゃいでいるその姿に、刹那は苦笑を浮かべるしかなかった。


「よし。・・・・・どっちが先?」
『・・・・・・。じゃ〜んけ〜ん、ぽんっ!!』


身体を洗う用意などをし終えた刹那が、お湯に浸かってアヒルの玩具とかで遊んでいたちびたちに声を掛けた。
身体を洗う順番のようだ。
それを決めるために双子はじゃんけんをし始めたのだが。


『あいこでしょ!あいこでしょ!あいこでしょ!あいこでしょ!あいこでしょ!あいこでしょ!あいこでしょ!あいこでしょっ、あいこで、しょっ

、あいこd』
「あー、双那おいで」
『ぅ〜?』
「終わらなそうだから、な」


果てしなく続く相子の連続に、悪かったとばかりに刹那が指名した。
さすが、双子。
刹那は、ちびたち洗い作業を開始した。


−−−−−−


「ほら、目瞑って、耳塞ぐ」
「ん!」


桜香が目をぎゅっと瞑って、両手で耳を塞ぐのを確認した刹那が、シャワーで髪に付いた泡を洗い流していく。
シャンプーハットは、使いません。


「ふぐ〜〜〜〜・・・・、も、いい〜?」
「ああ、いい子だったな」
「いーこや〜」
「あとは身体」
「うんっ」
「・・・・・・いや、双那もそうだったが、そんな目の前に仁王立ちされても・・・椅子に座ってればいいんだが」
「違うん〜?」
「・・・。ま、いっか」


そんなまさに親子の会話というやつをしつつも、ちびたちの髪、顔、身体・・・全て洗浄は完了。
一仕事やり終えた刹那は桜香を抱き上げて、再び浴槽へと入れる。


「よし、終わった」
『ぴかぴか〜』
「よかったな」


さて、次は自分の番。
刹那は己の洗浄を開始するのだった。
顔、髪、と終わって、残るは身体。
ボディソープを手に取ったパパの姿を見る双子。
余談だがこんなに素の刹那の裸を見れる人材は、かなり希少かもしれない。


「おうか」
「うん、そうな」


意思疎通を完了した双子は、パパに声を掛けた。


「父上〜」「父様〜」
「ん?」
『背中ごしごしする〜』
「・・・・え?」


きょとんとする刹那に構わず、浴槽から自力で出ようとするちびたち。
危なっかしいので慌てて刹那が手伝い、無事着地。


「背中洗います〜」
「いや、しかし・・・」
「洗うん〜」
「だ、だが・・・」
『・・・・・洗うっ!!』
「・・・・・。わかった、お願い」


言ったら、聞かない。
その時の目をしていたちびたちに苦笑を漏らし、頼む刹那。
ちびたちは小さいボディスポンジを手に、椅子に座る刹那の背後に立った。
まるで戦いに向かうような気合を感じる。


「ごしごしです〜っ」
「泡立て完了や〜っ」


十分に泡立てたスポンジをパパの背中に密着。
そしてごしごし、するのだが。


「・・・・っく、は、あははっ、ちょ、待て、もう少し、ははっ、力入れてくれると嬉しい・・・っ」


どうやらパパにはくすぐったかった模様。
ちなみにママとかにやってあげる時も、絶対にくすぐったがれるのはご愛嬌。


「ん〜っ、力入れるです〜」
「入れるんや〜っ」


幼児では結構な力を入れないといけないようだ。
その声に、刹那が微笑んだのをちびたちは見ていない。


−−−−−−


刹那が身体に付いた泡をシャワーで流していく。
どうやら全て完了した模様。
あとは浴槽に浸かるだけ・・・・なのだったが。


がちゃ

「せっちゃん、うちも入r」
「ブハッ!!」


満を持して、と言ってもいいかもしれない。
ママにして、跡取り娘にして、妻である木乃香の登場であった。
もちろんと言うべきか、素っ裸。
それに盛大に噴き出す刹那。


「お、おおおおおお嬢様・・・ッ!?なに、ななな、何故・・・ッ!?」


もう回せないと言うほどまでに首を木乃香がいる方とは逆方向に向けて、視線を逸らす刹那。
その顔は、茹蛸のように真っ赤っか。
それに首を傾げているちびたち。


「うちもお風呂一緒に入ろ思て」


刹那には見えていないが物凄く笑顔な木乃香。
ねー?などとちびたちに言っている。
それに、ねー♪と返す何も解っていないちびたち。


「で、せっちゃんは何でこっち見てくれへんの?」
「エ?イエ、ホラ、何ト言イマスカ・・・」
「片言?」


じりじり近づく気配を感じ取ったのか、木乃香を見ていないにもかかわらず浴槽の方へと後退する刹那。
が、言葉と言う名の砲撃が、刹那を直撃した。


「それにせっちゃん、こんなん見慣れてr」
「ぅわーーーーっ!!」
「ふむぐっ」


その言葉の意味を脊髄反射で理解し、一瞬で木乃香の口を手で塞ぐ。
もう見るとか見ないとか触るとか触らないとかそんなことよりも木乃香の発言をかき消すことが先決だったらしい。
ちなみに、この刹那の叫びはリビングまで聞こえていた。


「また、何か爆弾発言したわね、木乃香」


バラエティを見つつも、明日菜が呟く。
そのあと、小さく溜め息。


「・・・・・・、いい加減同居しなさいよあの婿・・・」


明日菜は、婿の良き理解者である・・・・一応は。
戻って、お風呂場。


「ななななに、何言うんですか!!」
「っぷは。・・・・せやかて、ほんとのこt」
「だあっ!!」


焦りまくりつつも真っ赤な顔で、再び砲撃しかけたその口を塞ぐ。
だが木乃香はにこにこ笑うばかり。


「父上〜?」「母様〜?」


それを楽しそう的、かつ何してるの的視線を向けるちびたち。
ちびたちを一瞥した、ママ。


「ええやん、意味解ってへんやろし」
「もしその言葉を憶えてて、その意味を誰かに聞いたらどうするんですか・・・ッ!」
「・・・・・・。そん時は、そん時や」
「お嬢様・・・ッ」


パパ、胃痛。
そんな婿養子に、跡取り娘は、一言。


「でもせっちゃん、やっとこっち見てくれたな♪」
「へ?」


婿養子が我に還る。
視線は、目の前の、可愛らしい笑顔と、未発達ながらに神々しい曲線美に。


「―――――――ッ!!!」

ボンッ!!

『お〜、沸騰〜』
「せやねぇ」
「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!」


刹那が光速で、再び視線を逸らしたのは言うまでもない。


−−−−−−


『お風呂上がった〜っ☆』
「おー、そりゃよかったわねー」
「ぴかぴかです〜」
「ぴかぴかねー」
「ぽかぽかや〜」
「うん、そうねー。だからくっつくとあっついんだけどちびズ」


ご機嫌で明日菜にじゃれるちびズ(パジャマ姿)
明日菜の視線は、その背後に。


「・・・・・・・・・・・・・」
(ぅわぁ・・・)


あの後から。
色々と、そりゃあもう色んな意味で刹那の精神的疲労はほぼ限界値。
その原因はにこにこしながら髪を拭いている始末。
・・・・・・・同情せずを得ない。


「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・刹那さん?」
「・・・・・・・・ダイジョウブ、デス」
「そ、そっか・・・」


目が、ほとんど死んでいた。


「ほ、ほらちびズ!こっちおいで!髪の毛乾かしてあげる!」
『は〜いっ♪』


とりあえずその場を離脱し、ちびたちを連れて、ソファへ。
いまだ夫にちょっかいを出す妻を視界の端に収めつつ、明日菜はちびたちに言った。


「いい?ちびズ」
「いえっさ〜、明日菜特攻隊長〜」
「何でありますか〜」


敬礼の体制で話を聞くちびたち。
こういう知識は、色々幅広く持っているようだ。
・・・・・・似非家庭教師たちのおかげで。


「パパ遊撃隊長があーゆー風になったら速やかにパパ遊撃隊長からママ特務官を離すのだ」
『了解であります〜』
「うむ」


教育終了。
しばらくの沈黙の後、明日菜が呟いた。


「何であたしこんなことしてんだろ・・・」


いい人だからである。
この後。


「せっちゃん、髪乾かして♪」
「ハイ・・・」


そう言われて、断る理由もなくその作業に入る婿養子。
少し離れた所でちびたちの髪を乾かしている明日菜に聞こえないように・・・・と言ってもドライヤーが二個も稼働中のためそう難しくはないのだが、

妻に、囁かれた。


「我慢、してたやろ?」
「・・・・誰のせいですか」


あらゆる気苦労やストレス等により、キリキリ痛む胃。
婿養子は、思う。


(茶々丸さんに、胃薬貰いに行こう・・・)


この前貰った分は、既になくなっていた。


頑張れ、パパ。

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