近衛家10



それは、夏が幕を開けた、ある取り留めない休日のことだった。
麻帆良学園女子寮、中等部区画、3−A棟、643号室。


「父上っ!」「父様っ!」
「っと。・・・・飛びつくなって言ってるだろう?」
『抱っこ〜っ』
「・・・・はいはい」


暑さなんて関係なく、大好きなパパに抱きつくのは近衛さんちの双子。
己の君主の部屋にお邪魔していたのは、もちろんその護衛。


「父上〜☆」「父様〜☆」
「・・・・暑くないのか?」
『暑くない〜っ』
「そうか・・・」


照りつける太陽と独特の湿気、気温は高く暑い。
が、盆地である京都出身の刹那にとってそれほど苦にはならず。
何よりキッラキラした瞳×2を向けられては「離れて」など言えるわけもない。
ちびたちは夏の普段着と化した甚平を着用。
しかしコレ、お爺様からの贈り物ではない。

双那は白地に濃紺で刺繍が施された甚平。
桜香は白地に臙脂で刺繍が施された甚平。

曾お爺様からの贈り物だったりした。
やはり、初曾孫(仮)が可愛いらしかった。
・・・・物凄く値が張りそうなこの品をもらった瞬間、婿養子は俊足でお礼に伺ったとのこと。
さすが、名家。


「ちびちゃんたち、パパ疲れてるんやからほどほどにしぃ?」
『は〜い』


麦茶が入ったグラスをお盆に載せ、リビングにやってきた木乃香。
毎度刹那にじゃれまくる双子とそれを微笑んで見る木乃香。
そんないつもの日常。
だが、しかし。


ドバンッ!!

『婿養子!!』『婿殿!!』
「婿って言わないでください!!」


突如襲来する、クラスメイトたち。
何故だか物凄く笑顔だった。
某報道部員と某図書館探検部員を筆頭に、面白いこと好きなクラスメイト数人。
さらに開け放たれた扉の向こうには苦笑いを浮かべるクラスメイト数人。
計、十数人。


「な、何なんですか!?」
「あ、ラブいとこゴメンね?」
「愛の一時邪魔しちゃって」
「まったくや」
「お嬢様!?」


バッと木乃香の方を向く刹那。
跡取り娘は笑顔だった。
何か言えるわけもなく、押し黙る婿養子。
相変わらず、尻に敷かれている。


「で、どないしたん?」


木乃香が問えば。


『お客さんだよ!!』


笑顔でのハモり。


「・・・・・お客さん?」
『お客様〜?』


パパと双子が揃って首を傾げた。


−−−−−−


純白の小袖。
緋色の袴。
千早。
長い黒髪を後ろ束ねる檀紙や水引、装飾用の丈長。


「改めて・・・お久しゅう、刹那はん」
「お、お久しぶりです」


はんなりした京都訛り。
おっとりとした笑顔。


「お元気そうで何よりどす」
「あ、ありがとうございます」


聞き覚えのある声。
見覚えのある顔。


「娘はんたちもあないに元気に・・・」
「娘では、ありません」


近衛家の未来の婿養子(仮。本人否定)の前には。


「今日は、何故麻帆良に・・・?」
「関西呪術協会からの使者として、関東魔法協会に用事があったんどす」
「では、学園長に・・・」
「その用事はもう済ませました」
「そ、そうですか」
「ついでに木乃香お嬢様たちに会うとこう思いましてな」


京都、関西呪術協会総本山の、跡取り娘のご実家に仕える巫女が三人。
それはもう、笑顔だった。


「では、何故・・・・お嬢様ではなく、私なのですか・・・」
「木乃香お嬢様にもお館様からご伝言を承ってます」
「はい?」


疑問符を浮かべる刹那に、巫女たちは微笑み。
代表するかのように、中央に座った巫女が口を開いた。


「刹那はんをお呼びしたんは・・・・うちらの個人的なお話どす」
「!?」


ある夏の日。
婿養子の受難は幕を開ける。


−−−−−−


「で、何事コレ」
「あ、あすにゃん」
「あすにゃんとか言うな。何してんのよ」


コンビニから寮に戻った明日菜が目にしたのは、忙しそうに何かの準備をするクラスメイトの姿だった。
明日菜に気付いた和美が近づいてくる。


「婿殿に京都からお客さんが来たんだよ」
「刹那さんに・・・?仕事のこと?」


和美は首を横に振り、スクープを掴んだ時の笑顔で言い放つ。


「お義父さんからの使者!」
「・・・・・・・・刹那さん」


明日菜は目頭を押さえた。
婿養子のあまりの不憫さを嘆いてのことだろう。
刹那へのお客さん=総本山の巫女たち。
この事実を知った刹那は物凄い勢いで女子寮の玄関へと走り、ニッコリ笑顔でロビーに居た巫女たちと会うこととなった。
その時既に野次馬はクラスメイトほぼ全員。


〜〜〜〜〜〜


「な、な、何故・・・・」
「ああ、刹那はん」
「どうしたん?皆」
「木乃香お嬢様」


ロビーに着いた刹那が慄いていると、後ろから双子の娘を連れた木乃香がやって来た。
ちなみにクラスメイトたちは煌く笑顔の人たちと、苦笑いの人たちで分けられる。
ミステリーサークルの如く跡取り娘夫妻+娘たちと巫女の会話を離れて見守っていた。


『あ〜、巫女さん〜』
「お久しゅう、双那ちゃん、桜香ちゃん」


京都に遊びに行った時、ちびたちの世話を主にしていたのがこの三人の巫女。
よって、ちびたちはこの三人に特に懐いており、警戒心は皆無。
てけてけ寄って来たちびたちの頭をしゃがんで撫でる巫女たち。
それを追い、木乃香も巫女たちに近づく。


「久しぶりやね、お父様や皆元気にしとる?」
「ええ。ただ・・・木乃香お嬢様たち≠ェあんまり帰ってきぃひんから、寂しそうにしとります」
「あやー、ちびちゃんたち連れてった時は騒がしかったからやろね」
「お館様この前、文に添えられてた双那ちゃんと桜香ちゃんの写真見てにこにこしてはりましたよ」
「お父様、ちびちゃんたちのこと可愛がっとってたしなぁ」


この会話を聞いた某報道部員と某図書館探検部員。
目を輝かせつつ小声で言う。


「お爺ちゃん、初孫が可愛いのよね」
「曾お爺ちゃんも猫可愛がりしてるしね」
「・・・・・・あの甚平、いくらすんのかな」
「京都の老舗とかだと・・・・桁は万よね・・・」
「これだからハイソサエティは・・・!!」
「婿殿、かなりの逆玉よね」


その声が刹那の耳に届いているはずなのだが、フリーズしているので反応はなかった。
大丈夫か、婿養子。


「ほんで、せっちゃんに用なん?」
「ええ、ちょぉお話が・・・」
「!?」


三人の中でも上位の巫女である一人の視線を向けられた刹那の解凍が終了。
同時に、冷や汗が流れ始める。


「刹那はん、よろしおすか?」
「ハ、ハイ」


無論、拒否権などなく。
婿養子は頷くしかなかった。


〜〜〜〜〜〜


「今皆で会合の場を用意してんの」
「・・・・なんでこういう時は行動早いのよ、あんたら」


あんたら=面白いコト好きのクラスメイトたち。
明日菜が溜め息をつくと同時に、廊下の向こう側からちっちゃい足音×2が響いた。


『明日菜お姉ちゃん〜っ』
「ちびズ?どしたの?」


駆けて来たのはちびたち。
足元で明日菜を見上げ、腕を伸ばしてその手をとった。


「母上が明日菜お姉ちゃんのとこ行ってなさいって〜」
「木乃香が?」
「伝言もあります〜」


伝言を口にするのは、もちろんママ似のちび。


「ちょぉ用事出来たから、ちびちゃんたちのこと預かっててくれへん?なんや中庭で面白いもん見れるらしいえ?≠セって〜」


声は高いものの口調がそっくりであった。
面白いもん、この単語に明日菜は楽しそうに笑う人を見る。


「・・・・・何しでかす気?」
「婿殿の雄姿を観察しようと思って」


再び溜め息をつくママの親友を、ちびたちは小首を傾げて見ていた。


−−−−−−


女子寮中等部区画3−A棟に何故か存在する和室。
クラスメイトにより迅速に準備されたそこに、刹那と巫女たちは居た。


「さて、刹那はん」
「何でしょう・・・?」


開け放たれた障子の向こうには、中庭。
日本庭園とは言いがたいものの、それは綺麗な緑がその存在をアピールしていた。
その中庭ではクラスメイトたちが離れて事を見守っている。
障子が開け放たれているのは、おそらくこのためだろう。
・・・・・。
時折り小鳥のさえずりや蝉の声と混じって聞こえるフラッシュの音とかは気にしてはいけない。


「お館様から、娘はんたちに御土産どす」


言葉と共に差し出されたのは、畳紙二包み。
着物が包まれている和紙である。


「だから娘じゃ・・・・って、お土産?」
「夏の風物詩・・・浴衣どす」
「・・・・あの」
「お館様はこれ着てはるのを見たい思ってはります」
「・・・・ありがたく、頂戴致します」


刹那の遠慮の言葉は、遮られた。
何とも言いがたい表情でそれを受け取る。


(後でお礼状をしたためねば・・・)


畳紙の上等さから、中身がそれ以上のモノであることは間違いなかった。
さすが、名家。


「双那ちゃんと桜香ちゃん、相変わらずかいらしぃどすなぁ」


中庭に視線を向ければ、ちびたちがクラスメイト・・・・ザジにヘンな生物を渡されているところが目に映る。
慌てる刹那だったが、千雨がその生物たちをちびたちから取り上げ、ザジに放り投げたことにより杞憂に終わった。
・・・・・。
あの生物は、何なのだろうか。


「クラスメイトの方とも仲良ぅ遊んではるし・・・」
「皆さん、お優しい方ですから・・・」


裕奈と亜子に呼ばれたのだろう、駆けて行くちびたちを見ながら会話は進む。
このまま世間話が続くかと思われたのだが。


「刹那はん」
「はい?」
「もうすぐ、お盆どすなぁ」


この言葉によって、刹那は硬直することとなった。
顔が、引きつる。


「夏休みやし」
「五山送り火もありますし」
「そう・・・・・絶好の帰省シーズンの到来どす」


順番に紡がれる言葉。
キラリと巫女たちの目が光ったのは、刹那の錯覚ではないはずだ。


「お館様を始め、巫女たちも神官たちも・・・」
「お嬢様はもちろんのこと・・・」
「双那ちゃんや桜香ちゃん・・・」


笑顔なのに威圧感を放つ巫女たち。
刹那の呼びかけは軽くスルー。


「それに・・・・・・刹那はんのこともお待ちしとりますえ?」
「木乃香お嬢様の大切な方やし」
「なにより・・・近衛家の大切な方になるやも知れへんし」


はんなり微笑む巫女たちを前に、刹那はカタカタ震えた。
蛇に睨まれた蛙。
そう、コレこそ、巫女たちの個人的なお話=B
またの名を未来の婿殿(仮)に対する近衛家に仕える臣下たちからのお話=B


−−−−−−


「ちびズーっ、こっちおいでー!」
『何〜?』


婿養子を見守り隊の名目の元。
例の和室が覗き見・・・・こほん、必然的に見えるこの中庭に3−Aクラスメイトたちはほとんど揃っていた。
パパは接客中。
ママは用事。
ツインテールの彼女に預けられたちびたちは、この中庭に連れて来られたというわけである。
明日菜は遠くからちびたちを見ていて、クラスメイトたちが遊び相手となっていた。


「ほーらちびズ見てご覧。パパが固まってるよー」
「ゆーな・・・・そないに嬉しそうに言わんでも」


双那を抱きかかえて、和室を見せるのは裕奈。
桜香を抱きかかえるのは亜子。
ちびたちはきょとんと巫女三人を前に硬直するパパを見ていた。
会話は聞こえていない。


「父上どうしたんですか〜?」
「大方夏休みに実家に帰ってきたらとか言われたんでしょ」
「お爺様のとこ〜?」
「ちびズにとったらそうやね」


苦笑いを浮かべる亜子。
どうやら婿養子を気の毒に思う人の一人らしい。
果たしてそう思っているクラスメイトは何人居るのだろうか。


「ちびズ、甚平おニューなんだねー」
「白も可愛いね・・・」


そこにやって来たのはまき絵とアキラ。


「曾お爺様がくれたん〜」
「お爺様も色々プレゼントくれます〜」


抱っこされた状態でにぱっと笑うちびたち。
もちろん自分たちが着ているモノがどんなものなのかは知らない。
ちびたちへのプレゼントは会長からも長からも届くようだ。


「木乃香っていんちょと並ぶくらいのお嬢様なんだよね?」
「ってことは実家は・・・」


妙な沈黙が四人の間を流れた。
脳裏に蘇るはプライベートビーチどころかプライベートランド(孤島)を持つ某金糸を靡かせるお嬢様。


「そういや、最近滅茶苦茶高そうなテディベアとか木乃香の部屋で見たんだけど・・・」
「あたし刹那さんが顔蒼くしてがくえんちょー室に向かうの何度か見たことある・・・」
「私はポストの前で何度か見たかな・・・」


婿養子の受難は、クラスメイトにより度々目撃されていたようである。
しかも相手は悪気など微塵もなく、あくまで己の好意で行っているのだ。
その気苦労は計り知れなかった。


「名家の婿養子って大変なんだねー」
「しかも妻に尻に敷かれてるからね」
「そ、それ関係ないんちゃう?」
「いや・・・少しはあると思う」


婿養子は自身の知らぬところで哀れまれていた。
今更な気もしなくもないが。
その時。


『あ』
「どした?ちびズ」
『下ろして〜』


裕奈と亜子に抱っこされていたちびたちが、ある人物に気付き抱っこから下ろしてとせがむ。


「母上です〜っ」「母様や〜っ」
「え?ああ、木乃香帰って来たんだ」


ちびたちの視線の先にはママの姿。
地に下ろされたちびたちが満面の笑みで木乃香へと駆けて行った。


「母上〜っ」「母様〜っ」
「ちびちゃんたち、ええ子にしてた?」
『うんっ』
「ほか」


なでなでされるちびたち。
木乃香は視線を離れた場所に居る明日菜に送り、口パクで感謝を告げた。
それに手を軽く振り返す明日菜。
そのまま振っていた手で和室を示す。


「・・・・・あー、せっちゃん、あないに固まって・・・」


苦笑い。


−−−−−−


「いい機会やさかい、総本山に来たらどないどす?」
「・・・・・お、お嬢様のご実家に、私などが伺うことは・・・」
「あらぁ、気にすることありませんえ?名実共にご実家になる可能性あるんやし」
「・・・・・・その可能性は、その・・・」
「刹那はん、腹くくりぃ・・・」
「は、腹くくるって・・・!」


じりじりと言葉により追い詰められる刹那。
この巫女三人、やたらとチームワークが良かった。
そのために編成されたチームと言ってもいい。
そして、すでにたじたじな刹那に更なる敵の増援がやってくるなど、誰が予想しただろうか。


ズパシーン!!

「ほら婿養子!!巫女さんたちもこう言ってるじゃない!!」
「お義父さんに顔出しに行きなって婿殿!!」
「・・・・・早乙女さん、朝倉さん・・・っ!!」


会話を盗み聞・・・・不可抗力で聞いているうちに居ても立ってもいられなくなったのだろう。
和室に乱入してきたのはご存知この二人。
・・・・・あながち、中庭からではなく正規の襖から進入してきたところを見ると確信犯かもしれない。


「お盆っつったら実家≠ノ帰るもんでしょ!?」
「お、お嬢様はそうかもしれませんが」
「大丈夫!!婿殿が実家≠ノ帰っても何の問題もないって!!」
「護衛としてならともかく・・・婿じゃありません!!」


クラスメイト二人と交戦する刹那。
しかし、劣勢なのは変わりない。


「刹那はん、護衛でなくともこちらにはなぁーんも問題は・・・」
「あります・・・っ!」
「歓迎しますえ?」
「そう言う問題じゃありませんッ」
「何だったらただいま′セうて来てくれても・・・」
「お願いですから話を飛躍させないでください・・・っ!!」


四面楚歌。
今の婿養子にぴったりな言葉である。




「せっちゃん困ってるやろ?止めたげてぇな」




そこに、静かな声が中庭から聞こえた。
六人が視線を向ければ、そこには跡取り娘。


「あ、と、ちょっと〜・・・っ」
「ふむぅ〜・・・っ」


そして縁側に頑張って上ろうとしているちびたち。
場にそぐわないほど、微笑ましい。
喧騒を鎮めた木乃香は、苦笑いを浮かべてちびたちを縁側へと上らせ、自らも和室へ。


「父上〜っ」「父様〜っ」
「あ、ああ。あの・・・お嬢様?」
「もう、何言われてたん?せっちゃん」
「ぅ」


詳しいことなど、言えるわけがない。
言ったら、ある意味最後。


「・・・・?まぁ、ええわ」


木乃香が気に留めなかったことが、救いだろう。
巫女たちは木乃香へと向き直り、口を開く。


「木乃香お嬢様」
「ん?何?」
「お館様よりご伝言どす」
「お父様から?」


首を傾げる木乃香。




「時間があれば、お盆にでも帰ってきてください≠ニのことどす」




言葉の最後、巫女の視線は何故か木乃香の背後の刹那だった。
その真意は、言わずもがな。


「んー・・・この前帰った時に色々済ませてもぅたし・・・こっちで皆とも遊びたいしなぁ」


だが跡取り娘にそんな事は関係なかった。
可能性は、五分五分。
帰るか帰らないかは、全てこのお方の気持ち次第と言うわけだ。


「気ぃ向いたらとのことどした」
「ん、ほな帰りたなったら帰るわ」


のほほんとした空気が木乃香と巫女たちの間に流れるが、某二人は気付いていた。


「・・・・・巫女さんたちのオーラが尋常じゃないほど婿養子に向かってる気が」
「婿殿身動き取れてないじゃん」
「さすが近衛家・・・仕える女性も強いのね」
「大変だね婿殿は」


もう、他人事。
そして。


「父上〜?」
「暑いん〜?」


暑さではない要因で汗を流す婿養子は、双子に心配されていた。
とりあえず、跡取り娘の登場により危機は去ったようである。


−−−−−−


「ほんなら木乃香お嬢様、刹那はん、双那ちゃんに桜香ちゃんも、また次の機会に・・・」
「ほななー」「御元気で・・・」『さよなら〜』


寮の玄関で刹那と木乃香、そしてちびたちは巫女たちの見えなくなるまで見送った。
元よりついでと言う形で木乃香に・・・・ひいては刹那とちびたちに会いに来た巫女たち。
長居はあまり出来なかったのだ。


「・・・・・・・せっちゃん、なんややつれとるけど」
「・・・・お気になさらずに」


その短時間で婿養子をここまで疲弊させたのは、さすがだった。
ちびたち御披露目の際に京都に行った時よりも、その精度は上がっていたと言えよう。
何の、とは言えないが。


「母様〜」
「ん?」
「用事って何だったんですか〜?」
「ああ、せや。せっちゃん」
「はい?」


ぽんっと手を叩くと、木乃香は刹那に向き直り、言った。




「お父様とおじーちゃんから連絡あってな。せっちゃんに甚平とか送りたい言うから、寸法教えてくれへん?」




刹那が辞退しないよう・・・・抗えないように木乃香経由で提案するあたり、お義父様とお義祖父様は計画犯。
にこにこ微笑む木乃香を見て、刹那は。


「・・・・・・胃が・・・」


久々に痛烈な胃痛を感じていた。

この後。
婿養子は寸法を教えざるを得なくなる。
全ては、跡取り娘の無言の笑顔の力。
そして従者属性仲間の某クラスメイトから。


「・・・・・・・心中お察しします」
「・・・・ありがとう、ございます」


胃薬を貰うことになるのは、翌日のこと。


頑張れ、パパ。

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