近衛家9



「ねぇ婿殿。アレ以来妻の実家には遊びに行ったりしてないわけ?」
「婿じゃないです。ましてや、つ、妻もいません」
「どもりつつとか説得力ないけど、婿殿」
「だからっ、婿じゃないです!」


お昼時。
パパラッチこと朝倉和美に質問されているのは、我らが婿養子、桜咲刹那。


「ふっ、アレを見てもそう言えるわけ?」


和美が指し示すのは。


「母上〜」「母様〜」
「ん?どないしたん?」
『抱っこ〜』
「甘えたさんやねぇ」
『えへへ〜』


双子の幼い娘を膝の上に乗っけるママの姿。


「・・・・・し、式神です」
「苦しい言い訳ねぇ」
「事実ですっ!!」


などと言いつつもしっかり双子のお守り、ママのサポートをしているあたりがもはや言い逃れは出来ない。
全て妻による教育によるものだった。
さすが、尻に敷かれているだけはある。


「ファザコンかと思いきやママも大好きだからね、ちびズ」
「でもお母さんの遺伝子が強すぎてパパラヴになっちゃったんだよねー」
「遺伝子まで尻に敷かれてるってかなり不憫・・・」
「で、でも、ほら、桜咲さん理想のパパだし」
「それは認めるけどさ」
「・・・・妻に勝ってるの見たことないんだけど」
「・・・・うん」
「いや、夜は勝ってるかも知れないじゃない!」
「発言を控えてください」
「冷たっ!」


ちなみにここ。
昼休み中の麻帆良学園女子中等部3−Aだったりする。
無論クラスメイトたちもいるのだ。
クラス公認となったちびたちは時々だがママが召喚するようになり、今ではクラスメイトが遊び相手をしてくれるまでとなっていた。
それに日々婿養子が項垂れているのは、秘密である。


ピンポンパンポーン♪


そんないつも通りの昼休み。
そこに鳴り響く放送音。




“女子中等部3−A、桜咲刹那君。昼休みが終わったら学園長室まで来てくれたまえ。繰り返す・・・”




紛れもなく全校放送。
婿養子が固まったのは言うまでもない。


−−−−−−


近衛近右衛門。
麻帆良学園の学園長にして、関東魔法協会の理事長。
学園最強の魔法使い。
そして近衛木乃香の祖父。


「・・・木乃香」
「ん?」
「あんた、学園長にちびズのこと話した?」
「話しとらんよ?」
「・・・・・・」


明日菜の視線の先には自席でカタカタ震えている刹那の姿。
その顔を彩るは蒼白。
刹那の隣にいる楓が笑いを堪えつつもそれを諌めている。


「何で話してないのよ」
「別にええかなぁ、思て」
「ダメでしょ」


即答した明日菜に木乃香は首を傾げる。


「学園のことやし、なにより孫娘のことおじーちゃんが知らんはずない思うよ?」
「いやいやいやいや、そう言う問題じゃなくてね」


頭を抱える明日菜。
子供が出来ました☆≠ネんてこと、報告義務があると考えられる。
婿養子は否定しそうだが。


「ちびズ御披露目に行ってないわけ?」
「そー言えば行ってへんねぇ」
「・・・・・・お爺ちゃん可哀想でしょ」
『お爺ちゃん〜?』


明日菜の言葉に反応したのはママの膝の上にいた双子。
双子の中ではお爺ちゃん≠ニ言えば某渋いおじ様だった。
余談だが先日贈られてきた手紙にはこう書かれていた。


今度は浴衣を贈りますね


どうやら初孫(仮)が可愛いらしい。


「お父様のことやないよ?」
「お爺様と違うんですか〜?」
「そ」
「誰なん〜?」
「木乃香のお父さんのお父さんのこと」
『お爺様のお父様〜?』


どうやらいまいち理解できなかったらしく顔を見合わせる双子。
その後自身たちの父親に目を向けた。


「父様どないしたん〜?」
「ああ・・・・そっとしといてあげなさい」
「父上震えてる〜」
「そないに緊張せんでもええのに」
「いやいやいや、木乃香、それ無理だと思うから」


律儀に木乃香にツッコむ明日菜。
ママは楽観的だった。


「・・・・・・今度はお義祖父さんにご挨拶、か」


刹那を心配しているのは、明日菜を含むクラスメイト数人。
他は。


「コレで学園公認だよ婿養子!!」
「この際がくえんちょに頼んで同居しちゃいなYO!」
「安泰だね!!」


楽しんでいた。


−−−−−−


ゴーンゴーンゴーン・・・・


無常にも響き渡る昼休み終了を告げる鐘の音。
昼休みが終わってから来いと言ったのは、おそらく野次馬防止のため。
刹那は学園長室の前に居た。
居たくはなかったが、居た。


(逃げたい・・・)


心からの願いだった。
京都に行った時もそうだ。
戦いとは別の、多大なプレッシャーを感じていた。


(いや待てちびたちのことって決まったわけじゃない・・・可能性は低いよな・・・)


仕事のことであればメールや電話、手紙で伝えられる。
つまり、それ以外の用件。


(帰りたい・・・)


どこに、とかは聞いてはいけない。
しかし鐘が鳴った今、扉を開ける以外に選択肢は残されていなかった。
目の前には大きく重厚な扉。
普段はそんなに感じないが、今は威圧感がたっぷり。


「覚悟を決めろ、桜咲刹那」


小さく呟き、慄く足に喝を入れ、刹那は扉に手を掛けた。


−−−−−−


コンコン


「学園長、桜咲刹那、参りました」
「うむ、入ってくれ」


扉を開ければそこには、妻の御爺様の姿。
その存在、オマケに逆光から来る威圧感も半端なものではない。


「御用は」
「ふむ・・・」


裏返りそうになるのを抑えて、刹那は声を発した。
それに重々しく口を開く近右衛門。


「儂が先日京都に出張だったのは知っておろう?」
「は、存じております」


関東魔法協会と関西呪術協会が極秘裏に会合を行うことを、刹那も木乃香の護衛ということで聞いていた。
他にこのことを知っていたのは学園内の魔法先生たちのみ。


「その時久しぶりに婿殿と会うてのぅ」
「長と・・・」
「会合の後、食事をしたんじゃ」
「そう、でございますか」


近右衛門が言う婿殿とはもちろん詠春のこと。
木乃香の祖父と父。
仕事から離れれば、無論、話は大事な近衛家のお姫様のことになるだろう。


「それでな、刹那君」
「は」
「関西呪術協会の長からある写真を見せてもらったんじゃが・・・」


ビキッという音と共に刹那が固まった。


「エヴァンジェリンが木乃香に何か魔法を教えたとは聞いていたんじゃが、まさかあんな魔法だったとはのぅ」
「あ、あの・・・」
「いやはや、陰陽道まで使えるようになっとるとは思わんかった」
「その・・・」
「まあ、式神の片方の気が同調しやすいものじゃったことも理由じゃろう」
「わ、私は・・・」
「あの子が大切に想ってる子の気じゃからのぅ」
「・・・・・・」


ほっほっほっと笑う近右衛門を前に冷や汗が止まらない刹那。
刹那には上記の言葉を要約すると。


木乃香を唆しおって!!


と無意味に被害妄想的な言葉に変換されていたのだ。
詠春の手紙の時と同じだった。


「それでな・・・・刹那君」
「は、はい」



どんな罰が与えられるが内心気が気じゃない刹那。
そんな刹那を他所に、近右衛門は笑顔で。


「そのちびちゃんたちをワシと会わせてくれんかのぉ」
「はいっ・・・・って、ええ!?」


疑問の叫びを上げる刹那に。


「曾孫みたいなものじゃろう?」
「曾m・・・っ!?」


フリーズ効果がある言葉が掛けられた。


−−−−−−


ガラッ

「あ、刹那s」
「婿養子!!どうだった!?お義祖父ちゃんにご挨拶は!!」
「もちろん快く承認だったでしょ!?」
「だって反対される理由ないもんね!!」


午後一の授業中。
教室に戻ってきた刹那を迎えたのはネギ・・・・が不発に終わり、3−Aのクラスメイト。
しかし何を言っても俯いたままの刹那に、全員が疑問を感じ始めた頃。
その刹那がゆっくりと歩を進めた。
行き先は木乃香の席。


「せっちゃん?おじいちゃんに何か言われたん?」
「・・・・・双那と桜香に、会わせて欲しい、と」
「わたし〜?」「うち〜?」
「ああ・・・」
「ん、ほなちびちゃんたち、パパと一緒に行ってきぃ」
『は〜い』


かなり消沈したパパに抱き上げられた双子(授業中は静かにお勉強中)を見て。


『曾孫お披露目だーーーっ!!!』
「違いますっ!!!」


クラスメイトと刹那の声が響いた。


−−−−−−


「が、学園長・・・・連れてきました・・・」


ちびたちを連れ、再び学園長室を訪れた刹那。
今度は先ほどとは違う意味でプレッシャーを感じていた。


「おお、すまんのぅ」
「い、いえ」


両脇に立ち、パパを見上げる双子。


「父上〜、どなたですか〜?」
「麻帆良学園の学園長であらせられる近衛近右衛門様・・・・そして、お嬢様のお爺様だ・・・」
「母様のお爺様〜?」
「そうだ・・・・」


きょとんと近右衛門を見る双子。
席から立ち、ちびたちの前までやってきた近右衛門。


「本当にちぃさい頃の木乃香と刹那君にそっくりじゃ」
「父上似です〜」「母様似や〜」
「双那ちゃんと桜香ちゃんじゃな」
『うんっ』


嬉しそうにちびたちと会話をする近右衛門。
それをハラハラしながら見守る刹那。
そんなことは露知らず、屈託のない笑顔を向けるちびたち。


「儂は近右衛門じゃ。ちびちゃんたちのお母さんのお爺ちゃんじゃよ」
『・・・・?』


家族だということはおそらく理解したであろうちびたち。
が、ママのグランパをどう呼んでいいのかがわからない様子だった。
それにちびたちの頭を撫でつつ、近右衛門は言う。


「ほっほっほ・・・“曾お爺様”と呼んでくれんかのぉ」
「学園長!?」
『曾お爺様〜♪』
「こら!ちびたち!」
「構わんて。ほっほっほ、元気じゃの」


にぱっと笑い、近右衛門に抱きつくちびたち。
それに慌てる刹那。
が、近右衛門は笑顔でそれを制する。


「曾孫が懐いてくれるとは幸せじゃのぅ」
「が、学園長!!」


デジャヴ。
京都での詠春がフラッシュバックした刹那。
そして。


「ほら、おじーちゃんもちびちゃんたち気に入ってくれたやん」
「お、お嬢様!?」


いつの間に入ってきたのか、学園長室の入り口には木乃香の姿。
どうやら刹那を心配してきたらしい。


「おお、木乃香」
「おじーちゃん、ちびちゃんたちのこと知らんかったん?」
「式神がいるとは聞いておったんだが・・・こんなになっとるとは知らんかったんじゃ」
「あやー・・・じゃあ報告しに来たほうがよかったんね」


それ以前に自ら報告すべきだと思うのは気のせいだろうか。
結構重大なことだと思うのだが。


「可愛いやろ、うちらの娘♪」
「式神です」
「・・・・うちらの愛の結晶☆」
「あ・・・・!?」


木乃香の言葉に硬直した刹那。
さらに。




「こんな可愛い曾孫じゃったら何人でも欲しいのぅ」




この言葉が、刹那を更なる石化に導いた。


−−−−−−


何とかステータス異常を解いた刹那と、木乃香、そしてちびたちは学園長室を後にしていた。
ぐったり疲れている刹那に、木乃香は言う。


「おじーちゃん、嬉しそうやったね」
「そうです、ね・・・」
「お披露目も完了やね」
「・・・・・・はぁ」


外堀が埋められていくような既成事実がガッツリ固められていく感覚。
それが婿養子の心境。
それを知ってか知らずか、妻は続ける。


「せっちゃん、未来は明るいえ」
「は」
「お爺様に承諾受けたんよ?」
「何の、ですか?」
「何って・・・」


満面の笑み。


「婿入り」
「むっ・・・・!!!」


本日何回目かわからないフリーズに陥った婿養子。
上が見えないほど、既成事実は積み上がってきている。
まったくと言っていいほど本人が積み上げた覚えがないのに、だ。
その八割は妻の計略と言っていいのかもしれない。


「うち、せっちゃんの苗字好きなんやけどなぁ・・・婿入りやししゃあないかぁ」
「お、お嬢様!!」


頑張れ、パパ。

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