近衛家8



朝だった。
ソレはもうどうしようもないくらいに朝だった。
ここは麻帆良学園女子寮中等部区画3−A棟、某部屋。
本来二人居るはずのその部屋には、一人しか居ない。
いまだベッドの中の人のルームメイトは実家に帰省中。
本日は休日。
寝坊がいくらでも許されるスペシャルディだ。
それを満喫してるのは。


「・・・・・・すぅ・・・・すぅ・・・」


某名家に婿入りすることが何だか周知の事実になりかけている、桜咲刹那。
それについて本人は否定しまくりだが。
昨夜も仕事で深夜に帰って来た刹那は、熟睡中。
そんな寝息だけが聞こえる部屋。
そこに、侵入者。


カチャ、リ・・・

「侵入成功です〜」
「ミッション開始やね〜」


小声で話す、ちっこい侵入者×2。
部屋の外にはニマニマ笑う裕奈と、苦笑いするアキラ。


『ありがと〜、裕奈お姉ちゃん〜、アキラお姉ちゃん〜』
「頑張ってね、ちびズ」
「うん、まあ・・・・怒られないようにね」


小声でお礼を言って手をぴこぴこ振る侵入者たちに、激励を残し去って行った。
どうやら部屋の鍵を開けてもらったようだ。
侵入者たちの手が、届かないから。


「桜香、今回のミッションどんな方法にしますか〜?」
「どないしよう〜?双那」


侵入者は、ご存知近衛さんちのちっちゃい双子。
無論、パパを起こしに来たのだ。
ママに頼まれたのだろうか。
今回はちゃんと着替えてきたようで、二人とも例の着ぐるみツナギではなかった。

双那は黒地に空色の糸で刺繍が施された甚平。
桜香は黒地に桃色の糸で刺繍が施された甚平

最近の二人のお気に入り。
某お爺様からの贈り物だった。
・・・・・・京都の、しかもかなりのイイモノでることは間違いがない。
余談だがこれを知った婿養子は青ざめ、物凄い勢いでお礼の書状を書きしたためたとのこと。


「・・・・・お腹ダイブだめって言われましたし〜」
「せやね〜・・・・」


内臓に被害を及ぼそうとした起こし方は禁止令が出されている。
もしソレをしてしまえば、パパに怒られることは必至。
パパラヴな双子にとってそれはなんとしても避けるべき事項であった。
しばらく入り口で作戦会議をするちびたち。
・・・・・。
普通は、先に決めておくのだがね。


「・・・・・・アレでいきますか〜?」
「アレ〜?」
「そうです〜」
「ん〜、ほないこか〜」


さすが双子。
代名詞だけで意思疎通が出来たようだ。
作戦を決めたちびたちが、リビング、そしてベッドへと進軍していく。
もちろん、こっそりと。


「・・・・・・寝てます〜」
「・・・・・・起きてへんね〜」


ベッド脇にへばり付いたちびたちの目に映るのは、睡眠中のパパ。
ちびたちは顔を見合わせ、頷き合うと。


『出撃〜っ』


もぞもぞと刹那の布団に横から潜り込んで行った。
今回のちびたちの作戦、それは。


【潜り込みビックリ作戦】


前回よりはインパクトは少ないものの、地味に驚く作戦だった。
暗い布団の中をもぞもぞ進軍していたちびたちだったが。


ぎゅぅっ!

『ひゃあっ!!』


何かに布団ごと捕獲された。


「ぅあ〜っ、動けません〜!」「何なん〜っ!」


いまだ布団で包まれたままのちびたちが非難の声を上げれば。


「はぁ、まったく・・・」


その声と共に、布団がめくられ、ちびたちの頭のみが出た。
身体はまだ捕獲中。
ちびたちの視界に映るのはもちろん。


「何仕出かそうとした、ちびたち」


苦笑する、刹那。
ちびたちを布団で包むように捕獲した張本人。


「あ〜・・・」
「失敗や〜・・・」


どうやら刹那、寝たふりをしていたらしい。
真名ならともかく、一般人のクラスメイトの気配が自室前にあれば気がつくというもの。
まあ、ちびたちの気配だけでも起きていただろうが。


「父上寝たふりなんてズルイです〜っ!」
「寝起きドッキリはズルくないのか?」
「父様屁理屈や〜っ!」
「・・・・・どんな言い分だ」


捕獲されながらも作戦成功しなかったのが悔しいのか抗議するちびたち。
ベッドの上に座り、抱えていた布団を放す刹那。
解放されたちびたち。


「むぅ〜、次は絶対成功させます〜っ」
「頑張れ」
「父様笑わんといてや〜っ」
「笑ってない」
『嘘〜っ!!』


実際、刹那は笑っていた。
ちびたちの悔しがる姿が微笑ましかったからだ。
憤慨したちびたちが刹那に飛びつく。


『とりゃ〜っ!!』
「おあっ!?」

どさっ

「笑わないでください〜っ」
「わ、わかった、わかったからっ」
「まだ笑ってるやん〜っ」
「笑ってn」
『笑ってる〜っ!』


勢いを殺せずに倒れた刹那に乗っかり、ぽかぽか叩くちびたち。
もちろん痛くなどないのだが、それを笑いながら防御する刹那。


『ぅ〜・・・・』
「唸るな」


数分の攻防、ちびたちは刹那のお腹に乗っかったまま唸っていた。
苦笑するしかない刹那。


「疲れました〜・・・」
「そうやね〜・・・」
「だったら、どいてくれると嬉しいんだが・・・」
『・・・・・・』
「ちびたち?」

ぽすっ

「・・・・?双那?」

ぽすっ

「桜香?」


いきなり双那が刹那の右脇に、桜香が左脇に横たわった。
そのまま刹那のパジャマにしがみつく。
なんとなく何をしようとしているのか察した刹那。


「・・・・・・ちびたち」
「寝ます〜」
「起こしに来たんじゃないのか?」
「明日菜お姉ちゃんも二度寝はいいことやて言うてた〜」
「明日菜さん・・・・」


遅刻未遂の常習者の顔が、刹那の脳裏を過ぎ去った。
そんなことを考えてるうちに、下がっていくちびたちの瞼。


『おやすみなさい〜』
「こ、こらっ」


この数十分後。
あまりに帰りが遅い双子を心配したママが部屋を訪れる。
そして、熟睡する双子と。
その睡眠オーラにやられて眠っている夫を発見。
溜め息をついて起こすこととなる。


「・・・・・せっちゃん」
「はい?」
「今日、一緒に寝よ」
「なっ!?」
「ちびちゃんたちだけ、ズルイんやもん・・・」
「・・・・」


その後、妻からこう言われ婿養子がかなり赤面するのだが。
そんなことをちびたちは知らない。

パパ、頑張れ。

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