近衛家7



『お〜っ』
「・・・・その珍しいものを見るような目は、止めてほしいな」
『エプロン〜』
「ああ、そうだな、似合わないよな」
『似合う〜っ!!』
「・・・どうも」


麻帆良学園女子寮中等部区画3−A棟、643号室。
そしてキッチン。
そこにエプロンを身にまとった双子のパパが居た。


「父上何作るんですか〜?」
「お粥」
「卵のお粥がええ〜」
「・・・・お前たちに作るんじゃないんだが・・・まぁ、いいか」


足元にじゃれつく双子に苦笑いしつつ、パパ・・・桜咲刹那は冷蔵庫から卵を取り出す。
そして再び双子・・・ちびたちに向き直り、言った。


「お嬢様が一人じゃ寂しいだろうから、傍に居てさしあげなさい」
「せやかてうつるからきたらあかん言うんやもん〜」
(・・・・・ちびたちって病気になるんだろうか)
「わたしたちも父上のお手伝いします〜」
「じゃあ、卵割ってくれる?」
『うんっ』


ボウルと卵を前に格闘を開始したちびたちを一瞥し、刹那はリビング、ベッドの方へと向かう。
そこに横たわるは。


「気分はどうですか?お嬢様」
「ん。だいぶええよ。・・・・けほっ」


顔が紅い、近衛木乃香の姿。
診断は、風邪。
刹那は木乃香の額に手を当てる。
氷嚢をしているが、その熱は幾分か高い。


「少し下がってきましたね」
「・・・・」
「お嬢様?」
「せっちゃんの手、冷とぅてきもちい・・・」


刹那の手を取って自らの頬にあてる木乃香。
どことなく二人の間に甘い空気が流れるのだが。


『出来た〜っ!』


キッチンから聞こえてきた喜びの声に、かき消された。
木乃香の頬から手を離す刹那。
名残惜しげな木乃香に微笑んだ。


「ちびたちとの合作になりますから」
「ん、楽しみにしとるな」


そう。
もう言わなくてもわかるだろうが一応説明を。
パパ&双子の娘によるママの看病だ。


「パパではありません」


・・・・・いい加減諦めればいいものを。


−−−−−−


気温の高低差が激しかったここ数日間。
体調を崩す者も多く、木乃香がそれに当てはまった。
さらに湯上りに薄着でいたことが拍車をかけ、気づいた時にはもう遅く、熱は三十八度五分をマーク。
無論木乃香の変調に最初に気付いたのは護衛であり、本日が休日だということを幸いとして有無を言わさず木乃香はベッドに押し込められたのだっ

た。
そして、今に至る。


「上手く割れた?」
『うんっ』


刹那がキッチンに戻れば、そこには踏み台(葉加瀬製)に仲良く乗っかりボウルを掲げるちびたち。


「偉い偉い」
『えへへ〜』


ボウルを受け取り、若干潰れてはいるものの殻が混じっていない卵を確認し、刹那はちびたちの頭を撫でた。
それにふにゃりと笑うちびたち。
パパに褒められたのが嬉しいのだろう。


「あとは私がやるから、そうだな・・・・ちびたちは味見係」
『は〜いっ』


自炊しているだけあって、刹那も料理は一通り出来る。
ただ、あまり振舞う機会がないのだ。
しかも現在は木乃香が下手をすれば三食作ってくれているという事実。
これではちびたちが刹那のエプロン姿に驚くのも無理ない。


「父上の作ったご飯食べるの初めてです〜」
「いっつも母様のご飯やし〜」
「お嬢様と比べ物にならないくらい下手だから、期待しないでほしい・・・」
『明日菜お姉ちゃんよりも〜?』
「・・・・ど、どうだろうな」


最初の間とどもりに本人の名誉を守ろうとした刹那の姿が垣間見えた。
ちなみに明日菜とネギ、そしてカモは真祖様のところに今日も修行に行っている。
刹那が看病に残ると申し出たのだ。
その際某オコジョ妖精が。


「明日菜の姐さんが看病したらさらに熱上がっちまいやすぜ。ほら、この前の雪広の姐さんみたいn」
「バーカーガーモーッ!!」

ぶぎゅる

「お゛ぅ!?」
「カ、カモ君!?」


余計なことを言って、召されかけたのは言うまでもない。
調理が始まり数十分後。
レンゲを片手にもごもご口を動かすちびたちがキッチンに居た。
対面には少々不安げな刹那。


「不味くないか?」
『美味しい〜っ』
「はぁ、よかった・・・」


だし汁で作ったお粥は薄味で、どうやらちびたちの口にもあったようだった。
小さい土鍋と飲み物をお盆に載せ、刹那はベッドへと向かう。
その後をテトテト付いて行くちびたち。


「お嬢様・・・お粥、食べられます?」
「うん、大丈夫や・・・」
「お口に合えばいいのですが・・・」


サイドボードにお盆を置く刹那。
刹那に支えられながら体を起こし、木乃香は開けられた土鍋の中身を見る。


「美味しそうやん」
「見た目だけでないことを願います」
「ちびちゃんたち、味見したんやろ?どない?」
『美味しい〜』
「せっちゃん、自分のこと過小評価しすぎ」


困ったように笑う刹那。
木乃香はレンゲを取り、お粥を口に運んだ。
評価は。


「・・・・・・うちの好み、覚えてたん?」
「結果的にそうなっただけですよ、まぐれです」


どうやら木乃香好みの味だった模様。
さすが理想の夫(クラスメイト談)。
気配りと優しさは抜かりない。


「父上〜」「父様〜」
「どうした?」
『お粥〜』
「ああ、ちょっと待ってて」


どうやらちびたち用にもお粥を作っていたらしい刹那。
催促するちびたちに苦笑いを浮かべつつ、キッチンへと戻っていった。
残るは、ママと双子の娘。


「パパ、最高の旦那様やろ?」
「父上は最高のパパです〜」「父様は最高のパパや〜」


何だかんだで通じるものがあるのが、この母子。


−−−−−−



お粥を食べ終わり、薬も飲んだ木乃香。
後は十分の休養をとることが必要だ。
空になった二つの小さい土鍋をお盆に載せ、刹那が言う。


「もう一眠りしてください」
「ん。ありがと、せっちゃん、ちびちゃんたち」
「いいえ、お気になさらずに」
「母上大丈夫ですか〜」
「大丈夫、明日ぐらいにはよぉなっとるよ」
「母様お熱〜」
「え?」


ベッドに乗ってきたちびたち。
どうやらママの熱を測りたいらしい。
それと。


「ちびちゃんたち、風邪うつってまうから・・・・」
『や〜っ』
「・・・・しゃあないなぁ」
『やた〜っ』


ママにくっつきたい気持ちが限界を迎えたようだった。
小さな掌を木乃香の額に、もう片方の掌を自分の額に付けるちびたち。


「ん〜、まだ熱いです〜」
「ほか」
「でも朝より熱ぅない〜」
「下がってきたんやね」


額に触れる自分より少し低い体温二つに微笑みを浮かべる木乃香。


「ほら、ちびたち。お嬢様はお休みになられるから」
『は〜い』


刹那の言うことを聞き、手を放すちびたち。
ベッド際に座り、木乃香に近づいた刹那がちびたちと同じようにその額に触れた。


「・・・・よくなってきてますね」
「看病がええから」
「お嬢様の免疫力ですよ」


手を離した刹那は、新しく作った氷嚢を置く。


「ふふっ・・・」
「お嬢様?」
「んーん。ただ、せっちゃんやっぱり優しいなぁ思て」
「そうですか?」


氷嚢を置くために木乃香の方へ身を乗り出していた刹那はさも当然だという顔をしていた。
しばらく刹那を見詰めていた木乃香。
唐突に傍に居たちびたちの目を片手ずつで塞いだ。


「ぅあ〜、母上何ですか〜?」「見えへん〜」


抗議しつつもその手を外さずにいるちびたちは、とてもいい子に育っているようだ。
教育の賜物だろうか。


「ちょぉ我慢しててな?・・・・せっちゃん」
「はい?如何致し」


ちびたちに詫びつつ、木乃香は刹那を呼ぶ。
反応した刹那の言葉が、妙なところで途切れたのをちびたちは聞いた。


「はい、ごめんな?ちびちゃんたち」
『ううん〜』


視界を覆っていた木乃香の手が外され。
ちびたちの目に映るのは。


「父上〜?」「どないしたん〜?」


口を片手で抑え、少し赤面した刹那の姿。
その視線の先は、木乃香。


「あ、風邪うつってまうかも」
「・・・・・普通、する前に言いませんか、そういうの」
「あは♪」


悪びれた素振りも見せず微笑む木乃香に、刹那は言葉を返せなかった。
それに少し意地の悪い笑みになった木乃香が言う。


「うちの風邪やったら、もらってくれる?」
「それでお嬢様がよくなるのでしたら」
「あー、どやろ。せっちゃんとちびちゃんたちに看病してもらうん気に入ってもぅたから」

「お嬢様・・・」


二人の会話に疑問符を浮かべるちびたち。


「何ですか〜?」「何〜?」
「秘密や」
『え〜?』


この献身的な看病のおかげか、木乃香の風邪は翌日には回復した。
ちびたちも・・・・風邪を引くかわからないがうつることはなかった。
そして。
刹那がうつったかどうかは、ご想像にお任せする。

ちなみに。
ママが言った秘密≠ノついてパパは双子にその日ずっと質問されることとなった。

頑張れ、パパ。

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