近衛家6



桜咲刹那は本日も君主の部屋に呼び出しを受けた。
麻帆良学園女子寮中等部区画3−A棟、643号室。
そのドアを開ければいつものようにちっちゃい二人が飛びついてくるだろう。
そう、いつものように。


コンコン

「お嬢様、刹那です」
「開いてるえ〜」

がちゃ

「失礼し」
「父上〜っ!」「父様〜っ!」

がばっ

「っと、こら、危ないから飛びつく・・・・・・な?」


ドアを開けた刹那の足に若干の二つの衝撃。
いつものこと。
だが。


「おうか離れてください〜っ!!」
「そうなこそ離れてや〜っ!!」


足元で繰り広げられる口論。
これは、初めてだった。
近衛さんちのちっちゃい双子は、パパの足にしがみ付きながらにらみ合っていた。
まぁ、迫力は皆無に等しいが、本人たちは真剣なのだろう。
それに困惑しつつも刹那が視線を上げれば。
そこには双子のママ、近衛木乃香の姿。
木乃香は刹那の足にしがみ付きにらみ合いを続ける双子を、困ったように見ていた。


「ど、どうしたんですか?コレ・・・」
「見ての通りや」
「・・・・原因は?」
「せっちゃん」
「私!?」


ママから知らされる事実に、身に覚えのない事実に。
パパは驚いた。


近衛家(婿養子)のちびズ、姉妹喧嘩である。


−−−−−−


「私が原因ってどういうことですか?」
「言葉の通りやけど」
「・・・・・経緯をご説明願えますか?」


溜め息をつき、ソファに座る刹那が両脇を見れば。


「う〜〜〜・・・」


右隣で父上の腕に抱きつく幼児と。


「む〜〜〜・・・」


左隣で父様の腕に抱きつく幼児。
二人とも、ご機嫌よろしくないらしい。
その刹那たちの対面に、湯飲みをローテーブルに置いた木乃香。
気付いているのだろうか。
両腕を拘束された刹那にお茶を飲む術はないことに。
木乃香はおぼんを抱えつつ、刹那にことを語りだす。


「確か、明日菜が・・・」
「ちょっと待って。何であたしなのよ」


否、語りだそうとして止められた。
今現在この部屋に居るのは刹那、木乃香、ちびたちだけではない。
たった今異議を唱えたローテーブルに頬杖をついた神楽坂明日菜。
そして。


「まあ、明日菜が事の発端とも言えるわよね」
「確かに言えるですね」
「ふ、二人とも・・・」


図書館探検部の三人。
そのうち二人は強制連行。
残りの一人はちびたちで遊ぶためにきていた。


「そんなこと言ったらパル、あんただって焚き付けたじゃない」
「ソ、ソンナコトハ・・・」
「・・・・早乙女さん・・・?どういうことですか・・・?」
「ちちちち違うって刹那さん!!」


語尾が「・・・?」調で問いかける刹那に恐怖を抱いたハルナが、慌てて弁解し始める。
そこに、夕映の説明が入った。


「点火したのは明日菜さん。灯油をこれでもかと注いだのがハルナです」
「ちょ、夕映!?あたしを売る気!?」
「事実を言ったまでです」


ペッパーマンゴのパックをちゅーちゅーしつつ、夕映は言い切る。
その言葉には容赦の二文字はなかった。


「・・・・・お嬢様、経緯をご説明ください」
「せやねぇ・・・三十分くらい前やろか・・・」


そして、これに至る状況は語られ始めた。


−−−−−−


「ちびズはどのくらいパパのこと好きなの?」


明日菜の何気ないこの一言が火種。
だがその時、この場に居た全員がそれを知る由もなく。


『どのくらい〜?』
「そう、パパのこと大好きでしょ?」
『大好き〜☆』


満面の笑みでそう答えるちびたち。
それを微笑ましく見る四人。
一人は、そうではなかった。
具体的に言えば。


「そりゃもう言葉では言い表せないわよね!ちびズ!」


眼鏡がギュピーンッ!と光っていた。
その一人の名を、早乙女ハルナと言った。
ちなみに最近の趣味は、某婿養子のとこの双子で遊ぶこと。


「凄く好きだよね?」
「好きです〜」
「物凄く大好きだよね?」
「好きや〜」


ニコニコ無垢に答えるちびたちに満足そうに頷き、ハルナは続ける。
夕映を除いた三人はそれを若干不思議そうに見ていた。
夕映は。


(ああ、また何かバカするですこの人は・・・・)


未来を予想していた。
そして。


「じゃあさ、ちびズのどっちがよりパパのこと好きかな?」


それは、言い放たれたのだ。
しばらく目をぱちくりしていたちびたち。
数秒後。


「わたしです〜」「うちや〜」


初めて、答えがハモらなかった。
そしてその一拍後、双子は互いに顔を見合わせ。


「おうか違います〜っ、わたしの方が父上のことすきです〜っ」
「ちゃうもん〜っ、そうなよりうちの方が父様好きや〜っ」


言い争いが始まったのだ。
ちびたちとて喧嘩をしたことはある。
例としてあげるならば。
どっちが背が高いか争い。

「わたしの方がおっきいです〜っ」
「うちかておっきいもん〜っ」

茶々丸お姉ちゃんによる厳密な計測により、同身長であることが判明した。
何にしろ。
微笑ましい争いであることには変わりない。
しかもこれはほんの些細なものであり、普段は物凄く姉妹仲がいいのだ。
だが、今回は。


「わたしの方が父上のこと好きです〜っ!!」
「うちの方が好きやもん〜っ!!」


今までの喧嘩とは違い、数値が出ないので比べようがないのだ。
つまり。


「ぅ〜っ!おうかなんて嫌い〜っ!!」
「うちもそうな嫌いや〜っ!!」


結論が出ずに、決着がつかずに。
姉妹喧嘩はヒートアップ。


「・・・・・ど、どうすんのよ、コレ」
「ぅわー、予想以上の反応ね」
「パル・・・・あんたわざとでしょ」
「や、どうなるかなー、なんて」


点火した人と、灯油を注いだ人と。


「これは・・・・マズイですね」
「止めないと・・・」
「私たちには無理です」
「でも・・・」


達観した人と、優しい人と。


「これは・・・・・呼んだ方が良さそうやね・・・」
『うん』『そうですね』


困った微笑みでちびたちを見るママは。
全会一致で、呼び寄せることを決定したのだ。


おそらく、唯一この喧嘩を止められるパパを(希望的観測)。


−−−−−−


「・・・・と、言うわけや」
「はい?」
「だから、どっちがよりパパのこと好きかって、喧嘩したん」
「ははっ、そんなまさか」


木乃香から経緯を聞き終わった刹那は笑い飛ばしたのだが。


「・・・・・・・・え?本当に?」
「嘘ついてどないするん」


全員の真顔に、認識を改めた。
刹那は再び両側で自身の両腕を拘束する双子を見る。


「双那?」
「わたしの方が父上好きですっ」
「・・・・・。桜香?」
「うちの方が父様好きやっ」
「・・・・・」


ちびたちから放たれる言葉たちは、真実を如実に示していた。
遠い目になった刹那に、ハルナが言う。


「ね?」
「嘘だと、思いたかった・・・」
「残念、現実です」
「早乙女さん・・・・要因の大半が貴女だと言うことをお忘れですか・・・?」
「い、今はちびズどうにかしなきゃだよねうんそうだよ早くどうにかしなきゃ!!」


目が微塵も笑っていない刹那の微笑みを見て、ワンブレスでハルナはまくし立てた。
割と、必死。
それに溜め息をつき、刹那は木乃香に視線を向ける。
アイコンタクト。


堪忍せっちゃん、どうにかしてくれへん?
わかり、ました


困った微笑みを向けられれば、刹那は承諾するしかなく。
他の皆が見守る中。
しばらく目を閉じて黙考した後、刹那はちびたちに声を掛けた。


「ちびたち、腕放して?」
『・・・・』
「・・・・・双那、桜香。放しなさい」
『っ、はい・・・』


少し厳しい刹那の声に、ちびたちは刹那の腕を放す。
動くことが可能になった刹那は、ソファの前・・・ちびたちの前にしゃがみ込んだ。
俯いたちびたちに、刹那は言う。


「双那も、桜香も、どのくらい好きかってわからないんだろう?」
『うん・・・』


気持ちの値なんてない。
上限も基準も何もないから量ることなど不可能なのだ。
いまだ俯いたままのちびたちの頭に、刹那は腕を伸ばす。


「同じ大きさだと、私は思うよ」
『同じ?』


その頭を撫でながら、刹那は続ける。
やっと顔を上げたちびたちに微笑んで。


「ちびたちが私のこと好いてくれてるのは、凄くよくわかってる」


それは自身が誰よりも感じていることだから。


「その想いの大きさに、違いなんてない」


そう、言い切れるのだ。
それから、少し困った顔で。


「私の言うとこ、信じられないか?」


ダメ押し。
誰よりも大好きなパパにそう言われれば。
ちびたちの答えなど考えずともわかる。


『信じる〜っ!!』


やっと笑顔になったちびたちに、安堵の息を漏らす他の四人。
そして微笑みを深くした木乃香。


「ちびたち、謝って、仲直りしなさい」
『うんっ』


見事娘たちを仲直りさせたパパ。


「おうか、嫌いって言ってごめんなさい〜。大好きです〜っ」
「うちもそうなのこと嫌い言うて堪忍や〜。大好きや〜っ」


より強い絆が生まれた双子。
それを見ながら、明日菜はふと思った。
視線は双子のママへと移り。


「ん?何?」
「いや、いまさらだけど・・・木乃香のことだからせっちゃんのこと一番好きなんはうちやっ!!≠チて参戦するかと思ったのよ」
「そないなことせぇへんよ」


手をヒラヒラさせつつ、木乃香は言う。


「うちは、せっちゃんのこと一番“愛してる”んやから」
「ぅっわー・・・・ごちそーさま」


パパラヴな双子の娘のママもやはり、旦那様激ラヴだった。


「んー・・・・でもさすがに娘に盗られっぱなしも嫌やねぇ・・・」
「・・・・・その娘召喚したのあんたでしょ」
「そーなんやけど・・・・・・せや」
「何?」
「ちびちゃんたち還した後・・・・せっちゃんに誰のこと一番愛してるか、聞こ思て」
(・・・・・・・・・・刹那さん、頑張れ)


仲直りした双子に抱きつかれるパパを見ながら、明日菜はそうエールを送った。
それが、届いているかはわからないが。
これから数十分後。
婿養子に再び試練が待ち構えていることを、ママのルームメイトだけが知っていた。

頑張れ、パパ。





おまけ


「さて、早乙女さん?」
「はイ?」
「覚悟は、宜しいですね?」

チャキ・・・

「ちびたち。私がいいって言うまで目をつぶって耳塞いでなさい」
『は〜いっ』
「ちょ、待って、話し合えば道は開け」
「問答無用」
「い、いやぁぁあああぁっ!!」











「ここまで自業自得というのも珍しいです」
「ゆ、夕映・・・助けなくていいのかな・・・?」
「己の罪は己で償うのしかないのです」

inserted by FC2 system