近衛家5
退魔の仕事の関係で本日は午後から登校。
そんな桜咲刹那は、疲れていた。
そりゃあもう、疲れていた。
精神的に。
「・・・・・・はぁ」
溜め息だってつきたくなるものである。
なぜならば。
「・・・・・匿名だけど、間違いない・・・」
その手には雅な和紙の手紙。
内容は。
《またお嬢様と娘はんら連れて、京都へ帰って来はったらどないどす?御館様も寂しそうにしてますえ》
とか、そんなのだった。
嫌な予感が溢れんばかりだった。
封筒の裏を見れば、差出人の住所は某総本山。
名は、ない。
「・・・・・巫女の方々だよな。・・・・・何故、私に言うのか・・・」
お義父さんへのご挨拶(刹那は否定)を済ませてからというもの。
この類の手紙が、刹那に届くようになった。
月二のペースで。
古の都からの攻撃は、間違いなく刹那の精神を削っていた。
「はぁ・・・・」
手紙を鞄にしまい、麻帆良学園女子中等部校舎の廊下を歩く刹那。
現在午後最初の授業中。
廊下には誰もいない。
遅刻という形で刹那は授業に加わろうとしている。
そして。
3−Aの教室の前に着き。
ドアに手を掛け。
ガラッ
「あ、せっちゃん」「あ、父上〜」「あ、父様〜」
ピシャンッ
ドアを開けた瞬間視覚と聴覚が受容した情報を信じられずに、思わずドアを再び閉めた。
ドアに手を掛けたまま、俯いて眼を閉じる刹那。
しばし黙考した後、フッとニヒルに嗤ったかと思えば。
「ここは、学校。そう、学校だ。寮じゃない」
顔を上げ。
「幻覚と幻聴か・・・・疲れてるんだな、今日は休もう」
清々しいとも言える顔で踵を返した。
が、運命はそれを許してはくれない。
ガラッ
「刹那さん・・・」
「明日菜さん、見逃してください」
「そこから一歩でも動くと、奥さんが拗ねて、かつ娘たちが泣き出すわよ」
「・・・・・・・奥さんと娘ではありません。・・・どうか見逃してください・・・っ!!」
「あー、追加として、3−A包囲網(総司令:奥さん)が敷かれると思う」
「!?」
運命の荒波へと、刹那は身を投じるしかなかった。
−−−−−−
時は、刹那が教室に辿り着く十数分前に遡る。
「いきなり午後自習って言われてもねぇ」
「ええやん。楽で」
「まぁそうなんだけど暇を持て余すって言うかさ」
「授業中寝てる人がよぉ言うわ」
「うっさい」
担当教師が急に出張になったらしく、3−A
の午後の授業は全て自習となったのだ。
明日菜同様暇を持て余すクラスメイトも居るわけであって。
「ねぇねぇ、木乃香」
「ん?何?裕奈」
木乃香に声を掛けてきたのは、斜め後ろの席に居る、明石裕奈。
そして、移動したのだろう、隣には何故か瞳をキラキラさせた佐々木まき絵の姿。
「あのさ、お願いがあるんだけど・・・」
「何なん?」
「まき絵がさー」
「あたしまだちびズ生で見てないから、見せて!!」
「・・・って言ってきて」
「まきちゃん見たことあらへんかったっけ?」
「ほら、この前はあたしとアキラで押しk・・・・遊びに行ったじゃない?」
不穏な単語が聞こえたのは、気のせいであってほしい。
とにかく、まき絵は生ちびズをまだ見ていないとのことだった。
・・・・写真では、見たことがあるらしい。
「あれって、刹那さん居なくても喚べるんだよね?」
「うちだけが、喚べるんよ」
「ママだもんね」
だが、この話題がこの三人で納まるわけがなかった。
暇とは、何か興味があることが一つでも見つかれば、全活力がそれに向くということ。
すなわち。
「何々?私もちびズ見たことない!!」
「え?ないの?」
「うわ、その信じられない≠チて顔ムカツク」
「可愛いんでしょうね、ちびズ」
「すっごく可愛いよ!!パパとママそっくり!!」
「見てみたーい!!」
暇を持て余した人たち=クラスメイト。
「どうすんのよ・・・木乃香」
「あ、あはははー」
もはや木乃香に召喚しないという選択肢は、残されていなかった。
と、言うことで。
「《マーヌシャ》」
ポポンッ
「ん〜?」「何〜?」
『おぉーーーーーっ!!』
近衛家(婿養子)のちびズ、学園校舎内で初召喚と相成った。
「ここどこですか〜?」
「うちらの教室や。ちびちゃんたち初めてやね」
「いっぱい人が居る〜」
「ママとパパのクラスメイト。仲良ぉせなあかんよ?」
『は〜いっ』
教卓の前でしゃがんだ木乃香の前に立ち、いい返事をするちびたち。
いい子である。
そんなママと双子の娘を見るクラスメイト。
「こ、これが噂の近衛家かっこ婿養子かっことじのちびズ・・・!!」
「やだ・・・・かわいい」
「中身違うけどまるっきりちっちゃい木乃香と桜咲さんだし」
その時であった。
ガラッ
「あ、せっちゃん」「あ、父上〜」「あ、父様〜」
ピシャンッ
刹那が教室に到達したのは。
明日菜が溜め息をつき、閉まったドアに近づいた。
−−−−−−
そして時は戻り。
「・・・・・・ほら、入った入った」
「・・・・・」
明日菜に背中を押され、重い足取りで教室内へと入ってきた刹那。
木乃香が拗ねることと、ちびたちが泣くことは阻止された。
刹那の目に映るは、幻覚でもなんでもなく、真実だった。
「父上〜☆」「父様〜☆」
「っと。・・・・・はぁ、ちびたち、危ないから飛びつくな」
『お帰りなさい〜』
「・・・・・・・ただいま」
駆け寄ってきたちびたちにじゃれ付かれながらも、木乃香の元へ歩み寄る刹那。
それを見た、クラスメイト。
「さすが近衛家かっこ婿養子かっことじのちびズ・・・見事なファザコンね」
「ママのDNAね」
「いやん、何アレ。超可愛いんだけど」
「刹那さんが完璧なパパしてる・・・!!」
「伊達に婿殿やってないってわけか」
「近衛家かっこ婿養子かっことじのちびズが大好きになるのわかるかも・・・」
このクラスメイトの言葉に刹那は半眼を向け、言う。
「近衛家かっこ婿養子かっことじのちびズ▼・・っていちいち言うの面倒じゃないですか?そして止めてください、婿養子とか婿殿って言うの」
『や、何となく。ちびズの名前も知らないし』
異口同音のクラスメイト。
婿養子呼びのことに対してはスルーだった。
それに何度目かわからない溜め息をつき、刹那はちびたちに言う。
「ちびたち、自己紹介出来る?」
『出来る〜っ』
「じゃあ、皆さんにしてきなさい」
『は〜いっ』
パパに言われたちびたちは、3−Aの面子の前に駆けて行き。
「このえそうなですっ、おうかのお姉ちゃんですっ」
「このえおうかですっ、そうなの妹ですっ」
元気よく、自己紹介をした。
アレだ。幼児が取材カメラに向かって言うアレを想像してほしい。
あんな感じだった。
『かわい〜っ!!!』
キャアキャア騒ぐクラスメイトを尻目に、刹那は木乃香の元へと向かう。
その木乃香はというと、刹那を見て微笑んでいて。
「お帰り、せっちゃん」
「ただいま戻りました、お嬢様」
「怪我ない?」
「はい」
「ほか」
短い会話だったが、二人の間にはそれ以上もそれ以下も必要なかった。
互いが信頼しきっているからこその、この会話。
が、今回はコレだけでは終わらない。
「どういうことですか」
「やん、せっちゃん。怒らんといて♪」
「説明を求めます」
「・・・・・・せな、あかん?」
「あかん、です。お嬢様」
「あ、デジャヴ」
婿養子はとりあえず事の次第を知りたいらしかった。
−−−−−−
「・・・・」
「刹那、さん・・・?」
「・・・・・・」
「・・・・そんな目で、あたし見られても・・・」
十数分後。
刹那は、疲れきっていた。
目の前には。
「双那ちゃんはパパ似だねー」
「そうです〜」
「桜香ちゃんはママ似ですね」
「そうや〜」
「やっぱりパパとママのこと好き?」
『大好き〜☆』
ちびたちと、それを囲むクラスメイト。
「どうよ、二児の母の気分は?」
「ん〜?あんま変わらへんよ?」
「大変じゃない?子育て」
「せっちゃんも協力してくれるから」
「あー、物凄くいい夫が居るもんね」
「せやね♪」
「ご馳走様」
さらに、君主と、それを囲むクラスメイト。
ちなみにそのあまりに項垂れたその姿に、刹那の近くには明日菜以外誰も居ない。
クラスメイトに囲まれる三人を虚ろな瞳で見る刹那。
何故か、外堀を埋められるような、どことなく既成事実がガッツリ固められてくるような気分に陥っていた。
「弁解として言っておくけど、あたしは関係してないからね」
「わかってます・・・」
「・・・・・大丈夫?」
「そう、見えますか・・・?」
「うん、ごめん・・・」
師匠と弟子の会話は、あまりにも物悲しいものであった。
「刹那」
「何だ・・・?龍宮・・・」
「疲れてるところ悪いが、仕事のことで呼び出しだ」
「・・・わかった」
こういう切り替えの早さはさすが。
一瞬で仕事モードに切り替えた刹那。
席を立ち、一度木乃香に視線を送る。
目が、合う。
刹那は、心配そうだが微笑んで頷いた木乃香の姿を見てから、真名に言う。
「行こう」
「ああ。・・・神楽坂、すまないが少し教室を出る。何か言われたら誤魔化しておいてくれ」
「りょーかい」
ちびたちにばれるとぐずりだしそうだったので、刹那と真名は静かに教室を出た。
それを見ていた、二対の瞳。
その瞳が、怪しく光った。
『この時を、待っていた』
この二人が呟いた時を同じくして。
ゾクゥッ
「ッ!?」
「どうした?」
「いや、何か悪寒が・・・」
刹那は寒気を感じていた。
−−−−−−
「ねぇ、ちびズ」
『何〜?和美お姉ちゃん〜』
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
『ハルナお姉ちゃんも〜?』
刹那が教室を去って数十秒後。
ちびたちの前には朝倉和美と早乙女ハルナの姿。
明日菜他数名は、思った。
((絶対、ろくなことじゃない・・・))
確信すら、あった。
そんなことは知らずに、無垢な瞳を二人に向けるちびたち。
その清らかなる瞳に見詰められつつも、二人は口を開く。
「パパとママって、ちびズの前だとどんなことしてるの?」
「詳しーく、聞かせてほしいなぁ」
笑顔だった。
とても、笑顔だった。
そしてこんなネタ、クラスメイトたちが見逃すはずがなかった。
「あ、それ知りたい」
「新婚さんの私生活☆」
「そりゃあもう言えないようなあんなことやこんなこと」
「いや、でも明日菜たち居るし」
「あ、そっか」
「でも泊まりに行ってて居ない時もあるんでしょ?」
「チャンスはあるって」
全員の視線が、ちびズに集まった。
ちなみに、ママは。
「あやー。変なこと言わんでな、ちびちゃんたち」
のほほんとそれを見ていた。
パパだったら、こうはいかない。
だから、和美とハルナは刹那が居ないこの時を狙ったのだが。
「父上と母上ですか〜?」
「せやね〜」
「おうか、何かあります〜?」
「ん〜・・・・・母様に言われて父様がうちらのお着替え手伝ってくれたり〜」
「母上がお部屋の掃除するから、父上がわたしたちをお散歩に連れて行ってくれたり〜」
「そうな、あとこの前の〜」
「あ、そうですね〜。買い物から帰ってくると父上が荷物持ってたりします〜」
結論。
『婿養子・・・・』
パパは、尻に敷かれていた。
現在進行形で。
「で、でもほら、刹那さん優しいからっ」
「そ、そうだよね!」
涙さえ拭うクラスメイトがいる中。
本人が居ないのにもかかわらず、フォローにならないフォローが飛び交う。
しかしその答えに満足しないクラスメイトもいるわけで。
「そうじゃなくてさ、ちびズ」
『何〜?』
「お姉さんたちは、もっと、こう、何と言うか、核心めいたことが聞きたいわけであって」
『かくしん〜?』
「朝倉、ちびズには難しいって」
「あー・・・」
「率直に聞くべきよ」
「どう?」
和美に聞かれたハルナの眼鏡がギラリと光った。
その口を突いて出た言葉。
「夜は、どんなことしてる?とか」
『キャーーーッ♪』
叫び声が楽しそうなのは、何故だろうか。
期待の視線は、ちびたちの方へ。
「夜〜?」
「夜〜・・・・・・おうか」
「うん、そうな」
満を持して出される、ちびたちの答え。
それは。
『帰っちゃいます〜』
『は?』
「父上は夜になるとお部屋に帰っちゃいます〜」
『か、帰る?』
「せやよ〜」
「そうか・・・っ!別居中だったあの婿殿・・・っ!!」
「腹くくればいいものを・・・っ!!」
考えてみればそうだ。
刹那は木乃香と同室ではないのだから。
だが、それで諦める和美とハルナではない。
「・・・・・・・あ!お泊りの日とかは?」
「それがあった!!明日菜たちが居ないお泊りの日はどうしてるの?ちびズ」
『・・・・・』
沈黙するちびたち。
それを固唾を呑んで見守るクラスメイト。
何故そこまで真剣なのか。
『お泊りの日は〜』
『日は!?』
『一緒に寝ます〜』
『はい?』
クラスメイトの目が、点になった。
ちびたちはそれを気にせず続ける。
「うちらが父様にひっついて寝る時とか〜」
「母上に抱っこしてもらって寝る時があるんです〜」
とても嬉しそうに言ってくれた。
つまり。
「家族で仲良く寝る・・・か」
「ああ、うん。ちびズ、パパとママと一緒に寝たいよね・・・」
肩を露骨に落とすクラスメイトや、表には出さなくても残念そうなクラスメイトなど、様々な反応を示した。
何を、期待していたのだろうか。
『あ、でも〜』
「でも?」
ところが、ちびたちの言葉には続きがあった。
「母上がわたしたちのこと還す時が時々あります〜」
「還すって・・・・あ、札にか」
「その日のことはわからへんよ〜」
ちびたちが知らない夜があることが、発覚。
しばしの沈黙後。
「ちびズがわからないってなると・・・」
「ここはやっぱり・・・」
クラスメイト全員の視線が、少し離れた場所に居た木乃香へと移った。
その視線の中、窓枠に背を預けていた木乃香は。
右手の人差し指を立てて口元に持っていき。
「ないしょ♪」
小悪魔的に微笑んだ。
−−−−−−
質問の対象は、木乃香へと変わった。
クラスメイトの質問と探りの嵐をのらりくらりとかわしていく木乃香。
さすがである。
「母上どうしたんですか〜?アキラお姉ちゃん〜」
「あー、気にしなくてもいいんじゃないかな・・・」
「母様何かしてしもたん〜?のどかお姉ちゃん〜」
「さ、さぁ、どうかなぁ・・・」
ちびたちの素朴な疑問を向けられた大河内アキラと宮崎のどかは返答に困っていた。
当たり前である。
「ち、ちびズは、両親が大好きなんだよね?」
『うんっ』
話を変えようとするアキラの問いに笑顔で返すちびたち。
「確かに、刹那さんは理想のパパではありますね」
「そうだよね。ママは木乃香さんだから、言うことないだろうし・・・」
超神水と書かれたパックをちゅーちゅーしながら、夕映が言う。
それに同意するのどか。
「あの二人に育てられたら・・・いい子に育つね」
「容姿は約束されたようなものだし・・・」
「いいお嫁さんになりそうです」
『お嫁さん〜?』
「そうだよ。ちびズはどんなお嫁さんになりたい?」
その問いに、一瞬の思考も置かず、ちびたちは、言い放った。
「父上のお嫁さん〜っ!!」「父様のお嫁さん〜っ!!」
“どんな”ではなく、“誰の”に関する答えが返ってきた。
それに、三人が固まったのは言うまでもなく。
返す言葉は。
『そ、そう・・・・』
これしか、浮かばなかった。
三人は、思う。
((ママが知ったら、大変そう・・・))
妻VS双子の娘が、安易に想像できた。
ついでに、胃痛に悩まされる婿養子の姿も。
−−−−−−
所変わって、ここは麻帆良学園女子中等部3−Aのドアの前。
中から聞こえてくる喧騒に足を止めた二つの影。
「どうする?」
「・・・・・せめて、落ち着くまで入りたくは、ないな」
「わかった、そうしよう」
「・・・・・・・・・・はぁ」
「無理は、するなよ・・・」
「ああ、そうしたいな・・・・」
スナイパーが神鳴流剣士を気遣っていた。
それを、教室内の生徒+ちびたちが気付くわけがない。
かくして、唐突かつ人為的だったものの。
ちびズの3−Aクラスデビューは完了したのである。
これからクラスメイトとの交流も増えることとなるだろう。
「胃腸薬、買いに行こう・・・」
頑張れ、パパ。