近衛家4



麻帆良学園女子寮中等部区画3−A棟、643号室。


「ちびー、髪結ぶからおいでー」
『は〜いっ』


神楽坂明日菜の声に反応した式神変化形幼児の二人。
が、しかし。
テコテコ寄って来た二人を見て明日菜が困ったように笑う。


「あ、ごめん。パパ似の方」
「わたしですか〜?」「え〜?うちと違うん〜」


そう。
明日菜はちびせつなの方に用があったのだ。
三日前・・・・例の呪文を木乃香が覚えたあの日から、これは恒例と化してきていた。


例@

「お、ちび。さっき探してたやつが明日菜姐さんの机の上にあったぜ」
「写真〜?」「ご本〜?」
「あー、わりぃ。本だ。木乃香姐さん似の方」
「違うんですか〜・・・」「ご本取ってくる〜」


例A

「ちび。フードが捲れてるわよ」
『う〜ん・・・』
「・・・・・ごめん。ママ似の方のフード」
「直して〜っ」
「わかりました〜」


例B

「えーっと?どっちがどっちのスプーンですか?」
『ネギお兄ちゃん、こっち〜』
「・・・・・・こっちが、えっと、刹那さん似の方のスプーン・・・?」
『逆〜』
「あ、す、すみません」


そう、固有名詞がないために、形容詞+代名詞での生活が余儀なくされているのだ。
不便極まりない。
ちびたちを「ちびせつな」、「ちびこのか」と言わないのには理由がある。
あれは、例の呪文を木乃香が習得した翌日。


〜〜〜〜〜〜


「ちびせっちゃん、おいでー」


木乃香の呼び声に小首を傾げる式神変化形幼児二人。
それに小首を傾げる木乃香とルームメイトたち。


「どうしたん?」
『ちびせっちゃんって誰〜?』
『!?』


驚愕の事実だった。
魔力の影響か、それとも気と魔力の相互作用か。
どちらかは解らないがちびたちは元の、本当の式神だった時の記憶がスコーンと抜けていたのだ。
ほとんど完璧に幼児なのである。
・・・・・まぁ、木乃香の望み通りと言えばそうなのだが。
さすが、極東最強の魔力。


〜〜〜〜〜〜


そして今現在も形容詞+代名詞の生活が続いている。
曰く、単体で「ちび」、複数で「ちびたち」。
特定したい場合は「〜似の方」。
不便であることは、間違いない。


「はい、出来た」
「ありがとうございます〜」


明日菜によって刹那と同じ髪型になったちびせつな。
それをちびこのかの髪を梳きながら見ていた木乃香。
思案顔だった木乃香が、笑顔になった。
それはもう、とびきりの笑顔。

そう、今回も。

この御方の一言から。

全ては、始まる。


「せや、名前付けてあげな」


被害者は、言わずもがな。


−−−−−−


「し、式神なんですよ!?」
「ええやん♪」


十数分後。
643号室に響く抗議の言葉と、それをかわす言葉。
部屋の中には、必死な護衛と、のほほんと微笑むお姫様。
そして。


「ああ、やっぱり尻に敷かれてる」
「ほら、奥さん強いから」
「そ、そんなことないと思うけど・・・」
「現実を見てください。間違いなく実権は妻が所持しています」
「いつもこんな感じだしね」


美術部員、図書館探検部員×3、報道部員。
さらに。


「父上どうしたんですか〜?」
「さ、さぁ?どうしたんでしょうね・・・」
「母様もどないしたんやろ〜?」
「気にしちゃいけねぇぜ」


式神変化形幼児二人と子供先生、オコジョ妖精。
室内の人口密度が急激に上がっていた。
木乃香はあの一言の後、すぐに刹那を呼んだのだ。
そして刹那がここに来る途中で、夕映とのどかとハルナに会ってしまい。
無論ハルナのセンサーに引っかかり、図書館探検部員×3が同行。
さらにおまけと言わんばかりに遭遇した報道部員も同行と相成ったのだ。
どこまでハプニングに見舞われるのか、刹那よ。


「で、ですからっ、名前など付けなくても・・・!」
「だってぇ、不便やし。何より名無しなんて可哀想やろ?」
「式神の時の呼び名でいいじゃないですか!」
「でもちびちゃんたち覚えてへんやん」
「覚え直させればいいだけです!」


いつになく正論を言う刹那。
さすがに木乃香も言葉に詰まった。
婿養子、初勝利かと思われたのだが。
傍観していたハルナ、そして和美が口を開いた。


「ねぇ、刹那さん」
「はい?」
「式神の時の呼び名ってさ」
「“ちびせつな”と“ちびこのか”だよね?」
「そうですけど・・・」


お気づきの方も居るだろう。
刹那の提案には、他でもない刹那にとってとんでもない壁があったのだ。
それに気付いたのはこの二人と明日菜、夕映。


「ちびたち、ちょっとおいで」
『何〜?和美お姉ちゃん〜』


和美に呼ばれたちびたちは刹那の前に立たされた。
首を傾げる刹那とちびたち。


「じゃあ、桜咲」
「何ですか?」
「呼んでみよっか」


意味がわからないという顔をする刹那。
そしてやっと意味を理解した木乃香、ネギ、カモ。
ちなみにのどかは夕映に耳打ちをされ、やっと事情を把握した。
ハルナが護衛似の方のちびの頭に手を置く。


「はい、こっちは?」
「ちびせつな、です」


そう、こちらの式神の時の呼び名は“ちびせつな”。
続いてお姫様似の方のちびの頭に、手を置いた。


「じゃあ、こっちは?」
「ちびこn・・・・っは!?」


やっと気付いた婿養子。
刹那以外はにやにや笑っていたり、苦笑いをしていたりと、行く末を見守っている。


「ん?言えないの?」
「・・・・・あ、えっと・・・」
「ちび《このか》って言うだけじゃない」
「・・・・・」


そうなのだ。
刹那にとってのとんでもない壁。
それは《このか》と呼び捨てにしなければいけないところ。
木乃香本人にさえ“お嬢様”としかほとんど言えない刹那にとって、これは難題だった。


「この際木乃香みたいに“ちびこのちゃん”でもいいよ」
「なっ!?」


そんな刹那に追い討ちがかかる。


「まさか“ちびお嬢様”なんて言わないよね」
「そうだよね、式神の時の呼び名だもんねー」
「さあ、言ってみよーか、刹那さん」
「そうだよ、言ってみて、桜咲」


刹那に物凄く楽しそうな笑顔で言うハルナと和美。
面白がっていた。


「これが言えなきゃ、さっきの提案は棄却でしょ」
「そうそう、名前付けてあげなきゃ」


口をパクパクしていた刹那が、その言葉に反応した。
どうやら、初勝利は諦めていないらしい。


「い、言えます!!」
『じゃあどーぞ』
「う゛」


ずずいっとお姫様似の方のちびが刹那の前に押し出される。
きょとんと見上げてくるちびに、刹那は、意を決した。
そして。
婿養子の一言は。


「ちび、この・・・か、さん・・・・・」
『ダメじゃん』


バッサリ切り捨てられた。


−−−−−−


「父上〜?」「父様〜?」
「言えない・・・・言えるわけないじゃないか・・・っ!」
「どうしたんですかね〜」
「どないしたんやろ〜」


ちびたちに心配されながらも、刹那はソファに座り自己嫌悪の真っ最中。
そんな刹那を放置し、他の七人+一匹は相談を開始していた。
・・・・・不憫な、婿養子だ。


「名前ねー」
「ここはパパとママが決めないとでしょ」
「そうですね。それがいいかと」
「で、でも刹那さんが・・・」
「あー、じゃあママが」


あまりにも、不憫な婿養子だ。


「どないのがええんやろ」
「そんなの木乃香が決めるしかないでしょ」
「私たちが口出しすることではありません」


うんうん悩み始める木乃香。
その傍らで他の六人と一匹は話し始める。


「あの二人って姉妹になるんだよね」
「そうですね」
「どっちがお姉ちゃん?」
「・・・・・・・うーん」
「どっちでもいいんじゃないですかぃ?」
「どっちかって言ったらパパ似の方じゃない?」
「そうなるのかなー」
「あ、そうだ。苗字は?」
「そりゃ木乃香のでしょ。婿養子に入るんだし」
「じゃあ、“近衛”か・・・」


なんて好き勝手言っていたのだが。
ある単語に項垂れていた刹那が反応を示した。
バッと顔を上げ、六人と一匹を見て。


「待ってください。何ですか、婿養子って」


この質問に六人と一匹のうち、四人と一匹は思った。
いまさら、と。
その代表として、和美が言う。


「桜咲のこと」
「わ、私?」
「婿入りなんでしょ?」
「何ですかその“違うの?”みたいな顔」
「や、その通りなんだけど」


婿養子発言に抗議する刹那。
いまさら過ぎる気がするのは気のせいではない。


「私は婿養子ではありません!!」
「だって木乃香は跡取り娘なんだから、婿取らなきゃじゃない」
「そ、それは、そうですけど・・・」
「だろ?だったら婿養子であってるじゃねぇか」
「むしろ刹那さんは当事者です」
「で、ですからっ」
「何?娘も居るのにしらばっくれる気?」
「娘じゃありません!!」


言い争う刹那VS四人+一匹。
その時。


「せっちゃん」
「は、はいっ!!」


鶴の一声ならぬ、お嬢様の一声。
名を呼ばれただけで木乃香の方に向き直り、びしっと正座する刹那はさすがだ。
顎に指を当て思案に耽る木乃香は、そのまま刹那に言った。


「ちびちゃんたちとお散歩行ってきてくれへん?」
「へ?散歩・・・ですか?」
「うん、一時間くらいで帰ってきてくれればええから」
「で、ですが・・・」


渋る刹那。
今この場を離れれば、間違いなく命名話は佳境を迎えてしまう。
だが、やはり木乃香は強かった。
木乃香はソファに座るちびたちに微笑んで言う。


「ちびちゃんたち、パパとお散歩行きたない?」
『行きたい〜っ!!』


そう、ちびたちを味方に付けたのだ。
刹那の元へと駆け寄ってきたちびたち。


「父上〜、行きましょ〜?」
「あー、その・・・」
「父様〜、お外行こ〜?」
「えっと・・・」
『お散歩〜っ!!』


満面の、それも嬉しそうな笑み×2に、抗うことが刹那にできるわけがなかった。


「・・・・・・・はぁ。わかった」
『やた〜〜☆』


溜め息をつきつつも、承諾。


−−−−−−


「体よく追い払われたわね、刹那さん」
「まぁ、尻に敷かれてますし」
「基本的に優しいパパだし」
「ありゃファザコン度がまた上がるわよ」
「まだ上がるんですか?」
「現在継続中」
「ぅわぁ・・・」


ちびたちを抱っこした刹那が出て行った643号室。
依然悩み続ける木乃香。
明日菜が、言う。


「でさ、どうするの木乃香」
「んー・・・・」


式神変化形幼児と言えど、命名するとなるとそれなりの責任感を感じるもの。
気分は完全に母親な木乃香だった。
物凄く、真剣に悩んでいる。


「使いたい字とかはある?」
「せやねぇ・・・・・・あ、うちらの字は使いたいんよ」
「木乃香≠ニ刹那≠ゥら?」
「そ」


親から一文字ずつ取るのは王道。
木乃香もそれを実行したいようだ。


「他は?」


ハルナが聞けば、木乃香は思案した後。


「・・・・・・桜=v


そう、呟いた。


「桜?どうして?」
「せっちゃんの桜≠竄オ・・・・」
「ああ、近衛姓になるから桜咲じゃなくなるわけか」
「そーなんよー、綺麗な苗字なんやけど」


ナチュラルに刹那の婿入りをこの部屋にいる全員が認めていた。
なにより、跡取り娘が認めていることが、大きい。
刹那・・・・勝つ要素はないぞ。
木乃香が、続ける。


「それに、せっちゃんと京都に居った時の思い出で、一番覚えてるのが満開の桜なんよ」
「ちっちゃい頃のこと?」
「うん」


昔を思い出したのだろう、微笑む木乃香。


「よぉ遊んだ中庭に、いっぱい桜の木があってな」
「木乃香の実家?」
「うん。その中で一番おっきな桜を、いっつも一緒に見てたんよ」


微笑んでいた木乃香の顔に、陰が射す。
淋しげな、表情。


「でも・・・・いろいろあって、離れ離れになって。やっと会えた思たら・・・」
「木乃香・・・」
「けど、今は昔みたいにいつも一緒やから!!」


心配そうな明日菜の声に、一瞬後には笑顔の木乃香。
その笑顔は偽りなく。
本当に、嬉しくて幸せだということがわかる。


「んー・・・・ちびちゃんたちの名前どないしよー・・・」
「こればっかりは木乃香自身に決めてもらわないと」
「刹那さんはあんな感じですしね」
「姐さんもいい加減腹くくりゃぁいいものを」
「は、腹くくるって・・・」
「間違いではないですね」


再び、木乃香は思案に耽る。


======


幼い頃に共に見上げた、満開の桜。

ずっと傍に居ると信じていた。

でも、それは崩れ去った。

いまでこそ、誰よりも傍に居るけど。

あの時の寂寥感は忘れられない。



哀しくて、悲しくて。

寂しくて、淋しくて。



あの子たちは。

片時も、離れることがないように。

ずっと、今のうちらみたいに、離れないように。



毎年、同じ桜を、同じ時に、一緒に見れるように。

いつでも傍に居れるように。

一対のもののように。

片方が居る所が、もう片方の居場所であるように。



======


「木乃香・・・刹那・・・」


他の皆が話している中、木乃香は一人呟く。


「桜・・・・・」


一つ一つを整理するかのように。


「一対・・・・・う〜ん。・・・・二人、・・・・・」


時折り眉根を寄せつつも。


「双、子」


答えは近づいてくる。
木乃香の脳裏に浮かぶ、四つの言葉。


木乃香=A刹那=B

桜=A双子=B


それが、全て合致した。
木乃香が、立ち上がる。


「決ーめたっ!!」
『はい?』


そして、他の六人+一匹は、実は聞いちゃいなかった。


−−−−−−


数十分後。


ガチャ

「ただ今戻りました」
『ただいま〜』


きっかり一時間後、刹那はちびたちとの散歩を終え、部屋に戻ってきた。


『おかえりー』『おかえりなさい』


刹那が抱っこしていたちびたちを降ろし、リビングに向かえば。
某二人と、オコジョ妖精の笑顔。
もう鍛え抜かれたシックスセンスと言ってもいいほど、刹那はこの雰囲気が何なのかを察した。
否、察してしまった。
すなわち、嫌な予感。


「な、何ですか?その輝かんばかりの笑顔は・・・」
『何も〜?』
(嘘だっ!!)


刹那の心の叫びは、届くわけがなかった。
ちびたちは刹那の足元で首を傾げていた。
その刹那とちびたちに近づくのは、もちろん。


「せっちゃん、ちびちゃんたち」
「お、お嬢様?」「母上〜?」「母様〜?」


木乃香は刹那に微笑んでから、ちびたちの前にしゃがみ込む。
まずは、護衛似の幼児に。


「今日から、“双那”ちゃんや」
「そうな〜?」


続いて、自分似の幼児に。


「それから、“桜香”ちゃん」
「おうか〜?」


名を、告げた。
それを聞いて、固まる刹那が何やらゴソゴソ動いている六人+一匹を見れば。


【近衛家(婿養子)のちびズ命名】

【近衛双那(双子、長女)】

【近衛桜香(双子、次女)】


大き目の和紙に、墨で、しかも達筆でそう、書かれていた。
ちなみに、夕映書。
和紙を持っている和美とハルナ、そしてネギの肩に乗っているカモはニヤニヤ笑っていて。
夕映は無表情に黒酢トマトを飲んでいて。
明日菜、のどか、ネギは苦笑を浮かべていた。
全員に共通することは。


よかったね・・・


と聞こえてきそうな生暖かい視線。
無論、刹那にとって微塵もありがたくなかった。
そんな刹那の足元では。


「覚えた?」
『覚えた〜っ!!』


名前習得が完了されていた。
それに慌てる刹那。


「ちょ、お嬢様!!」
「さあ、せっちゃん呼んだげて?」


木乃香は立ち上がり、ちびたちを示す。
反論のタイミングを失った刹那がちびたちを見れば。


「父上〜」「父様〜」


物凄く期待に満ちた二対の瞳。
その瞳が発するのは名前呼んで=B
だが。


「ですからちびたちは式神です!名前を付けずともいいではないですか!!」


無視一回目。
刹那はちびたちの視線を無視し、木乃香への反論に転じたのだ。


「あかんて。さっき名前付けるて決まったんやん」
「ぐっ・・・」


言葉に詰まる刹那。
その足元では。


「父上〜?」「父様〜?」


再び、物凄く期待に満ちた二対の瞳。
が、しかし。


「あれは・・・り、理不尽です!認めません!!」


無視二回目。
同じく再び、刹那はちびたちを無視した。
この辺りから、ちびたちに変化が訪れる。
具体的に言えば、ある一部分に水分が増えた。


「せやったらせっちゃん、ちびちゃんたちのことなんて呼ぶん?」
「そ、それは・・・」


さらに言葉に詰まる刹那。
やはりその足元では。


「父上ぇ〜・・・」「父様ぁ〜・・・」


三度、物凄く期待に満ちた二対の瞳。
少し震えた声。
そして。


「今までだってどうにかなったんです!!大丈夫です!!」


無視三回目。
計三回、刹那はちびたちを無視した。
しかも、初めて無視したのだ。
こんなことわざを知っているだろうか。
仏の顔も三度まで=B
それと同じ事態が、今、起ころうとしていた。


『ぅ、ふぇ、ぇえ・・・・・っ』
「ん?」


不可解な声に下を向いた刹那の視界に入ったのは、二対の瞳にこれでもかと溜められた水。
ダムは、限界だった。
そして。


『ぅ゛〜っ、ひっく、ぅわ〜〜〜〜〜んっ!!!』


決壊。


「え゛っ!?」
『ぅあ〜〜〜〜〜んっ!!!』


号泣以外の何物でもなかった。
歪んだ丸い瞳から途切れることなく零れ落ちる涙を拭いもせずに、ちびたちは言う。
いや、叫ぶ。


「父様がうちらのこと呼んでくれへん〜っ!!!」
「わたしたちのこと嫌いなんです〜っ!!!」


涙の原因。


『ひっく、ぐすっ、ぅえ〜〜〜〜〜〜んっ!!!』


響き渡る泣き声は大音量だった。
それはもう大音量だった。


「え゛、わ、私のせい・・・?」
『そうでしょ』


冷や汗を流す刹那に。
明日菜、ハルナ、和美の冷静なツッコミが入った。


『ぅわ〜〜〜〜んっ!!!』


耳を塞ぎたくなるような泣き声。
刹那がしゃがみ込み、なだめ始める。


「ち、ちびたち、泣き止んでくれっ」
「嫌いなんです〜っ!!」「嫌いなんや〜っ!!」
「き、嫌いじゃないっ、嫌いじゃないからっ!!」


本日最高に必死な刹那。
だがそれはちびたちには伝わらない。


「嘘です〜っ!!」
「名前呼んでくれへんもん〜っ!!」
「だ、だからそれは・・・っ」
『ぅあ〜〜〜〜〜〜〜んっ!!!』
「ああっ、だから泣くなっ」


まさに愛娘たちに泣かれて困るパパの姿がそこにはあった。
最初は傍観していたものの、あまりにも泣き止まないちびたちを心配し。
木乃香や他の皆もあやし始めるのだが。


「ほらちびズ!お菓子・・・」
『いらない〜っ!』
「ち、ちびズ!!ぬいぐるみ・・・」
『いらない〜っ!!』
「じゃあ、このジュースを・・・」
『止めろ!!』
「何故止めるですか」


食べ物やオモチャなどを与えても全く泣き止む気配なし。
むしろ。


『ぅわ〜〜〜〜〜〜〜〜んっ!!!』


悪化していた。
大音量+物凄く悲痛な泣き声+物凄く哀しそうな泣き顔。
このコンボはその場に居た全員を焦らせるには十分な要因だった。
結局。


「ああもう・・・・っ!!」


この人の言葉で、事態は収拾する。


「双那っ、桜香っ、お願いだから泣き止んでくれっ!!」
『っ!!』


ちびたちの肩を掴んで真正面から叫んだ刹那。
ちびたちの涙が、止まった。
他の皆の動きも止まった。


「ほら、お願いだから、ね?」
「ぅ〜・・・父上〜・・・・」
「な、何だ?双那」
「父様〜・・・」
「お、桜香?」


自分たちの名前を呼ぶ刹那を見詰めるちびたち。
また泣き出すのかとハラハラする刹那。
見守る他の皆。
数秒後。


「父上〜っ!」「父様〜っ!」
「ぅあっ!?」

ドサッ


刹那に抱きついたと言うよりも飛びついたちびたち。
支えきれずに尻餅をつく刹那。


「な、何だ?どうした?」
『大好き〜っ!!』
「はい?」
「大好きです父上〜っ!!」
「そ、双那?」
「大好きや父様〜っ!!」
「お、桜香?」
「父上〜☆」「父様〜☆」
「・・・・・・・・はぁ」


泣いたカラスがもう笑った。
まさに、それだった。
濡れた頬のまま、満面の笑みで刹那に抱きつくちびたち。
所要時間十数分。
やっと、泣き止んだ。


「・・・・・・・・・・・・・疲れた」


全員の気持ちを代弁するかのように、刹那が呟いた。


−−−−−−


「じゃあ、ちびズも泣き止んだことだし」
「記念撮影でもしますか」


木乃香と刹那がネギとのどかが用意してくれたタオルで、ちびたちの顔を拭き終わるのを見計らい。
記念撮影を提案したハルナと和美。
和美の手にはお馴染みのデジカメ。
ハルナの手にはなぜかスケッチブックとペン。
深く考えてはいけない。


「き、記念撮影?」
「ほら、命名記念として」
「あ、せやね」
「お嬢様!?」
「ちびズも写真撮りたいよねー?」
『うんっ』
「ちびたち!?」


民主主義の正義、多数決により刹那は敗れた。
その前に、木乃香に敵うはずがないのだが。
だがそれでも何とか刹那は条件を出すことに成功した。

1:写真は出回らせない
2:データごとこちらに渡してもらう

過去の経験が反映された条件だった。


「じゃ、パパは娘さんたち抱っこしてくださーい」
「娘じゃないです」
「はいはーい、ぶつくさ言わなーい」


着々と進められていく写真撮影の準備。
近衛家(婿養子)の家族のみの写真になるらしい。


「ママはパパにくっつく感じでー」
「こう?」
「お、お嬢様っ!」
「あー、非常にいいですねー」


刹那に寄り添う木乃香。
それに若干顔を紅くする刹那。
それを物凄く生暖かく見守る皆。
気分は、保護者。


「うん、こんな感じかな」
「いいんじゃない?」
「そうですね」
「新婚さんには丁度いいでしょう」
「し、新婚さんって・・・」
「デキ婚だけどな」
「しかも双子のね」


構図は出来た。
あとはシャッターのみ。
この時、明日菜だけが気付いていた。


(あ、何かする気だ)


木乃香がほんの少しだけ口角を上げたことに。
和美がデジカメを構える。


「よっし、ちびズ、ピースっ!」
『ピースッ!!』


刹那に抱えられたちびたちがピースをし。


「ハイッ、チーズ!」


和美がシャッターを押すその直前。
木乃香が、動いた。


ちゅ

パシャ


その一瞬は完璧にデジカメに収められ。
のちにこの写真がまたしても問題を起こすことは。
また、別のお話・・・。

頑張れ、パパ。

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