近衛家3



唐突だった。


「そうや、京都に行かな」
「きょ・・・っ!?」
『きょ〜と〜!!』


あまりにも、唐突だった。


−−−−−−


ゴォォオオオオォォッ

『新幹線〜!!』
「ちびちゃんたち、大人しくしてなあかんよ?」
『は〜いっ』


東京〜京都間の新幹線内。
そこには一見すると年の離れた姉妹がいた。
幼い双子の妹(?)の面倒を見る中学生くらいの姉(?)。
だがしかし。
この三人の会話をよくよく聞けば、それが違うと考え直すだろう。
それが、例え耳を疑うものであっても。


「ほら、ちゃんと座らな」
「母様〜、どのくらいで着くん〜?」
「せやねぇ・・・・あと二時間ってとこやろか」


幼児に“母親”と示されたのは、はんなり京美少女、近衛木乃香。
質問したのは双子の片割れ、おっとり美幼女、近衛桜香。


「母上〜、父上は〜?」
「ちょぉ売店の方に行ってもろてるんよ」
「お菓子ですか〜?」
「おやつやね」
「やた〜☆」


父親の行方を聞いたのは双子のもう一方の片割れ、中性的美幼女、近衛双那。
そして。


「ただいま、戻りました・・・・」
「父上〜」「父様〜」


紙袋を携えてボックス席(禁煙・指定席)に戻って来た人。
双子に“父親”と示されたのは、精悍京美少女。


「お帰り。ありがとな、せっちゃん」
「いえ・・・」


“母親”に“せっちゃん”と呼ばれたその人物。


「本当に、行くんですね・・・・」


若干、いや、見るからに物憂げな、桜咲刹那。


− − − −
 − − −


衝撃の提案から一時間後。
あらゆる拒否権を行使したが、見事に全て棄却された婿養子。


例@
「お金もかかりますし・・・」
「お父様に四人分貰ってるから大丈夫やえ?」
「よに・・・っ!?詠春様にそのようなこと・・・!!私が出します!!」
「なんや、せっちゃんも行きたいんやん♪」
「・・・っは!?」
条件反射で自ら棄却。

例A
「私は道中のみお供する形では・・・」
「屋敷の中で襲われたらどうするん?」
「・・・・」
「ないとは言い切れへんよね?」
過去の経験から棄却。

例B
「そ、その日は仕事が・・・」
「うちからお爺ちゃんに頼んだる」
「・・・・」
「だから安心しぃ」
血縁力を発揮され棄却。


完全敗北。
やはり尻に敷かれていた。
目頭が熱くなるのは何故だろうか。
妻と娘たちは帰省の準備中。
項垂れた婿養子は女子寮3−A棟をとぼとぼ歩いていた。
そこでスナイパーと出会う。


「今日は娘たちと一緒じゃないのか?」
「娘じゃない。・・・・助けてくれ・・・」
「は?」


事情を聞いたスナイパーは一言。


「それは悩むわけだな・・・」
「だろう?」
「よりによってデキちゃった結婚を許してもらいに行くのか・・・頑張れよ」
「龍宮ァッ!!」
「ははははは、そう怒るな」


続いて報道娘と出会った。


「お、やけに落ち込んでるじゃん桜咲」
「い、いえ、何も」
「はは〜ん・・・そういえば木乃香が京都に行くとか言ってたわねぇ」


事情を察した報道娘。


「正装して行かなきゃ駄目だよ、婿殿」
「婿殿とか言わないでください」
「あー、でもデキ婚かぁ・・・やるね桜咲!!」
「失礼します・・・!!」


最後に出会ってしまったのは同人娘。


「聞いたよ刹那さん!ついにご挨拶だって!?」
「違います!!」


すでに事情を把握していた同人娘。


「はい!あたしからの餞別!!のどかに探すの手伝ってもらったんだよ!」


手渡されたのは一冊の本。
【失敗しないお義父さんへのご挨拶】


「これさえあればデキ婚の許しもスムーズに・・・・ちょ、刀に手かけないでってば!!」


とりあえず。
婿養子はクラスメイトたちから応援されていた。
本人の意思は無視の方向で。


 − − −
− − − −


東京を出発して数時間。
木乃香と刹那、ちびたちはある場所に来ていた。


『きよみずでら〜っ!!』
「元気やねぇ、ちびちゃんたち」
『飛び降りる〜っ!!!』
「だっ、駄目だ!!止めなさい!!!」


修学旅行以来の清水寺。
はじめての遠出に大はしゃぎのちびたち。
それを微笑んで見る木乃香。
そして駆け出すちびたちを捕獲した刹那。


「ぬ〜、父上降ろしてください〜っ」「あ〜ん、父様放してや〜っ」
「駄目。危険だ」


いつもは喜んで、むしろせがむ刹那の抱っこに頬を膨らますちびたち。
よほど飛び降りたいらしい。


「ちびちゃんたち、誰にそんなこと聞いたん?」
『夕映お姉ちゃん〜』
「あー、夕映な」「綾瀬さん・・・・っ!!」


珍ジュースマニアであり、寺院マニアでもあるクラスメイトの姿が木乃香と刹那の脳裏を過ぎ去った。


「あい・きゃん・ふらい〜っ!!言うて飛び降りるん〜っ」
「ハルナお姉ちゃんが言ってました〜っ」
「なんてことを教えるんだ・・・っ!!」


刹那の要注意兼要説教リストのトップに某人物の名前が書き加えられた。
麻帆良に帰ったらすぐに抗議に向かうことを決意した刹那。


「ちびちゃんたち」
『何〜?』
「飛び降りると、パパに嫌われてまうよ?」
『っ!!』
「ええの?」
『や〜だ〜〜っ!!』


木乃香のこの言葉に。
突然全力で刹那に縋りついてきたちびたち。
刹那の首がいい感じに絞まった。


「ちょ、く、苦しい・・・」
「飛び降りひんから〜・・・っ」
「嫌いにならないでください〜・・・っ」
「わ、わかったから・・・放し・・・」
「父上〜っ」「父様〜っ」
「絞まってる・・・絞まってる、から・・・」


数十秒の攻防の後。
刹那はやっと解放された。
若干酸欠気味。


「ごめんなさい父上〜・・・」「堪忍や〜父様〜・・・」
「大丈夫だから、な?」
『うんっ』


涙目で謝るちびたちに苦笑する刹那。
何だかんだで甘いのだ。
そして、ひと段落がついたのを見た木乃香が、言った。


「よし、ほんならうちに帰ろか」
『お爺様のところ〜♪』
「・・・・・はぁ」


そう、ここ、京都に帰省した理由はただひとつ。

木乃香の実家に行き、詠春にちびたちを会わせるためだった。


−−−−−−


『お帰りなさいませ、木乃香お嬢様』


数十名の巫女たちからの言葉。
近衛家の一人娘たる木乃香の帰宅を歓迎するものだ。


「ただいまー」
『ただいま〜』
「・・・・・・お邪魔致します」


木乃香の実家、関西呪術協会総本山に一行は到着した。


「お帰りやす。木乃香お嬢様」
「ただいまー皆。お父様は?」
「ちょお手ぇ離せへんらしくて、後ほど謁見の間で」


巫女たちが木乃香の方へと集まる。
数歩離れてそれを見る刹那。
心の中は。


(・・・・・・来てしまった来てしまった来てしまった・・・っ!!!)


物凄く、混乱していた。
だから、気がつかなかったのだ。


「ほんなら先に荷物置いてこよかな」


巫女たちとの会話を一通り済ませ、木乃香が刹那の方に振り向く。


「あれ?ちびちゃんたちは?」
「え?あ、いない・・・!!」


そう、ちっちゃい二人が忽然と姿を消していたのだ。


「娘さんたちやったら庭の方に向かいましたえ」
「娘では・・・!」
「ありがとなー。ほら、せっちゃん行くえ」
「あ、はい・・・」


巫女のこの言葉に刹那が反論しようとしたが木乃香に遮られ、二人は庭に向かうのだった。


−−−−−−


雅かつ情緒溢れる日本庭園。
そこに足を踏み入れた二人。
発見したものは。
広い池に渡された桟橋。
そこにしゃがみ込み、池を覗き込む幼児二人。
なのだが。


『お魚〜っ!!』


身を乗り出し、今にも池に落ちそうな幼児二人だった。
春とはいえ池の水は冷たく、そして池は思いの外浅いのだ。
落ちれば池底にどこかを打ちつけかねない。
木乃香と刹那の背中に冷や汗が流れる。
先に動いたのはこの人。


「双那っ!桜香っ!そこから動くな!!」


抜群の瞬発力で駆け出した刹那。
下手に動かれるよりもじっとしていた方が安全ということで。
ちびたちに注意しつつもその場に全速力で向かう。


「あ〜、父上〜、見てください〜」
「おっきなお魚さんが居るんよ〜」


尚も池を覗き込んだまま顔だけを刹那に向けるちびたち。
そのバランスたるや、いつ落ちても不思議ではない。
というよりも、落ちないのが不思議だった。
変なところで刹那の運動神経を受け継いだのだろうか。
いや、DNAは関係ないのだが。


「ちびちゃんたち!動いたらあかんよ!!」


遅れて木乃香が駆け出す。
それにもちびたちは笑顔を向けて。


「母様〜、お魚さん〜」
「いっぱい居ます〜」


絶妙なバランスを保ちつつも言った。
ちびたちが喋っている間に、刹那はちびたちの元へ駆けつける・・・ところだったのだが。


バシャッ

「あ〜、おうか〜、金色のお魚さん〜」
「ほんまや〜」


ちびたちが居る桟橋の下から現れた見事な銀鱗山吹の鯉。
それに視線を取られたちびたちの身体が。


ぐらっ

『あ』「あ゛」「あ」


池の方向に傾いた。
そうなれば必然。
水面へと落下し始めるちびたち。


『っ!!』


あと少しで池へと落ちるという瞬間。


「間に合えッ!!」


ちびたちの身体は桟橋の上に引き上げられた。
そしてその引き上げた人物はというと。


「しまっ・・・!」

バシャーーーンッ


己のバランスを保てずに、落水。
水しぶきが上がった。
やっと追いつき、ちびたちの元にしゃがみ込んだ木乃香。
そして軽く尻餅をついたちびたち。
その目の前に映るのは。


「はぁ・・・・・失敗した・・・情けない・・・」


濡れ鼠と化した刹那。


−−−−−−


「おかえり。木乃香」
「ただいま。お父様」


謁見の間。
そこには久しぶりの再会を果たす親子。
そして。


「いらっしゃい。刹那君」
「お邪魔致しております。詠春様」


緊張した護衛と、その護衛対象の父兼命の恩人。
いつもより畏まった刹那は、恭しく頭を下げる。


「申し訳ございません、このようなものをお貸し頂き・・・」
「いえいえ、構いませんよ。事の顛末は聞きました。大変でしたね」
「はあ・・・」


刹那の身を包むのは、羽織袴。
紺系で纏められた落ち着いた印象のそれは、近衛家の巫女たちが用意したものだった。
池から上がり、木乃香たちとは分かれて湯殿を借りた刹那。
最初は持ってきていた衣服に着替えようと思っていたのだが、作務衣に着替えるように言われ、騒ぎを聞きつけた巫女たちに何故か強制連行。
ある一間に通された。
そこには。


「な、何ですか?この着物の数々は・・・・」


多種の着物たちが並んでいた。
その中からどれを着てもいいとのことだった。
もちろん刹那は丁重に断ったのだが。


「まぁ、よろしいやないの」


丸め込まれた。
そこで刹那が選んだのが、動きやすさを重視した羽織袴。
ちなみに。


「ああ、こんなところに紋付袴と白無垢がありますえ?」
(な、何故そんなものが・・・)
「丈も刹那はんとお嬢様に奇跡的に合うてはります」
「そ、そうなんですか・・・」
「これはもう運命としか・・・・・刹那はん♪」
「こ、この羽織袴をお借りします!!」
「いけずやねぇ・・・」


その場に居合わせた巫女たちから執拗に紋付袴を勧められたのは、刹那だけの秘密だった。
お姫様に知られたらとんでもないことになりそうだったから。
そのお姫様はというと、ちゃっかり自身も着物へと着替えていたりする。
幼い頃より実家では着物だったために、こっちの方が落ち着くらしかった。
そして。


『お着物〜♪』
「ちびちゃんたち、着物着れて嬉しい?」
『うんっ』


ちびたちも巫女服着用だった。
赤い袴と白い着物をつけた上に羽織る物・・・・・千早までも装備だった。
何故ちびたちにジャストフィットな巫女服があったのか。
それは近衛家に仕える巫女たちしか知らない。
そのはしゃぐちびたちを見て微笑み、詠春は言う。


「初めまして、双那ちゃん、桜香ちゃん。近衛詠春と言います」


その瞳は、少し昔を思い出すかのように優しい。
自分たちに声を掛けた詠春を、首を傾げて見るちびたち。
第一声は。


『お爺様〜?』
「こら!ちびたち!!」


確認だった。
冷や汗を流す刹那が咎めるが。


「ええ、そうですよ」
「詠春様!?」


すんなり肯定する詠春。
驚く刹那。
それを聞いたちびたちは嬉しそうにトテトテ詠春に走り寄り。


『お爺様〜っ!!』
「はっはっはっ、これこれ」


修学旅行時の木乃香のように、思いっきり抱きついた。
それに床に手を付き項垂れる刹那。
笑顔の木乃香。


「お父様も喜んではるねぇ」
「のほほんと仰らないでください・・・っ!」


刹那の意思は関係なく、何かが着実に進んでいるように感じるのは、気のせいだろうか。


−−−−−−


詠春に一通りじゃれたちびたちは巫女たちと一緒に中庭へ行った。
そして。


「さて、刹那君」
「は、はい・・・・」


刹那の隣には、木乃香。
対面には、詠春(木乃香の父親)。
刹那にとって最も回避したい事態が展開されていた。


(ああもう何でこんなに緊張してるんだ!!ってわかってるそんなこと!!出来ることなら逃げ出したい!!でもそんなこと出来るか!!!)


混乱ここに極まれり。
可哀想なほど、刹那はガチガチに緊張していた。


「木乃香が迷惑をかけたようで、すみませんでした」
「申し訳ございません詠春様!!私のような者が近衛家の姫様であるお嬢様を!!しかし私は真剣d・・・え?」


額を擦り付けんばかりに土下座した刹那。
どうやら詠春が何を言ったか認識する前の行動だったらしい。
やっと脳が詠春の言葉を認識し、疑問符を浮かべる。


「もうっ、お父様!!」
「事実でしょう?」
「・・・・ぅ〜」
「双那ちゃんと桜香ちゃんのこともそうですが、いつも迷惑を掛けてすみませんね」


頭の中が真っ白になった刹那。


(つまり、つまり・・・・・私の、緊張損と言うやつ、か・・・・・はぁ・・・)


かなり、凹んでいた。
何だかんだでクラスメイトたちの考えに侵食されていた。
それを不思議そうに見る詠春。


「刹那君?」
「いえ、どうか、お気になさらずに・・・」


精神的ダメージは、大きい。


「せっちゃん、さっき何言おうとしたん?」
「!!イエ、ナニモ・・・・・」


とりあえず、刹那の心配は杞憂に終わった。






数分後。
刹那は近衛家の屋敷を一人歩いていた。
親子で積もる話もあると考え、詠春と木乃香を二人きりにしたのだ。
その際。


「あ、ちびちゃんたち見てきてくれへん?」


そう、木乃香に言い渡されて。
現在ちびたちが遊んでいるであろう中庭に向かっている。
あの縁側の角を曲がれば中庭。
その時だった。


(ん?巫女の方々か・・・?)


刹那の耳に声が届いた。
おそらくちびたちを連れて行った巫女たちの会話。
失礼とは思いつつ、歩きながら耳を傾ける。


「木乃香お嬢様はやっぱりお婿はん貰うんやね」
「刹那はんやったらいいお婿はんになりはるわ」
「どこぞの馬の骨になんかお嬢様は任せられへんからねぇ」
「その点刹那はんは、実績もありはるし」
「真面目・礼節・一途・・・完璧とちゃいます?」
「仕えたとしても、御館様と同じで優しそうやし」
「ええ未来やねぇ」


足が止まったのは、言うまでもない。


(・・・・・・・・・・・・お婿さん?)


確かにそう聞こえた。
そして己の名も。
符号で表すならば、二つの言葉は≠ではなく=で結ばれていた。
瞬間、刹那の顔に血液が集まる。
角の直前で止まったその刹那を、巫女たちが見つける。


「あら、刹那はん、どないしはったん?」
「い、いえ・・・・」
「顔紅ぉなってはるけど」
「な、何でもないんです」


そう言うのが、精一杯だった。
と。


「あ、父上です〜っ」「父様や〜っ」


中庭から聞こえる幼い声二つ。
刹那が視線を向ければ。



満開の桜。
幼い頃、大切な人と遊んだ時の記憶のまま。
中庭に、咲き誇っていた。



その桜に囲まれて手を振る幼い頃の自分たちにそっくりな二人。
既視感。
刹那の目が、何かを思い出すかのように、細くなった。
その幼い二人が刹那の元に駆け寄ってくる。


「父上お話終わったんですか〜?」
「・・・・・ああ」
「せやったらうちらと遊んで〜?」
「・・・そうだな」
「父上〜?」「父様〜?」
「いや、何でもないんだ」


縁側から中庭に降り、ちびたちの頭を撫でる刹那。
その瞳には、さきほどの既視感はもうない。


「父上〜、肩車してください〜」
「あ〜、そうなずるい〜っ、うちも〜」
「順番、わかった?」
『は〜い』


桜の下へと引っ張られる刹那。
楽しそうなちびたち。
きゃいきゃいじゃれるちびたちのお守りを始めた刹那が。


「優しいお父はんやねぇ」
「これなら本当の御子がいつ出来ても安心どす」


縁側で巫女たちにそんなことを言われてることなんて、知るわけがなかった。


−−−−−−


数十分経った頃。
刹那は中庭に面する縁側に座って、用意されていたお茶を恐縮しながら巫女たちとともに飲んでいた。


「あ〜、おうか見て〜。このコアラ眉毛があります〜」
「ほんまや〜、ええな〜」
「おうかにあげます〜」
「ええの〜?」
「いいですよ〜」
「やた〜☆」


その刹那の隣で、ちびたちは巫女たちから貰ったコアラのマーチをまぐまぐ食べていた。
ちなみにちびたちにはお茶ではなくオレンジジュース。


(・・・・・・私なんかが、こんな風に対応して頂いていいのだろうか)


そんなことを刹那が思っていると。


「父様〜」
「ん?」
「うちらは“このえ”なんよね〜?」
「・・・・・・・お嬢様が仰るには、そうだな」


ちびたちの質問に、苦笑いを交えて答える。
その答えに、ちびたちが首を傾げ悩み始める。


「ん〜・・・・」
「何だ?」
「父上は何で“さくらざき”なんですか〜?」


自身の苗字が桜咲なのは、当たり前のこと。
今度は刹那が首を傾げた。


「意味が解らないぞ?」
『何で“このえ”じゃないの〜?』

ブーーーッ!

『あ〜、虹〜』


ちょうど口に含んでいたお茶は、霧状となって虹を形成してくれた。
何のことはない。
ちびたちは父親の苗字が違うことに違和感を覚えたのだ。


「げほごほっ、げほっ・・・!!」


その虹を形成した人は、お茶が気管に入ったらしくむせていた。
そこに話を聞いていたのだろう、巫女たち数人が加わってくる。


「ああ、娘はんたちもこう言うてますえ?」
「娘じゃないです・・・・!!」


むせつつも何とか否定する刹那。
割と必死だった。
しかし。


「近衛、刹那。ええ響きどすなぁ」
「まるで元からその名前だったかのようなしっくり感」
「完璧どす」


巫女たちは聞いちゃいなかった。
これに焦った刹那。
木乃香の前でこんなことを言われてしまっては、ひとたまりもない。
何がとは、言えないが。


「わ、私が近衛姓になるなんてことは・・・・」
「方法は二つありますえ」


否定を続けようとする刹那の言葉を、巫女の一人が遮った。


「一つ。御館様が刹那はんを養子に迎える」


立てた人差し指とともに出される正攻法。
そして。


「二つ」


人差し指の隣に立てられた中指とともに出されたのは。


「木乃香お嬢様の婿になる」
「む、k・・・・!?」
「む・こ♪」


とんでもない反則技だった。


「むむむむ無理です!!私がなれるわけないじゃないですか!!女性同士ですよ!?」


あくまで。
あくまで正論を述べる刹那に、巫女はふっと静かに笑い。
一言。


「愛」
「あい?」『あい〜?』


その単語を刹那とちびたちが反復し。
次の瞬間、その巫女はカッと目を見開き。
凄みさえ感じるほどのオーラで言い放った。




「愛さえあれば、何でも出来ますえ・・・・!!!!」




ある意味、最強な理論だった。
絶句する刹那。
その刹那に、はんなりと巫女は言った。


「具体的に言えば、関東と関西のトップクラスの権力保持者が味方なんどす。どうとでもなります」


これもある意味、最強な理論だった。

関東魔法協会、会長。
関西呪術協会総本山、長。

いわずもがな、お姫様のお父様とお爺様だ。
確かにいろんなことがどうとでもなりそうな気がする。
どうとでもできそうな気がする。
・・・・・・。
エラいところに婿にいくのだね、刹那よ。


「権力行使!?だ、駄目ですそんなこと!!」
「使えるもんは使うべきどす」
『使うべきどす〜』
「使えるも・・・っ!?ちびたち真似するな!!」


この後も。
刹那と巫女たちの戦いは続いた。
結局、ドロー。


−−−−−


刹那は一人、中庭の桜の下に居た。
満開のそれを見上げながら。
一際大きい桜の幹を触っていた。


「せっちゃん」


その刹那に、縁側から掛かる声。
愛しい声。
振り向けば。


「お嬢様」


縁側に、木乃香の姿。
桜の下を離れ、己の大切な者の元へと向かう刹那。


「ちびちゃんたちは?」
「遊び疲れたみたいで・・・さきほど巫女の方が用意してくださった布団でぐっすりです」
「ほか」


縁側に、二人で腰掛ける。
巫女たちはいない。
二人きり。
不意に、刹那の肩に頭を預ける木乃香。


「お、お嬢様・・・?」
「今日ちびちゃんの相手ばっかりしてたやろ?」


木乃香からの問い。
その答えは明確。


「は、はい・・・」


返答を聞いた木乃香は、頭を肩に預けたまま刹那を見上げ。


「せやから、今度はうちの相手して」


お願いを、口にした。
もちろん。
刹那に断る理由などなく。
若干紅い顔で、頷いた。


「ここの桜は・・・・変わりませんね・・・」
「せっちゃん久しぶりに見たやろ?」
「そうですね」
「ほんまは、毎年一緒に見たかったんよ?」


木乃香が不満を漏らす。
それに刹那は苦笑いを返すしかなく。


「すみません・・・」
「これからは、毎年見よ」
「可能でしたら」
「可能にするん。絶対や」
「お望みのままに・・・」


新しい約束。
今度こそ破られない約束を。
しばらくして。
無言の時間が訪れた。
それは気まずいというものではなく。
言わなくても通じているから。


「お嬢様?」


肩に凭れる木乃香の瞼が下がりかけていることに気付いた刹那。


「・・・・眠いですか?」
「ん、ちょぉ・・・・眠い・・・」
「お休みになられてはどうですか?」
「んー・・・・」


木乃香の答えは、言うまでもなく。


−−−−−−


「刹那君」
「詠春様」


中庭の縁側に訪れたのは、詠春。
佇まいを正そうとした刹那が、自身の腿を見て、固まった。


「そのままで構いませんよ」
「も、申し訳ありません」


刹那の腿に頭を預けて眠っている木乃香。
これでは、動けない。
木乃香には刹那が着ていた羽織が掛けられており、風邪を引く心配はないようだ。


「ふふ・・・」
「如何なされました?」
「いえ、本当に幸せそうに眠っているなと思いまして」


娘の顔を見て微笑む詠春。


「安心なされているのでしょう。久しぶりのご実家ですし」


木乃香を大切そうに見る刹那を眺めて、詠春は口を開いた。


「刹那君」
「はい」


刹那が詠春を見れば。
とても真剣な、表情。




「これからも・・・・・木乃香を護ってくれますか?」




刹那の答えは、幼い頃と、今までと変わりなく。
詠春の耳に届いた。




「この桜咲刹那、生涯、命を賭けてお嬢様をお護り致します」




答えたその瞳は揺ぎ無く。
真剣で、澄んでいて。
詠春は、微笑んだ。


「それを聞いてよかった・・・・・拒否されたらどうしようかと思いました」
「そんなことはあり得ません」


きっぱりとした否定。
未来永劫変わることのない答え。
刹那の中にある、永遠の誓い。


「・・・・・木乃香は幸せ者です」
「はい?」
「ここまで自分のことを大切に想ってくれる人がいるのですから」
「え、詠春様もそうではありませんか」
「少し、違うんですよ。大切だと想う気持ちが」
「そう、なのですか・・・」


腑に落ちない表情の刹那に、詠春は笑いかける。


「ああ・・・・・・この感じがアレなのでしょうか。お義父さんの気持ちがわかりましたよ」
「アレ、と仰られますと?」
「ほら、娘を託すって言うアレです」
「なっ!?」


紅に染まる刹那の顔。
それに構わず続ける詠春。


「寂しい気もしますが・・・・娘がもう一人増えたと思えばとても幸せですねぇ」
「むすっ・・・!!」
「うんうん。孫の予想図もこの眼ではっきり見ましたし」
「まっ・・・!?」


巫女の提案した反則技が、刹那の脳裏を駆け巡った。


「あ、戸籍はうちに入ってくれると嬉しいですねぇ」
「詠春様・・・!!」
「はっはっはっはっ」


詠春の笑顔は果てしなく、爽やかだった。
と、二人の耳に届く声。


「ぅ〜・・・・父上何処ですか〜・・・っ!!」「父様〜・・・何処行ったん〜・・・っ!!」


ちびたちの涙交じりの声。
ちびたちが寝ていた部屋はここから結構な距離がある。
かなり叫んでいるようだ。


「おや、双那ちゃんと桜香ちゃんが起きてしまったようですね」
「そうですね・・・」
「巫女たちと一緒でしょうから、私が居場所を教えてきましょう」
「そ、そのようなことをして頂くわけには・・・!!」
「動けないでしょう?刹那君」
「う」


事実を言われ、刹那は畏まりながら詠春にちびたちを頼んだ。
詠春が去り、聞こえてくるのは。


「父上〜母上〜っ!!」「父様〜母様〜っ!!」


先ほどより大きくなった涙声。


「ん・・・・ちびちゃんたちの声・・・?」


木乃香がそれに反応し、起きた。


「あ、起きてしまわれましたか?」
「んー、ええよ・・・・・ちびちゃんたちぐずってるやん」


木乃香は身体を起こしながら、現状を把握する。
聞こえてくる声に、足音が加わった。
刹那が呟く。


「もうすぐ見つかりますね」
「せやねぇ」
「迎えに行きますか?」
「もうちょっと、二人きりで居たいんやけど・・・」


刹那の言葉に少し渋る木乃香。
ふいに。
近づく二人の顔。


「今はこれで我慢するわ」


離れたそれは。
一方は満足気な笑顔。
一方は紅に染まる顔。


「もう十分じゃ、ないんですか・・・?」
「全然足りひん」


刹那の疑問は否定され。


「うちの相手もちゃんとしてな?せっちゃん」


木乃香は笑顔で刹那の顔を覗き込む。


「せやないと・・・・拗ねてまうよ?」


お姫様のこの言葉に刹那は。


「御心のままに・・・」


優しく微笑み。
もう一度、今度は刹那から、唇を重ねた。


−−−−−−


『いた〜っ!!!』


ハモるは幼い子供特有の高い声。
シンメトリーでシンクロするはこちらを指差し叫ぶ姿。
刹那と木乃香はちびたちに見つかった。
泣き顔のまま駆け寄り、二人の着物の裾を掴むちびたち。


「いなくなっちゃいやです〜っ」「いなくならんといて〜っ」
「悪かった。まだ起きないと思ってな」


困ったように微笑みながら、ちびたちの頭を撫でる刹那。


『ぅ〜、ひっく・・・・ぐすっ』
「ほら、ちびちゃんたち泣かんといて?」


いまだ溢れる涙を拭く木乃香。
握り締められた裾は放される気配はなく。
苦笑いを浮かべる二人。


「せや、ちびちゃんたち。晩ご飯までママたちとお散歩行こか」
『ぅっく・・・・お散歩〜?』
「パパに抱っこしてもらって、な?」
「あ、私が抱っこするんですか」
「パパの方がええやろ?頼むでせっちゃん」
「はい・・・」
『ぅ〜、行く〜』


この提案にやっと泣き止んだちびたち。
裾が放される。
そしてちびたちは刹那の方に手を伸ばし。


『抱っこ〜っ』
「はいはい」


お決まりのおねだり。
ちなみに。


「やっぱりいいお父はんになれますえ?刹那はん」
「ですから・・・!!!」


巫女たちも、その場にいた。


−−−−−−


この後。
お散歩や夕食を終え。
婿養子はかなり遠慮していたが、結局棄却。
四人は近衛家に一泊することとなる。
その宿泊中も婿養子の心労(VS巫女)は絶えることなく。

そして。
麻帆良学園女子寮で。
クラスメイトたちによる婿養子ご挨拶報告会見が。
着々と準備されていることなど。
帰りの新幹線の中で何故か悪夢にうなされている婿養子が。
知る由もなく。

頑張れ、パパ。

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