嗅覚
「これはマズイ」
「どうすんの?」
朝倉さんと早乙女さんの眼前。
そこには数着のカーディガン。
学校指定のそれは色、形、奇しくもサイズまでも同じものでした。
さらに名前記入も、刺繍もされていないものでした。
毎度の如くはしゃいだ例の一団がやらかし、周囲にあった机の上のものまで巻き込み転倒したのが十分前。
片づけながら持ち主の机の上に戻していったのが数分前。
顕著なプロポーションとかサイズとかで特定したカーディガンはともかく、今、手元にある数着は誰がどれのものかさっぱりわからないのでした。
「この際どれでもいいでしょ」
「いやいや、ばれたらいいんちょとかネギせんせーとかに怒られるし」
幸い、注意してくる人物と、カーディガンの持ち主であろう人物たちはこの場にはいませんでした。
どうしたものかと首を捻っているとそこに来訪者。
「何やってんの?」
「アスナン、丁度いい所に」
「アスナンっていうな」
明日菜さんは律儀にツッコミをいれ、渦中のカーディガンに疑問符を浮かべます。
かくかく、しかじか。
「ああ、一人のだったら特定できるわよ」
「え?どうやって」
「こうやって」
神楽坂さんは背後を振り向き、教室に入ってきたもう一人の人物の名を呼びました。
「木乃香ー」
「ん?何?」
やってきた近衛さんにカーディガンを指さします。
質問。
「刹那さんのってどれ?」
「せっちゃんの?ちょお貸して」
適当に一着を手にした近衛さんは、それを少し顔に近づけ微笑み。
確信に満ちた声で言います。
「これ」
「あそ、じゃあそれ渡しておいて」
「りょーかいや」
桜咲さんの、と特定したカーディガンを丁寧に畳む近衛さん。
それをぽかんと見ていた早乙女さんが疑問を口にしました。
「何でわかったの?」
「匂いや」
きっぱり一言。
匂い。それすなわち。
いまだ眉を顰める朝倉さんと早乙女さん。
「付けてるようには見えないけど、香水とか?」
「刹那さんならお香とかの方があり得るかもよ」
それを聞いた近衛さんは首を振ります。
満面の笑み。
「んーん、せっちゃんの匂い」
ぎゅっと抱きしめた桜咲さんのカーディガン。
表現しがたい空気が満ちました。
色的には桜色。
一団は合掌。
『ご馳走様です』
そうとしか言いようがありませんでした。
クラス公認です。
神楽坂さんは付け足しのように言います。
「ちなみに逆に刹那さんに聞いても、解らないのよね」
「木乃香だけの特技なわけか」
「そゆこと」
なるほど、と納得している一団が他のカーディガンを特定するのを忘れて戻ってきた雪広さんに雷を落とされるまで、あと二分。