実は長期的な視野による巧妙な作戦
「お雑煮出来たえー」
木乃香のその声にわらわら集まってくるクラスメイト達を刹那は遠目に見ていた。
新年。
寮に残ったクラスメイト達と共に行う新年会。
広間の一室を貸し切り、姦しいどころではない騒ぎが、そこにはあった。
多数決を取った雑煮は、醤油ベースのもの。木乃香が作ったと言うこともあり、それはもうすぐに鍋の周りには人だかり。
「んー! これぞ正月!!」
「あたしんちはもうちょっと味濃いかなー」
「うちは鶏肉の代わりに豚肉入れるー!」
各家庭のお雑煮の味の話に華を咲かせ、喋るか食べるかどっちかにしなさいと怒られる。
その喧騒に一時は巻き込まれてはいたものの、逃げ出していた刹那はいつの間にか輪の中心に居たはずの木乃香がいないことに気付く。
慌てて周りを見渡せば、騒ぎの中心から離れた一画。簡易コンロが置かれた、所謂調理スペースに木乃香を見つけた。
目が合うと、静かに手招きされ、抗う理由などなく寄っていく。
「せっちゃん、お雑煮食べへんの?」
「いえ、お嬢様が作ったお雑煮に舌鼓を打ちたいのですが、ちょっとあの騒ぎに加わるのは勇気が必要でして……」
苦笑いの刹那に、微笑んだ木乃香は手にした小さな片手鍋のふたを開ける。
刹那は目を丸くした。そこには、白味噌ベースの、所謂、京都のお雑煮。
「えへへ、実はもう一つ内緒で作ったんよ」
それが誰のために、なんていうのは言わぬが華。
刹那も、自意識過剰と自身を戒めながらも、頬が緩み、そして色付くのを止められなかった。
よそわれるそれを手に、合掌。
「いただき、ます」
「どーぞ」
一口。二口。
味わって食べていた刹那の表情があまり変わらないことに不安げに曇る木乃香の顔。
「おいしない?」
「いえっ、おいしいですっ」
「じゃあ、どうしたん?」
それに焦って感想を述べ、それでも引かない木乃香に困ったような、どうにも言い難い表情を浮かべた刹那。
落とす視線は、雑煮。
「えっと、あの、道場で、作ってもらったことがあるだけ、なので……故郷の味、と、言っていいのか」
故郷の味、とは。
それがどんな意味を持つのか、木乃香はわかっている。
逡巡。それでも出る答えは一つだけ。
木乃香は微笑む。
「なら、この味、故郷の味にしてな?」
「え」
ぽかんと顔を上げて見詰めてくる刹那に、改めて、微笑んで。
「ん?」
「あ、はい」
その笑顔にのまれるように、刹那はまた、箸を進めた。
故郷の、味、とは。
「こうして木乃香好みに成長していくのであった……」
「明日菜?」
「あ、何でもない」