お嬢様と呼ばないで



「制限時間は一時間」
「・・・・あの」
「反論は認めへん」
「・・・・はい」


麻帆良学園女子寮中等部区画3−A棟、643号室。
そこであるゲームと言うか何と言うか。
とりあえず、何かが始められようとしていた。


−−−−−−


ことの起こりは、つい数分前。
休日と言うこともあり、近衛のお姫様は最愛の護衛を部屋に招いていた。
木乃香のルームメイトは補習中。


「もう!せやからこのちゃん呼んで言うてるやん!」
「も、申し訳ございません・・・」


そしてお嬢様呼びを続ける護衛に、久々に木乃香が拗ねた。
ここまではいい。
そう、ここまでは。


「・・・・・せや」
「え?」


ソファに座る木乃香の対面に正座して頭を垂れていた刹那が、木乃香を見上げれば。
超絶笑顔。
嫌な予感が刹那を襲ったのは言うまでもない。


「一回に付き、ちゅー、な?」


笑顔のまま告げられた言葉の羅列を、刹那は一度で解読できなかった。


「はい?」
「せやから、お嬢様、言うたらちゅぅ一回な?」
「・・・・・・ちゅぅ?」
「キス、接吻・・・他の言い方もあるけど?」
「・・・・・・」


刹那の脳はただ今演算処理中。
あらゆる意味で煙が出そうな処理を遂行し。
処理完了→理解。


「せっちゃん?」
「・・・・・キs#*&$!?」
「言葉になってへんよ」


処理中に言語中枢がやられた。
どうにか修復し、木乃香に抗議を開始する。


「なななな何でですか!!」
「だってせっちゃんが、このちゃん、言うてくれへんから」
(横暴だ・・・!!)
「何か言うた?」
「い、いえ・・・」


目の前の笑顔の木乃香に、冷や汗が流れる。
心を読まれているような気がするのは何故なのか、刹那はコンマ数秒真剣に悩んだ。
が、そんな時間さえも満足に与えてくれないのがこのお方。


「今からスタートや」
「ちょ、待ってください!!」


そして、時は戻る。


−−−−−−


ルール。
お嬢様と呼んだら一回に付きキス一回。
制限時間は一時間。
これが、木乃香が決めたゲーム内容である。
刹那に得がまったくないのがミソだ。


「ほな、スタートや!」
「は、はい・・・」


こうして理不尽なゲームは開始された。


「なぁなぁ、せっちゃん」
「は、はい!?」
「今日晩ご飯も食べていかへん?」
「宜しいのですか?」
「ええから言うてるの。何食べたい?」
「あ、それはおj・・・!!」
「ん?せっちゃん、今何言うた?」


この時。
刹那には笑顔の小悪魔が木乃香と被って見えたらしい。
確信犯である。
開始数十秒にして窮地に陥った刹那。
コレを切り抜けるために脳はフル回転していた。


「お▼・・何て言うたん?せっちゃん」
「お、お、お、・・・・・美味しいものばかり作られるので、何でも構いません」
「・・・・ほか」
(今あからさまに残念って顔した・・・!!)


窮地を何とか切り抜けた刹那。
ちなみに「お嬢様のお好きなもので」と言おうとしていたのだ。
どこまでも条件反射な刹那だった。
この後も。


「なぁなぁ、せっちゃん」
「はい・・・?」
「明日朝練あるやん?うちがせっちゃんのこと迎え行こか?」
「い、いえっ!私がおj・・・!?」
「お=H」
「・・・・私が、お迎えにあがりますので、お部屋でお待ちください」
「・・・ほか」
(狙ってる・・・!!)


刹那は普段敬語で話すことを思いっきり利用していた。
丁寧語や敬語は単語の頭にお≠つけるものが多い。
さらにその後も。


「なぁなぁ、せっちゃん」
「・・・はい」
「英語の宿題出たやろ?」
「はい」
「明日一緒にやらへん?」
「・・・・・お願い致します」
「・・・!?ん、ほな明日な」
(あれ?嬉しそう・・・?)


いつもの刹那なら「お嬢様の手を煩わせるわけには・・・!」みたいなことを言うのだ。
それを見越して木乃香は言ったのだろうが、今の刹那はかなり用心深い。
しかし明日も一緒に居られると言うことで木乃香にはいいことらしかった。
そして時は経ち。


(あと十分・・・!!)


刹那の言葉数はかなり減っていたが、残りはあと少し。
全神経を集中して話すと言うのはかなり疲れる。
よって刹那もかなり疲弊していた。
木乃香の誘導尋問的な会話を突破してきたのだ。
そりゃあ疲れるだろう。


「むー・・・・」
(ああ・・・拗ねていらっしゃる・・・)


もはやこのちゃんと呼ばせることではなく、お嬢様と呼ばせるということに全霊を注いでいた木乃香。
ある意味本末転倒だが、とりあえず木乃香の作戦は失敗していた。


「・・・・・お茶、お代わりいる?淹れてくるけど」


何を思ったのか突然木乃香がそう言った。
諦めたのだろうか。


「あ、いえ・・・」
「せっちゃん遠慮ばっかりやんかぁ」
「・・・・・では、お願い致します」
「ん、待っててな?」


ローテーブルに置いてあった湯飲みを取り、キッチンへと向かって行く木乃香。
しばらくして湯飲みをお盆に載せ、リビングに戻ってきた。


「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」


再びローテーブルに湯飲みを置き、ソファへと歩み寄り。
そして。


「ひゃぁ!?」
「お嬢様っ!!」


床に積まれて置いてあった魔道書に気付かず、躓き、バランスを崩した。
無論それに一瞬の間も置かず反応する刹那。
一拍後。


「・・・・はぁ、御怪我は?」


ソファに座り込む刹那の腕の中には木乃香。


「・・・・・?」


何の反応も示さない木乃香を不思議に思い、刹那が木乃香の顔を覗き込めば。


「はい♪せっちゃん、ちゅー☆」
(やられた・・・!!)


満面の、笑顔。
ゲーム開始から五十五分。
今だルールは施行中。
刹那の思考は巡り、一つの結論に達した。


「わざとですよね」
「何のこと?」
「わざとですね」
「どうやろなぁ」


あくまでしらばっくれる木乃香。
どう考えてもわざとだったが、それを証明する手段を刹那は持ち合わせていなかった。
さらに木乃香に反論し、それを成し遂げる手段もなかった。
つまり。
従うしかないと言うことで。


「せっちゃん、早くしぃ」
「あぅ、その、えっと」


ソファに座り、ニコニコと笑う木乃香にしどろもどろになる刹那。


「ん」
「ぅ゛」


そんなことは無視して、木乃香が眼を閉じてしまった。
それを見て顔をさらに真っ赤にしておろおろする刹那。
だがやがて諦めたのか。


「はぁ、もう・・・」


そう言って、木乃香の肩に手を置き。


ちゅ


ほんの触れる程度のキス。
そして素早く身を離した刹那。


「っ、コレでいいですよねっ!」
「むー、あかんよ」


もちろん、それに満足するお姫様ではなく。


ぐいっ

ドサッ

「わ、ちょ、お嬢様!?」
「はい、お嬢様言うた」
「な!?」


刹那の腕を掴み、自分の方へと引き倒した。
客観的に見て、刹那が木乃香を押し倒したようにも見える。


「もう一回♪」
「こ、こんなの卑怯ですよっ」
「うちなぁーんもしてへんよ?」


刹那の首に腕を回し。
満面の笑みで追加を注文。
そんな木乃香に刹那は異議を唱えるが効果なし。
そ知らぬ様が白々しい。


「何にもしてないって・・・っ」
「もう一回。ん」
「め、目を閉じないでくださいよぉ・・・」
「見たままでええの?」
「そうではなくて!」


木乃香にいいようにからかわれる刹那の様子がなんとも涙を誘う。
慌てる刹那と対照的にくすくす笑う木乃香。


「ほーら、せっちゃん」
「ぇぅ」
「早ぅ」


言うだけ言って、木乃香は再び瞼を下ろした。
残るは。
眼前の木乃香の顔を見て赤面する刹那。


「〜〜〜〜〜〜っ!!」


数秒の葛藤の後。
刹那は、目を閉じた嬉しそうな木乃香に。


(ああもう!どうとでもなれ!!)


咬み付くようなキスをした。


ゲーム開始から、一時間後のことだった。

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