奪取



誰にでも最初と言うものはあります。
初めてと言うものが。

初めての寝返りだとか。
初めての学校だとか。
初めての運転だとか。

そう、誰にでも初めてはあります。
それと同時にものによりますが、その初めての相手というのがいるのです。

初めての友だちだとか。
初めてのケンカだとか。
初めての恋人だとか。

言うなれば、その初めてを貰った人が居るのです。


−−−−−−


「せ〜〜っちゃん♪」
「うわぁ!!」

背後を強襲お嬢様。
背後を襲われその護衛。
今日も平和ですね。

「お、お嬢様っ」
「何?」
「何って・・・!」

刹那の背中にくっつくと言うよりはのしかかる木乃香。
タックルと言ってもいいような、抱きつきの結果がこれです。
不意を突かれたのにもかかわらず、踏ん張った刹那は流石と言えましょう。

「その、恥ずかしいので放していただいては・・・」
「初めてでもないやんか」
「そういう問題ではありません・・・」
「しゃあないなあ」

しぶしぶ離れる木乃香に、安堵する刹那。
それでも刹那の顔が紅いままなのは仕方のないことでしょう。

「せっちゃんどこいくん?」
「えっと・・・」
「もしかして、お仕事?」
「・・・・・・はい」
「ほか・・・」

教えたくはなかったのでしょう困ったように肯定する刹那に、木乃香は短く答えました。
ここは寮の廊下。
夕食も近い時間帯なので二人以外に人は見当たりません。

「気ぃつけてな、せっちゃん」
「はい。先日と同じモノなので大丈夫です」
「それでも、気ぃつけて」
「・・・はい」

木乃香の言葉に素直に頷く刹那。
木乃香の心配するのを身に染みて感じたようでした。

「まだ時間大丈夫なん?」
「はい」

そのまま玄関ロビーのソファに座り少し話をすることになりました。

「なあ、せっちゃん」
「何でしょう」
「せっちゃんが初めてお仕事したのっていつ?」
「正式な仕事は麻帆良に来てからですから・・・およそ二年前ですね」
「ふーん」

その頃の刹那は木乃香との接触を極力避けていたので、そう言われても木乃香にはあまりよく分からないようです。

「ちっちゃい頃は?」
「そうですね・・・・・お嬢様の護衛、と言うよりも遊び相手が初めての任務でした」
「そうなんや」

話は幼い頃、京都での頃にさかのぼります。

「せっちゃんは初めての任務で来たのかも知れへんけど・・・うち、初めての友達はせっちゃんやったんよ」
「それは・・・・・私もです」
「そうなん?せやったら一緒やな」
「はい」

それからは二人の思い出話。

「同い年の子と遊んだのもせっちゃんが最初」
「一緒にお昼寝したのもせっちゃんが初めて」

「初めてお護りした方です・・・・犬からでしたけど」
「最初に遊びを教えてくださったのもお嬢様」

話していくうちにわかってくるのは何かの経験はお互いが最初と言うこと。
それは中々気恥ずかしいことらしく。

「あはは、せっちゃんとばっかやな」
「そうですね」

顔を少し紅くしながら笑う木乃香と恥ずかしげな刹那。

「手ぇ繋いだのも、抱きついたのもせっちゃんがはじめてやしな♪」
「・・・・・・・・どちらもお嬢様からなさったことですけどね」
「せやったっけ?」
「そうです」

きっぱり言う刹那に木乃香はとぼけているのか本当に覚えていないのか分からない返事を返しました。
先ほどのこともそうですが、確信犯っぽいですね。

「せっちゃん、初めてのキスは?」
「キっ!?」
「ん?ちゅーの方がわかりやすい?」
「表現の仕方を変えられても・・・!」
「せっちゃん顔真っ赤」
「お嬢様っ!!」

間違いなくからかわれていますね。

「そ、それにお嬢様も知っているではありませんか」
「ああ、パクテオー?」
「そ、そうです」
「あれはしゃあないことやし・・・明日菜みたいにノーカウントで」
「ノーカウントですか」
「ノーカウントや」

反復する刹那に頷く木乃香。
ここはきっぱりと言い切りました。

「ありません」
「ないん?」
「ありません」
「一回も?」
「ありません」
「ほんまn」
「ありません!」

かなりしつこく聞いてくる木乃香にはっきり否定する刹那。
何故こうもしつこいのでしょうか。
刹那の性格上嘘をつくことなんてないでしょうに。
ましてや木乃香に嘘をつけるわけがありません。

「せっちゃんほんまの初キスまだなんや〜」
「ぅ・・・・・お、お嬢様はどうなんですか」
「うちもまだや」
「そ、そうですか」
「ほかほか、せっちゃんの唇はまだ誰のものでもないんね」
「お嬢様・・・・・お願いですからそういうことは口に出さないでください」

なにやら考える木乃香に刹那は溜め息をつきました。
ふと刹那が時計を見ます。
どうやら刻限が迫ってきている様子です。

「お嬢様、そろそろ・・・」
「あ、時間?」
「はい」

木乃香がソファから立ち上がり、刹那もそれに続いて立ち上がりました。
夕凪が入った刀袋の紐の緩みを確かめるために下を向いた刹那でしたが。

「せっちゃん」

木乃香の声により顔を上げました。

「・・・・・」

黙っているわけではありません。
声を出すことが不可能なのです。
刹那は如何いたしました、と声を出そうとしていたのです。
でもそれは己の唇を塞ぐぬくもりによって塞き止められて。
身体の動きも、思考も、停止させられて。

木乃香が、刹那に口付けをしていました。

数秒のことでした。
ほんの数秒。
刹那にとってはかなりの時間に感じられたでしょうけど。
木乃香は身を、唇を離しました。

「えへへー、奪っちゃった♪」

満面の笑みですが、顔が紅いのは呼吸がし辛かった以外の理由もあるでしょう。
いまだ放心状態の刹那に木乃香は若干恥ずかしげに慌てて。

「あ、うちも部屋に戻らな。明日菜たちがお腹すかせとるわ。それじゃせっちゃん、お仕事気ぃつけてな」

そう言って駆けて行きました。
残った刹那はというと。

「・・・・・・」

無言のまま、放心したまま、再びソファに座り込みました。
崩れ落ちたと言った方がいいかもしれません。

「・・・・・・」

放心状態が治ったのでしょう。
首からゆっくりと紅がせり上がってきて、最終的には真っ赤になりました。
そして座ったまま頭を抱えて。

「・・・・・・・・・・・・・奪われちゃった・・・・・」

搾り出すように呟くのでした。

余談ですが。
この後、仕事時間に遅れそうになった刹那は慌てて仕事場へ急ぎました。
何とか間に合ったはいいものの、ミスを連発したようです。
そして仕事を共にしていた龍宮に咎められ理由を問われると。

「な、何でもない!」

ムキになって言い返していたそうです。
赤面と口元を覆うというのおまけ付きで。

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