甘やかし隊



「じゃあ、明後日までのオフは確保できたん?」
「うん。そっちは?」
「もぎ取りました」
「……補佐官泣いてなきゃいいね」
「獅子は谷底に子を落とすと言う」
「たぬきもするんだ」
「なのはちゃん?」
「あはは、ごめん、冗談だよはやてちゃん」

買い物袋を手に新進気鋭、空と陸の若手エースの二人、なのはさんとはやてさんがやってきたのはミッドチルダ某所のマンション。
建物を見上げ、二人は嘆息。

「今度はこんなとこ借りてるんだ……」
「局の寮借りればええのに」
「何か、とても熱烈に思慕してる局員たち、が何かしらやらかして、その原因って言っちゃなんだけど、元だから少しの間、違うとこに移動になったんだって」
「うわぁ」
「ちなみにここも局の寮代わりみたいなもので、管理責任者が」
「シスコン、ってことか」
「当たり」

パスワードを入力してエントランスをくぐり、二人はエレベーターへ。
最上階を指定して、上昇。

「で、カードキーは?」
「バッチリ」
「誰に頼んだん?あたし、あのシスコンに頼んだら、何か問題起こしそうだからとか言われて却下食らったんやけど」
「クロノ君らしいね」
「むかっ腹立ったんでクロノ提督はシスコンって噂流そうとしたら艦員たち、知ってますって」
「……何件だっけ、お見合い断ったの」
「下手すると三桁回ったんやない?」

独特の浮遊感と共に、最上階へ到着。
号室を確認しながら進み、一つの扉の前へ。

「ほいで、さっきの話やけど、カードキーどっから?」
「リンディさん」
「ぁー……」
「心配だから見に行きたいんです、って言ったら二つ返事でゲット」
「あたしもそっち狙えばよかったんか」
「寝顔撮ってきてって言われたけど」
「……ぁー」

カードキーを通せば、空気の抜けるような音。開いた扉。
二人は顔を見合わせ、一呼吸。

『おじゃましまーす』

今はいない家主に、そう告げた。












「予想どおりって言えば、そうやな」
「うん、ものが少ない」

とりあえず荷物を降ろしたリビング。
備え付けの家具家電。戸棚に片づけられた食器すら私物だとわからないような、殺風景な空間。
くるりと見回して、ここに誰かが住んでいるとわかるのは壁に掛けられたコルクボードの存在。

「写真も、少ないね」
「いつもみたいに寝室にでっかいのあるんちゃう?」

コルクボードに張り付けられた写真を視線でたどるなのはさん。
はやてさんは冷蔵庫を開けて買ってきた食材を詰め込んでいました。

「ミネラルウォーターと、調味料一式」
「まあ、長期航行だしね」
「自炊してるかは疑問やけどな」
「食べてるかが疑問だよ」

食材をしまい終えたはやてさんが立ち上がり、ふとみた戸棚。
そこに並ぶ何だか高級感あふれまくる瓶たち。

「……貢がれもんかぁ」
「何? ……お酒?」
「ミッドの法と日本の法はちゃうからなぁ」
「うわ、いっぱいある」
「飲みもしないけど捨てられもしない、ってやつか。高い奴ばっかやん」
「あ、そうなんだ」
「酒好きやったら喉から手ぇでるくらいほしい逸品ぞろいやで」
「へぇ」

食器を数え始めたはやてさんに、しばらくお酒の瓶を眺めていたなのはさんが問います。

「……、何でお酒の種類に詳しいの?」
「ひみつ☆」

きらっと笑顔で返したはやてさん。
微妙な沈黙が流れた後、問い詰められることとなります。













「寝室」
「寝室、だね」
「特攻してもええよね」
「いや、本人いないから私に聞かれても」
「ああもうええやん。無許可で家はいっとるんやし」
「でも」
「何?ちゅーがくせー男子のバイブル的なものとか発見したらどないしよとか考えとるん?」
「いやさすがにそんなものあるとは」
「もしかしたら好きな人の写真とか置いてあtt」
「入ろう」
「早っ」

はやてさんの言葉に次の瞬間、真顔のなのはさんはドアノブに手を掛けて開いていました。
一足早く室内に入ったなのはさんが真っ先に向かったのは大きなコルクボード。
キングサイズのベッドを見てでかっとか言っているはやてさんの耳に届いたなのはさんの驚くような声。

「何!? まさかほんまにフォーリンラブな写真が!?」
「……やっぱりはやてちゃんだって気になるんじゃない」
「……は?」

慌てて駆け寄れば、そこにはにやにやしているなのはさん。
コルクボードには保護した子供たちの写真。親友の写真。家族の写真。件のそれらしき写真は、もちろんなくて。
数秒後、理解。

「謀られた!」
「ふふん、何だー、はやてちゃんもやっぱり気にしてるんだー」
「うううううううっさい! ちゃうねん! 好奇心とかそういうのが!」
「へぇー、そっかー」
「だぁー! によによすんな!」

はやてさんは居た堪れなくなってベッドにダイブ。枕を抱きしめ、唸りながらごろごろ転がります。

「あ、ずるい!」
「枕は一つしかありませんー」

追うようにベッドにダイブしたなのはさん。
香るのは清潔なシーツの匂いと、微かなあの人の匂い。
しばらく二人でごろごろした後に、腹ばいになったはやてさんがデスクの上のものに気付きます。

「何、これ」
「え?」
「手紙?」
「メッセージカード?」
「メモ?」

統一性のない紙の数々。
伏せられたそれを見て、二人は視線を交わします。
見るか、見ざるべきか。
家主の性格からいって、任務がらみのものとは考えにくく、それでもプライベートなものだと言うことは察しがつきます。
理性と、好奇心。

「片づけてやらんと」
「そうだね」

好奇心のボディブローが理性を吹き飛ばしました。1RKOです。
ほんのりドキドキしつつめくった一番上にあったメッセージカード。

今度は仕事がらみではなく、二人きりで食事を如何ですか?

そんな言葉と局員らしき名前。
それを確認してからの行動は迅速でした。
二人は躊躇うことなく全ての紙をめくります。

「うわ、最悪。こいつチャラい奴やん」
「こっちは口説き文句長い」
「お礼とかこつけて何言うとん」
「ファンレターってこんなに熱烈になるものなんだ」
「げ。部下居るし」
「こっちも居る」

ぺらりぺらりとめくられていく紙にはファンレターや食事の誘い。
すべてにぐちぐち文句を言いながら名前を控えていく様は手慣れたものです。
手紙の貰い主が局に入った時から慣れたものです。控えた名前は義兄と義姉と義母に渡されていました。南無。

「さて」
「ほんなら」

ごろごろしたせいで崩してしまったシーツを整え直し、手紙類をきっちりとデスクの端に寄せ、二人は一息つきます。
同時に見た時計が示す、二時間前。

『はじめますか』

ぱん、と小刻みのいい音が合わされた掌から発されました。













四か月ぶりの地上。
重力操作はされているので浮遊感は皆無だと言うのに艦内と地面というのはやはり違い、長期航行を終えたその人は妙に感慨深く歩いていました。
降り注ぐ陽気も既に黄昏への下り坂を折り始め、心地よい気温。

「まずい、動いてないと寝ちゃいそう」

頭を軽く振り、疲労を訴える身体で伸びを一つ。
荷物は手持ちの鞄以外明日マンションに届くように手配してありました。報告書も、事後処理も、全て帰還の艦内ですませたので明日は丸々お休み。
ふとよぎる人たちの顔。しかしそれも疲労へと溶けていきます。

「……ご飯、は、いっか。明日で」

補佐官たちが聞いたら物凄く怒られそうな言葉を漏らしつつ、彼女は、フェイトさんは家路につくために歩を進めました。










家。自室。
そう言うには余りにも違和感があるマンションの一室。
艦に居ることの方が圧倒的に長いフェイトさんにとって、むしろこちらは宿、と言った方がいいものでした。
エレベーターの中で久し振りに取り出したカードキーを何気なく見詰め、着替えの場所や溜まっているであろうメールのことなどを考えながら扉の前に着き、一呼吸。
この時、平素のフェイトさんなら気付いていたことでしょう。室内から人の気配がすることに。
また、普段なら主想いなデバイスが教えてくれたことでしょう。しかしバルディッシュは口止めをされていました。同じ、インテリジェントデバイスに。
だから。
フェイトさんは、心の準備など何もなく、その扉を開いてしまったのです。

『おかえりなさい、フェイトちゃん』

親友二人の声が出迎えてくれるなんて、知らずに。

「ご飯にする?お風呂にする? それとも、あ、t」
「とりあえずお風呂入ると絶対寝ちゃうからご飯食べよっか」
「ちょ、遮らんで」
「お約束はいいから、フェイトちゃん疲れてるんだよ」
「だからこそのお約束をやな」
「はいはい」

見慣れた、それでも久し振りの掛け合い。
それを眼の前に、呆然と立ち尽くすフェイトさん。
そんな様子を見て、なのはさんとはやてさんはすまなそうに苦笑い。

「ごめんね、勝手に家入っちゃって……」
「びっくりさせたろ思てなー、堪忍や」

合掌する二人を前に、フェイトさんは首を横に振ります。
色々な感情が混ざって喉に引っかかり、声に出すことができないのです。
ただ、怒っていない、怒るわけがない、その事を伝えるために、どこか必死に、それでも混乱して緩慢に。怒っていない、と、首を振ります。
そして、二人を見詰めた表情は、泣きそうな、困ったような、表せない感情をどうしていいかわからない、そんな顔。

「    」

言葉にならない、震えが二人に届き。
なのはさんと、はやてさんは、笑って、両手を広げ、もう一度。

『おかえりなさい、フェイトちゃんっ』

ただいまっ

二人の腕に飛び込んできた背の高い彼女は、二人の耳元で、嬉しそうにそう返しました。













「ほら、ご飯先で正解だったでしょ」
「せやなぁ」

二人が用意してくれた、フェイトさんの好きなものだらけの夕食。
ありったけの賛辞と共に完食し、ついでに任務中の食生活についてお説教されたフェイトさん。
恥ずかしがるフェイトさんをどうにかこうにか説得という名の強行突破で三人でお風呂。
フェイトさんの身体を洗ってあげようとするはやてさんに鉄拳制裁が下ったり、仕方なしに髪の毛を洗うことではやてさんが妥協していたら、なのはさんがフェイトさんの背中を流していてひと悶着あったり。
そんな騒がしくも幸せな時間が過ぎ、お風呂上り。

「フェイトちゃん、眠い?」
「……ん、ねむくない、よ」
「嘘や。絶対嘘や」
「ちがう、よ、ほんとだよ?」

ソファに座ったフェイトさんの後ろには、髪を乾かしてくれているはやてさん。前には両手から取り落としそうになっていたカップをそっと外してくれるなのはさん。
全てにおいて満たされたこの空間と、身体、心。
落ちる瞼は、仕方なく。

「あーあ、ほら、釦掛け違えてる」
「なぬ!? ちょ、あたしが直しt」
「言うと思った。でも髪乾かさないとでしょ?」
「!? また謀られた!」
「はやてちゃん揉むからだめー。ずるいもん」
「なのはちゃんやって揉めばええやん!」
「しないよ!」

何だか繰り広げられている攻防の内容をフェイトさんはわかっていません。
そこまで、もう意識が回らないほど、眠気は、深く。

「よし、おっわりー」
「はやてちゃん、手慣れてるね」
「なのはちゃんもそやろ?あたしは末っ子たちの髪乾かしとるし」

髪を乾かし終ったはやてさんがその出来栄えに満足げに頷き、後ろから覗きこむようにフェイトさんを見て、微笑み、ソファの背凭れを乗り越えます。
座ったのは、フェイトさんの隣。

「フェイトちゃん、ここ」

もう一度、フェイトさんの顔を覗きこんで、ぽむぽむと己の膝を叩いて、数秒。

「    」

空気を震わせるまで力がなかった声と共に、フェイトさんの頭がそこに治まります。
ひざまくら。
身体を少し丸めて、すぐに聞こえ始めた寝息。

「おぉう、何や、この、誰にでも懐くけど余り膝の上に乗ってはくれない猫が自分から膝に治まってくれた時みたいな感動」
「細かいね」
「わかるやろ?」
「わかるけどさ」

はやてさんの足元に座り込んだなのはさんの眼前には、もちろんフェイトさんの寝顔。
なのはさんの方に向いているその顔、頬を、人差し指でつつきます。

「一度寝ると、起きないよねー」
「足痺れたらどないしよ」
「少ししたらベッドに運ぼうよ」
「そやね」
「お姫様だっこして連れていくね、私が」
「なのはちゃん、ずっこい」
「言ったもん勝ちだよ」
「じゃああたしフェイトちゃんの腕枕予約」
「ずるい!」
「言ったもん勝ち」

そんな他愛もない会話を続けて、見詰める先はフェイトさんの寝顔。
ここが一番安全だと、安心しきった、寝顔。
何気なくはやてさんが触れた掌。自分より一回り小さな手を、幼い子供がするように掴んで。
褒めるようになのはさんが撫でる頬。それに寝顔に微笑みを映して。

「いつもは凛としてるのに……」
「このギャップは何々やろな……」

可愛い。
そう、いうしかない姿。
けれども、それは親しい人の、さらに極数人にしか見せない姿だと知っているからこそ、なのはさんとはやてさんの頬はさらに緩みます。

「……あ、写真」
「撮るん?」
「約束だしね」

映像記録を準備するなのはさんに、ふと、はやてさんは告げます。

「こんな無防備かつ膝枕かつ至近距離撮影」
「何?」
「リンディさんにずるい!! ってめっちゃ言われへんやろか」
「……」

二人の脳裏には、娘ラブの名をほしいままにする娘を溺愛してやまない母親の顔。

「……、ベッドに連れてってから、ちょっと離れて、撮ろっか」
「賢明な判断やな」

こうして、夜は更けていきます。
フェイトさんの、幸せそうな寝顔と共に。



フェイトさんを甘やかし隊、名誉顧問リンディ統括官。

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