日常



夕方のことです。
白い制服を身に纏った美少女、ハラオウン家の長女が帰宅の意を告げます。

「ただいま」
「ぅおかえりぃーーーッ!!」

その声に反応してリビングから廊下にかけての角を、ギュギャギャーッ! っと素晴らしすぎるコーナリングでクリアし、靴を脱ぎ終わったフェイトに一直線に駆ける橙色の閃光。

「フェイトーっ!!」

ガバァッ!!

ソレはその勢いのままフェイトに抱きつきました。
物凄い勢いで突撃してきたのにもかかわらずフェイトはやんわりとそれを受け止めるあたり、慣れているらしいです。

「フェイトフェイトフェイト〜っ」
「うん、ただいまアルフ」

尻尾を千切れんばかりにぶんぶか振りながら主人の名を連呼するのは子供フォームのアルフ。
一通り頬擦りが済んだアルフが身を離しますが、依然尻尾はフルスロットル。

「今日は仕事もないから狼フォームでもいいのに」
「だって人型じゃないと抱きつけないじゃないか」
「そ、そう言う理由だったんだ」
「当たり前!!」

ふんっと胸を張る使い魔に苦笑するフェイト。
そんな会話をしつつフェイトがリビングに入れば。

ガバシッ

「お帰りなさいフェイトっ!!」
「ふむっ」

熱烈な抱擁が待っていました。
いつものことですが回避できないフェイトはフェイトらしいと言うかなんと言うか。
抱擁の犯人、リンディは腕の中に収まるやっと出来た可愛くて可愛くt(ryしょうがない義娘をさらに抱き締めます。

「局の監視システム使っているとはいえもう帰って来るまで心配で心配で・・・ッ!! もうこの際ボディガードとか付けようかしrフェイト!?」

もがもがしている娘に気付いて腕の力を弛めたリンディは目線を合わせるために膝を着きました。
照れているのかはにかむフェイトに色々と打ち抜かれながらもボディガードの件をマジで考える娘溺愛の母親。
しかしフェイトはバス登校であり、何より管理局の白い悪魔が一緒なのです。さらには途中からは最後の夜天の主まで一緒なのです。
それ以前に高ランク魔導師であり近接戦闘に長けるフェイトがそこいらの変質者に負けるわけがないとか言う考えは浮かばないのでしょうか。
そして職権乱用であることは誰もツッコまないのでしょうか。

「ただいま、母さん」
「ええ、おかえりなさいフェイト」

微笑むフェイトに仕事の疲れを癒されるリンディは、監視システムをより高性能にすることを決意していました。
ついでに録画技術も。

「今日はなのはさんたちと遊ばないの?」
「皆用事があるらしくて……」
「そう……」
「あの、夕食の準備終わりましたか?」
「え?ええ、終わったけど、どうしたの?」
「えと、お手伝いしようかと思って……」

ちらちらと窺い見るフェイトとその言葉に、何でもう少しゆっくり準備しなかったの私!!とか自分を叱責しながらも飛び切りの笑顔を浮かべるリンディ。

「じゃあ今度お願いしようかしら」
「はいっ」
「楽しみにしてるわね」

この約束はリンディにとって一ヶ月の長期任務を補えるくらいのエネルギーに変換されるくらいの価値があるのです。
素晴らしきかな娘との夕食作り!!とか思いつつフェイトの頭を撫でています。

「クロノが帰ってきたらご飯にするから、それまで待っててね」
「わかりました。アルフ、ブラッシングしようか」
「ほんとッ!?」

こうしてほんわかした空気の中、時間は過ぎていくのでした。










時空犯罪者の取調べからやっと解放されたクロノがマンションに帰って来たのは丁度夕飯時でした。

「ただいま」

帰宅を告げても返答がありません。
休みである母親からも、学校から帰っているはずの義妹からも、一時間ほど前に戻っているはずの補佐官からも、何も返答がありませんでした。
首を傾げつつもリビングに入り。

「……」

ハラオウン家の長男の目に映ったのは。
狼フォームの使い魔が横たわり。
その身体に凭れるようにして眠る義妹。
されにはその2メートル離れた位置でビデオカメラ(最新鋭)を構える母親と。
時空管理局の技術力を行使した録画に励む己の補佐官。
重すぎる溜め息を漏らしてしまったのは仕方がないと言えるでしょう。
クロノは呆れつつも記録に勤しむ二人に声を掛けます。

「何してるんだ、母さんにエイミィ」

しかしこれがいけなかったらしく。

クロノ!! フェイトが起きちゃうでしょ!!
バカクロノ君!! 念話にしてよ!!

とんでもない声量の念話がクロノの脳内を駆け巡りました。

「・・・・・ッ! ッ!!」

頭を抱えて蹲り悶絶する息子になど脇目も振らずに我が家のスリーピングビューティーにほぅ、と息をつくリンディとエイミィ。

「可愛いわぁ」
「ですねぇ」

極々小さな呟き。
目線は無論、ハラオウン家の長女。

「さすが私の娘」
「ですねぇ」

どうやら使い魔をブラッシングし終えて、その毛並みにもふっとしているうちに眠気に襲われたようです。
すやすやと眠るその姿は愛らしすぎます。

「日々この可愛らしさに癒されるわね」
「あたしもです」
「日本語で私の名前を書いてくれた時の感動」
「まだ上手く書けないんですけど・・・・って何この可愛らしさって思いましたね」
「“リンディ母さん”よ、泣きそうになったわ」
「実際涙ぐんでましたもんね、提督」

愛娘記録35、シーン68より確認することが出来る映像です。
ちなみに今現在のアルバムは三桁に上っています。
映像、写真、全てを合わせれば膨大な量です。

「この前、某名家の老いぼれがフェイトの出生を貶してきたから査察部署に賄賂の情報垂れ込んでやったわ」
「……、先日の上層部人事異動って」
「さあ?でももう日の目を見れない場所に飛ばされた権威主義者がいたような気がするわね。うふふ」

煌く笑顔のアースラ艦長にエイミィは何も言えませんでした。
リンディの娘に対する愛はとんでもなく深いのです。

「本当、可愛いわね」
「将来は美人さんですね」
「そうねぇ」
「お見合い話とか凄い来ますよ」
「私がそんなの許さないわ」
「あたしも許しません」

二人とも、目がマジでした。
やっと苦痛が和らいできたクロノはその真剣さをさらに仕事に向けてくれ、とか思っていました。

「フェイト自身が選んで、私が認めた人じゃなきゃ、お嫁になんてやれない」

基準が物凄いハイレベルになりそうな気がします。
そしてリンディの目に叶うという関門の前に、某未来のエースオブエースとか某最後の夜天の主とか某烈火の将が仁王立ちしていることは言うまでもないでしょう。

「お話聞かせてなの」
「あんた如きが笑わせるわ」
「まずは力を示してみろ」

果たして挑戦する猛者、あるいは命知らずが居るのでしょうか、疑問です。
そしてその挑戦者が局員だった場合、お兄ちゃんにとばっちりが来ること間違いなしです。

「母さん」
「何? クロノ」

クロノは何度目かわからない溜め息のあと、娘を見詰める母親に怒られない声の大きさで話しかけます。

「そろそろ起こさないと、温かい陽気とは言えフェイトが風邪を引きます」
「ッ!?」

その後の行動は迅速でした。
あくまで穏やかにフェイトを起こし、寝ぼける姿に打ちのめされながらも温めなおした夕食が食卓に並べられたのです。

「ご、ごめんなさい、私、寝ちゃって……っ、クロノも帰ってきてたのに」
「ああ、いいのよクロノなんか」

申し訳なさ気にお皿を運ぶ娘に笑顔で言われた母親の言葉を聞いた息子が項垂れます。

「なんか……僕は、なんかなのか」
「クロノ君、娘は可愛いんだよ。しかもフェイトちゃんだよ!? ご近所でも有名な美少女だよ!?」
「五月蝿いぞエイミィ」
「一緒に買い物行くと100%オマケしてもらえるくらいの影響力だよ!?」
「キミがフェイトと一緒に出かける理由の一つがわかったよ」

確実にフェイト中心で回っているハラオウン家。
クロノは嬉しそうな母親をちらりと見ます。
娘を溺愛する母親、そこにはそんなリンディの姿しかありません。
艦を任され、何百人という局員を従える提督の姿はありませんでした。
クロノは危惧します。

「……どうかこれ以上公私混合はしないでくれよ」

脳裏に蘇るはフェイトにアプローチしていた教導隊員を戦闘訓練という名目の元にボコボコにした若き教導隊員。
しかしクロノの思いは後日。

「クロノ、フェイトの通学路に防衛スフィアを50機ほど置こうと思うんだけどどう思う?」

とか笑顔で聞いてきたリンディによりぶち壊されました。

「母さん、それは規則に反する」
「娘の心配しちゃダメだって言うの!?」
「そうじゃなくて、魔法技術を使うのがダメだと言ってるんです」
「じゃあこの前はやてさんがフェイトに付きまとったしつこい野郎にシグナムさんによる制裁を与えたのはいいの!?」
「はやてとシグナムはそんなことしたんですか!?」

お兄ちゃんの気苦労は続きます。
これはハラオウン家のありきたりな日常。



娘溺愛をこじらせると大体こんな感じ。

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