あたたかくしましょうね



ぺたぺたと、大きなスリッパがフローリングを鳴らしていました。
いいえ、大きな、というのは語弊があるのかもしれません。正確に言えば、履いている人の足が小さいのです。
小学校半ばの子の足には大人サイズのスリッパは、かぱかぱと歩く度に隙間が出来てしまいます。
ぺたぺたと足を進めるその子は、やっと乾かした長い金色の髪を肩口から前に流して、軽く手櫛を通していました。
お風呂上りのほっぺは、普段の白磁から桜色に染まっています。
少しだぼ付いたパジャマの袖がずれて、そこから覗くのは細い手首。その指先はやはり桜色の爪。
ほっと息をついたその子は、時計を見て寝る時間まで何をしようか考えているようでした。

「フェイトさん」

そこに掛かる、声。
その子、フェイトちゃんは肩を震わせて、それでもすぐに呼び声に振り向きます。
紅い瞳が捉えるのは、柔和な弧を描いたコバルトブルー。

「おいでなさいな」

手招きする人、リンディさんの姿。
ぱたぱたと、急いで駆け寄ってきたフェイトちゃんと目線を合わせるためにしゃがみこんだリンディさん。
小首を傾げる目の前の少女の瞳に、疑問の他に、不安と、少しの恐怖が混じっていることを、知っています。
リンディさんは自身が着ていたベージュのカーディガンを腕から抜き、やはり不思議そうにこちらを見ているフェイトちゃんににこりと笑います。

「はい」

カーディガンが包んだのは、フェイトちゃん。
羽織らせるようにカーディガンをフェイトちゃんの肩にかけて、髪を丁寧に除けてから、リンディさんは前を合わせるように襟元を緩く引きます。

「湯冷めしちゃうわ」

室内とはいえ、まだ肌寒いこの時期、お風呂上りにパジャマだけでは身体が冷えてしまうのです。
ただでさえ、自身のことはあまり気に掛けないフェイトちゃん。その姿を見てリンディさんがとった行動は、上着を持ってくるだとか、着てきなさいと言うことだとか、そうではありませんでした。自身のカーディガンという、選択肢でした。
自分を包んでいるベージュ色と、コバルトブルー。その二つを行き来して、少し泣きそうにも見える、困り顔。フェイトちゃんはやっと口を開きます。

「で、でも」
「私なら大丈夫よ」

けれど、その言葉を言う前に、微笑みに包まれたのです。
包まれた言葉はそのあたたかさに溶け入るしかありません。

「ね?」

こんな風に、両腕いっぱい使っても零れおちてしまいそうなあたたかさには、どうすることも出来ないのです。
ただ、絶え間なく降り注ぐ光のように受け入れるしか、出来ないのです。

「ありがとう、ございます」

前を合わせるように、カーディガンをギュッと握って。
フェイトちゃんは、精一杯の笑顔を浮かべたのでした。
目の前の、あたたかいコバルトブルーに、精一杯の笑顔を向けることが出来ました。








自室に戻ってきたフェイトちゃんを迎えたのは、使い魔であるアルフさん。
子犬フォームのまま主の足元にじゃれついたアルフさんは、いつものように頭を撫でてくれるその人から違う匂いがするのを感じ取ります。
見れば、カーディガンを羽織った主。
フェイトさんのものではないと解りながらも、そしてその匂いから誰のものか察しがついていても、アルフさんは問います。

「フェイト、それ誰のだい?」
「リンディ提督の」

ずり落ちないように片手で抑えているそれに視線を落として、フェイトちゃんは答えます。
ぴすぴすと鼻を鳴らしてやっぱりそうかと思いつつ、アルフさんは撫でる手と伝わる魔力リンクから、主の精神が落ち着いていることを知っています。それが、何よりも嬉しいことだと思っています。

「ふぅん、あったかそうだねぇ」
「うん」

アルフさんが、切に望んだ姿が、ここにはありました。

「凄く、あったかいよ」

主の、泣きそうなくらいにあたたかい微笑みが、ありました。












翌朝。
綺麗に畳まれたそれを手に、少女は頭を下げました。

「ありがとうございました」
「どういたしまして」

それを受け取った女性は微笑みます。

少女が羽織る、女性のカーディガン。

寒い夜の当たり前のこと。

そうなるのは、遠くない未来。



そのうち、お兄ちゃんも貸してくれるようになるよ。

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