ぶつけるのならわたしにして



※若干鬱くて、グロい
殺伐とした任務の後で感情が高ぶって、でもその感情をどうすることも出来ずに溜めこんで補佐官すら近づけなくなっちゃった獣染みたフェイトさんっていいよねって考えたらこうなったんだけど途中で諦めたために中途半端すぎます







どこが床かわからなかった。
辛うじて転がるモノが重力を教えてくれて、こっちが床か、と理解する。
靴底が鳴らしたのは硬質なものではなくて、液体と、薄い膜で覆われた粘液を潰した音。
隊員数名がえずくのを背後で聞き、続いて吐瀉物が跳ねる音。
少しだけ目線をそちらにやれば、顔色と表情が、もう、皆、だめだった。
顔を正面に戻す。

「三等空尉」
「っは!」

このチームで私を除くと一番階級が高く、実戦経験も何度かある武装隊員。
彼の返事が震えながらも毅然と響いたのを聞いて、少しだけ息をつく。

「空尉以下、この場にて待機。万が一の襲撃に備えてください」
「……っは! 了解いたしました!」

察しの良い人でよかったと思う。
ここで、一人では危険です、何て言われたらもっと冷たいことを言わなければならなかった。
満足に動けない人を連れていけるほど、私は自分の強さを過信していない。
隊員たちが安堵しているのがわかる。
この場に足を踏み入れなくていいことを、嬉しく思っているのだろう。
空尉を一瞬だけ見る。
彼は、私の向こう側にある光景からも、私の瞳からも視線を逸らすことはなかった。

「お願いします」

だから、私は背を向けた。







水たまりを踏んだ音。
靴底から感じるのは固い床。柔らかいもの。固いもの。
踏み潰してしまうのが嫌だったけれどこの薄暗さではそれも叶わない。
もっとましな光源があればとも思ったけれど、この光景をしっかりと目に焼き付けてしまうことを考えると、それもまた億劫だ。
研究施設だったという。
人体実験。
戦闘人工生命体生成。
液体が飛んでところどころ隠れたモニターに映るのは、データ。電源は死んでいないらしい。
青白い光源に照らされていたその一角は、他の所より良く見えた。
赤かった。床も壁も機器も天井さえも、赤く彩られていた。
コンソールの上に乗っていたモノをどけて、床に落ちたモノが液体を飛ばす。モノが纏う白い布が、床をたゆたう赤を吸って、浸食されていく。
白い外套にも、新しく模様がまた出来てしまった。
モニターに視線を走らせて、コンソールを叩き、必要なデータをバルディッシュに移す。
それだけを考えようとしていても、どこか頭の隅でぼんやりと思う。
血圧。心臓が動いている限りそれは失われることはない。極限状態におけるそれは、高い値を示すだろう。圧力がかかった状態だ。循環するそれが、外へ出る出口を見つければ、そこから溢れだす。それも、酷い勢いで。
逆に、心臓という圧力装置が動いていなければ噴出することもない。
天井から滴った液体が、指先を濡らした。
あらかたデータを写し終えて、研究所の奥へ向かう。
バルディッシュを掴み直して、通路を往く。
汚れが少なくなっていくと共に、床にだけ引き摺る様に続くそれを見て、その形を見て、頭が割れそうだった。
一番奥。
素体管理室。
そんな名前の場所。培養ポッドは、一つだけだった。粉々に砕けたそれを見上げて。

〈Restraint.〉

いつも以上に色のない音声と、うめき声。
範囲指定の捕獲魔法。この施設に入ってから、私を中心にして一定の範囲に入ったものを拘束するこの魔法を掛けていた。
振り向けば、バインドによって磔になったこの研究施設の、研究対象。
小柄な、少女だった。

「きみかな」

笑みを浮かべられていただろうか。
安心できるような、優しい、そんな顔が出来ていたらいい。
魔法で拘束しているって言うのに、そんな都合のいいことを考える。
少女の足元に、滴る赤。浴びたものと、そして。
少女の薄い皮膚を破って飛び出た、金属製の刃を伝った、少女自身のもの。
咆哮。
人のものより、獣に近いそれ。
少女の目は私を見ていない。もう、何も見ていない。
破裂音がして、新たに少女の肩甲骨の辺りが破れたのを見た。伸びてきたのは蛇腹の蔦。金属製のそれの先、三又の錐が模った槍。
それも、私に届くことはない。何も言わないデバイスの、金色の拘束ががんじがらめに捉える。
肩を破って出てきた斧も。腹を破って出てきた鋏も。全て、私に届くことはなくて、少女の身体を赤く染めるだけだった。
動くモノを対象とした攻撃行動。それしか少女には残されていない。
金属を融合させた、研究素体。
少女に、名は、ない。私は知らない。
瞬きの度に瞼の裏にちらつくモニターの文字列。
自我はもう崩壊し、消却され、もう戻ることはない。
素晴らしい適合率だ。再処置の必要がない。不可逆的な自我喪失を成し得た。これで余計な精神崩壊を起こすことはないだろう。
失敗だ。外装構成の不可、ならびに皮膚の再生能力が致命的に遅い。一度の任務で失血により機能停止に陥るであろう。役立たずだ。
そう、データにはあった。
血の泡を散らして咆える少女。動くモノが居なくなって、“命令通り”にこのポッドへ戻ってきたこの子。動くモノを見つけて、それを排除しようとしたこの子。
この子は、何も、悪くはない。
捉えることは簡単だ。現に今そうしている。
けれど、連れていくまでにどうなるかなんて、床に広がる液体の量を見ればわかりきっている。
それならば、せめて、少しでも早く、この地獄が終わる様に。
叫ぶ少女の頬に、掌を添えた。

「ごめんね」

雷撃は、一瞬。













戻ってきたハラオウン執務官を見て、息をのんだ。
後ろに控える隊員たちが、身を引いたのがわかる。
金色はところどころ赤く汚れ、白い頬には、同じく赤い滴り。

「生き残りは零」

執務官は、布を大事そうに抱えていた。
何かを包んだ、布だ。おそらく、執務官がBJの要領で創り出したものだろう。

「加害者も、もう、いません」

私は、執務官の瞳を見た。
私はもう二度と、こんな紅を見ることはないだろう。
見たくもない。
しかし、見なければならなかった。
目を逸らしてはいけなかった。

「あとは捜査官に任せましょう」

震える膝を如何にか奮い立たせ、短く敬礼を返す。
それと共に、破壊音。
私たちが通ってきた場所とは反対側。研究所が隠れるようにあった森。そこに浮かぶ、魔導傀儡。数十体はいる。施設ガードの遅い登場なのだろう。
執務官はそちらから視線を外さず、言った。

「この子を頼めますか」

私に、布に包まれた、何かを、差し出した。

「丁重に、お願いします」

私は、それを受け取った。
軽い、ものだった。

「退避してください」

執務官はそう言い残して、赤く彩られた外套を翻した。
たった一人で、あの数を相手にしようというのか。
先ほどとは違う。少なくとも、傀儡相手、空の下で戦えるのだ。
私は戦闘参加を提言しようとして。

“そこから離脱してください”

静かな声に遮られる。
私たちの視線の先。執務官との間、遮る様にモニターに映るのは、執務官補佐。
いつも笑顔を向けてくれていた補佐は、無表情に、言った。

“巻き込まれたくないのなら”

爆雷が、弾けた。





















特別任務についていたという艦が帰港したと聞いた。

「高町教導官。通信です」

プライベート回線でも、個人回線でもなく、正規の部署回線で届いた通信。
それが、理由はどうあれ、建前はどうあれ、任務指令を下したのが誰であれ、正当な任務として処理されたことを示している。
周りに誰も居ない場所まで移動し、通信を開く。
思っていた通り、無理に笑顔を浮かべようとしている執務官補佐の姿。

“すみません、お願いします”
「……ん。わかった」

短く返して、シフトを確認して、明日明後日がオフシフトになっていることを確認する。
相変わらず、手回しがいい。
私は、踵を返した。

















誰も立ち入ることが出来ないというその部屋に、私は今回も足を踏み入れる。
彼女のデバイスが指定した人物しか通れないようにしていることの他に、この部屋の主を知っている人は、知っているからこそ、踏み入れられないのだろう。

「フェイトちゃん」

私は、その人の名を口にした。














紅雷を纏う獣が、いる。



喰らうようにぶつけるしか、できないから

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