幸せの道程4



「ヴィヴィオー」
「何ー?・・・・・・・どうしたの?ママ」


夕食後のキャラメルミルクを飲んでいたヴィヴィオちゃんは、声の主に振り返って首をかしげました。
そこには両手を広げるなのはさんの姿。


「ぎゅー」
「ぎゅー?」
「うん」


ヴィヴィオちゃんがある人によく言う擬音。
それはおねだりの意。


「ヴィヴィオのパワー、なのはママに少し分けて?」


母親の優しい笑顔の裏の何かに、ヴィヴィオちゃんは気付いたのでしょう。
すぐにカップをテーブルに置き、膝立ちのなのはさんに近づきます。


「ママ、ぎゅー」
「ぎゅー」


小さな体で包むように抱きしめて。
小さな体を縋るように抱きしめて。


「ママ」
「ん?」
「大丈夫だよ」
「大丈夫かな」
「うん」


何故かなんて言わずに。何がなんて言わずに。誰がなんて言わずに。
ただ漠然とヴィヴィオちゃんが告げるのは、ママ≠フ口癖。
それがどうしようもないほどに。


「私が、約束してあげる」
「それなら、大丈夫だね」


なのはさんの力になるのです。

















フェイトちゃん、話があるの


通信で告げられたなのはさんの言葉。
フェイトさんはそれに短く承諾の意を告げました。

















フェイトさんがなのはさんの家を訪れて一番に感じたのは、妙な懐かしさでした。


「なのはの家に来たの、久し振りな気がする」
「今回の航行長かったし、フェイトちゃんミッドに居るのにずっと来てくれなかったし・・・」
「ご、ごめん」


責めるような視線に眉を下げれば、溜息と微笑み。許してあげる、の表情。
それに息をつき、フェイトさんは先ほどから気になっていたことを問います。


「・・・・・ヴィヴィオは?」
「んー、はやてちゃんち」
「はやて?」
「うん。お泊り」
「そっか」


フェイトさんは解っていました。
きっとこの話が二人の行く道を決めてしまう。
だからこそ、ヴィヴィオちゃんには聞かせたくないのだろう、と。


「なのは」
「何?」
「私からも、話があるんだ」
「そうなの?」
「うん。だから、なのはの話が終ったあとでいいから、少し時間をくれないかな」
「幾らでもあげるのに」
「ううん、聞いてもらうだけも、いいから」


了承してくれなければ、自分の自己満足として課せるだけだから。
そう心の中で繋げ、フェイトさんは促されるままにソファへと腰をおろしました。
右隣にいつものぬくもり。左隣にいつものぬくもり。
隣を歩いていたはずのぬくもりを感じて。


「じゃあ、お話、聞いてくれる?」
「もちろん」


二人が歩くべき道を、決める話を。






















「ヴィヴィオがね、前に言ってたでしょ?」
「弟妹の話、かな」
「当たり」


間違えるはずもありません。
今の二人の行動と想い、全ての根源はその一言だったのですから。


「私は、そのお願い叶えてあげたいって思ってる」
「なのはなら、そう言うと思った」


返ってくるフェイトさんの穏やかな微笑み。
それは誰よりも安心をくれる微笑みでしたが、なのはさんはその奥を見定めます。


「ねぇ、フェイトちゃん」


ここで間違っては、全て水の泡なのですから。


「ヴィヴィオの弟妹は・・・、私の子供は、幸せになれると思う?」


一つ一つ、確実に。未来へ続く朧気な道を、明るい場所から暗い場所を繋ぐ道を、少しずつ埋めていくために。
フェイトさんに、問いかけます。


「なるよ。幸せに、なる」


フェイトさんの答え。
埋まる道程に息をつき、それを表に出さず、なのはさんは続けます。


「私、忙しいからあんまり一緒に居られないよ?」
「短くても充実した時間を過ごしてる」
「厳しいよ?」
「子供のこと考えてるからだよね」


なのはさんのことを誰よりも知っている人からの答えは、何よりの自信になります。
念を押して、もう一度。


「子供、幸せになれるかな?」
「なのはの子供だもん、幸せにならないはずがない」


その人の答えが、何よりの道程になるのです。


「言いきったね、フェイトちゃん」
「私でよければ、保障する」
「じゃあ大丈夫だね」


それだけで十分。
フェイトさんがそう言ってくれるだけでそれは現実に近づくのですから。
なのはさんは頷きます。


「うん。やっぱり、私、子供ほしい」





















とても嬉しそうに、噛み締めるように呟くなのはさんをフェイトさんは見つめていました。
まるで記憶に焼き付けるように。
心が焼け付く痛みを紛らわせるように。


「あのね、フェイトちゃん」
「うん?」
「お話の続きの前に、フェイトちゃんのお話、聞かせてもらっていい?」


そんなフェイトさんに向き直ったなのはさんからの提案。
フェイトさんはゆっくり首を振ります。もちろん横に。
自分が話そうとしている内容は、なのはさんの幸せが詰まったものに水を差してしまうかもしれない。そう考えてのことでした。


「私は後でいいよ」
「今、聞きたいの」


なのはさんは引き下がりません。
その瞳に押されて、フェイトさんが口を開くのにさして時間はかかりませんでした。



























「自分勝手だってわかってる」


フェイトさんの伏せた視線の先は、自分の右手へ。
差し出された手を、初めて掴んだ手へ。


「でも、なのはが墜ちた時、誓ったんだ。自分に」


握る拳。
鍛錬を続けた手。腕。自分自身。


「なのはを、守るって」


誰も知らない誓いを、今曝け出して。
蒼をまっすぐに見据えます。


「だから、もう一度、今度はなのはに誓いたい」


フェイトさんは願います。請います。
なのはさんだけに。


「隣に居れなくてもいい。隣に居れないことはわかってる」

「それでも、誓いたい」


目を丸くしたなのはさんに構わず、続けた言葉。


「なのはと、なのはの子供と、なのはの家族を、守らせてほしい」


誓い。
何より、自分のための誓い。
守ると、決めたから。
こちらを見据えてくる紅を、なのはさんはたじろぐことなく受け止めます。


「私と、私の子供、を?」
「うん」
「私の、家族を?」
「うん」


なのはさんは一呼吸置き、何より気になったことを、もう一度聞き返します。


「・・・・・・隣に居れないって、言ったよね?」
「うん。わかってる、居座るつもりなんてない。なのはの隣は、なのはの子供の親のもの。なのはの、大切な人のものだから」


蒼が一瞬揺らいだことを、再び伏せた瞼によりフェイトさんは見ることができませんでした。
それが良かったのか、悪かったのかはわかりません。
けれどこの時、なのはさんはフェイトさんの考えを悟ってしまったのでしょう。
それにも、フェイトさんが気がつくことはありませんでした。


「だけど、守らせてほしい」


フェイトさんの上げた視線に映るのは、微笑み。
なのはさんの感情は覆い隠されてしまった後でした。
小さく息を吐き、なのはさんは短い沈黙の後、問います。これも、確認。


「傍に居れなくて、どうやって守るの?」
「なのはが呼んでくれれば、いつでも飛んでいく。今度は、絶対。あの時みたいに」


鉄の伯爵と対峙した時と同じく。


「どんな所にも、どんな時でも、助けに行く、守りに行くよ」

「例え、銀河の果てだって」


そう、どこであろうと。


「なのはが、名前を呼んでくれれば」


なのはさんが名前を呼んでくれれば。必ず。
そう誓いを立てさせてほしいと、フェイトさんは願います。


「そっか。フェイトちゃん、守ってくれるんだ」
「うん」
「でも、私も自分の家族を、絶対に守るよ」
「じゃあ私の出番、ないかもね」


困ったような笑顔を見て小さく笑い、なのはさんはフェイトさんの右手に自分のそれを重ねました。


「うん。フェイトちゃんに、私と、私の子供、私の家族を守ってほしいな」


フェイトさんはなのはさんの重なった右手を胸元に、心臓の上に宛がい、祈りを捧げるように誓います。
フェイトさんにとっての、唯一無二の光に。


「誓うよ、なのはに」
























「私の話は、これで終わり」


フェイトさんが立てた誓いが、なのはさんの道程をより強固にしていたことを解るわけもなく。
なのはさんが離された右手からフェイトさんに視線を移せば、いつもの困ったような笑顔はありませんでした。
ただ、どこか突き抜けたような笑顔。


「だから、なのはの話の続きを聞かせて」


でもなのはさんは見逃しません。


「覚悟は、出来てる」


見逃してなんてくれません。


「なのはの幸せの邪魔なんてしない」


さびしい。かなしい。くるしい。
初めて逢った時のような瞳の色。
だから、本当を隠す偽りを剥がすために。壊すために。
最高の笑顔と共に、最高の破壊力がある、言葉を。


「それじゃあフェイトちゃん、よく聞いてね」


離れた右手を両手で包み、こちらも祈るように。
誓いを立てるために。隣を歩くために。




























「私と、結婚してください」

























「・・・・・・・・・・・・・え?」
「聞こえなかった?結婚してください、って言ったの。プロポーズだよ」


思考が追い付くどころか未だ止まりかけているフェイトさんになのはさんの言葉はあまりに難解でした。
繰り返す様に、呟きます。


「え、・・・・・けっこん?」
「うん」


返ってくるのは首肯と笑顔。
ゆっくりと回りだす思考と。急いで理解しようとする心。
フェイトさんは状況整理に全力を注ぎます。


「誰が?」
「私が」
「誰と?」
「フェイトちゃんと」


なのはと。私が。結婚。
たった三つの単語が組み立てられるにはあまりにも長く。また、それを理解して飲み込むまでには余りにも短い時間。
フェイトさんが得たのは、驚きと、ごちゃごちゃになった感情だけでした。


「な、な、な・・・・っ」
「な?何で?私がフェイトちゃんを愛してるから」


こともなげに伝えられるなのはさんの気持ち。


「ずっと一緒に居たいから」


先ほどのフェイトさんの言葉とは真逆。
傍に居られないけど、と立てた誓い。
誰よりも傍に、隣に居てほしいという誓い。
ぐるぐる回る頭の中。フェイトさんは根本にある願いを思い出します。


「だ、って、それじゃ、ヴィヴィオ、の」


ヴィヴィオちゃんの願いは。
続けようとした言葉を自信にあふれた笑顔と声が覆います。


「叶えるよ」


断言。


「そのために、私無限書庫でいろいろ調べたんだもん」

「叶えられるよ。叶えてみせる」


これしかないと、言うように。


「私と、フェイトちゃんの、子供が」


ヴィヴィオの弟妹だよ、続けられるはずだった言葉は空気を震わせることはありませんでした。


「駄目!!」


切り裂くような、悲鳴ともとれる声が遮ったのです。


























フェイトちゃんの子供。
自分の遺伝子を受け継ぐ子供。
それが意味するもの認識して、フェイトさんがとった行動は。


「駄目だよ!!」


否定でした。
なのはさんから無理矢理引き離し、自分の胸元に左手を重ねるように握りしめた右手。


「私なんかじゃ駄目なんだ!」


拒絶といってもいい、叫びに似た主張。


「私の、子供じゃ、幸せになんか・・・ッ!!」
「フェイトちゃん」


身を隠す様に俯いたまま、続く拒否は止められます。
肩を掴まれ、反射的に仰いだ視線の先には、蒼。
数度しか見たことがない、自分に向けられたことがない、蒼。


「それ以上言ったら」

「私が好きな人を貶したら、怒るよ」


唇を噛んで、俯くフェイトさん。
言葉は浮かびませんでした。


「フェイトちゃん」


そんなフェイトさんの、今度は両手を自分のそれで包み、出来得る限りの穏やかさを持ってなのはさんは問いかけます。
道程を作り上げる、最後の欠片を得るために。


「本当に」

「本当に、子供、ほしくない?」


明るい所に続く道を。
未来へと続く道を。






















「恐いんだ」


長い沈黙。
それを破ったのは呟き。


「夢見たことはある」

「子供のことを言われて、改めて考えた時」

「自分の血を分けた子供が持てたら、どんなに嬉しいことなんだろうって」


俯いたままのフェイトさんの声を、なのはさんは黙って聞きます。
一字一句、逃さず。


「でもそれを、すぐに打ち消した」

「私の遺伝子は、狙われてるから。危険だから」

「きっと、幸せにしてあげること、出来ない」


立てられた誓いの影にあった想い。
子供。それを考えた時にどうしても想い描いてしまうこと。
誓いは心の奥底からのもの。ならばこの想いも、奥底にあったもの。


「子供は成長するにつれて、知ることになる」

「何でこんなに狙われなきゃいけないのか」

「何でこんなに危険な目に遭わなきゃいけないのか」

「こんな身体だから。こんな遺伝子のせいで」

「親のせいで」


聞きたくない言葉。
声に出すことでより強く認識してしまいそうで、口にしなかった言葉。


「私の、せいで」


それを、フェイトさんは発します。
なのはさんの手の下で、堅く握られた拳は微かに震えていました。


「子供は、私を憎む」

「それに、私は耐えられない」


愛する者からの憎悪が、その原因が自分であるとわかっているからこそ。
そして何よりも。


「自分の子供を守れないのが恐い」

「自分の子供の幸せを約束できないのが、恐い」

「恐いんだ。どうしようもなく」


自分のせいで危険に晒すことが。
幸せにする自信がないのに。
それをわかっていながら生を与えてしまっていいのか。
震える手を白くなるまで握りしめて、フェイトさんは顔をあげます。
痛みに耐える表情。


「だから、私は」


























「馬鹿」


ぺし。
そんな小さな音と共に両手で包まれた頬。
フェイトさんは少しだけ歪んだ視界に蒼を映します。


「フェイトちゃんの、馬鹿」

「誰がいつ、そんなこと言った?幸せになれないって言ったの?」


ぐちゃぐちゃになる頭の中で考えます。
誰が、言ったのか。
姉の母親か。局員か。研究者か。繰り返した悪夢か。それとも、自分自身か。
導かれる答えはなく。あるのは心に根付く想い。


「けど、私は、私の遺伝子は、狙われて、危険で、だから、子供も、きっと」
「そんなこと、私がさせない」


零れおちそうな雫を指で掬い、なのはさんはフェイトさんの手を握ります。
あの時から決して離さなかった手を。
初めて自分から繋ぎたいと願った手を。


「言ったよね?私は私の家族を守るって」


フェイトさんが誓いを立てた時の言葉。


「それに、フェイトちゃんも言ったよね」

「なのはの子供は絶対に幸せになる。なのはの子供は絶対に守るって」

「保障してくれて、誓ってくれたよね?」


確かにそれはフェイトさんが保障し、誓いを立てたこと。
けれどフェイトさんは首を否定に振ります。
なのはさんが言っている子供≠フことではない、と。


「だって、それは、なのはの」
「うん。私の子供」


なのはさんはそれをさらに否定します。
最初から、なのはさんが言っていた子供≠ヘ。


「でもフェイトちゃんの子供だよ」


他の誰でもない、フェイトさんの子供のことだと。

















打ち消す否定。
道ができても進もうとはしないフェイトさんに。暗い場所から動こうとしないフェイトさんに。
なのはさんは手を伸ばします。


「違う。私が保障したのは、誓ったのは、それは、なのはの子供だから、なのはの子供だったら」
「違わない。私の子供は、フェイトちゃんの子供だよ」


こちらが差し出しても、伸ばしてはくれない手。
耳を塞ごうとする手。
流れる涙は、何を想ってなのでしょうか。


「違うよ!駄目なんだ!!」


与えられること。掴むこと。
取り上げられること。放されてしまうこと。
手に入れること。幸せになること。
奪われること。不幸になること。


「私の子供じゃ、駄目なんだよ!!」


得る喜びより、失う恐怖。
それにフェイトさんは囚われているのです。
その鎖を砕くため、別の鎖を砕いた時と同じく。
伝えるために、心まで届くように。
なのはさんは言葉にします。


「駄目じゃない!!」






















紅から流れていた雫は止まり。
見開かれたそれを見据えて。


「私はフェイトちゃんがいい」


言葉を、紡ぎます。


「私はフェイトちゃんとの子供じゃなきゃいや」

「フェイトちゃんとの子供じゃなきゃ駄目」

「私は、フェイトちゃんしか選ばない」

「フェイトちゃんだけを選ぶよ」


フェイトさんだけを。
望むのは貴女だけだと。
なぜなら。


「だって、私を一番幸せにしてくれるのはフェイトちゃんだから」

「傍に、隣に居てほしいのはフェイトちゃんだけだから」


幸福を誰よりも与えてくれるから。
なのはさんは強く握っていたフェイトさんの手を握り直します。優しく、包み込んで。


「フェイトちゃんは私に保障してくれた。誓ってくれた」


穏やかで、少しだけ、勝ち誇った笑みで。


「だから、フェイトちゃんは絶対に、私の子供≠」

「フェイトちゃんは自分の子供≠幸せにしなきゃいけないの」


言いきります。
フェイトさんが言葉を挟む隙間さえ残さずに、紡がれる言葉。


「フェイトちゃんの子供は、幸せになるよ。誰よりも」


フェイトさんがした時と同じように。
フェイトさんの右手を導いて心臓の上に宛がい、祈りを捧げるように。


「私も、保障して、誓う」

「フェイトちゃんの子供は、幸せにしてみせる。守ってみせる」


なのはさんの唯一無二の光に、誓います。


「フェイトちゃんにも絶対に幸せになってもらって。私が守ってあげる」

「親が幸せじゃなきゃ、子供は幸せじゃないでしょ?」

「だからフェイトちゃんは絶対に幸せにならなきゃいけないの」


胸元からおろしても手は繋いだまま。指を絡めて。
暗い場所から出てきてくれないのなら。


「自分が信じられないのなら、私を信じて」

「私が叶えてみせる」

「フェイトちゃんも、フェイトちゃんの子供も、絶対に幸せになる」

「私が、してみせる」


手を差し出しても掴んでくれないのなら。


「もう、決定事項」


隠す手を捕まえて、引き寄せて。


「改めて言うね」


無理矢理、こちら側に連れてきて。


「フェイトちゃん、私と結婚してください」


あとはその手を決して離さずに。


「絶対、幸せにしてみせます」


出来上がった、光溢れる未来への道を進むだけ。





















「ずるい、よ」


再び流れ始めた涙は、今度は何を想ってのものなのでしょう。
小さな声は、非難。


「ずるいよ、なのは」
「うん、私ずるいんだ」


フェイトさんの濡れた頬に掌を添えて、なのはさんは頷きます。
片手は、離さずに。


「わがままだよ」
「うん。わがまま」


もう一度頷き、指先で触れる眦。
涙は止まりません。


「私の言い分、聞いてくれない」
「聞いたよ?でも全部私の望みを叶える妨げじゃないもん。むしろ協力してくれるんでしょ?」


意地悪く口端を一瞬上げてから、なのはさんは優しく微笑みます。


「いっつも、そうだ」


フェイトさんの手が、自身の頬を包むぬくもりに重ねられて。
優しく深い蒼を見つめます。


「最初から、そうだ」

「私に手を伸ばしてくれた時から、ずっと」

「強引で、私の話聞いてくれなくて」

「自分の都合のいいように捉えて」

「私の考えてたこと、全部壊していくんだ」


お咎めを受けて、なのはさんは苦笑します。
それでも、反省などはせずに。むしろ、誇らしげに。


「フェイトちゃんが幸せになることしか、してないよ?」


涙で濡れた瞳で、いつもの困ったような微笑みを浮かべたフェイトさんを。


「それが、一番ずるいよ」
「ずるくないよ」


なのはさんは、強く抱きしめました。




















肩口が濡れる感触。
押し殺していた嗚咽を、我慢させずに。
ゆっくりと落ち着いていく呼吸を、なのはさんは包み込んでいました。
ぬくもりが心地よく。背中にまわされた腕が愛おしく。
何より、隣に居ることが幸せで。


「なのは」
「何?」


掠れた声に身体を離し、それでも片手は繋いで。
涙の跡をぬぐってあげれば、はにかんだ笑顔をなのはさんに向けるフェイトさん。
それに微笑み返せば、少し強く握り返される手と下ろされる瞼。
深い呼吸の後、フェイトさんの口が開きました。


「私」

「なのはと一緒に居たい」

「傍に居たい。隣に居たい」


その隣は、なのはさんが願った隣。
フェイトさんが空けようとした隣。
大切な人の、場所。


「なのはを、愛したい」

「なのはに、愛されたい」


愛する人の場所。


「なのはとの、子供が、ほしい」


家族の場所。


「私」


幸せを与える、幸せを貰う場所。
フェイトさんが瞼を上げれば、また流れ出す涙。
それでもなのはさんをまっすぐに見つめ、フェイトさんは願います。


「幸せに、なりたい」


両手を繋ぎ、なのはさんはフェイトさんの言葉を聞きます。
小さな子供が星に願いを請うように、フェイトさんは紡ぎます。


「なのはと、幸せに、なりたいよ」


なのはさんが返す言葉と行動はごく自然に。


「うん」


震える声に。


「幸せに、なろう?」


口づけを。
























光の降り注ぐ道から、暗闇を見据えて。
蹲る手を掴んで。
振りほどこうとする手を強く握って。


「なのは」
「うん」


引っ張って。
光を浴びせて。
ぎゅっと手を握って。


「好き」
「私の方が好きだよ」


決して緩ませずに。
離さないよう。
引っ張って。


「大好き」
「私の方が、大好き」


少し後ろで縺れる足を気にしながら。
明るい場所を。


「誰よりも、愛してる」
「私も、愛してる」


しっかりした道程を。
明るい道程を。


「じゃあ、確認ね」
「うん」


手を引いて。
歩いて。


「私の子供は、幸せになる。フェイトちゃんが守ってくれる」
「うん、保障する。誓うよ」


やっと、隣に来てくれたら。


「私の子供は、幸せになる。なのはが守ってくれる」
「うん、保障する。誓う」


隣を歩いてくれたなら。


「なのはは」「フェイトちゃんは」


あとは。
手を離さずに。


『私が、幸せにする』


光溢れる道を。
未来への道を往くだけ。


「フェイトちゃん」


もう一度だけ、唇を合わせて、繋いだ手に力を込めて。
なのはさんはフェイトさんに問いました。


「答え、聞かせてくれる?」
「うん」


誓いを立てるために。
自分の夢をかなえるために。
何より。
隣に居てほしいから。
隣を歩いてほしいから。


「フェイトちゃん。私と、結婚してくれますか?」


答えはなのはさんだけのもの。

流した涙は光に輝きます。

歩き始めた未来への道を、より明るくするように。













































とある宝飾店に銀色に光る装飾品がペアでオーダーされて、ひと月。


「・・・・・何や物々しいな、フェイトちゃん」
「一応言っておくけど、私が申請したんじゃないよ?」
「ああ、なるほど」


親友が来ていると連絡を受けたはやてさんがやってきたのは管理局の医療区域。
その中でもトップクラスの最新鋭検査ができる一室に、フェイトさんはいました。
困った顔をしていますが、至って健康そうです。


「シャマル指名?」
「うん」
「知らない人にフェイトちゃん触られるのいやって連絡があってねー」
「しゃ、シャマル先生!」
「はいはい、ごちそーさん。呆れるほど独占欲隠さなくなったなー・・・あ、前もそうでもないかー」


部屋の奥から現れたシャマルさんの言葉に顔を染めるフェイトさんと、呆れ顔のはやてさん。
はやてさんの目に留めるのはシャマルさんが手に持つ書類。


「検査、結果でたん?」
「ええ」
「ほんならあたしはお暇しよか」
「え?」


軽く伸びをして背中を向ける親友にフェイトさんは首をかしげました。
結果を聞きに来たものだと思っていたのです。
それが顔に出ていたのでしょう、首だけ回して視線をフェイトさんによこしたはやてさんはため息交じりに言いました。


「あたしが先に知ったら、教導隊伝説のお話聞く羽目になってまうからな」


フェイトさんが言葉に詰まっている間に、にやりと笑いはやてさんは扉をくぐります。
ひらひらと揺れる手。


「ま、最初に伝えてやり」























『ただいまッ!!』


夕方の長閑な雰囲気を盛大に破ったのは二重音声でした。


「あ、おかえ、り、って、ちょ、二人とも!?」


出迎えようとソファから腰を上げたフェイトさんが次に見たのはリビングに駆け込んでくる母子。なのはさんとヴィヴィオちゃんでした。
その素早さに驚く暇もなく、さらに詰め寄るようにこちらに向かってくる二人にフェイトさん慌てます。


「フェイトちゃん!どうだった!?どうだったの!?」「フェイトママ!どうだった!?どうだったの!?」


問い詰める仕草は瓜二つ。
それに苦笑しながら、フェイトさんは自身と二人との間に両手を上げて距離をとりました。


「なのは、ヴィヴィオも、お、落ち着いて、ね?」


どうどう、とまるで暴れる馬を落ち着かせるような手振り。


「落ち着いてられないよ!」
「だってもう解るんでしょ!?」


しかし相手は猪突猛進。猪にはどうやら効果はなかったようです。
苦笑を深くして、フェイトさんは手を降ろしました。


「うん、検査、受けてきたから」


テーブルの上にはファイル。検査結果と書かれたそれが何よりの証拠。
けれどもなのはさんもヴィヴィオちゃんも書類を読むなんてことはしません。
聞きたい答えは、フェイトさんの言葉で。
二人の視線を一身に浴びて、フェイトさんは微笑みました。
幸せそうに。



「家族が、増えます」



日向のような笑顔。
最初に動いたのは、ヴィヴィオちゃんでした。
息が止まったようなそんな一瞬から、爆発するように飛び跳ねます。


「ぃやったーッ!!おねーちゃんになれる!!」


全身で嬉しさを表す姿にフェイトさんがさらに頬を緩ませました。


「よかったね、ヴィヴィオ」
「うん!ありがとうフェイトママ!!あと、おめでとう!!」
「ありがとう」


はしゃぐヴィヴィオちゃんの頭を撫でて、フェイトさんは視線を動かします。
その先には、いまだに固まったまま、フェイトさんを見つめて呆然とするなのはさん。


「なのは?」
「あ、うん」


近づき声をかけることでやっと動き始める蒼に苦笑したフェイトさんは、なのはさんの右手を取り、自身のお腹へ導きます。


「ほら」


まだ変化も何もない。フェイトさん以外の鼓動なんて感じない。その場所。


「ここに、なのはと、私の子供がいるよ」


ただ、より一層愛おしく感じるぬくもりは確かなもの。
それを感じたなのはさんは、添えられただけでなく、自分の意思でフェイトさんのお腹に触れます。
大切なものに、触れます。


「ほんとに、いるんだよね」
「うん」
「私と、フェイトちゃんの子供」
「うん」


フェイトさんの身体には、新しい命。
幸せが増えたのです。


「ありがとう、フェイトちゃん」
「私も、ありがとう、なのは」


新しい幸せから名残惜しそうに離された右手は、いつもある幸せの手と繋がれました。
少しだけ震える自分の手に苦笑して、フェイトさんを見つめてなのはさんは笑います。
目の前の人のいつもの笑顔のように。


「どうしよう、何か、言葉、でてこない」
「うん、私も、そうだったから」


力の込められた手。
やっと、陽に溶かされたように破顔したなのはさん。


「嬉しい。どうしよう、凄く、嬉しい」
「私も、嬉しい」


和らいだ蒼が、穏やかな紅を見つめます。


「フェイトちゃん、今、幸せ?」


それに返す言葉は決まっているのです。


「幸せに決まってるよ。だってなのはが幸せにしてくれるんだから」
「あ、私だってそうだよ。フェイトちゃんが幸せにしてくれるんだもん」


保障は、誓いは、変わらず。
繋いだ手は離さず。
隣を歩いて。


「あとね、なのは」
「何?」
「実は」


告げた言葉が風となり。


「ヴィヴィオ!!ヴィヴィオの夢が叶うよ!!」
「え?もう叶ったよ?だって弟か妹できるんだもん!!」
「もっと欲張りなこと言ってなかった?」
「ふぇ?」


道の先まで幸せを運んでくれます。
風は風を呼び、連なり、繋がり。
ずっとさきまで届いていくのです。


「まさか」
「そのまさか。ママ、甲斐性あったみたい」


なのはさんの言葉にヴィヴィオちゃんがフェイトさんを見れば、やはり、幸せそうな笑み。


「双子、だって」


光溢れる道は、より輝きを増していきます。






























こっちもやっぱりおまーけ


「あ、はやてさん」
「お、ヴィヴィオ丁度ええとこに」


いいおねーちゃんになるためにはどうしたらいいのか。
そんなことをギンガさんやチンクさんやカリムさんに聞いて回っているヴィヴィオちゃんがカフェラウンジではやてさんを見つけたのは偶然でした。
おいでおいでと手招きされ、差し出されたのはファイル。


「何ですか、これ」
「祝☆もうすぐ二カ月を迎える愛しのベイビー。・・・・の、記録。シャマルからや」


はは、と疲れたように笑うはやてさんの心情はわかりません。
そして粘りに粘って定期健診という名の成長記録を二週間毎に落ち着かせたママがいたことも追記しておきます。ちなみに最初は一週間毎でした。誰が提案したかなんて言うに及びません。


「ありがとうはやてさん!!」
「ぅわぉー、そうやねー、ヴィヴィオもなのはちゃんと同じやもんねー」


シャマル先生からのファイルを大事に抱きしめるヴィヴィオちゃんを見て、何だか遠い目になるはやてさん。


「あかん、なんやフェイトちゃんと話したい」


この何とも言えない感情を共感する人と話したい。はやてさんは切に思いました。


「けど、絶対旦那ついてくるやろなー。あー、勘弁やー」


一瞬後にはさらに遠い目になりました。
そんなはやてさんに首をかしげながらも、ヴィヴィオちゃんは口を開きます。


「はやてさん」
「んー?」
「今度海鳴市に行くんだけど、何かお土産のリクエストある?」
「なんや、里帰りか?」
「うーん、どうなんだろう」


ヴィヴィオちゃんは疑問符を浮かべるはやてさんに、よくわかっていない顔で告げました。


「なのはママが、報告しに行くって言ってた。そういえば言ってなかったーって」


それからのはやてさんの行動は迅速でした。
モニターを出し、コンソールを叩き、映し出された親友の顔を見て。


「アホやろ!!」


罵声を浴びせました。


え?何?はやてちゃん
「事後承諾!?ハラオウン家には挨拶しといたのに実家には事後承諾!?何なん!?」
「あ、なのはママだー」
あ、ヴィヴィオ。はやてちゃん、ヴィヴィオから聞いたの?
「しかも相手がもう身籠ってますって、どんな報告やねん!!」
お母さん辺りは気付いてそうだよね
「だよね、じゃあらへんわ!!」
「おじいちゃんは?」
それが問題なんだよねー
「こ、この母子は・・・」


のほほんと会話する母子。
それを聞いて、はやてさんは天を仰ぎます。
憤りは諦めから呆れに昇華しました。


大丈夫だよね、ヴィヴィオ
「うん、大丈夫だよ」


どうやらこの家族が往く道は、どんな障害すら問題にならないようです。








やっぱりおまーけのおまーけ



「ねえ、バルディッシュ」
〈Yes.〉


自宅のリビングでやたらと届くお祝いのメールを嬉しそうに読んでいたフェイトさんが傍らのバルディッシュに声をかけました。
目線は、メールの文面。


「母さんが実家においでって言ってくれてるんだけど、エイミィからのメールにクロノがいない時の方がいいよって書いてあるんだ。なんでだと思う?」
〈.......I do not understand it.〉・・・わかりません。


答えに間があったことにフェイトさんは気を止めず、首をかしげるばかり。
たぶん大口論が勃発するからです、とは言わないデバイスは主想いです。


「まあ、行っても大丈夫だよね。皆も一緒だし、喜んでくれるよね」


その真意をうっかり読み取ってくれない主。
それでも忠実なデバイスは今日も短く答えます。


〈I am same as, too.〉私も共に。
「うん、一緒だね」


いつでも、傍に。


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