幸せの道程3



休日。
フェイトさんの目の前にはにこにこ笑顔のリンディさん。
たまには顔を見せにいらっしゃい。
そう連絡が入って実家にやってきたフェイトさんを迎えたのは母親の優しい笑顔と熱烈な包容でした。娘溺愛ママは不変のようです。


「エイミィたちは?」
「クロノに会いにミッドに行っているわ」
「そっか。いいの?母さんも久しぶりの自由な時間なのに」
「母娘と親子水入らずで会話をしたいと思うのは普通でしょ?」
「ぁ・・・」


リンディさんの言葉に頬を染め、それでも嬉しそうにフェイトさんは母親が淹れてくれたココアを口にします。緑茶は辞退しました。


「あ、そうだフェイト。孤児院の子たちからうちに手紙とかメールがまた届いてたから後で渡すわね」
「ありがとうございます」
「フェイトったら本当に子供に懐かれやすいわね。甥っ子と姪っ子もべったりだし」
「好かれているなら嬉しいんですけど・・・」


航行中は何かと規制があるメール等はまとめて実家に送られてきていました。
フェイトさんにとって子供たちからのそれを見ることが楽しみの一つ。
保護してくれた、ということを差し引いてもフェイトさんに子供たちは懐いているのです。その人柄と、優しさに。
リンディさんはため息交じりに微笑みます。


「子供は可愛いものね。クロノはかなり昔から可愛げがなかったけど、ちっちゃい頃は女の子と間違われるくらいだったのよー?」
「クロノが・・・」
「今はもうお父さんだし、エイミィさんの旦那さんだけどね」


フェイトさんに向けて、満面の笑み。


「まあ、その分フェイトを存分に可愛がったけど」
「あ、あはは・・・」


初めて。まだ養子に入る前。
眠れない、と伝えた時と変わらない味のココアの波紋を見詰めてフェイトさんは問います。


「・・・・・・・、やっぱり、自分の子供って可愛いですか?」
「可愛いわよ。宇宙一」


返ってきたのは即答。


「フェイトは待ちに待った娘だから、時空一可愛いわ、もちろん今も」
「待たせてすみませんでした、それと、ありがとうございます」


示された規模に苦笑するフェイトさん。
その姿を見つめていたリンディさんは唐突に、フェイトさんの頭を撫でます。
久しぶりのような、会う度されているような、優しいぬくもり。
それにどうしたらいいか迷っていると、母親は娘に問いました。
どうかした、と。


「どうしてですか?」
「理由なんてないわ。ただ・・・母親の勘、かしら」
「勘、ですか」
「すっごく高性能なのよ。特に愛する娘に関しては」


得意げに笑うリンディさんに、何故かフェイトさんは泣きたくなりました。
隣にいるのは、紛れもなく自身の母親。
私、を、引き取ってくれた優しい女性。
涙を見せれば心配させてしまうと知っているから、決して流さぬように、フェイトさんは瞼を伏せます。


「母さん・・・」
「なぁに?」
「母さんは、私をどう思ってますか?」


フェイトさんは問います。


どうして、私を家族にしてくれたんですか。
どうして、こんな危険な作品を、手元に置くんですか。


そう聞くことは憚られました。それでも様々な意味を込めた問い。
フェイトという人物を、どう思っているのか。
リンディさんは目を丸くしてから微笑み、口を開きます。


「いい子。美人さん。優秀な執務官。どこぞの馬の骨に何か渡せない愛娘。ちょっとおっちょこちょい。のんびりさん。意外と頑固者。とびきり優しい」
「か、母さん、わかった、うん、わかったから」
「そして何より・・・」


次々と紡ぎだされる言葉に照れて遮ろうとフェイトさんがリンディさんに顔を向ければ。


「私を幸せにしてくれる」


母親の笑みがありました。


「貴女は周りを、私を、幸せにしてくれるわ」


何処か呆然とするフェイトさん。
リンディさんはゆっくりと娘を抱き締めます。


「そんなフェイトが、私の自慢の娘なのよ」
「ありがとう、・・・・・・。母さん」


フェイトさんの頬を伝う雫に、リンディさんは気付かないふりをしました。


























「なぁに腐ってんだよ」
「ヴィータちゃん」


なのはさんが教導後に会った戦技教導官の同僚はしかめっ面をしていました。
小さな体躯から不機嫌です、と告げるオーラを感じてなのはさんは苦笑します。


「煮え切らねぇ顔してやがる」
「そっかな」
「娘に笑われんぞ」
「もう笑われて、怒られて、説教されて、諭されちゃった」
「は?」
「ママは不屈のエースオブエースの前に、不屈のママじゃないの?って」


先日娘から言われた言葉を口にして、さらに苦笑を深めます。
それと共に暖かい気持ちが溢れました。


ママは私を守ってくれた
不屈の心で、私と向き合ってくれて、私を助けてくれた
ママが諦めなきゃ、全部叶うよ
知ってるよ、全部叶えてきたんでしょ?
私が、ヴィヴィオが保障する
叶うよ
大切なもの、守れるよ、明るい所に連れて行ける
もしも一人じゃ無理なら
今度は、ヴィヴィオがママを支える
だから、大丈夫だよ


真っ直ぐなオッドアイと言葉にいつの間にか涙を流して、なのはさんはそのままヴィヴィオちゃんを抱き締めていました。
ヴィータさんにそれを言うと、出来た娘じゃねぇか、彼女は白い歯を見せます。


「そこまで娘に言われたのに、何でうじうじとカビが生えそうな湿気纏ってんだよ」
「ぅ、ヴィータちゃんひどい」
「あぁ?ほんとーのことだろが」


口の悪さに含まれる彼女の優しさに気付かないなのはさんではありません。
ヴィータさんに言わせれば、アイツに似ている笑顔でなのはさんは呟きます。


「いいのかな、って思って」
「は?」
「私がそんなことしていいのかなって」
「何言ってんだ?」


蒼が見詰める遠い先。
夕焼けの朱、赤、紅。どのアカなのか。


「全部、私のワガママだから、いいのかなって」


そう。全て、自分のため。
自分がそうしたいから。だから。
見詰めるアカは、遠く。その変化を予想することなんてできなくて。


「おめー何言ってんだ?」
「え?」


振り向けば、そこにはとことん呆れた、という顔。
怒っているのか、と焦りを感じるなのはさんにヴィータさんは言い放ちます。


「あたしらに無理矢理お話聞かせたのはどこの誰だよ」


鉄の伯爵を肩に担ぎ、深く溜息を吐き捨てる姿になのはさんは狼狽。


「こっちの理屈なんて聞いちゃいねぇ。こっちの都合なんて関係ねぇ」
「あ、あの、ヴィータちゃん?」
「あまつさえ逃げようとしたら撃ち落としにかかってきやがる」
「えっと」
「聞いてくれないなら叩きのめしてから聞いてもらうとか、馬鹿じゃねぇのか」
「その」
「動けなくして全力攻撃とかどんだけだよ」
「あぅ」
「でも」


ヒュン、と突きつけられる鉄からヴィータさんの顔に視線を移せば。


「それが、お前だろ」


にやりと、笑顔。
突き抜けたような感覚。霧が晴れるかのようなイメージ。なのはさんの心は、まさにそれでした。
不屈の心。その証でもある相棒の赤を見詰めます。


「それが、私・・・」
「そーだよ。ワガママの塊だっつーの、ガキかよ」


自覚しろ、とヴィータさんは再びアイゼンを肩に担ぎ直しました。


〈master.〉
「レイジングハート・・・」
〈My name is you.〉私の名は、貴女そのものです。
「うん」


しばらく愛機を見詰め、顔をあげたなのはさん。
ヴィータさんが見たのは、曇りのない蒼空。


「そっか・・・、私、ワガママだもんね」
「しかも相手のことなんて考えねぇし、自分の思った通りにしちまう質の悪いワガママだな」
「ひどいなぁ、ヴィータちゃん」
「ほんとのことなんだから仕方ねぇだろ」


ヴィータさんに向き直ったなのはさんは、綺麗な笑顔をしていました。
その背中に背負うのは彼女を包み込むような綺麗なアカ。


「ありがと、ヴィータちゃん」
「・・・、何のことだ?」
「ふふっ、何でもない」


なのはさんはヴィータさんにお礼を言います。彼女の頬が赤く見えるのは夕日のせいにして。
もう一度振り返った夕日。
追い求めるのは、唯一の紅。


「うん、私、決めた」
「は?」


不屈の心は、この胸に。




























「統括官、来客です」
「あら、そんな予定あったかしら」
「いえ、スケジュールにはありません。私用とのことですが・・・」


たまたま仕事で本局に来ていたリンディさんは秘書からの言葉に首を傾げます。
そして来客のデータを見て、口を緩めました。


「いいわ、通して」
「よろしいので?」
「ええ、それと少し席を外してくれないかしら」
「畏まりました」


一礼を残して下がった秘書。少しして代わりに入ってきたのは、青と白の制服。空を駆る部隊。空に愛された人。蒼。


「お久しぶりね、なのはさん」
「こちらこそお久し振りです、リンディさん」


なのはさん。
真っ直ぐな視線と迷いない瞳を微笑みで返し、リンディさんはデスクの上に腕を組みます。


「それで」


コバルトグリーンの瞳は、全てを見通すように弧を描きます。


「私に何を伝えに来たのかしら?」























「フェイトさーん!」


本局で背中に掛けられた声に振り向けば、そこにはシルバーの制服。特別救助隊。
青い髪と人懐っこい笑顔。スバル、とフェイトさんが微笑めば駆け寄ってきたスバルさんは敬礼。


「お久し振りです!」
「うん、久し振り、元気だった?」
「はい!」
「そう、怪我には気をつけてね?皆心配するし、ティアナの仕事にも支障が出るよ?」
「へ?」


間の抜けたような顔をするスバルさんにフェイトさんは苦笑しました。
スバルさんの相棒がまだフェイトさんの補佐官だった頃、スバルさんが負傷したとの連絡を受けた時のこと。任務中でお見舞いにすぐに行けず、それでも平静を装う彼女の仕事のペースが乱れていたことをフェイトさんは思い出し

ました。
ちょっとした嘘をついて彼女を本局に仕事という建前で向かわせたのもいい思い出です。


「え?何ですか?ティアが?」
「んー・・・本人に聞いた方がいいかな?」
「本人?」
「後ろ」


スバルさんが振り向けば今まさにこちらに駆け寄ろうとするティアナさんの姿。
新緑の瞳がきらりと輝いたのを見て口元が引きつっていました。スタートダッシュは爆発的に。


「ティアー!!」
「だッ!大声で呼ぶなっつってんでしょこの馬鹿スバル!!」
「ティアティアティアー!!!」
「はーなーせーッ!!」


一瞬で距離を詰めたスバルさんに抱き付かれて慌てる姿はいつもの執務官の姿とはかけ離れていました。六課から変わらないそのやりとりに微笑んでフェイトさんは二人に近寄ります。


「ちょ、フェイトさん助けてください!!」
「仲いいね」
「笑ってないで!!」


そうだ、この元上司にして先輩はこういう人だったとティアナさんが思い出したのはフェイトさんの穏やかな声を聞いてから。
ゲンコツが降ったことにより、まるで怒られた犬のようにスバルさんはティアナさんの隣に納まっていました。


「フェイトさん、お久し振りです」
「うん、ティアナも頑張ってるんだね、噂で聞いてる」
「なのはさんとフェイトさんに鍛えて頂いたんですから、このくらいは」
「なのはの教導はともかく、私は基本的なことしか教えてないよ」
「そんなことは、絶対に、あり得ません」
「そ、そうかな」


ティアナさんは思います。
同僚の執務官と補佐官時代の話をしていて、如何にフェイトさんの執務がハードかつ早い仕事だったのかを知ったことを。
きつい。危険。厳しい。3Kでした。


「この前エリオに会ったんですけど、凄く背が伸びてましたね」
「キャロも可愛くなってましたしねぇ」


他愛もない話の流れは被保護者に。
赤髪の少年は、確実に青年に。桜色の髪の少女は、確実に女性に。
二人のことを思い出したのか、フェイトさんは頬を緩ませました。


「うん。二人とも凄く成長してて、こっちがびっくりしちゃった」


その瞳は、母親のそれとおなじ色。


「ぁー、でもエリオ大変そうですね」
「何で?」
「絶対背高くなって、しかも顔立ちいいし、何よりフェイトさんを見て育ってますから・・・」
「え?」
「キャロも美人さんになるだろうし、こっちもフェイトさんを見て育ってますから・・・」


二人が心配するのは本人と、そして何より苦労するであろう周りの、被保護者たちに好意を寄せることになる人物たち。
フェイトさんと言う親に似ているとなればそれは避けられない道です。


「・・・・・・・えっと、私って悪影響なことしてたかな」
『・・・・・・・・ある意味』


異口同音に本気でショックを受けてぶつぶつ悩み始めるフェイトさん。
やっぱりあんまり構ってやれなかった?それとも厳しかった?もっと優しくすべきだった?子供らしい幸せをあげられなかった?
次々と呟かれる的外れな自問自答に二人は顔を見合せて苦笑。


「フェイトさんに似てるなら、二人は大丈夫ですよ」
「で、でも悪影響ってさっき」
「贅沢な悪影響ですよ」
「・・・・。ごめん、意味がわからない」


眉を八の時に下げるフェイトさんにスバルさんは笑います。


「フェイトさんが家族になってくれたって言うことが、二人にとって最高のことであるのは変わりないんですから」


目を見開くフェイトさんに、ティアナさんは続けます。


「フェイトさんだからこそ、あの二人をあそこまで幸せに出来たんですよ」


予想外の二人の言葉。
フェイトさんはどうしたらいいかわからずに、いつもの困ったような微笑みを浮かべるしかありませんでした。



















聖王教会。
書類を渡すという名目の元、カリムさんに会いに来ていたはやてさんは紅茶片手に口を開きました。


「カリム。聞いてもええか」
「何?」
「魔力素質を持った両親やったら、その子供が魔力素質を持つ可能性は高いん?」
「そうね・・・。受け継がれる可能性は高いわ。でも絶対じゃない」
「・・・・・・そか」


珍しく飴色に染まらず琥珀のままの水面を見詰めてはやてさんは言葉を選びます。


「もし受け継がれへんかったら自分の身、守れんかもしれへん、ってことやな」
「そうね」
「カリムは。・・・・カリムやったら、どうする?」
「ん?」
「レアスキル狙ってくるやつおったら、どうする?」


カリムさんに戦闘能力という魔法はほとんどありません。その代わりと言っては何ですが、他にはないレアスキルがあります。
レア。そう言われるだけあってそれはとても希少価値が高く、手に入れたい者も多く。


「ロッサやシスターシャッハがいるし、はやてもいてくれるでしょう?」
「そら、そやけど・・・」
「頼るしかできないってことは辛いけど、頼れるってことが凄く嬉しいわ」
「・・・・・・・」
「それともはやては私を守ってくれない?」
「んなわけないやろ!!」


カシャンと小さな音を立ててソーサーとティーカップが揺れました。散った琥珀を見てはやてさんは苦虫を噛んだような表情。対してカリムさんは微笑み。


「そやけど。ずっと一緒に居られるってわけやないやんか」
「ずっとは難しいわね」
「やから、何かあった時、傍に居らんかったら、カリムが危険やし、あたしも苦しい」
「あら、そこまで心配してくれるなんて幸せね」
「茶化さんで」
「はいはい」


おしぼりで零れた紅茶を拭き、はやてさんは半眼でカリムさんを見つめました。
変わらず、微笑み。


「じゃあ脅せばいいのよ」
「は?」


その聖母のような微笑みからとんでもない言葉が飛び出してはやてさんは間抜けに口を開けました。


「私に手を出すと、聖王教会屈指のシスターと、レアスキル持ちの捜査官と、夜天の主と、おまけにヴォルケンリッターと、果ては艦隊提督やそのつながりでエースオブエースたちまでやってくるぞー!・・・ってね」


いつもの大人びた表情ではない、少女のような微笑み。
羅列される人物は、少しでも管理局のことを知っていれば身震いどころではない面子。
脅し以外の何物でもありません。


「私が聖王教会に勤めてて、はやてと仲良くしてるのも、クロノ提督と交流があるのも、ロッサが義弟なのも、六課ともつながりがあったことも。全部知らしめればいいのよ」


人とのつながりを。
自身が持った絆の多さと太さと広さと強さを。
それを知らしめれば、それが大きな防御壁となる。
つまりは、仲良くしていれば、ただそれでいい。そういうこと。
ね。と首を傾げるカリムさんをただ茫然と見詰めていたはやてさんは、徐々に。


「ふ、は、ぁ、はは、あははははは!!そやな!それが一番や!!それやったらだぁーれも手ぇ出せへん!!」
「でしょう?」
「さっすがカリム!考えることが違うわ!!あははははは!!」


笑い始めれば、止まることはなく爆笑。
目尻に涙まで溜めたころ、はやてさんはゆっくり息を整えました。
さきほどまでの陰ってた色は瞳にはありません、


「よっしゃ、じゃあもっと偉ならんと。あたしを敵に回したらあかんって思わせな」
「頑張って偉くなってね」
「他人事やな。カリムのためでもあるんに」


いつもの調子の良い笑顔に戻ったはやてさんは腰を上げます。
一度、大きく伸びをして窓の外を見れば蒼い空。


「守ったるわ。あたしが出来るんはこれくらいやし」


はやてさんの絆の糸は新しく一本、用意されました。結ばれるべき相手を待って。


「あとは本人たちやけど・・・・。ま、どうにかなるやろ」


はやてさんは苦笑します。
何せ相手は不屈のエースオブエースなのですから。























戦艦クラウディア。
その指令室に二つの人影がありました。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、は?」
「もうリンディさんには話してあるよ」


堅物クロノ提督とは思えないぽかんとした顔に笑顔を向けるなのはさん。
状況が飲み込めないのかそのまま固まるクロノさんになのはさんはあくまでのほほんと告げます。


「だから、クロノ君にも話しに来たの」


教導した局員たちに絶対逆らえないと称された。


「返事ははいかイエスでお願いね?」


笑顔を浮かべて。


























「あ、キャロ。ヴィヴィオからメールが来てるよ」
「本当?」


自然保護隊の駐在所にて。
エリオさんが端末を見て着信を知らせるアイコンに気付きます。
傍に寄ってきたキャロさんと共にそれを開けば、可愛い妹のような子からのメール。
近況やこちらのことを案じるような文面の後に目が留まったのがある一文。


「妹か弟が欲しい、か」
「ヴィヴィオのお母さんってなのはさんだよね?」
「うん、そうだけど・・・」
「でもほら、フェイトさんがママになるって書いてある」
「えっと」
「つまり」


絡まる思考をどうにかして、どうにかしようとして導き出した答え。
それはひとつ。


「僕らにも弟妹ができるってこと、でいいのかな」
「たぶん・・・」


行きつくところはそれ以外にありませんでした。
どこか鈍感で天然な人のそれを受け継いでいる二人は笑顔になります。


「フェイトさんの子供なら絶対可愛いよね」
「うん。私たちの時みたいに物分かりが良すぎるって困らなきゃいいけど・・・」
「あれは・・・、仕方ないよ。僕らもそういうつもりじゃなかったんだし」
「えへへ、でも嬉しいな。ヴィヴィオもそうだけど、妹が増えるんだよ?」
「弟かもしれないってば」


弟だったら。妹だったら。
そんな会話に花を咲かせて、楽しんで。母親の腕に抱かれる幼子を思い浮かべて。


「まあ」
「うん」
「どっちにしたって」


視線を合わせて頬を緩ませます。


「僕たちが」「私たちが」


同じ母親を持つ者として。
同じ母親を誇りに思い。


『守ってあげないとね』


精一杯、愛情を注ごうと二人は頷きあいました。
























管理局の一室。
橙色に染まる獣の耳と尻尾は、この人以外にはありません。
なのはさんが感じる威圧感は、部屋をつつむ静寂のせいか、それとも僅かに孕んだ怒気のせいか。


「フェイトの精神が乱れてる」


瑠璃色の眼光は鋭くなのはさんを射抜きます。
もう察してはいるのでしょう。見定めるような瞳。


「フェイトは何かを手に入れることを恐れる。手に入れてしまえば失ってしまうかもしれないから」
「知ってる」
「幸せを恐がる。その幸せが消え去るかもしれないから」
「それも、知ってる」
「誰よりも、親しい人の幸せを願ってる」
「そうだね」


フェイトさんのことをよく知る二人の。
フェイトさんを傍でずっと見てきた一人の。フェイトさんを傍に引っ張った一人の。
そんな二人の、会話。


「助けられるんだな?」
「それは絶対に、だよね?」
「当たり前だ」


苦笑したなのはさんは、一瞬だけ目を伏せて、蒼を貫かせます。


「助けるよ。あの時みたいに」


しばらく視線が交錯して、先に緩んだのは瑠璃色。
そこには張り詰めた怒気はありませんでした。


「無理やりにでも助けないと、あたし怒るからね」
「任せておいて」

























「はやてちゃん」
「ん?」
「お願いがあるんだけど」
「・・・・・そんな目して言われたら、断れへんやん」


はやてさんの執務室にやってきたのはなのはさん。
幼いあの日を想わせる瞳に驚きつつも、はやてさんは口端を上げます。


「何?」
「フェイトちゃんとはやてちゃんしか知らない会話があったよね?」
「ああ、そんなんあったな」
「それを私は知らないんだけど、それを知ってるはやてちゃんに確認してもらいたいことがあるんだ」
「なるほど」


青を見詰める蒼。
どちらも何かを企んでいるような色を感じ取りながら、それを楽しむかのように会話は続きます。


「確認、いうことは予想はしてるんやろ」
「確信してるよ」
「そら自信満々やな」
「当たり前。私が一番知ってるんだもの」
「お熱いことで」


全力全開の不屈な心を、誰も止めることはできないのです。


「それで、何すればええの?」


楽しむことは、出来ますが。



















フェイトさんがはやてさんの執務室を前に少しだけ感じた躊躇いは、勝手に開いた扉から現れた人懐っこいいつもの笑顔に霧散しました。


「なんや、部屋の前にずっと居ったん?」
「ううん、今入ろうと思ってたところ」


先日の会話から嫌な思いをさせてしまったのではないかと思っていたフェイトさんは内心安堵します。
出されたコーヒーと交換する形で資料を渡し、一口。目を丸くしたフェイトさんがはやてさんを見れば、得意げな顔。


「翠屋のブレンドコーヒー、久しぶりやろ」
「うん。どうしたの?」
「お土産でもらったんよ」
「ふぅん」


ヴォルケンリッターの誰かだろうと当てをつけたフェイトさんは深くは聞きませんでした。
店の末娘が持ってきた、フェイトさんが一番好むブレンドコーヒーだということも知らずに。
浮かんだモニターに映し出される報告書と、それに必要な資料を頭に思い浮かべていきます。


「また資料持ってくるね。それだと足りないでしょ」
「堪忍なぁ。優秀な執務官が居るとほんま助かるわ」
「ティアナとかにも頼めばいいのに」
「元上司がんなこと言うたら忙しくてもあっちが断われへんやろ」
「私はいいの?」
「親友やからな」


苦笑を返すしかないフェイトさん。
その姿に肩の力が抜けていることを感じ取ったはやてさんは口を開きます。


「なぁ。フェイトちゃん」
「うん?」
「子供、好き?」


その問いを聞いて、はやてさんに向けられる困ったような笑み。


「その話は、しない。何も言わない。約束でしょ?」
「あたしは子供が好きかどうか聞いとるだけや」


飄々とした態度には、何を言っても無駄だと経験から分かっているフェイトさんはカップを両手で包みます。
揺れるコーヒーの波紋に視線を落とし、静かに答えました。


「好きだよ。子供」
「過保護やしね、フェイトちゃん」
「そんなに言わなくても・・・」
「エリオとキャロ、あとは甥っ子姪っ子に過保護すぎて、シャーリーとかエイミィさんに怒られたんどこの誰や」
「・・・・私です・・・」


遊んで怪我して覚えるのが子供!
親は本当に危ないことを止めればそれでいいの!!
あまりの過保護っぷりに補佐官や管制官に怒られる執務官が見られたのは、もう何年も前のこと。


「だって、子供には笑っていてほしいでしょ?」


フェイトさんの幼少の記憶。
当時のことを記録や資料でしか知らないはやてさんでしたが、それが子供に甘い理由だということを察していました。
あというなれば、フェイトさんを迎えてくれた家族がその理由だということも。


「私は、リンディ母さんやクロノお兄ちゃん、エイミィやアルフが一緒に居てくれた。優しくしてくれた。周りの人が手を差し伸べてくれた。だからこんなにも幸せなんだ」


伸ばしても、決して掴まれなかった手。
それに差し出された手。受け入れてくれた手。


「だから、自分もそうありたいと?」
「私は、守ることしかできないよ」


幸せになんてできない、その言葉をフェイトさんは飲み込みます。
幼い手が掴む先を見つけるまで、守り通す。それが自分の役目だと。


「ほんなら、もしもの話」
「うん」
「あたしとか、カリムや、スバル、ティアナ・・・、皆の子供も守ってくれる?」
「当たり前だよ」


大切な親友の、友人の子供。
守らない、手を差し出さない理由なんてない。
まっすぐにこちらを見つめる微笑みに気恥ずかしさを感じながらはやてさんはもう一歩踏み込みます。
前置きは、ここまで。


「ほんなら、なのはちゃんの子供も?」
「なのは、の・・・」
「そう、なのはちゃんの、子供」


最初に差し出された手。その人の、子供。
何よりも大切な人の、子供。
はやてさんの視線を遮るように、フェイトさんは瞼を下します。


「守るよ」
「絶対?」
「うん。なのはの子供は、絶対に幸せにならなくちゃ」
「ヴィヴィオも居るしなぁ」
「ヴィヴィオも、ヴィヴィオの弟や妹も、幸せになるよ。そのために私にできることなら、何だって手助けする」
「そら大サービスやな」
「だって」


上げた瞼。綺麗な紅。


「幸せを他の人にくれるなのはの。その子供が幸せにならないわけ、ないでしょ?」


瞼の裏には、何が映っていたのでしょうか。
フェイトさんの言葉を聞いて、はやてさんは少しだけ視線を逸らします。
それに首を傾げてフェイトさんが見ていると、揺れる肩、漏れる声。


「ふ、ふふ、・・・」
「な、何?」


何だか聞きなれた笑い声に引け腰になるフェイトさんに、はやてさんは顔をあげ、晴れ晴れとした笑顔を向けました。
嫌な予感がフェイトさんを襲います。からかわれる。そう記憶が告げます。


「いやぁ、何もないよー?ただあたしたちの子供、言うた時より力入ってたなぁ思て」
「ぁ。ち、違うよ?はやての子供だって、全力で守るよ?ほんとだよ?はやても、大切な親友だからね?」


焦ることがさらにはやてさんを助長させることは頭でわかっていても、フェイトさんにはどうしようもありませんでした。
上がる口端に余計に焦るしかありません。


「あー、はいはい。わかってるし照れるからそれ以上言わんでええよ。それにうちには屈強の騎士たち居るからフェイトちゃんの手借りんでもだいじょーぶ」
「は、はやて!本当だからね!」
「わーっとるって。ほんま、可愛えなぁ、フェイトちゃん」
「はやて!からかってる!?」
「うん」
「〜〜〜〜ッ!!はやて!!」
「あはは、堪忍やー」


久し振りに二人の笑いに包まれる執務室。
その主の机の隅。資料が映し出された、モニターのさらに隅。
見えないようにフィルターがかけられた一角。
音声通信中の文字が、点滅していました。



























自主訓練という形で飛び立った、ミッドに作られた管理局屋外訓練場。
フェイトさんはゆっくりと空を見上げ、黄昏に染まりかける蒼を眺めていました。


「はやてにはああ言ったけど。私は、守れるかな」
〈...〉
「守ることが、できるかな」


飛翔する無数のスフィア。それは一般局員には考えられないほどの、夥しい数。
フェイトさんの周りに浮かぶプラズマランサーの発射体が、ひとつ、またひとつと増えていきます。


〈Am not I believed?〉私は信じられていませんか?
「ううん、絶対の信頼を置いてる」
〈I am honored.〉光栄です。


発射体の数が四十を超えた頃、フェイトさんはバルディッシュを握り直しました。
小さな金属音と共に、凝縮される魔力。
細い雷光が空気を震わせます。


「バルデッシュ。私は、なのはを、その家族を守れるかな」
〈Isn't it possible?〉不可能だと?
「傍にいれば、絶対に、何があっても守ってみせるよ」


それこそ、自分の身がどうなろうとも。
全てを捧げてでも。


「なのはを、守るよ」


なのはさんが墜ちた時、誰でもなく自分に誓ったこと。
フェイトさんが強くなろうとした理由。


「けど、なのはの隣には、きっと私じゃない人がいるでしょ?」

「ヴィヴィオと、ヴィヴィオの弟妹と、もう一人」


なのはさんに幸せをくれる人が、隣に。


「私は傍にいれない。いることができないと思うんだ」


埋まった空白を歪めてしまうことなんて、幸せを崩してしまうことなんて、したくないから。
でもそれでは傍に居れない。


「それにそんなところに居たら・・・・・・私、上手く笑える自信、ないんだ」


傍に居ても、幸せを崩してしまいかねない。
傍に、居たくない。


「だから、守れるかな、って」


旋回を続けるスフィア。編隊を組むスフィア。死角を狙うスフィア。
じりじりと狭まる包囲網。
雷神の戦斧が瞬きます。


〈Do you assume it?〉決めつけるのですか?


珍しく主の言葉を否定する言葉に、目を丸くすれば。


〈Do you give it up?〉諦めるのですか?

〈Unless because you are not by the side, you can protect it.〉傍に居ないから、守れないと。


咎めるような声。


〈Do not you make an effort?〉努力をしないのですか?

〈She wanted to speak with you, wanted to exist together, and made an effort.〉彼女は、話したくて、一緒に居たくて、努力しました。

〈You know the result than anyone.〉その結果を、誰よりも知っているでしょう。


手を伸ばしてくれたのが、誰だったか。


〈Even if you are separated from her.〉例えどんなに離れていても。

〈Even if there is her next to anyone.〉例え誰が隣に居ても。


例え、どんなことがあろうとも。


〈You want to defend her. Do you differ?〉彼女を守りたい。違いますか?


問いかけは、確認。
フェイトさんの口元が緩みます。


「そうだね」


バルディッシュを構え直し、迸る雷光。
スフィアの動きが止まります。
戦闘前の静の数秒。


「なのはの笑顔、守らなきゃだよね」


夕焼けの紅に負けない紅に、決意。


「幸せに、なってもらわなきゃ」


穿つ雷は全方向に。


「私が隣に居られなくても」


爆雷は、一瞬。


inserted by FC2 system