幸せの道程2

 


フ ェ イ ト

    遺伝子

 最高  の

        魔 法 要素

     生  体実 験

 先天性

  記 憶  転移

          芸 術

 傑   作

     ツクリモノ

   F . A . T . E .




弾かれる様に瞼をあげ、目に映ったのは薄暗い白。
それが自身が今借りている執務室の寝室だと気づき、フェイトさんは無意識に止めていた息を静かに、重く吐き出しました。
仕事のせいだけではない倦怠感を感じる身体を起こし、額に手を当てます。
室内を瞬くように照らす、金色の光。サイドテーブルには雷神の戦斧。


〈Are you all right?〉大丈夫ですか?
「ん、平気」
〈sir...〉
「久しぶりだったから、びっくりしただけだよ」


微笑みを作って向ければ、もう金色が瞬くことはありませんでした。
白いシーツと白い掌に視線を降ろし、一呼吸。


「もう、見ないと思ってたのに」


吐息と共に、声は闇に溶けました。






















「あれ?ヴィヴィオは?」
「司書の皆とご飯食べてくるんだって」
「社会勉強だね」
「迷惑掛けてなきゃいいけど」
「大丈夫だよ」


夕食に誘われたフェイトさんがなのはさんの家にお邪魔すると、ヴィヴィオちゃんの姿は見えませんでした。
久しぶりの二人きりの食事を済ませ、申し訳なさそうなフェイトさんを説き伏せて片付けを終えたなのはさんがソファへと向かいます。視界に映る、どこか小さな子供のような紅い瞳。


「フェイトちゃん、疲れてる?」
「うん?どうして?」
「何か、ぼんやりこっち見てるから」


座るフェイトさんの対面に立ち、ソファに膝をつき少し屈んで額に手を当てるなのはさん。
いつもの、少し低い体温。視線を下げればやはりぼんやりとした、子犬のような、子猫のようなどこか縋るような瞳。


「どうしたの?」
「どうしたんだろう?」
「私は解んないよ」


逆に問い返されて苦笑。
なのはさんの前には海の憧れであるエリート執務官の凛々しい姿はなく、子供っぽい仕草。
それに心臓が早鐘を打ち始めたなのはさんの胸元に少しの重み。
眼下には、金色と、瞼を下した美貌。
頬をすり寄せる様に預けられた頭と、それこそ小さな子供のように裾を握った白い手。
頭に回る血流が激しくなり、なのはさんの意識が一瞬白みました。


「もしかして、甘えてる?」
「・・・・・うん、そうかも・・・」
「っ!」


早鐘は警鐘の如く早く、速く。
それに気付いているのか、いないのか。フェイトさんはなのはさんを見上げます。


「少し、こうしててもいいかな?」
「う、ん」


無意識にフェイトさんの頬に触れたなのはさんの手に己のそれを重ねて。


「ありがと、なのは」


フェイトさんは、甘く微笑みました。

























「結局、言えなかった」


ぽつりと漏れた声。


「自分から離れることなんて、出来なかった。それを話題に出すことさえ、出来なかった」
〈sir...〉
「今を壊すのが怖かった。空席だったあの場所に少しでも長く入り込んでいたかったんだ。ほんと、意地汚いよね」


自分と相棒しかいない執務官室。
主が口にした言葉に、感情をあまり表さないデバイスが珍しく複雑な声を出します。
処理すべき書面が視界に入り、脳で分析し、動く手。
仕事に励む身体と裏腹に心は違うことを想っていました。


「私は臆病者のままだよ、バルディッシュ」


フェイトさんは小さく哂います、自身を嘲る様に。


「母さんの時と同じだ」

「自分から聞けないくせに、明確な拒絶を受けなくちゃどこかで信じてしまう」

「本当は解ってるのに」

「ツクリモノの私が」

「あの場所に居るべきじゃないって」

「もしかしたら。ひょっとして。そんな風に自分の都合のいいように、信じようとする」


今の自分の世界を作る全てを与えてくれた彼女。
今の自分の始まりをくれた彼女。
だからこそ、フェイトさんは思います。


「拒絶される辛さを、知ってるはずなのにね」


かつて自分の全てだった人から言われた時のように。
終わりを、彼女に告げてほしいと。彼女の声で終わらせてほしいと。
最後の書類にサインをして、フェイトさんは椅子に身を凭れます。
見上げるのは天井ではなく、虚空。


「あの時より私も成長したし、せめて、笑顔で別れたいな。なのはとヴィヴィオのためだから」
〈Will you think about it again?〉考え直すつもりはありませんか?


視線は、雷神の戦斧へと。


「二人の未来を邪魔するのは許さない、それが私自身であれば尚更」


紅は、揺るぎません。


〈but...〉
「バルディッシュ」


尚も続けようとしたデバイスに、フェイトさんは微笑みます。
とても綺麗に。とても寂しそうに。


「いつまで続くかわからないけど、今の幸せを享受しちゃ、いけないかな?」


今ある幸せを心にしまって宝物として、先に行けるように。


「せめて、今だけは」


終の時まで心にしまって。






















「もうすっごく可愛いんだよ甘えるなんてほんとに数えるくらいにしかしてくれないのにあの時物凄く可愛くて思わずレイジングハートに記録してもらっちゃったくらいに!!あんな姿私しか知らないと思うと余計に嬉しくてああもう可愛いんだからフェイトちゃん!!」
「落ち着きなさい、色ボケ」


アリサさんはいっそ清々しい笑顔で言い放ちました。
数十分に及ぶなのはさんによる“あの時のフェイトちゃんが如何に可愛かったか”主張が“まあフェイトちゃんいつでも可愛いけどね”主張に変わったあたりでアリサさんの怒号が天を引き裂きました。
その隣ですずかさんは微笑んでいました。
先日のフェイトさんが甘えてきた時、実はなのはさんは上記のようなことを延々と考えていたとは数分後身を離したフェイトさんは知りません。計り知れない葛藤がありました、なのはさんの理性と本能が大戦争です。


「で?」
「ふぇ?」
「惚気話をしにわざわざたまの休暇に里帰りしてさらにあたしんちまで押しかけたの?つーかよくそんなに長々惚気られるわね」
「私もアリサちゃんのことだったら何時間でも惚気られる自信があるよ?」
「そ、そんなこと聞いてないわよ!!」
「さすがすずかちゃん」


変わることのないやり取りがひと段落し、色々と疲れたアリサさんが特大の溜息をつきます。


「で?マジで何しにきたのよ」
「あのね、知恵を授けてもらおうと」
「知恵?悪知恵が働くやつが近くにいるじゃない」
「今回ばかりは協力してくれなそうでして」


苦笑気味に答えたなのはさんに、親友二人の脳裏に浮かぶお調子者の彼女。
何だかんだでとても親友思い、そんな彼女が協力しないとなると、なんなのか。
真剣な蒼に二人が心なしか姿勢を正して息を飲みます。
ややあって、なのはさんが口を開きました。


「フェイトちゃんに私の子供産んでもらいt」
「帰れ」


即答で背を向けて扉へと向かうアリサさん。
それにあわあわ縋るなのはさん。
すずかさんは目を丸くしていました。


「あ、アリサちゃん!私真剣なんだよ!?」
「ええい離せッ!!何で他人の家族計画的な相談に乗らなきゃいけないのよ!!あんた娘もいるんだからそこら辺自重しなさいよ!!」
「だってこんなこと相談できるのアリサちゃん達しかいないもん!!」
「本人に話せばいいでしょ!!」
「それが出来ないんだもん!!」
「このヘタレ!!」


ギャーギャー言い合う二人に、ぽつりとすずかさんは呟きます。


「アリサちゃん、どうやって?とか聞かないんだ・・・」


色々と地球の常識はかすんできているようです。
それともなのはさんだから、で片付いてしまったのでしょうか。


「押し倒しなさい。てっとり早く」
「アリサちゃん、大胆・・・」
「・・・な、何ですずかが赤くなるのよ」
「押し倒せるならあの時してるよ!!」
「力強く言えることじゃないでしょ!!」


それでも相談に乗ってしまうのがアリサさんという人。そしてそれにつきあってくれるのがすずかさんという人です。
マジ主張とツッコミの応酬が繰り広げられ、アリサさんは何度目かわからない溜息。


「・・・・・・あのさ、根本的なこと聞いていい?」
「うん、何?」
「なのはは、その、フェイトとの、子供、欲しいのよね?」
「うん」
「それはヴィヴィオが弟妹欲しいって言ったから?」
「それもあるけど・・・・、前から考えてなかったって言ったら、嘘になる」


二人の子供。愛し合う証。その命が誕生したら、どんなに素晴らしいことか。
ヴィヴィオがいる今、それはあの小さな笑顔がその証であるとなのはさんは思っています。
しかし、その考えが消え去ったとは言えません。


「じゃあ、逆は?」
「え?」


アリサさんの言葉に首を傾げるなのはさんにすずかさんがフォローを入れます。


「フェイトちゃんはなのはちゃんとの・・・、それ以前に、子供を欲しいって思ってるのかな、ってこと」
「フェイトちゃん、が」
「デリケートな話だってのは知ってるわよ、同性同士だし。でもそっちの世界じゃあり得るんでしょ?」
「う、ん」
「なら、フェイトちゃんは自分の子供欲しいって思ってるのかな?」
「フェイトちゃんが、自分の子供を・・・」


フェイトさんに自分との子供を、ということしか考えていなかったなのはさんに不意に投げかけられた不安と疑問。
フェイトさんは、自分との、それ以前に子供が欲しいと思っているのか。


「エリオとキャロだっけ?あの二人もいるし、子供が好きっていうのは重々承知してるわよ」
「でも自分の、ってことになると違うものかもしれないし」
「詳しくは聞いてないけど、フェイトの生まれって、複雑なんでしょ?」


生まれ。育ち。存在理由。
フェイトさん生を受けてから歩いてきた道で背負ったものは、限りなく大きいのです。


「もしかしたら、ってことも、あるかもしれない」


アリサさんの静かな声は、なのはさんの心にどろりと重く沈みました。



















「・・・・・・・しょぼくれてたわね」


なのはさんが帰った後、アリサさんは紅茶片手に言葉を漏らしました。
対面でカップを傾けていたすずかさんが微笑みます。


「心配するなら、あそこまで厳しく言わなきゃよかったのに」
「べ、別に心配なんてしてないわよ。これで少しはおとなしくなるかと思って・・・」


視線を逸らした少し朱に染まった顔に、すずかさんは微笑みを柔らかくしました。


「不安要素を全部取り払って、蟠りなく、話しあってほしかったんでしょ?」
「・・・・・・・・」
「アリサちゃん、優しいから」


すずかさんは全てを解っているようです。
再びカップに口をつけたすずかさんをちらりと窺い、アリサさんは呟きました。


「あたしは、ごちゃごちゃしたことが嫌いなのよ」
「アリサちゃんのそういうところ、私は好きだな」


微笑みと言葉に、朱が赤に染まりました。





















「やー、お疲れさん、フェイトちゃん」
「はやて」


本局でデスクワークを終えたフェイトさんに声を掛けてきたのははやてさんでした。
会議で疲れたらしい彼女はティータイムで何かと疲弊した精神を潤したい、そう言って親友を自身の執務室へと誘いました。


「ああ、聞いたで。また孤児院に寄付したんやて?」
「さすが、耳が早いね」
「今度は何送ったん?」
「んー、運営資金に少しだけと、あとは望遠鏡」
「・・・・・・・・・・・え?あの数全部に?」
「うん」


はやてさんは口を引きつらせました。
フェイトさんが関わる孤児院の数は両手では到底足りません。その数に運営資金を少しだけ≠ニおそらく最新鋭望遠鏡。
自分もさることながら、この執務官の給料、むしろ恩賞とか追加手当はどうなっているのかとはやてさんは考えるのを禁じ得ませんでした。超エリート執務官です。


「・・・・・フェイトちゃんの資産運営が気になるわ」
「私はあんまりお金使うことないから」
「自分のために使わなすぎ。ほんま、よぉやるなぁ」
「あの子たちは、これからもっと幸せになってもらいたいから」
「その気持ちはわかるけどな」


カップを両手で包み込むように持ったフェイトさんはコーヒーの水面を見詰めて微笑みました。見詰めるそれとは裏腹に、その顔は色々な感情が入り混じっています。


「それにしても、フェイトちゃん子供好きやな」
「うん、可愛いよ?」
「子煩悩やね」
「そう言うんじゃないと思うけど・・・、こう、見てて、私はこういうのを守らなきゃなって」
「そか・・・っと、ごめん、ちょおいい?」


会話の途中ではやてさんに着信。どうやらメールのようでそれに視線を流すはやてさんの表情が少し変わったのを、フィルターが掛けられ見えないとはいえ律儀にモニターから視線を離していたフェイトさんは気付きませんでした。
コンソールを叩く音がしばらく響き、それが止まりました。


「お待たせ、悪かったなぁ」
「ううん、いいよ。大丈夫?」
「ああ、ちょっとした報告やったから」


開いたままのモニターを一瞥してけらけら笑うはやてさん。
小さく息を吐いて、また元の話題に戻ります。


「そういえば、小学の頃からフェイトちゃん、子供に好かれてたな」
「そうだっけ?」
「そうやよ」


カフェオレを一口。
お茶請けとして出したクッキーを一つ摘み、はやてさんは口を開きます。


「他人の子でこんなんやから、自分の子やと弩がつくほど過保護になりそうやな」
「自分?」
「まあエリオとキャロもそうやけど・・・、フェイトちゃんの血を分けた、子供」


どこか面白そうな笑み。
その言葉にフェイトさんは目を丸くします。それはどう見ても驚いた、もしくは虚を衝かれたような顔。


「私の?」
「そ。自分の子供なんやからそらもう可愛えやろ」
「そう、なのかな」
「へ?」


返ってきたのは歯切れの悪い、どこか疑問に満ちた声。
はやてさんの目に映る、困ったような笑み。


「よく考えたこと、なかった。自分の子供ことなんて」
「何で?」
「だって、私の子供、だよ?」
「意味わからん」


意外でした。
エリオさんやキャロさんはまだいいとして、ヴィヴィオちゃんという、自分をママ≠ニ呼ぶ少女がいる以上一度はその事を考えたことがあると思っていたはやてさんは再び何故と問います。
やはり、困ったような笑み。


「んー。多分、今から私が言うことにはやて何か言いたいことがあるかもしれないけど、言わないって約束してくれるなら」
「は?どゆこと?」
「いいから、約束。ね?」
「ああ、ええけど・・・」


怪訝な顔で頷くはやてさん。
フェイトさんはコーヒーを一口。語りだします。



私は
私の遺伝子が残ることが怖い

はやても知ってるよね?F.A.T.E.計画
六課の時も、そして今も、仕事をしているとどうしても絡んでくるのがその計画
逮捕した研究者たちのレポートを読むと、大抵私について書かれてる
初作にして最高傑作
最良の実験体
あれを調べれば、完成体が造れる
捕獲の算段まであったよ、幸い実行に移されものは今のところないけど

私は彼らにとったら作品なんだ

私自身が、遺伝子が
そういう人たちにとっては一番魅力的みたいでね
きっとこれを引き継いでしまった子供にも、辛い思いをさせると思う

だから、恐い
きっと、幸せにできない

それに、自分の子供にそんな辛い思いをさせたいって親はいないと思うし
だからね
そんな私と
私の子供が、って人、いないかな



苦笑。
全てを聞き終えたはやてさんの視線はフェイトさんを真っ直ぐ見詰めていました。口は真一文字に引き締め、デスクに乗る手は、拳を作っていました。
三度、困ったような笑み。


「何も言わない。約束だよ?」
「・・・・・・・。わかっとる、けど納得はせぇへん」
「うん・・・」


カップを傾け、それを空にしたフェイトさんは立ち上がります。


「コーヒー、ご馳走様。おいしかった」
「そらあたし作やからな」
「うん。それじゃ、私は行くね?」
「ん。またな、フェイトちゃん」
「またね」


執務室から出て行くフェイトさんを見送り、はやてさんはゆっくりと拳を緩めます。
やりどころのない、遣る瀬無さ、憤り、悔しさ。
視線は手から、開きっぱなしのモニターへ。小さな電子音。


「ってわけや。なのはちゃん」
・・・・・・・・・・・


そこに映るのはなのはさん。
唇を噛み、思い詰めた表情。


「音消しといてよかったわ。叫んでたやろ」
・・・・・・・・・はやてちゃん、フェイトちゃんは
「言わんで」
・・・・・・・


はやてさんはなのはさんの言葉を遮りました。
先ほどのメール、それはなのはさんからのものでした。
フェイトさんが自分の子供についてどう思っているのか。
その文章を見て少しだけ働いた世話焼きな心から、今この場にフェイトさんがいること、秘密で音声通信を開くこと、本心を聞きだしてみること、静かにしていること、諸々をメールで送り回線を開いたのです。


「あたしからは何も言わん。約束したしな」
・・・・・・・・・・私は
「あの話はあたしとフェイトちゃんの間で行われた。解っとるな?」
・・・・・、うん
「さよか。じゃ、切るで」
うん、ありがとう、はやてちゃん
「何も。ほなな」


モニターと、無理やり作った笑顔が消えます。
どさりと椅子に背を預け、はやてさんは腕で顔を覆います。


「あかん・・・、これは、あかんわー・・・・・」


重く、微かな声が部屋に落ちました。
























「やっぱり、振りきれてないんだ・・・」


リビングの天窓から覗く月。
あの人の魔力光を思わせる惑星を見詰めて、なのはさんはどこか虚ろに呟きました。
ママの様子がおかしい、と心配する娘をやっと眠らせて見上げた夜空。


「あんなこと、言わないでよ」


届くことのない言葉。聞こえるはずがない言葉。
それでも言わずにはいられません。


「あんな優しい声で、はっきりした言葉で・・・・、言わないで」


歪んだ円。
それが何に対してかはなのはさんも解りませんでした。
ただ解るのは、頬を伝うものは行き所をなくした感情だということ。


「絶対、困った笑顔で、寂しそうな瞳で、言ってたんでしょ」


誰よりも近くで。誰よりも長く。
見てきたからこそ、安易に思い浮かぶ表情。


「私は、フェイトちゃんの手を取るために、フェイトちゃんの名前を呼ぶために」


伸ばした手は、遥か遠くの金色に。


「この力を手に入れたんだよ?」


唯一人を守りたいと、守るためならこの場限りの力でもいいと、手にした紅玉。
桜色が雪のようにひらりと舞い落ちます。
ひらり、ひらり。
桜色に透けて見える、金色。
虚無に取り囲まれた、孤独。


「フェイトちゃんじゃなきゃ、嫌なのに」


届かない手。


「何で、そういうこと、言うかなぁ、もう・・・・っ」


あの人の根本にある、自己犠牲。
なのはさんはその理由を今更になって解ってしまったのです。
前線に立つ、理由。
求めるものが眼前にあれば、周りはどうでもいい。
一番の獲物が目の前にあれば、周りのものなど相手にしなくてもいい。
つまり、そういうことなのです。


「まま?」


小さな声に素早く頬と目尻をぬぐい、なのはさんは笑顔を繕い振り向きます。
リビングの出入り口には、夢現なヴィヴィオちゃん。
しかしなのはさんの様子がやはりいつもと違うことを感じ取ったのでしょう。駆け寄ってきたヴィヴィオちゃんの心配気な瞳がなのはさんを見上げます。


「どうしたの?どこか痛いの?」
「ううん、大丈夫だよ」


安心させるように微笑みと共に発した言葉は。


「大丈夫じゃない」


打ち砕かれました。
予想だにしないことに固まるなのはさんにヴィヴィオちゃんは言います。


「フェイトママが言ってたよ。こういう時のなのはママの大丈夫は、口癖だって」


小さな手が、なのはさんのそれに重なります。


「心配されると、絶対出ちゃう口癖だって」


見上げてくる表情が、あの人を彷彿とさせました。
この少女は、あの人の娘でもあるのです。


「ヴィヴィオ・・・・。ママね、大切なものがあるの」
「大切なもの?」
「うん。ヴィヴィオと同じくらい、すっごく大切なもの」
「それがどうしたの?」


気付けば、なのはさんは言葉を紡いでいました。


「あのね、その大切なものが、暗い所から出てきてくれないんだ」
「おいで、って出してあげれないの?」
「手が、届かないの」


近くにはいるけれど、届かないものに。
遥か遠くに、絶対に届くことのないものに。


「ママだと、明るい所に連れて行けるかわからないの」


今まで、ずっと語りかけてきたこと。
何度となく繰り返してきました。
根本、それを直そうと、なのはさんは何度も語りかけました。
それこそ、再び出会ったあの頃から、ずっと。
その成果は、今の実情。
じっとなのはさんの言葉を聞いていたヴィヴィオちゃんが、口を開きました。


























「子供、か・・・」


フェイトさんは夜空を見上げていました。
月の光。星の輝き。飲み込む虚無。
明かりを落とした執務室。ここに居るのは自分とデバイスだけ。


「バルディッシュはどう思う?」
〈What meaning is it?〉と、仰りますと?
「私は、自分の子供を幸せに出来ると思う?」
〈Judging from the experience of the past. I think that it is very possible to take care of a child.〉今までの経験から、育児は十分可能かと。
「そう、かな」
〈Yes.〉


問いの本質とは違った、求めた答えとは違う言葉にフェイトさんは苦笑。
しかし解っていました。主人の問いの本当の意味をデバイスが解っていて、あえてそう答えたということを。
誰よりも、何よりも、全て自分のために動いてくれるデバイス。


「私はこの身体を恨んだことは・・・ない、とは言い切れないけど」


掌を見詰めます。
皮膚の下を流れる、紅。


「ああいう形で造られた・・・生まれたから、今の私がいるわけだし」


姉と同じ、姉と違う、紅。
姉であり、姉でない、妹であり、妹でない。


「今の私だからこそ、皆を守れるから」


握る拳。
薄闇を細く走る雷光。


「でもね」


断続的に放たれる小さな光。
不規則な直線を描き、闇に溶け。描き、溶け。


「戦えるのは、私だから。魔力要素を受け継いだ私だからできるんだ」



窺うような呼び声にフェイトさんは微笑みます。
辛く、悲しそうに。


「もし、一人になった時、私は私の身を守れるけど」

「私の子供がこの力を持ってるとは限らないでしょ?」


ひと際強く、光が瞬きました。


「最高傑作の遺伝子。魔力要素なし。・・・・ある意味、抵抗が少ない、好い研究材料だよね」


瞬間的で強いその光に眼が焼けて、フェイトさんの視界を闇が覆います。
あるのは、虚無。


「ほら、幸せにできない可能性がまた高くなった」


それを上塗りする様に、フェイトさんは瞼をおろしました。


「私が新しい命を腕に抱くなんてこと、許されないんだよ」


 
 
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