幸せの道程1



機動六課が解散する少し前のことです。
寝室でフェイトさんの膝に乗っかったヴィヴィオちゃんが首を傾げていました。


「ヴィヴィオ、解ったかな?」
「ヴィヴィオのママは、なのはママ?」
「うん、そうだよ」
「フェイトママは違うの?」
「フェイトママもヴィヴィオがママでいても良いって思ってくれるなら、ママでいるよ」
「フェイトママはヴィヴィオのママだよ!!」
「ありがとう、ヴィヴィオ」


ちょっとむっとして反論するヴィヴィオちゃんに本当に嬉しそうに御礼を言うフェイトさん。
どうやらヴィヴィオちゃんには少し難しい話をしているようで、フェイトさんは再びゆっくり言い聞かせるように口を開きます。


「でもね、ヴィヴィオのママは、なのはママになるんだよ」
「ぅー?」
「ヴィヴィオが・・・、お母さんの名前を書いてください、って言われたら書くのは、なのはママの名前」
「フェイトママは?」
「フェイトママの名前は、んー・・・、違うところに書くかな」
「???」
「よく解んない?」
「解んない」
「そっか。少しずつ解ってくるから、大丈夫」


どうやらヴィヴィオちゃんの身元引取り、つまりなのはさんの本当の娘になる・・・と言うことについてのお話だったようです。疑問符を大量に浮かべたヴィヴィオちゃんにフェイトさんは苦笑します。
しばらくうんうん唸っていたヴィヴィオちゃんがばっと顔を上げました。それにつられて左右に結われた髪がぴょこんと揺れます。
閃いた!!って顔でヴィヴィオちゃんはフェイトさんの手をぎゅうっと握りました。それに今度はこちらが首を傾げるフェイトさん。


「じゃあフェイトママ!」
「うん?」
「なのはママがヴィヴィオのママなら!!」
「なら?」


それこそ、これっきゃねぇ!みたいないい笑顔でヴィヴィオちゃんは言いました。


「フェイトママは、ヴィヴィオの弟か妹のママになればいいんだよ!!」


ぱちくり。
その言葉に目を丸くしたフェイトさん。
鸚鵡返しのように繰り返します。


「私が、ヴィヴィオの弟か妹の、ママ?」
「うん!それならいいでしょ!!」


何がどういいのかとかはよくわかりませんが、一人大満足気なヴィヴィオちゃんを見てフェイトさんはまあいっか、と微笑みました。


「そうなったら、良いかもね」
「絶対そうなるの!!」
「絶対か・・・、どうかなぁ」
「絶対!!」


そんな二人の会話を扉の向こう側で聞いていた人物が、一人。
その人はコーヒーとキャラメルミルクが乗ったお盆をぷるっぷる震わせながら佇んでいました。


「・・・・・・・・・・フェイトちゃんが、ヴィヴィオの弟か妹のママ。ヴィヴィオの親は私。・・・・・・・・・・・つまり・・・・・ッ!!」


くわっと見開かれた蒼は色んな意味で全力全開でした。
数時間後。
解散に向けて積み重なる書類を感慨深くも処理していた機動六課部隊長のはやてさんの執務室に、とてつもなく真顔で相談があるとやってきたのはエースオブエースである親友。
プライベートで見たことがないってくらいの雰囲気に、はやてさんは押している仕事を中断して部屋に親友を招きいれます。
はやてさんの真面目な視線の先、開口一番、エースオブエースはぶっちゃけます。


「フェイトちゃんに私の子供生んでもらうにはどうしたらいいのかな?」
「さっさと仕事戻り」


部隊長は、書類に視線を戻して即答しました。












































ガッと握り拳を掲げてなのはさんが言います。


「フェイトちゃんとの子供を!」
「ほー、よぉ言うわ。小学生の時にはもうその恋心に気付いていながら中三まで悶々としてた人が」
「・・・・・」
「決意してからは迅速って言うかもう強行って言うかなんに・・・。今迅速に行動してもらっても困るけど、フェイトちゃんが心配で」


何も言葉が返せないその人にはやてさんは目もくれず書類処理を続行。ちなみにその強行≠ニ言われる手段についてはフェイトさんが一番よく知っていたりします。なのはさんに聞いても微笑むだけです、きっと。


「で。なんでんな突拍子もない考えが?」
「ヴィヴィオの弟妹のママ=フェイトちゃんになるんだよ」
「あたしが悪かった、その方程式が生まれるきっかけの出来事をちゃんと話してくれへんか」
「あのね―――」


全てを聞き終わったはやてさんは頭を抱えていました。


「ヴィヴィオ・・・、解るんやけど・・・言いたいことはむっちゃ解るんやけど、その言い方は拙かった・・・。このおかーさんには拙かったで・・・」


あの無邪気に全力全開な良くも悪くも母親に似ている少女を思い浮かべるはやてさん。かくして対面に物凄く真顔のその母親がいるというわけです。


「だからね、はやてちゃん。フェイトちゃんに私の子供を」
「あー、はいはい、知らんがな」
「産んでもらうにはどうしたらいいかな?」
「聞け」


ひらひら手を振って流そうとしましたがそれを逆に流されて、思わずこっちが真顔で言ってしまったはやてさん。もう無視という選択肢はないようでした。
諦めたのか書類を机に置き、思いっきり溜息を吐きだして椅子に凭れるはやてさんはなのはさんを見やります。


「フェイトちゃんの意思もあるやろ」
「そうだね。フェイトちゃんは男の子がいいかな、女の子がいいかな、私はどっちでもいいけど」
「アリサちゃん呼びたなってきたわ」


はやてさんは遠い目で自分とは違う意味での空気クラッシャーに助けを求めていました。時空を超えて今届け、この思い。
しかし悲しいかな、召喚魔法は覚えていないというか、そもそも召喚獣ではない彼女を喚び出すことなど不可能なのです。己一人でどうにかするしかありません。


「ここは地球やないんやからミッドの技術と魔法使えばどうにでもなると違うん?たしかそういう制度あったやろ?」
「でもそれだと申請とか審査とか検査とかいるじゃない?」
「知っとるんかい」


もうイラッとしてきてもいいかもしれません。
普通にその願望成就の方法を知っていたなのはさん。一応調べたみたいですね。


「しかもそれ、二人で色々書類書いたりしなきゃでしょ?」
「そら二人に関係するもんやし」


二人の子供なんやから、と続けようとしたはやてさんがはたと気付きました。もしかして、いやしかし、でも。数秒巡った考えを結局口にすることにします。


「・・・・・・。まさかとは思うけど、なのはちゃん」
「ん?」


首を傾げる親友に、問い。


「フェイトちゃんにその審査とか一緒に受けよって言えへんのか」
「・・・・・・・・・・」


返ってきたのは無言。さらに、追いうち。


「それ以前に子供欲しいとか、言えへんのか」
「・・・・・・・・・・・・・」


またしても返ってきたのは無言でした。
はやてさんの頭の中に結論が導き出されました。思いっきり息を吸い込んで言い放ちます。


「このヘタレ!!いつものある種間違った意味も込めた潔さはどうした!!」
「違うもん!!だってフェイトちゃんだよ!?あの時空記念物級の天然純真鈍感フェイトちゃんだよ!?言えるわけないじゃない!!」


それに負けじと反論するっていうか言い訳するなのはさん。
図星すぎました。しかも若干逆ギレしていました。なんて大人げない。


「むしろ何て言えばいいの!?直球!?それとも変化球!?私の子供を産んでくださいとか!?」
「んなの知るか!!っつーか言っとるやん!!もうそれでええやろ!!言うたったらええねん!!」


ぎゃーぎゃー言い合う二人。
この部隊長室が完全防音なのが唯一の幸いでしょう。他の隊員に聞かれたら大問題です。しかし何故でしょうか、噂になったとしてもフェイトさんの耳には届かなそうな気がしてなりません。
しばらく言い合いが続き、なのはさんが行動に出られない最大の理由が判明します。


「はやてちゃんだったら言えるっていうの!?言ったら言ったで私とお話だけど!!」
「ちょ、さり気なく脅すな!!もちろんあたしだったら!!」
「はやてちゃんだったら?」
「言って・・・・・言え・・・・・・・、・・・・・・・、言えへんわぁー・・・・」
「ほら!!」


がっくり項垂れるはやてさんとそれを勝ち誇った顔で見るなのはさん。
おそらくあの純粋と書いてピュアと読む無防備な微笑みを向けられたら色んな呵責が起こってどうしようもないでしょう。長年なのはさんを撃墜してきた微笑みはその攻撃力をあげてきました。追加効果は戦闘意欲消滅です。
と、いうわけで。


「とにかく、何か方法を探さないと。はやてちゃんも手伝ってね?」
「あたしを巻き込むな!!」


なのはさんの頑張りが始まったのです。




















「え?閲覧申請?」
「うん」


あの部隊長室でのやり取りが行われた数カ月後。
六課が解散し、なのはさんは無限書庫に訪れていました。目の前には疑問符を浮かべる司書長。


「いつまで?」
「にゃはは・・・わかんない」


なのはさんが目を付けたのは古代文明の利器、ロストロギア。
局に保管されている数知れぬそれの中にもしかしたらその類のがあるんじゃないかと踏んだのです。しかしロストロギア関係の資料は簡単に閲覧できるのは保管IDだけでその上に詳細資料はそれなりのプロテクトがかかっているという始末。
と、いうわけでフェイトさんが六課解散後初の長期航行に行っている今。
なのはさんはどうやら大いなる野望、むしろ願望、いやもうこの際欲望を実現すべくその方法を見つけ出そうとこの知識の宝庫にやってきたというわけです。
そこで頼りになるのがこの魔法の師。しかしユーノさんは苦笑を浮かべていました。


「何かの任務で調べ物、とかだったら期間パスを渡せるんだけど・・・・私用、プライベートだよね?」
「そうだよ」
「それだと僕じゃなくても、毎回司書に閲覧許可を得てから調べ物しないとなんだ」


なのはさんは考えました。
さすがに通い詰めることになると司書から首を傾げられるかも知れません。ユーノさんは幼馴染と言う間柄から事情を話せばきっと融通はしてくれるでしょう。
しかしながら。
まさか、ちょっとフェイトちゃんに私の子供産んでもらいたいからその方法について調べたいんだよねあはははは、とか言えるわけがありません。プライベートもプライベート、かなりディープなプライベートすぎます。
なのはさんは悩みます。
幾多もの戦場を駆け抜けたその聡明な頭脳が導き出した答えとは。


「ヴィヴィオ!!」
「何?なのはママ」


学校から帰ってきた娘に輝かしい笑顔を向けるなのはさん。
対してヴィヴィオちゃんは首を可愛らしく傾げていました。


「ヴィヴィオ、本好きだよね?」
「うん!!本読むの大好きだよ!!」


そう、フェイトさんが色んな本を読んでくれたことも相まって、ヴィヴィオちゃんは本が大好き。
にぱーっと笑う娘に母親はニコーっと笑い返して言い放ちます。


「じゃあ、司書になろうか」


大いなる以下略に向かっての第一歩を。


「ししょ?」
「無限書庫の司書になれば無限書庫に自由に出入りできるし、今まで以上に色んな本を読めるよ?」
「ほんと!?なる!ヴィヴィオ、司書になりたい!!」


こうして元々無限書庫の常連であり本好きのヴィヴィオちゃんが司書になることはさほど難しいことではなく、果たして無限書庫司書の肩書を娘は手に入れました。
なのはさんの計画は、動き始めるのです。















「何しとんねん、あの色ボケ・・・」


はやてさんがここ最近のなのはさんの行動を聞き及んで漏らした言葉はこんなでした。
最近の局内での噂。
曰く。
最近の高町教導官は無限書庫に通っているらしい。
娘が司書ということもありますが、果たしてそれだけでしょうか。司書長と昔馴染みということもあり、囁かれる噂はないわけがありません。さて、教導官の考えは、如何に。


「娘まで使って何しとんねん、あのヘタレ・・・ヘタレッ!!」


はやてさんは二回言いました。大切なことなのですね。


「大方、ヴィヴィオに閲覧許可がっつりもらってしかもユーノ君に教えてもらった検索魔法をちゃっかり駆使してロストロギア関連調べとるんやろな・・・」


完璧な模範回答でした。さすがはやてさんです。
六課が解散して早一年。
なのはさんの下調べは続いていました。ナイス根性です。どうしようもなく回り道な気もしなくはないですがナイス根性です。


「・・・・・・あかん、何や無駄な体力使った・・・」


どさりと背を椅子に預けて項垂れていると、通信許可申請の文字。
どうやら誰かが連絡してきたようです。


おぅ。・・・何でぇんな辛気臭い顔してよ
「ししょーやないですかー」
しゃきっとしろ
「いまはむりですー」


間延びした声を発する弟子にゲンヤさんは溜息を漏らします。
とにかく、とゲンヤさんは要件を伝えた後、思い出したように話し始めます。


そういやこの前ギンガがハラオウンのお嬢に会ったって言ってたぜ
「フェイトちゃんに?」
保護した子供を施設に預けに来て、すぐに艦隊にとんぼ返りだったらしいんだがな
「ああ、フェイトちゃんらしいわ」


保護した子供を施設に預けるのは執務官自ら行かなくても、他の局員にさせればいいこと。しかしそれをよしとしないのがフェイトさんです。
きっと子供に懐かれてしまったということも理由の一つでしょうが。


お嬢が帰る時には子供がピーピー泣いて大変だったんだと
「フェイトちゃん子供に好かれるからしゃーないですよ」
ハラオウンの大将の子供たちもお嬢のこと大好きなんだろ?
「ええ、そらもう」


フェイトさんに接触した子供がその微笑みと優しさに撃墜される確率は物凄く高いのは事実。
子供と言えば、ゲンヤさんは笑います。


この前高町の小せぇお嬢が通信してきてよ
「ヴィヴィオが?」
陛下って呼ぶの止めさせてください!って
「ああ、おとーさんは大変ですねー」
俺に言ってもあんまり意味ねぇと思うんだがな。諦めねぇで本人たちに何度も抗議してるんだと
「そら、あのなのはちゃんの娘ですから」


諦めない。やると決めたらやる。
その名を冠したデバイスと共に空を駆るなのはさん。


きっと、高町のお嬢に育てられるとってーか、お嬢の子供は不屈の心になっちまうんだろうな。小せぇお嬢も現にそうだしよ
「・・・・・・・・・・。ママに似ることを切に願います」


妙に影を落とした顔で沈黙したはやてさんにゲンヤさんは首を傾げます。


不屈の心×3になっちまうぜ?
「違います、なのはちゃんに似たらあかんのです」
あん?母親似じゃなくて父親似ってことか?
「違います!」
・・・・・。高町のお嬢に似たらダメなんだよな?
「そうです」
じゃあ父親似じゃn
「あかんのです!パパ似じゃ!!」
意味わかんねぇよ!!
「ママ似やないとあたしは認めんでーッ!!」


握り拳で宣言。
何だかんだでなのはさんの考えに浸食されているはやてさんなのでした。























「フェイトさんっ」
「ギンガ?」


長期航行の中間報告として本局に来ていたフェイトさんに駆け寄ってきたのはギンガさんでした。久しぶりの憧れの人に少し頬を染めるギンガさんに微笑むフェイトさん。さすが天性スキル持ちです、色々気付きません。


「久し振りだね」
「はいっ、お久し振りです」


立ち話も何だし、ということでフェイトさんの出立の時間までカフェへ赴いた二人。
世間話や近況報告をしているうちに、流れは何やら妙な方向へと。


「あ、ギンガ、聞きたいことがあったんだ」
「何ですか?」
「ほら、スバルって救助隊でしょ?」
「はい、そうですけど・・・」
「その救助隊の人のこと、知ってる?」
「それなりには・・・、名前、教えていただけますか?」


フェイトさんが告げたのは救助隊でも階級が高い人物。
しかしギンガさんが知っているのはスバルさんと親しい人ばかりだったため、詳しいことは解りませんでした。


「申し訳ありません・・・」
「ううん、気にしないで。急に聞いてごめんね」
「えと、その人がどうしたんですか?」
「あ、うん、あのね」


手元のコーヒーをかき混ぜながら、何でもない様にフェイトさんが言いました。


「何処かの現場で会ったことがあるのか、最近食事に誘われてどうしようかと思ってて」

カシャン


金属が落ちる音にフェイトさんが目を丸くして音の出所を見れば、そこにはギンガさんのスプーン。さらに上に視線を巡らせると驚愕した顔。


「え?ふぇ、フェイトさん?」
「どうしたの?」
「食事に誘われた?その人に?」
「う、うん。結構何度も誘ってくるからどうしようかt」
「断るべきです!!」
「ぎ、ギンガ声大きいよっ」
「あ、す、すみません」


立ち上がりドバンとテーブルを叩いて抗議したギンガさんに集まる視線。
窘められ、赤面してしゅんと席に収まるギンガさんに苦笑して、フェイトさんはコーヒーを一口。


「でも、そうだね・・・、断ろうかな」
「それがいいですっ」
「ふふ、何かシャーリーとティアナみたいだね」
「え?」


首を傾げるギンガさんにフェイトさんは懐かしむように言います。


「ティアナが私の補佐官をしてる時にね、これと同じようなこと何気なく言ったらシャーリーと一緒に猛反対されたんだ」
「ティアナちゃんとシャーリーさんが・・・」
「うん。・・・・・・・・、そういえばそれ以来食事とかの誘いが少なくなった気がする。ティアナが補佐官を抜けてから増えてきたけど」


何でだろ、と思案顔のフェイトさん。
しかしギンガさんは何となく察していました。シャーリーさんとティアナさんの背後にいる人物の姿を。そしてその人が二人にちょっとした頼みごとをしていたであろうことを。


「・・・・・・、フェイトさん」
「うん?」
「つかぬことを聞きますが、他にお誘いを受けた方の名前って解ります?」
「ああ、えっとね・・・」


次々と並べられる名前。
男女問わず、階級も疎ら、その人数たるや両手では足りるわけがありません。
その名前たちを密かにギンガさんがチェックしているしていることなどフェイトさんが気付くわけがありません。


「―――と。・・・・うん、こんな感じかな」
「ず、ずいぶん多いですね?」
「そうかな、一時期よりは減ったけど」
「一時期?」
「うん、六課が解散されて航行部隊に戻った時が一番すごかったかも」
「・・・・・・・・・」


その理由も察してしまったギンガさんの目は若干遠いものでした。
そんなこんなで時間はすぎ、航行へと戻っていくフェイトさんを見送ったギンガさんは先ほど纏めたリストをメールに添付していました。


「えっと、・・・」


題名は、お話。
送信先の相手は、ヘタレと言われているくせに一部のことにはいつでも全力全開です。























「ふ、ふふふふふふ・・・・」


明かりの落とされた誰もいない自室。
そこで顔を伏せて笑いを洩らす人物がいました。
眼前、組まれた手越しには幾重にも重ねられたモニターたち。
そこを彩る詳細資料、過去事例、画像、保管場所、許可申請方法、・・・。
モニターの冷たい光が照らしだすのは影が浮かび上げる弧を描いた唇。
ゆっくりと、その人物が顔を起しまします。


「見つけた」


蒼が鋭く輝いていました。


「・・・・・・・・・・・、これからどうしよう」


そして机にぺしゃっと崩れ落ちました。
このヘタレ。

























「フェイトママっ」
「ヴィヴィオ」
「とぉッ!!」
「ぅわっ、と」


本局から出てきたフェイトさんにダイビングハグをしてきたのはとても嬉しそうなヴィヴィオちゃんでした。
長期航行からフェイトさんが帰ってきたのは一昨日。諸々の報告を終えたのが今日。そして高町親子からの熱烈な招待を受けたのは帰還する一週間前。
やっと仕事が終わったことをメールで告げると、外で待ってると返信がきてフェイトさんが慌てたのが5分前。
しばらく見ないうちに少し大きくなったヴィヴィオちゃんを抱きしめつつ、視線を上げるとそこには娘に負けず劣らず嬉しそうな、でもどこかつまらなそうななのはさん。
フェイトさんの顔が優しく緩みます。


「久し振り、なのは」
「うん、フェイトちゃんも」


ヴィヴィオちゃんを腕から下ろして近づいたフェイトさんの手にそっと触れ、なのはさんは微笑みを見上げます。


「怪我してない?」
「うん」
「ちゃんと寝てた?」
「うん」
「ちゃんとご飯食べてた?」
「うん」
「変な人に声かけられなかった?」
「う、ん?」


なのはさんの質問にフェイトさんの微笑みが少し困ったものに変わり、小首を傾げます。意味をよく理解できないようです。しかしなのはさんは止まりません。


「保護した人から熱烈なお礼の手紙とか来なかった?航行中に妙な熱視線を感じなかった?しつこく食事とかに誘ってくる人いなかった?あまつさえ交際を申し込んでくる人とか居なかった?私とはやてちゃん以外に酔ってる姿見

せなかった?寝起きとかシャーリー以外に見せてない?あとあと・・・っ」
「な、なのはストップ」
「で、でも、あぅぅー・・・」
「だ、大丈夫だったから、特に問題に感じることもなかったから」
「ほんと?」
「うん、ほんと」


実はフェイトさん、後者二つ以外は全てあったのですがそれを言うとまたなのはさんがタイヘンなことになりそうなのであえて黙っていました。あくまでフェイトさん主観で特に問題がなかった≠です。


「私はいいから。なのはは、無茶してない?」
「してないよ」
「・・・・・・・。ヴィヴィオ、ほんと?」
「たぶん!!」
「・・・・・・・・」
「してないよ!!」


ヴィヴィオちゃんの力いっぱいの曖昧さに、心配気に眉を下げたフェイトさんになのはさんも力いっぱい否定します。
久しぶりのなのはさんの家。久しぶりのお泊まり。
楽しい時間が過ぎ、第*次フェイトちゃん(フェイトママ)とのお風呂争奪戦(母娘によるジャンケン)が開催され勝利を勝ち取った娘が勝鬨を上げていた様子を思い出していたフェイトさんが苦笑していました。
湯船の中。
お気に入りの入浴剤と久しぶりのフェイトママにご機嫌なヴィヴィオちゃん。弾む会話。


「司書のお仕事は楽しい?」
「うんっ」
「ヴィヴィオは本が好きだね」
「うんっ!でもなのはママも、本、好きになったみたい」
「なのはママが?」


親友の一人ならともかく、なのはさんが読書を好むというのはフェイトさんにとっては初耳でした。首を傾げるとヴィヴィオちゃんは続けてくれます。


「最近は来ないけどね、ヴィヴィオが司書になった頃からずっと書庫に来てたんだよ」
「ずっと?」
「うん、時間があるといっつもきてた。ユーノさんも驚いてたよ」
「そっかユーノも・・・」


そのことを聞いてフェイトさんに忘れかけていた、・・・・忘れていたかった噂話が蘇ります。
高町教導官が足繁く無限書庫に通っている。誰かに会いに行っているのではないか。
たかが噂、されど噂。
書庫に行っていることは、事実。


「フェイトママ?」
「うん?」
「困った顔してるよ?お仕事のこと?」
「何でもないよ、大丈夫」


ヴィヴィオちゃんの言葉にフェイトさんは微笑みを作り上げます。
アップに纏めていた髪の直してあげながら、フェイトさんはヴィヴィオちゃんに問いかけました。


「ヴィヴィオ、六課にまだ居た頃、弟妹欲しいって言ってたよね」
「うん!!」
「いつかはちょっとわからないけど。出来るかも、しれないね」


きらめきを増すオッドアイ。
水飛沫を立てて身を乗り出したヴィヴィオちゃん。


「ほんと!?」
「うん。きっと、ね」


きゃーっとはしゃぐなのはさんの娘を優しさに満ちた紅で見詰めてから、フェイトさんは瞼を下します。


(なのはの、子供、か)


瞼の裏に、なのはさんの笑顔が写りました。
フェイトさんが誰よりも、自分よりも幸せを願う人。


「フェイトママ」


瞼をあげれば、彼女が幸せにすると約束した子供。
彼女の娘になった子供。


「私、いいお姉ちゃんになれるかな?」
「うん、ヴィヴィオがお姉ちゃんなら、弟妹も嬉しいだろうね」


彼女の娘なら。彼女の子供なら。


「ヴィヴィオも、ヴィヴィオの弟妹も」


フェイトさんは思います。


「絶対幸せになれるよ」


フェイトさんは、想います。
だから、私はその幸せを邪魔しない。
自分が居座る、二人に幸せをくれる人の場所を、空けなくては。


「なのはママの、子供だから」


笑顔の裏に、その想いを隠して。





















「なのはママ」
「ん?」
「私、弟妹欲しい」
「あ、ヴィヴィオー、このケーキ屋さん今度いこっかー」
「ママ」
「・・・・・・・」
「ママ!!」
「はーい」


観念して娘に向きなおったなのはさん。
真剣にして笑顔のヴィヴィオちゃんに諭すように言います。


「あのね、ヴィヴィオ、そういうのはなのはママだけに言ってもどうしようもないんだ」
「シャマル先生がなのはママに言えばいいかもって言ってたもん!」
「その根拠は何ですか・・・シャマル先生」


なのはさんは遠い目でいつも色々と楽しそうな白衣の人を思い浮かべます。
しばらくして溜息をつき、なのはさんは問いかけました。


「・・・・んー、じゃあヴィヴィオは妹と弟、どっちがほしい?」
「どっちも!!」
「・・・・。一度には無理かなー」


即答に苦笑い。
するとヴィヴィオちゃんは胸を張って言い放ちます。


「双子が生まれればいいんだよ!!」


もう何かそれ以外あり得ないとでも言うような感じでした。きっとヴィヴィオちゃんの未来予想には間違いなく組み込まれているのでしょう。


「双子かー・・・」
「大丈夫!なのはママならそのくらいの甲斐性は余裕であるってシャマル先生言ってた!」
「また貴女ですかシャマル先生・・・」
「そうすれば弟も妹もできるもん!」
「そうだねー、そうなったらいいねー」


なのはさんは娘の言葉を何とかかわすことで精いっぱいでした。
とりあえず、医務局に抗議に行こうと心に決めながら。

















「・・・・・・・、で?抗議の後に何であたしのとこにくるん?」
「何となく」
「何となくでそんな願望に充ち溢れた話題を提供されても迷惑や」
「はやてちゃん、酷い」
「あー。はいはい。・・・・それにしても弟と妹ねー・・・・」
「私はどっちでもいいんだけど」
「へいへい。・・・・まあ女の子なら美人さんやろ、遺伝子的に」
「どっちに似るのかな」
「なのはちゃん、想像してみ?」
「え?」
「フェイトちゃん似の男の子が生まれたらどうなるか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「周りの女の子たち修羅場やなー」


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