アフター6

 


「ただいま」

ここ数年は長くても一週間の航行任務しかなかったフェイトさんが久し振りの二週間の任務を終えて、自宅に戻ったのは夕方。家族が全員揃っている時間帯でした。
フェイトさんの帰宅の声に反応したのは幼い声の二重奏と軽い足音の追いかけっこ。リビングから駆けてきたのは小さな双子。

『おかえりなさい!!!』

その姿にフェイトさんが表情を緩めると、先に飛びついてきたのは栗色の髪を持つ女の子。

「おかえりなさい、フェイトママ!」
「ただいま、ことは」

嬉しそうにしがみついてくることはちゃんを抱き締め返して、片割と一緒に駆け寄ってきた金色の髪を持つ男の子、ライ君に視線を向けます。
ライ君はフェイトさんと、そして妹を見て、自分の服の裾をぎゅっと掴んでいました。しかしフェイトさんと目が合うと、満面の笑みを浮かべてくれます。

「おかえりなさい、フェイトママっ」
「うん、ライも、ただいま」

自分と同じ色の髪をそっと撫でて、フェイトさんは双子に微笑みかけます。ああ、帰ってきたんだ。その実感が身体を満たし、笑顔が疲れを溶かしてくれているような感覚。
そんな幸せを感じていたフェイトさんにふと疑問。足りない、と。何かが、とても大切で、とても当たり前な事態というか、事柄が欠けているのです。
ことはちゃんを腕からおろし、ライ君の隣に立たせて、フェイトさんは首を傾けます。

「パパたちは?」
『パパをお姉ちゃんが捕まえてる』
「え?」

返答に、さらに首を傾けました。









「放してヴィヴィオ!!フェイトちゃんが!フェイトちゃんが帰ってきたの!!」
「だーかーらー!最初は子供に譲りなさいって言ってるの!!私の弟と妹に!!!」
「私のフェイトちゃんが二週間ぶりに!!!」
「自重してよ!三児の親でしょ!?私のママでしょ!?」
「自重って何!?」
「っていうか何カ月も居ない時もあったでしょ!?」
「耐えられない!もうそんなの耐えられない!!」
「あーもー!!!!」

リビングは壮絶な状態でした。
なんとしても玄関に向かおうとする人と、それを羽交い絞めにして抑えつける人。
前者、なのはさん。後者、ヴィヴィオちゃん。紛れもなく親子の姿でした。
何をしてるんだこの二人は。なんて問いは二人をよく知る人たちからは聞こえません。ああ、またか。こんな呆れの混じる感想が漏れる程度です。

(ぅわー・・・・)

その光景を見たフェイトさんもまた、言いようのない胸中でした。
足元にくっつく双子の、ね?そうでしょ?みたいな視線に苦笑いを返すしかありません。一呼吸置いた後、フェイトさんは騒ぎの中心へと声を掛けます。

「た、ただいま」
「フェイトちゃん!!」

フェイトさんがすぐそこに来ていることにさっぱり気付かなかった二人は一瞬の制止の後、先に再起動したなのはさんがヴィヴィオちゃんの拘束を離脱。すぐさまフェイトさんに抱きつきます。それがわかっていたのかフェイトさんは危なげなくなのはさんを受け止めて、苦しいくらいの抱擁を受け取っていました。

「ただいま、なのは」
「おかえりいいいいいいいぃぃぃぃぃー・・・・・・・・・」

耳元でささやけば、首元に埋まった口元からくぐもった声。なのはさんの背中をぽんぽんと軽く叩きながら、困ったような嬉しそうな表情を浮かべるフェイトさん。
抱きついたまま動かないなのはさんをくっつけたまま、フェイトさんはもう一人の娘に顔を向けます。長女は呆れたような顔から、微笑みへ。

「ヴィヴィオも、ただいま」
「おかえりなさいフェイトママ」
「大変だった、かな」

そしてフェイトさんの問いかけによって、微笑みから、超笑顔へ。

「大変じゃなかったよ。うん、全然大変じゃなかった。一週間過ぎたあたりでなのはママの禁断症状が出始めたあたりとかとっても楽しかった。うん。すっごく。はやてさんを応援に呼んだり、ティアナお姉ちゃん呼んでみたりしたし。そのうち、ライを見ながら遠い目をしてたりとかことはの瞳をじっと見てたりとか、二人が少し怖がってたけど。ああもうほんと、すっごく、とっても、楽しかった」

ヴィヴィオちゃんの目は、疲れきっていました。
その原因はフェイトさんにくっついたまま充電中です。ほんと、自重。今度ちゃんと自重するように言い聞かせないといけない、そうフェイトさんは決意しました。

「ご、ごめんね、今度ヴィヴィオの好きなところに連れていってあげるね」
「・・・・・・・・・・・・、うん」

フェイトさんを見て、安心したせいか疲れが出てこめかみを押さえるヴィヴィオちゃんの足元に、大丈夫?大丈夫?と駆け寄る双子。娘たちと息子はとても良い子です。
それに引き換え。

「あと、その、なのはさん?そろそろ放してくれませんか?」
「やだ」

パパときたら。
自分が不在の間の子供たちの世話とか、仕事の多忙さとか、その他色々。それらが大変だったのだろうということと、感謝もあります。しかし今、この場、この時。フェイトさんはちょっと心を鬼にしました。
視線は、双子に。

「ライ、ことは。パパ剥がしてくれる?」
「おーるらいと!」「いえっさー!」
「えー!?」

最近の双子のブームはデバイスの真似です。










フェイトちゃんに怒られた。ヴィヴィオに呆れられた。ライとことはにパパだめーって言われた。
そう凹むなのはさんへのフォローを考えつつも、フェイトさんは双子を寝かしつけてリビングへ戻ってきました。そこにいたのはソファに座るヴィヴィオちゃん。キャラメルミルクの入ったマグカップを手に、ローテーブルに置いてあるマグカップを指差します。コーヒーの芳しい香り。
ヴィヴィオちゃんの隣に腰掛けて、フェイトさんはマグカップを手に取ります。

「ありがとう、ね」
「んー?何が?」
「コーヒー。あと、なのはママと、弟妹の世話」
「ううん、私お姉ちゃんだし」
「そう?」
「そうなの」

フェイトさんは微笑み、変わらずキャラメルミルクを啜る娘の頭に手を伸ばして。

「ありがと、ヴィヴィオ」
「・・・・・・・・なんか照れるんだけど」

その、自分よりも落ち着いた色の金色を撫でます。
そのフェイトさんの行動にマグカップから口を離して腕に顔を埋めるヴィヴィオちゃん。窺える耳は、少しだけ桜色。
しかしそのことをよくわかっていないフェイトさん。

「あ、抱っこの方が良かった?」
「遠慮します・・・」

的外れなことを言って、呆れられました。










ヴィヴィオちゃんが立ち去り、コーヒーを味わいながら口にするフェイトさんの耳に届く幼い足音がひとつ。
薄暗い廊下から顔をのぞかせた、金色。

「ライ?」
「ぁ」

一瞬嬉しそうに輝いたのもつかの間、その蒼は不安に染まります。
呼び寄せれば、落ち着きがなくて。

「どうしたの?起きちゃった?」
「あの、フェイトママ、帰ってきて、その・・・」

口下手なところは私に似たみたいだと、その服の裾をぎゅっと握る仕草はなのはに似ている。
そう思い、フェイトさんは屈んで腕を広げます。
ライ君には、まだ。

「ライ、おいで」

ただいまのハグをしていなかったのです。
帰宅直後、妹に譲ったその場所。今は独り占め。
抱きついてくる小さな身体を包み込んで、フェイトさんはまた同じ言葉を。

「ただいま、ライ」
「おかえりなさい、ふぇいとまま」









「私には何かないのー?」


眠ってしまったライ君を抱っこしていると、ソファの背を挟んでフェイトさんを抱きしめる腕。
首元にかかる吐息に笑みをこぼして、フェイトさんは首を傾けてこつりと頭をくっつけます。

「どうしたらいい?」
「んー、そうだなぁ」

なのはさんは抱きしめる腕に力を込めて、耳元で。

「とりあえず、」

フェイトさんにしか聞こえないお願いを。
フェイトさんはそれに返す言葉を、なのはさんの耳元に。

「欲張り」
「フェイトちゃんに関しては欲張りに、って決めてるの」

こうして、高町家の少しだけ特別な日は過ぎていきます。


 
 
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