幸せの言葉5



これで、全てが終わり










〈sir.〉


本来ならいつでもいい、重要度もあまり高くない仕事たち。
完成した書類の山を前にしたフェイトさんに静かな声が届きます。


〈She's magic reaction is detected.〉彼女の魔力反応を検知しました。


告げるのは、聞きたくなかった、言ってほしくなかった報告。


〈It approaches here.〉こちらに近づいています。


誰かなんて、もう解り切っています。


〈How shall I do?〉どうしますか?
「プロテクト、一応かかってるよね」
〈She will exceed it.〉突破されるかと。


思考も何も挟まず、それが当たり前のように返された言葉にフェイトさんは声に問います。


「どうしたらいいかな?」
〈As you think.〉御心のままに。


いつでも忠実な声は、こんな時も忠実で。


「助言はしてくれないの?」
〈It is not possible to think about the effective method.〉有効な手段を思いつきません。


いつもならくれる言葉も、今はなくて。


「私だってそうなんだけどな・・・」


困ったように微笑めば、予想外の切り返し。


〈sir, please do not tell a lie.〉それは違います。


否定。


〈It is necessary to hear it from her.〉聞かなければならないことがあるはずです。


言い聞かせるように。


〈It is necessary to tell it to her.〉伝えなければならないことがあるはずです。


悟らせるように。


〈……The release of the first protecting was begun.〉第一プロテクトの解除、開始されました。
「・・・・結局、なのはから逃げることなんて無理か」


扉の向こうには、彼女。


〈Because it is her.〉それが彼女です。
「そうだね・・・」


声に苦笑を返し、扉が開かれるまでフェイトさんは瞼を下しました。



















「フェイトちゃん」
「なのは」


予想通りプロテクトのかかった扉を解除して開き、執務室に踏み込んだなのはさんの視線がとらえたのは、もしかしたら今までで一番久し振りに感じるフェイトさん。


「フェイトちゃん、迎えにきたよ、帰ろう?」
「仕事があるから」


ごめんね、と手元にある書類を示して眉を下げて微笑むフェイトさんになのはさんは構わず、近づいていきます。座るフェイトさんの隣に立ち、示す書類の束。


「それ、もう終わってるよね」
「まだあるんだ」
「今フェイトちゃんが担当してる仕事。特秘事項でも急ぎのものでもないこと、知ってるよ」
「・・・・・・・・・」


短く重い息を吐いたフェイトさんはなのはさんを見上げます。


「行かない、って言ったら?」
「無理やりにでも連れて行く」


蒼が語るその強引さを、紅は知っていました。
フェイトさんはゆっくり立ち上がり、なのはさんに微笑みます。


「わかった。なのはの家に、行くよ」


なのはさんは気付いています。
帰る。そう言ってくれないフェイトさんに。























「ヴィヴィオは?」
「学校のお泊まり会。明後日まで帰ってこないよ」
「そう」


家に着いてフェイトさんが幼い影を探せば返ってきたのは予想通りの言葉。
きっとなのはさんが二人きりの状況を作ると解っていたのでしょう、フェイトさんが特別驚くこともなくソファに座れば渡される、自分好みのコーヒー。彼女が淹れてくれた、コーヒー。


「ご飯は?」
「あっちで食べたよ」
「・・・・ちゃんと食べてた?」
「うん、ちゃんと食べて、ちゃんと寝てた。宿泊施設はついてたから」
「そっか・・・」


コーヒーに口をつけるフェイトさんになのはさんは言います。


「あの執務室、戻ってももう何もないよ」


フェイトさんが視線を上げれば、さっき連絡したの、と悪びれた態度など微塵もないなのはさん。


「荷物こっちに全部持ってきてもらうように頼んだし、使用許可もさっきまでで切ったから」


連絡を受けた局員がそれを受諾したことを、なのはさんの言葉なら誰も疑うことがないことくらい、いつものこと。そういうこと。


「それに、フェイトちゃんは本当は今日から三日間、有給休暇」
「え?」
「何なら確認取ってもいいよ?」


今日初めて、なのはさんと逢って初めて、驚きに開いた瞳に映るのは勝ち誇った微笑み。
つまり全ての逃げ道は最初から全て埋められていたのです。
反論すること自体が無意味。


「色んなこと、してたんだね。気付かなかった」
「気付かれないようにしてたから」


この笑顔に反論することなど、無意味なのです。





















奇しくも今夜は満天の星空。
ベッドサイドの明かりのみが点いた、あとは月明かりだけの、それでも明るい部屋。
話したいことがある。そうついてくるように言われた寝室。二人の間で、二人きりで、会話が行われるのはいつもこの役割を持つ部屋でした。だから今日もここなのでしょう。
フェイトさんは天窓から月を見上げていました。


「フェイトちゃん、そこにいたらちゃんとお話しできないよ」
「そうかな」
「こっち」
「・・・うん」


最後の抵抗も有無を言わさない声にフェイトさんの足はベッドへと向かいます。
考えれば寝室には不釣り合いな教導官と執務官の制服を纏った二人。
そんな二人はベッドの上で向き合います。
蒼と紅が交差して、そして。


「あのね、フェイトちゃん」


切り出された話。


「フェイトちゃん、ヴィヴィオから言われたよね?」


それはフェイトさんが、出来ることなら避けたかった話題。避けられなかった話題。避けることを拒否された話題。


「弟か妹ほしいって」
「うん」


もう、後戻りができない話題。


「何で、私に聞いた方がいいって言ったの?」
「ヴィヴィオのママは、なのはだから」


それ以上でもそれ以下でもない、現実。
彼女と彼女は母子。


「なのはの、子供が、ヴィヴィオの弟か妹になる」

「だから、言ったんだ」


ただの、本当のこと。


「フェイトちゃん」


そしてなのはさんが言う言葉もまた。


「あのね、私・・・、ヴィヴィオに弟か妹、作ってあげたい」

「私、子供、欲しいんだ」


ただの、願い。
それがフェイトさんにとって何よりも身を引き裂き、壊す言葉だとしても。


「そっか」


その一言だけ、フェイトさんは微笑みます。いつもの笑みを。穏やかに繕った顔をなのはさんに向けて。


「ヴィヴィオ、喜ぶね」

「弟妹が、できるんだから」


その微笑みになのはさんは願いを続けようとして。


「だから・・・」
「なのは。それ以上言わないで」


言葉を遮ったのは穏やかさが乱れた強い拒否の言葉。


「お願い、言わないで」


連なる拒否。
フェイトさんの思考を占める仮定の未来。


「情けないけど、それをなのはに言われたら、きっと、私はうまく笑えない」
君から別れを告げられたら、私の心は死んでしまう。


現になれば確実な未来。
この話を避けられなかった今、それだけは防ぎたかったのです。


「私は大丈夫だから。一人でも・・・大丈夫だから」


作られた穏やかさはボロボロで、原型などありませんでした。
残るのはまるで捨てられることを恐れる者の、瞳。
捨てられることを知っている者の、表情。
それでも笑顔を守ろうとする者の、姿。


「すぐにここを出たいんだけど、荷物があるから一日待ってくれないかな?」

「寮の申請はもうしてあるから荷物を運ぶだけなんだ」

「もうここに戻ってこないから」


悲痛な、決意。


「どう、いう、こと?」


やっと、長い遠回りを経てなのはさんは気付きます。
フェイトさんの考えに一瞬で冷える血液。


「ヴィヴィオは、弟妹が欲しい。なのはは、子供が欲しい」


事実を二つ並べて。
願いを二つ並べて。
それを前に、フェイトさんの口が描くのは弧。


「私が、隣にいたらそれは叶わない」

「私じゃ、二人にそれをあげられない」


だから、ね。
説くフェイトさんは首を傾けて、微笑みを上塗りします。


「私がここにいちゃ、なのはの隣にいちゃいけないんだ」


湧き上がったのは、怒り、憤り、遣る瀬無さ。
溢れ出たのは、哀しみ、苦しみ、切なさ。
なのはさんがそれらを感じて、全てが混ざり合った後に表に出てきたのは。


「フェイトちゃんは、それでいいの?」


疑問。


「私の隣に、ヴィヴィオの傍に、違う人がいても」
「私は二人が幸せなら、大丈夫」


自分は?


「フェイトちゃんはそれで幸せなの?」
「二人が幸せなら、私は幸せだよ」


本当に?


「フェイトちゃん」

「フェイトちゃんは、ほんとは、どう思ってるの?」


積る疑問。
蒼は見定めます。紅の真実を。
フェイトさんが、本当に、思っていることを。


「なのは、私は」
「教えて」


なのはさんは切望します。本当を知ることを。
その笑顔に、穏やかさに、嘘に。全てに隠された本当のフェイトさんを。
逃げようとする手を握って、引こうとする身体を追って、逸らすことを許さずに紅を見詰めて。


「お話、聞かせて?」


あの言葉に封じられた、箱の中身を。


「フェイトちゃん、だいじょうぶ、じゃないでしょ?」


鎖と鍵は、砕かれました。


















箱を作った理由に砕かれた鎖と鍵。


「なのは、・・・」
「うん」


残ったのはそれと箱の残骸。
フェイトさんの心の奥から流れ出るのは、閉じ込めた、消せなかった、だから封じるしかなかった想い。


「私は、なのはに、ヴィヴィオに、幸せになってほしい」

「心から、そう願ってる」

「だから」

「作リモノの私より、幸せにしてくれる人がいるって、そう自分に思い込ませて」

「私が、なのはと離れても、やっていけるように。少しずつ、少しずつ距離を置いて。自分を慣れさせて。慣れることがなくても、無理やり、慣れさせて」


触れ合った手から伝わるなのはさんの温度。
それはもう触れることがないと思っていたもの。


「自分からなのはに触れたら、箍が外れそうになるから、触れなかった」

「でも触れられることを拒むなんてできなかった。触れてくれることで私を保ってた。同時に、保てなくなりそうだった、あの時みたいに」


ただ欲しいと奪った、唇。貪欲な口付け。
今、触れる手から感じるのは、込み上げるのは、愛しさだけ。
脆く崩れ去った穏やかさの裏に隠された、泣きそうな微笑み。


「私はね、なのは」

「なのはがいなくても、強くいられるようにしなくちゃいけなかったんだ」

「なのはがいるから、強くいられるのに。なのはがいないと、こんなにも弱いのに」

「あの日から、私の強さの全てはなのはのおかげなのに」


この手が、フェイトさんを救ってくれたあの日から。
フェイトさんの強さの根源はなのはさん。


「それでも、強くいなきゃいけなかったんだ。なのはが隣にいなくなるから」


源がなくなれば、何を糧とすればいいのでしょうか。
その答えをフェイトさんは持ってはいません。



















なのはさんが聞きたかった本当のことは、あまりに切なく、哀しく。
誤解と間違いに塗りたくられていました。
フェイトさんが語る本当のこと。渦巻く感情の中、それを聞くことに専念したなのはさんの視線の先。


「でも、本当は」


さきほどまでと違う紅を、哀しみに彩られない紅がありました。
こちらが握りしめていたはずの手は、なのはさんより少し大きくて綺麗な白い手は、なのはさんの手を包んでいて、縋るように触れていたそれは、所有を主張するように強く掴んでいて。


「なのはの隣に私じゃない人がいるなんて耐えられない」

「なのはとヴィヴィオの傍にいるのが私じゃない人なんて、耐えられない」


声は、叫びへと。


「なのはの子供が私じゃない人との間に生まれたなんて、耐えられない!!」


叫びは、咆哮へと。


「でもしょうがなかった!私じゃそれをあげれない、なのはと同じ性別の私には無理なんだ!」

「解ってた、知ってた、納得したはずだった!!でも、でも!!どうしようもないことなのにそれを、なのはが誰かのものになるなんて、そんなこと考えるだけで頭がおかしくなりそうなんだ!!」


絶対に手に入らないものを、手に入れてしまったからこそ。
絶対に手に入らないと思っていたものが、自分のものだと言ってくれた、自分のものになってくれたからこそ。


「誰にも、なのはを渡したくない!!」

「私以外の誰かがなのはの隣にいるなんて、許さない!!」


愛するという感情が、綺麗なものであるとは言えません。光と影とように、暗い面を内包しているのです。
どうしようもない、愛が大きければ、深ければ、比例して膨れ上がるエゴイズム。暴れ狂うそれをフェイトさんは抑えつけていたのです。
何よりも、なのはさんのために。


「でも、これは私の我儘なんだ」

「それじゃ、なのはを幸せにしてあげれない」


静かな声。
手の力は微弱なものに変わり、なのはさんを見つめるのは、本当に穏やかな、本当のフェイトさんの微笑み。


「なのは。これだけ、覚えててくれないかな」


透き通った紅がなのはさんを見詰めます。


「好きなんだ」

「誰よりも、好きだよ、なのは」

「愛してる」


心からの、何よりも強い、想い。


「私がなのはを好きなことだけ、知ってて」

「それで私は十分だから、なのはの幸せの邪魔なんて絶対しないから」


伏せたフェイトさんの視線の先は触れた手。
それをゆっくり解いて、離して、遠ざけて。


「だから、私は君から離れないと、愛しい君が幸せになれるように」

「誰よりも、君が幸せになるように」

「私は、だいじょうぶ、だよ」


もう形作ることさえできない粉々の箱を内に隠し、なのはさんに向けられた笑顔は。


「お願いなのは、幸せになって」


余りにも穏やかで、何よりも哀しくて、どうしようもないほど、綺麗なものでした。





















なのはさんが顔を俯かせた姿を見てフェイトさんはこの場から、なのはさんの前から、傍から、隣から、離れようとして。


「フェイトちゃん」


何よりも強い拘束力のあるもので止められました。
なのはさんが、抱きついてきたのです。
耳元で聞こえる少し震えた声。


「そんなの、私は幸せになれないよ」

「ヴィヴィオがいて、どんなに平和な世界でも、どんなに裕福な家庭でも、どんなに充実した生活でも・・・・・私にはそんなのいらない」


否定の声。
どうして、と掠れた声を返せば身体が離れて再び握られた手。
まるで離さないと、離れないというように、強く。


「私の幸せに絶対に必要な条件って知ってる?」


なのはさんの幸せとイコールで結ばれるもの。


「フェイトちゃんが隣にいること」

「そうじゃなきゃ、私は幸せになんかなれない」


それは今手を握っている人の存在。
言葉が反響し、波及し、煽り、全てを覆い。
紅が虚無になります。
バラバラになった意識と、思考。


「ねぇ、フェイトちゃん」

「私、子供欲しいな」


それを組み立てて、紅を色付けたのは壊したものと、同じ声。


「フェイトちゃんとの、子供、欲しい」


なのはさんの、想い。
なのはさんがフェイトさんのそれを初めて聞いたように、それはフェイトさんが初めて聞く、本当のこと。


「地球で育ったから、私も最初は諦めてた」

「同じ性別で、子供は作れない」

「子供を産むなら、フェイトちゃんとの子供以外、要らない」

「だから、一生、子供を産むことはないって思ってた」

「それでも有り余るくらい幸せだから」


何よりの幸せは、隣にいてくれるから。ここに。
強く握られる手。


「でも、もしかしたら、って考えちゃったんだ」

「こっちなら、ミッドなら、どうにかできるかもって」


追いつかない全ての中で、フェイトさんの瞳が、耳が、手が、全てが捉えるのはなのはさんだけ。そのなのはさんの片手が動き、取り出してそっと置いた小さな箱。


「そして、見つけたの」

「実例はまだ少なくて、認知度もあんまりないけど、フェイトちゃんとの子供、産めるって、知っちゃった」

「でもそれを言うことなんて、恥ずかしくて出来なくて」

「フェイトちゃんがどう思ってるかとか、色々考えて」


ちゃんと両手で握られた手。
フェイトさんの前にはどうしようもなく愛しい存在。どうしようもなく大切な存在。
彼女が自分を必要としてくれている。
蒼は紅を見つめていました。真っ直ぐに。


「それから、ヴィヴィオを引き取って、私は母親になった」

「私は、ヴィヴィオはフェイトちゃんと私の子供だと思ってるよ?」


追いついた全てで、自分を構成する全てで。
自分の愚かな誤解を知り、自分の愚かな行動を悔み、自分の愚かな思考を潰し。
フェイトさんはなのはさんの言葉を聞きます。


「だから、あの時調べたことは使うことはないって思ってたんだ」

「でも、違った」


フェイトさんに向けられた、フェイトさんのためだけの、なのはさんの微笑み。


「ヴィヴィオのため・・・っていうのも、ないことはないけど。本音は、私のため」


心からの、純粋な、願い。


「私、フェイトちゃんとの赤ちゃん、産みたい」


フェイトさんの全てを救ってくれる言葉。


「だから、お願いがあるの、フェイトちゃん」


全てを元通りにする言葉。


「私を、幸せにしてください」


浮かべた微笑みは、フェイトさんが見た中で一番暖かな笑顔。























なのはさんが握っていた片手を離し、頬に触れたことでやっとフェイトさんは自分の頬が濡れていることに気付きました。
止められないほど、哀しみではない何かが溢れたことを代弁するかのように流れる涙。
頬に触れた手に、手を重ね、愛しい存在を抱き寄せます。


「ごめんね、不安にさせて」
「な、の」


それは私の方なのに。


「ごめんね、恐い思いさせて」
「なの、は」


それは私の方なのに。


「ごめんね、気付いてあげられなくて」
「なのは」


それは私の方なのに。
言葉にならない声を、ただ呼び声に変え。


「ありがとう、私のことを、想って、くれ、て・・・っ」
「なのは・・・っ」


いつの間にか紅と同じく涙を流す蒼。
フェイトさんはただ強く、なのはさんを抱きしめました。




















涙が止まり。互いに抱き合い。額を合わせて。
蒼と紅が交差していました。


「好き」
「うん」


フェイトさんが言えば、答えるなのはさん。


「大好き」
「うん、私も」


なのはさんが言えば、答えるフェイトさん。


「愛してる、なのは」
「私も愛してる、フェイトちゃん」


二人は、元ある姿に。
二人で一つに戻っていました。
全ての歯車は噛み合い、全ては滞りなく、全てはいつものように。


「私、幸せに出来るかな?」
「フェイトちゃんじゃなきゃ出来ないよ」
「うん、頑張る。幸せにする」
「誰よりも、ね?」


幸せそうに。誰よりも、目の前の人よりも尚、幸せそうに。


「誰よりも、幸せにするね、なのは」
「うん」


二人は微笑みあい、それから。

夜は全てを包み隠しました。

全てが元に戻った朝を迎えるために。





































































太陽と月が三十ほど巡り。


「なのはママ、最近お寝坊さんだね」
「んー、そうかなー。確かにいつもより眠い気もするんだけど・・・」


本局での定期健診を終えたヴィヴィオちゃんに手を引かれて歩いていたのは、なのはさん。
寝坊助。そう言われて苦笑いを浮かべているとヴィヴィオちゃんの視線は前方へと向き、瞳が輝きます。


「あ、はやてちゃんとザフィーラさんだーっ!!」
「そう、みんな大好きはやてちゃんやでー、ヴィヴィオ久しぶりやなー」


やってきたのははやてさんと、ザフィーラさん。
はやてさんはきゃーっと声を上げるヴィヴィオちゃんを抱き上げて頬ずりし、後からやってきた親友に笑顔を向けます。


「や。なのはちゃん」
「こんにちは。はやてちゃん」


その遣り取りだけ。
すぐにヴィヴィオを下してその頭をひと撫で。


「ヴィヴィオ、悪いけどちょぉ無限書庫に行っててくれへん?あとでママと迎えに行くから。ザフィーラ、付いてってやり」
「?うんっ、ザフィーラさん行こっ!!」


無言で頷いた守護獣と共に駆けて行くヴィヴィオちゃんを見送り、はやてさんはなのはさんに向きなおります。


「さて、なのはちゃん、シャマルんとこ行くで」
「うん」





















「フェイトちゃん!!」
「ぅわっ!?え、何?なのは?」


帰ってくるなり抱き付かれたフェイトさんは、その抱きついてきた人、なのはさんをちゃんと受け止めつつも少し焦っていました。娘に見られたらどうしよう、と。
そんな考えがわかったのか、お昼寝中、と微笑まれてフェイトさんはその華奢な体を改めて抱き締めます。


「ただいま、なのは」
「うん、おかえり」


顔がお互いに見えるまで身体を離し、嬉しさの溢れ出る笑顔にフェイトさんが首を傾げます。


「あのね、フェイトちゃん」
「うん」


告げられるのは。


「赤ちゃんが、出来ました」


どうしようもないほどの幸せ。
固まったフェイトさんが再び動き出すまで笑顔のまま見詰めていたなのはさん。
徐々に紅が色付きます、幸せに。
フェイトさんはなのはさんの顔とお腹を視線で何往復もして、確かめるように問います。


「ほんと?」
「うん」
「私と、なのはの?」
「うん、フェイトちゃんと、私の」


沁み渡らせるように繰り返された幸せの言葉。
一瞬だけ泣きそうに、それでも歓喜からくる泣きそうな笑顔を見せて、フェイトさんは微笑みをなのはさんに向けます。


「お願いがあるんだ、なのは」


心からの、純粋な、願い。


「私との赤ちゃん、産んでください」


それに対する言葉はたった一つ。


「うん」


心からの、純粋な、同意。


「ありがとう、なのは」


額を合せ、蒼と紅が交差します。
相手の名前を紡ぐところが触れ合い、瞳が交わすのは愛しさ。


「もっと幸せにするね」
「うん、幸せにして」


きっと未来は、幸福に充ち溢れています。









































おまーけ


「さて、なのはちゃん、フェイトちゃん」
「何?」「うん?」


対面で幸せオーラを振りまいてしょうがない親友たち、むしろ親友夫妻ともう言っていいんじゃないかと思っているはやてさんは無駄にシリアスに口を開きます。机の上で手を組んじゃって顔を伏せるくらいの演技付きでした。


「二人の前にあるのは二枚のカード」
「カードなんてないよ?」
「選択肢って言う意味や、深くツッコんだらあかん」
「う、うん」


ぴ、と人差し指を立てたはやてさん。その指越しに二人を見て一言。


「高町家」


ぴ、と続けて立てた中指。


「ハラオウン家」


それは二人の姓。
ばっとはやてさんは顔をあげて。


「先にご挨拶と報告に行くのは、どっち☆」


ここ数カ月で一番の煌めく生き生きとした笑顔で言い放ちました。
二人の前には、問題が山済みです。
それでもきっと幸せに満ちていることは変わりないのです。






おまーけのおまーけ


「フェイトちゃん。どっちにせよ士郎さんには・・・覚悟しといたほうがええで」
「えっと・・・、やっぱり殴られたりするかな」


はやてさんの言葉にフェイトさんが苦笑して。


「耐えるよ」


何も恥じることも、悔いることも、後ろめたいこともない、紅い瞳が穏やかに微笑みます。
はやてさんがそれに感心し身惚れていると、その隣にいる人の変化に気付きました。


「・・・・・訂正、なんや士郎さんの方が心配になってきた、あの家の女性陣的な意味で」
「え?何で?」


その理由は、隣にいる人のオーラだとはフェイトさんは気付きませんでした。




そして、全ての始まり


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