幸せの言葉1



ある平凡で、平和で、穏やかな昼下がり。
かの有名なエースオブエースと、若手エリート二等陸佐、そして空のエースの娘が二等陸佐の執務室でお茶を飲んでいました。
まさか、こんな爆撃が落とされるとも知らずに。


「なのはママ」
「ん?何、ヴィヴィオ」


その天使は、満面の笑みで言ってのけたのです。


「ヴィヴィオ、いもーとかおとーとほしい!!」

ぶはっ!!


局地的爆発を起こした紅茶×2。
はやてさんはげっほげほ咽る中、同じく咽るなのはさんを見てエースオブエース撃沈、とかほんのり思っていました。娘には勝てへんのやね、と。
しかしここは面白いコト好きの元部隊長、咽て終わるだなんてそんなことはありません。


「よっしゃヴィヴィオ!」
「なぁに?はやてちゃん」
「フェイトパ・・・・フェイトママにもそれ言うてみ!!」
「うんっ」「ちょ、はやてちゃん!!」


折しも海のエリート執務官がミッドに帰って来る、2日前のことでした。






















おやつ時のことです。
アイナさんお手製のホットケーキに舌鼓を打っていたヴィヴィオちゃん。なにやらそわそわしているように見えるのは、今日が執務官である方のママが帰って来る日だからです。
食器の片付けを手伝っていると、微かに聞こえたエンジン音。


「フェイトママだ!」
「お出迎えしなきゃね?」
「うんっ」


アイナさんに促されて玄関へと掛けていけば、そこには丁度玄関をくぐるフェイトさんの姿。
ヴィヴィオちゃんを見つけるなり優しく微笑むフェイトさんは、いつものように屈みました。


「おかえりなさいフェイトママ!」
「うん、ただいまヴィヴィオ」


抱きついてくるヴィヴィオちゃんを抱き上げて、笑みを深くします。


「元気だった?」
「うんっ」
「良い子にしてた?」
「うんっ、お手伝いもいっぱいしたよ!」
「そっか。良い子にしてたヴィヴィオにお土産いっぱいあるからね」
「ほんと!?」
「ほんと」


きゃいきゃいはしゃぐヴィヴィオちゃんをしっかり抱きかかえつつも、後方で微笑んでいるアイナさんにフェイトさんは軽く頭を下げます。


「アイナさん、いつもありがとうございます」
「いいですよ。お帰りなさいフェイト隊長・・・じゃなくて、フェイト執務官」
「ただ今戻りました」
「さて、それじゃあフェイトママも帰って来たことですし、私はお暇しますね」
「あ、お土産もありますし、お茶でも如何ですか?」
「でも・・・」


目配せにフェイトさんがヴィヴィオちゃんを見れば、そこには色んな事話したいオーラを発しまくる瞳。
アイナさんはどうやらヴィヴィオちゃんとフェイトママの時間のことを考えてくれているようです。ね?と首を傾げるアイナさんに苦笑して、フェイトさんはようやく久しぶりの家に上がりました。


「でね、この前のテスト、100点だったんだよ!」
「凄いねヴィヴィオ」
「キャロお姉ちゃんが教えてくれたの!」
「キャロが・・・。良かったね、御礼言った?」
「うんっ」


膝に乗っかり、矢継ぎ早に学校でのこと、家でのこと、様々なことを一生懸命話すヴィヴィオちゃんにフェイトさんは頬を弛ませていました。
そこでヴィヴィオちゃんの動きが止まります、何かを思い出したようです。
次の瞬間にはキラッキラの笑顔でフェイトさんに向き直っていました。


「あのねっ、フェイトママ!」
「うん?」


無垢で、純粋な笑顔。


「ヴィヴィオ、いもーとかおとーとほしい!!」


たぶん、キャロお姉ちゃん≠ナ思い出したのでしょう。物凄くウキウキした様子で、ヴィヴィオちゃんは言ったのです。
フェイトさんの反応は、なのはさんたちとはまったく違うものでした。
目を丸くして驚いたことは一緒なのですが、そのあと、ヴィヴィオちゃんの頭を優しく撫でます。


「そっか、ヴィヴィオはお姉ちゃんになりたいんだ?」
「うんっ」


撫でる手はそのまま、フェイトさんはヴィヴィオちゃんに言います。


「じゃあ、なのはママに言った方が、いいかな」
「なのはママに言うの?何で?」


首を傾げるヴィヴィオちゃん。
はやてさんが言っていたこととは逆のことを言われたのです、はてなマークを浮かべていました。そんなヴィヴィオちゃんに微笑み、フェイトさんは諭すように言いました。


「ヴィヴィオのママ≠ヘ、なのはママだから」


その言葉の意味をヴィヴィオちゃんが理解できるわけもなく、さらにはてなマークを浮かべていました。
それに苦笑するフェイトさん。


「だから、なのはママに言ってごらん?」
「う、ん」


とりあえず頷いたヴィヴィオちゃんが、今度は不安げな顔をしました。


「フェイトママ・・・?」
「ん?」


目の前にあるフェイトさんの頬に両手で触れ、問います。


「フェイトママ、笑ってるけど、寂しそうだよ?どうしたの?」
「そうかな?」
「大丈夫?」
「うん、大丈夫」


フェイトさんは改めて微笑を浮かべ、ヴィヴィオちゃんを一度抱き上げて膝から下ろしました。
そのまま膝を折り、視線を合わせます。


「ヴィヴィオ、フェイトママまだ少しお仕事残ってるから、ちょっと書斎にいくね」


途端にへの口になるヴィヴィオちゃんに眉を下げるフェイトさん。


「ごめんね、久しぶりに帰って来たのに」
「ううん、お仕事終わったら、遊んでくれる・・・?」


きゅ、っと自身の手を握ってくる小さな手を愛しく思いつつ、フェイトさんはその手を握り返しました。


「うん、いっぱい遊ぼう?」
「じゃあ、ヴィヴィオ待ってる」
「ありがとう、ヴィヴィオは良い子だね」


ヴィヴィオちゃんの頭をひと撫でし、フェイトさんは自分の仕事部屋である書斎へと姿を消します。
書斎の扉を閉めるなり、その扉に背中を凭れさせて、片手で顔を覆うフェイトさん。
仕事なんてありませんでした。久しぶりの帰宅、久しぶりの時間。そのために全ての仕事を終わらせてきたのですから。
フェイトさんは一人になる時間が少しでもいいからほしかったのです。少しでもいいから、心の整理を付ける時間が、落ち着くまでの時間が欲しかったのです。
何より、ヴィヴィオちゃんにこんな顔、見せたくなかったのです。
くしゃりと額に当てられた手が軽く前髪を掴みます。


「ヴィヴィオがお姉ちゃんなら・・・、なのはの・・・子供なら、・・・・凄く可愛いくて、良い子になるだろうな」


泣きそうな笑顔で、フェイトさんが呟きました。














同時刻、管理局本局二等陸佐執務室にて通信中。


“はやてちゃん!フェイトちゃんの帰還時間わざと間違えて教えたでしょ!!”
「あ、ごめんあたしとしたことがうっかり☆」
“今家にヴィヴィオがいるのに!”
「そらあかんなー、ついヴィヴィオが久しぶりのフェイトママに嬉しくてきょーだいほしい≠ニかぶっちゃけてたりしてなー」
“!?”
「やっぱ身篭るんはなのはママなん?」
“私はそのつもりd・・・はやてちゃん!!”





















「ただいまッ!!」


その日、なのはさんが帰宅をしたのは二等陸佐に抗議の連絡を入れてから4時間後のことでした。
それは致命的なロス。娘が爆弾発言をするのに十分すぎる時間でした。


(ああもうヴィヴィオが話しちゃってたらどうしよう!それでフェイトちゃんが照れちゃって居た堪れなそうにしてたら・・・・それはそれでいいかm違う!これじゃ遠回しに誘ってるようなものじゃない!!私が居た堪れない・・・!!)


内心、そんなテンパリ具合を発揮しているなのはさん。
帰宅して数秒後、リビングからぴょこっと顔を出して走り寄ってきたのはその娘でした。


「なのはママっ!おかえりー!!」
「ただいま、ヴィヴィオ」


嬉しそうなヴィヴィオちゃんを抱き上げて、笑顔を返すなのはさんでしたが。


「おかえり、なのは」


良く通る澄んだ声に、一瞬忘れていた思考が舞い戻りピキリと固まります。
それに首を傾げて近づいてくるのはフェイトさんでした。


「お疲れ様、ご飯できてるよ」
「ヴィヴィオもお手伝いしたよっ」
「うん、ヴィヴィオも一緒に頑張ったんだよね、・・・・・・なのは?」
「え!?あ、えっと、あの、・・・・・フェイトちゃん?」


あまりにいつもと変わらない、久しぶりのフェイトさん。いつものフェイトさん。
まじまじとその顔を見詰めれば。


「うん?どうしたの?」


その穏やかな笑顔には照れも何もなく。
なのはさんが好きな優しい表情でした。


(もしかして・・・ヴィヴィオ言ってない?)


ちらりとヴィヴィオちゃんを見れば、フェイトさんと同じように首を傾げています。
ここでなのはさんは結論に達します。娘は、爆弾発言をしていない、と。
その考えに落ち着けば、このいつも通りの優しく愛しい時間が、改めてなのはさんに染み渡り。


「ただいま、フェイトちゃん。それと、おかえりなさい」
「うん、ただいまなのは」


満面の笑みでフェイトさんに伝えました。
それからの時間は幸せの色。
三人で囲む夕食。弾む会話。娘の嬉しそうな声。それを見守る優しい蒼と紅。


「ねぇ、なのはママ」
「ん?なぁに?」


そんな時間が過ぎ、お風呂。
一緒に入りたがるヴィヴィオちゃんを諌めて、自分も律して、航行帰りのフェイトさんに一人風呂を勧めたなのはさん。
それならば先に入ってと言うフェイトさんに押し切られて二人は湯船の中。ぷかぷか浮かぶアヒルやヒヨコのおもちゃで遊んでいたヴィヴィオちゃんが思い出したように言いました。


「ヴィヴィオ、いもーとかおとーと欲しい」
「あ、あのね、ヴィヴィオ・・・」


キラキラの色違いの瞳に苦笑いを浮かべるなのはさん。
それはなのはママひとりに言ってもどうしようもない、と言おうとしたなのはさんはピタリと止まりました。
今、娘の口から発されたのは自分が気にして止まなかった問い。それを言ってくるということは、忘れたわけではなかったということです。


「・・・・・・ヴィヴィオ、それ、フェイトママにも言った?」
「うん」
「!?」


驚愕の事実。
見開かれる蒼。疑問符を浮かべる赤と緑。
なのはさんの思考は巡ります。


(待って、じゃあ、あれは、あの態度はこれを聞いた後だって言うこと?・・・・、なのにいつもと変わらないってこと?・・・・なんとも思って、ないってこと・・・?)


一抹の不安を覚えながらもなのはさんはそれを表に出さずにヴィヴィオちゃんに聞きます。


「フェイトちゃ・・・じゃなくて、フェイトママ、何か言ってた?」
「なのはママに言った方がいいって」
「私に?」
「うん、フェイトママ、そう言ってた」


だからとばかりにいもーと!おとーと!いもーと!おとーと!と連呼するヴィヴィオちゃん。
しかしその主張はママに届いていませんでした。
なのはさんの思考を埋めるのは違うこと。


(・・・・・え?じゃあ、あの、わ、私の返答待ちってこと?)


ぽ、っと入浴しているからとは違う意味で頬が染まるなのはさん。
しかし一瞬後、耳まで赤が浸透し、口元まで湯に沈みます。


(ど、どう返事したらいいのか解んないよぉ・・・・っ)


ぶくぶくと泡を製造するなのはさんを首を傾げて見るヴィヴィオちゃん。
途切れることない波紋で、アヒルとヒヨコが笑うように揺れていました。


「お風呂上がったよ。・・・・・なのは?」
「ふぁい!」
「ふぁいって・・・」


お風呂から上がった後も、フェイトさんがお風呂に入った後も、ヴィヴィオちゃんを寝かしつけている間も、なのはさんはずぅーっとそのことを考えていて上の空でした。
フェイトさんの声にソファから軽く浮き上がるくらいビックリするほどに上の空でした。


「湯当たりした?顔、赤いよ?」
「だ、大丈夫!むしろ湯冷めしたいくらい!」
「それもダメだよ・・・」


心配顔でなのはさんに近づいたフェイトさんは手を伸ばします。
それに反射的に肩を竦めて目を瞑るなのはさんに訪れたのは、頬に触れるいつもより少し高い体温。
そっと瞼をあげると、優しい紅が映りこみます。


「・・・・・ん、大丈夫かな」
「だから、大丈夫だってば・・・」
「なのはの大丈夫は信用できません」
「フェイトちゃん、私のこと言えないでしょ」
「なのはほどじゃないと思うけどなぁ」


そっと頬から掌を離して苦笑するフェイトさんを非難の目で見ていたなのはさんでしたが、数秒後示し合わせたかのように笑い合います。
しばらく笑った後、立ち上がるなのはさん。


「フェイトちゃん、何か飲む?」
「んー、じゃあキャラメルミルク」
「コーヒーじゃなくて?」
「うん、ヴィヴィオと一緒」


珍しい、と思いながらもキッチンに立つなのはさん。
座っててという言葉を拒否して、フェイトさんも手伝うためにキッチンについてきていました。
渡された牛乳を鍋に入れて温めていると、背後から包み込むようなぬくもり。


「フェイトちゃん?」
「何?なのは」
「こっちが聞いてるの、どうしたの?」
「何となく、かな・・・」


なのはさんのお腹に腕を回し、肩口に顔を埋めるフェイトさん。
滅多にない甘えと、久しぶりの温度に頬が弛むなのはさんは、回された腕に手を添えました。


「ねぇ、なのは」
「なぁに?」


耳元で聞こえる声は、微かなもの。


「隣に居ても、いいかな?」


そんな答えなど一つしかない問い。
間髪居れず、なのはさんは口を開きます。


「当たり前だよ」
「ありがとう、・・・」


安堵したような吐息が首筋を擽り、少し身を捩るなのはさんでしたが腕が解かれることはなく。どうしたんだろうと思いつつもその身体に背中を預けるなのはさんには、確認することなど出来ませんでした。
祈るかのような、フェイトさんの表情を。


(なのはとヴィヴィオの・・・、二人の隣に居る人が出来るまで・・・・。ここに居ることを、許してくれる・・・?)


少しだけ、なのはさんを抱き寄せる力が強くなりました。


















フェイトさんが帰ってきてから数日。
なのはさんが悶々と悩んでいることなど、フェイトさんが鬱々と悩んでいることなど互いに知らず、ヴィヴィオちゃんが期待に満ち溢れた瞳でママにお願いすること、数日。
その日はヴィヴィオちゃんの定期健診の日でした。
いつもならなのはさんが、もしくはアイナさんが本局まで一緒に言っているのですが、本日はフェイトさんが付き添い。丁度本局に用事があったようです。


「頑張ってね、ヴィヴィオ」
「気張ります!」
「・・・・・、はやてのマネ?」
「うん」


苦笑するフェイトさんは親友に色々吹き込まれているヴィヴィオちゃんの頭をなでて、医務室に見送りました。
そして用事が終わって医務室に戻る途中、自身の元補佐官、そして後輩執務官を見つけます。


「ティアナ」
「あ、フェイトさん、お疲れ様です」
「お疲れ様。仕事・・・・、って訳じゃなさそうだね」


制服姿ではあるものの、手持ち無沙汰にラウンジでコーヒー片手のティアナさん。
しばらく黙考したフェイトさんが、ああ、と呟きます。


「今日、ここに来てるんだっけ」
「え?」
「特別救助隊」
「ぅ゛」


頬を染めて唸る部下ににこにこ微笑む上司。
無言の時間が過ぎ、口を開いたのはティアナさん。


「なのはさんから聞いたんですか?」
「うん、久しぶりに会いたいなーって言ってたから」
「そうですか・・・」


情報源は元上司。
やはりと肩を落とすティアナさんにフェイトさんは続けます。


「こっちに帰ってきてからすぐに会ったんだよね?」
「な!?」
「この前見かけたんだ、任務を終えたティアナが本局を出たと同時くらいにウイングロードの魔力反応感じたけど・・・・、怒られたでしょ?」
「・・・・・はい、何故かあたしまで」


微笑みの前に何を言っても無駄だと感じたティアナさんは項垂れました。
そんな姿を見ていたフェイトさんは、何かを思い出したらしく上着のポケットから何かを取り出し、差し出します。


「何ですか?」
「アイスの割引チケット。ヴィヴィオとキャロたちにもあげたんだけど、まだ余ってて。よかったら貰ってくれるかな?この前保護した人からいっぱい貰ったんだ」
「えと・・・」
「あの子、アイス好きだったよね。デートのおまけにでもして」
「でッ!」
「間違ってないよね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。イタダキマス」


耳まで染めた部下に楽しんでね、と言葉を残し、フェイトさんは再び歩を進めました。
医務室に着くと、そこにはヴィータさんの姿。


「おう、久しぶりだな」
「久しぶり、ヴィータ。オフシフト?」
「いや、こっちで教導だ。今は休憩時間」


フェイトさんがヴィータさんと会話をしつつ、医務室を見回せばヴィヴィオちゃんの姿がありません。まだ終わってないのかなと考えているとそれに気付いたヴィータさんが言いました。


「ヴィヴィオだったら予定より検診が早く終わっちまったから、無限書庫に行くってさ。あいつ、連絡しろっつったのに忘れたな・・・」
「ヴィヴィオ本好きだからね、そっちが楽しみで忘れちゃったんだよ。それより、一人で?」
「いや、ザフィーラについてってもらったから安心しろ」
「そっか、ありがとう」
「べ、別にあたしは何もしてねーよ」


ヴィヴィオちゃんが無限書庫に度々行っているのはフェイトさんも知っていました。
一人で何処かに行ってしまったわけではないので一安心し、フェイトさんも無限書庫に行こうとして、ふと立ち止まりポケットに手を入れます。


「あ、そうだ、コレ、よかったら貰ってくれる?」
「マジか!」


本局が誇る情報の泉。
ありとあらゆる情報が集まっているとされる無限書庫。
その膨大な量の知識から自分が求めるものを検索する魔法をヴィヴィオちゃんが覚えたのは先日。その魔法の師匠である無限書庫司書長は本に没頭する少女を見て苦笑していました。


「あの集中力はママにそっくりだな」


声を掛けても中々気付かないほどの集中力です。
しばらくすると背表紙をパタンと閉じるヴィヴィオちゃん、読み終わったようです。
本を棚に戻して、ふわふわ浮かびながら狼にダイヴします。


「わん・・・・・ザフィーラさん、終わったーっ」
「・・・・・そうか」


少々腑に落ちない言葉が聞こえたような気はしますが、背中にヴィヴィオちゃんをくっつけたまま、お守りが様になっているザフィーラさんは司書長であるユーノさんの元に近づいていきました。


「ユーノ、邪魔したな」
「いや、いいよ。ヴィヴィオ楽しかった?」
「うんっ」


毛皮にもふもふしつつも満面の笑みのヴィヴィオちゃん。
こころなしかいつもよりご機嫌のヴィヴィオちゃんにユーノさんは聞きます。


「今日はいつもよりご機嫌だね」
「うんっ、なのはママにね、お願いしてることあるんだよ」
「お願い?」


首を傾げるユーノさんと、耳をびよーんと軽く引っ張られていても無言のザフィーラさんにヴィヴィオちゃんは言いました。


「ヴィヴィオね、いもーとかおとーとほしいの!」


それを聞いて目を丸くするユーノさん。


「なのはママに、お願いしてるの?」
「うん、はやてちゃんがフェイトママに言いなさいって、それで、フェイトママがなのはママに言った方が良いって」
「・・・・・フェイトが・・・」
「だから、ヴィヴィオお願いしてるの」
「そうか、叶うと良いね」
「うんっ」


ヴィヴィオちゃんの頭をなでるユーノさん。
そんな姿を垣間見た人がいました。


「・・・・・・・・・・・・・叶うよ、きっと」


ヴィヴィオちゃんたちから死角になるように棚を背にして佇んでいたのは、フェイトさん。
聳え立つ、果てしなく続くような本の壁を見上げて呟きます。


「その時に傍に居れないのが、少し悲しいけど・・・」


その場からフェイトさんが動くのは、暫く経ってからでした。











同時刻、本局二等陸佐執務室にて。


「・・・・・・忘れてた!あたし無限書庫に用あったんや!」
「マイスター、いい加減なこと言ってデスクワークから逃げちゃダメです」
「いやいや、これは八神はやて個人的にめっちゃ重要や案件で」
「追加が五分後にきます」
「・・・・・・・・・・・・・・・、リィンが反抗期やー!!」
「あッ!逃げないでくださいはやてちゃん!!」





















「そろそろ行こうか?」
「うんっ」


あれから、いつもの微笑みを浮かべてヴィヴィオちゃんの前に現れたフェイトさん。
連絡しなかったことを思い出し謝るヴィヴィオちゃんに優しく微笑み、いいよとその一言で許してからユーノさんとザフィーラさんと他愛もない会話を続けていたのですがそろそろ時間のようです。


「ユーノ」
「何?」


フェイトさんはヴィヴィオちゃんが傍に居ないことを、ザフィーラさんにお別れのハグとばかりにもふもふしに行ったのを確認し、ユーノさんに向き直りました。
それに首を傾げたユーノさんに言います。


「ヴィヴィオの相手してくれて、ありがとう」
「ああ、いいよ。ヴィヴィオ、本好きみたいだし。なのはとはちょっと違うね」
「うん、そうかも。・・・・それとね」
「ん?」


一拍、瞳を伏せたフェイトさんは再びユーノさんに微笑みます。


「ヴィヴィオのこと、これからもよろしくね」


その言葉に若干の疑問を持ったユーノさんが聞き返す暇を与えず、フェイトさんは踵を返してヴィヴィオちゃんのもとに向かいました。
残されたのは、一抹の違和感。
手を繋いで無限書庫を去る二人を見送り、ユーノさんは思案していましたがそれは新たなる来客によって中断されます。


「お疲れさんやー、ユーノ君」
「はやて、どうしたの?」


やってきたのははやてさん。
今仕事中なんじゃ、とかそんなことが頭を過ぎりましたがユーノさんは聞きませんでした。地雷を踏みたくはないようです。


「また調べ物?クロノみたいな面倒くさい要求はしないでよ?」
「ありゃ、ばれた?」
「そりゃあ、経験から」


あははーと笑うはやてさんが、コンソールを叩き空中に資料を浮かび上がらせます。
それを軽く読んで驚くユーノさんがはやてさんを見ればニマニマ笑っていました。


「これの詳細資料、探してくれへん?」
「誰のため・・・・、って、聞くまでもないか」
「無論、あたしのためや」
「・・・・・・・はぁ」


マジ顔でした。ユーノさんが溜め息をついても、はやてさんはマジ顔でした。
しかしそれもふっと微笑みに変わります。


「やって、叶ったらめっちゃ楽しくなりそうやろ?」
「まったく、はやてらしいね」


それに微笑み返したユーノさんが解ったと承諾したところで、ピピッと呼び出し。


「げ」「あ」
“はやてちゃん!!あと十分以内に帰ってこないとリインも手伝いませんよ!!”


ご立腹な祝福の風Uが映し出されました。
はやてさんが急いで執務室に戻ったのは言うまでもありません。
親友が何やら色々暗躍しているとは露知らず、フェイトさんはというとヴィヴィオちゃんと帰路についていました。


「ヴィヴィオは本当に本が好きだね」
「うんっ」


スキップでもしそうなご機嫌のヴィヴィオちゃん。フェイトさんは少し思案してから問いかけます。


「ヴィヴィオ」
「何?フェイトママ」
「ユーノのこと、どう思う?」
「んと、ね・・・・・・。優しくて、色んなお話してくれるから面白い!」


無邪気な笑みに立ち止まり、繋いでいない方の手でその頭を撫でるフェイトさん。
屈んでヴィヴィオちゃんと視線を合わせてさらに問いかけます。


「ユーノと一緒に居て楽しい?」
「うんっ」
「そっか」


ヴィヴィオちゃんがその問いに隠された本当の意味に気付くことはなく、ただ素直に答え、笑います。フェイトさんが微笑みを勤めて形作っていることも気付きませんでした。
それでもヴィヴィオちゃんは続けます。


「でもねっ」
「うん?」
「フェイトママの方が優しくて、色んなお話もしてくれるから好き!!」


その言葉に目を丸くするフェイトさんは、一瞬後本当に愛おしそうに微笑みます。


「ありがとう、ヴィヴィオ」
「えへへー」


そんな二人の元に、駆けてくる姿がありました。


「フェイトちゃん!ヴィヴィオ!」
「なのはママ!」「なのは」


なのはさんです。どうやら本日の仕事が終わったようで、二人を探していたみたいです。
手を振って近づいてくるなのはさんに、ヴィヴィオちゃんも駆け出します。


「なのはママーっ!!」
「ヴィヴィオ、いい子にしてた?」
「うん、注射も泣かなかったよ!」
「偉いっ、今日はご褒美に晩ご飯ヴィヴィオが好きなもの作ってあげるね」
「ほんと!?」


娘を抱き上げて笑うなのはさんと。
母親に抱き上げられてはしゃぐヴィヴィオちゃん。
その光景を眩しいものを見るように、遠くにあるものを見るように、瞳を細めたフェイトさん。
そんなフェイトさんに、なのはさんと、腕から下ろされたヴィヴィオちゃんが向き直ります。


「フェイトちゃん」「フェイトママ」


フェイトさんに向けられた、二つの手。


『帰ろう?』


二人の笑顔。


「・・・・・・・・・、うん」


自らの腕を伸ばし、フェイトさんは思います。
まだこの手を握ることが出来る、と。





















(言えない・・・)


自宅。
自分と同じくオフシフトであるはずのフェイトさんがソファで資料を読んでいる後姿を見つつ、なのはさんは悶々と悩んでいました。変なオーラが立ち上がっているようにも見えます。しかしそれでもコーヒーを淹れる手が流れるように動いているのはさすがといえましょう。


(だ、だって、そんな、どう答えたらいいのかな・・・・。えーっと、誘う?・・・・さそう!?む、無理!!恥ずかしい!!)


なのはさんが一人わたわたしていることにフェイトさんは気付きません。
愛娘の爆弾発言事件からもうそれなりの日数が経つにもかかわらず、なのはさんは一歩を踏み出せずにいました。所謂“返答待ち”であると思われるフェイトさんの態度はいつもと全く変わらず、それがなのはさんを一層焦らせます。


(ずっと待たせるわけにもいかないよね・・・。それなりの返事した方が良いよね・・・。でも、なんか、その、・・・・・・あーもう!!)


テンパるなのはさんは一呼吸置き、いつの間にか淹れ終わっていたコーヒーを両手にフェイトさんの元へ近づいていきます。
それに気付いたフェイトさんが視線を上げて、微笑みました。


「なのは」


ただ、名前を呼ばれた、それだけ。
なのになのはさんの心臓は否応なしに跳ねます。大切な人が呼んでくれる名前は、何よりも特別なものなのです。


「・・・・?なのは?どうしたの?」
「あ、ううん、何でもない。コーヒー、淹れたよ」
「ありがとう」


無意識に機能停止していた思考を再起動し、なのはさんはフェイトさんの隣に、己の慣れ親しんだ定位置に納まります。
コーヒーに口を付け美味しいよ、と賛辞を述べたフェイトさんは再び資料へと視線を戻しました。それをカップを両手で持ち横目に窺うなのはさん。
輝く黄金の髪。長い睫。紅玉のような瞳。すっと通った鼻梁。白磁の肌。
何度も何度も何度も思っていることを、なのはさんは飽きることなく思います。


(綺麗だな)


なのはさんの隣に居て、いつでも傍に居てくれて、微笑みをくれて、支えてくれて、優しさを惜しみなく与えてくれる人。
誰よりも安心をくれる人。


(ぁ、困ってる・・・)


フェイトさんの微妙な表情の変化から、見ている資料に面倒な仕事が書いてあることを読み取ったなのはさんの腕が伸びます。


「ん、なのは?」


フェイトさんが疑問符を浮かべるのも関係なく、その手からカップを奪って自分のカップとともにローテーブルに置くなのはさん。そのまま浮かび上がるモニターを閉じてしまいます。


「あ、あの、なのは?」
「フェイトちゃん、お休みの意義を答えなさい」
「え?えと、心身ともに休息を取り、鋭気を養うこと?」
「その通り」


困惑顔のフェイトさんの膝を跨ぎ、慌てる姿を知らん振りしてなのはさんは首に腕を回します。目の前には、赤くなった顔。


「フェイトちゃんの今日のシフトは?」
「オフシフト、です・・・」
「お休み、だよね」
「そう、だね」


なのはさんが何を言いたいのかやっと理解したフェイトさんが困ったように微笑みました。
それにわざとらしく溜め息をつき、なのはさんは額同士をくっつけます。


「ちゃんと休まないとダメだよ?」
「うん」
「ただでさえフェイトちゃん、無理しちゃうんだから」
「それをなのはに言われてくないかな」
「ぅ」
「なのは、また軽くなった気がする。ちゃんとご飯食べてる?」
「食べてるよー」
「ほんとに?」
「ほんと。フェイトちゃんこそ細くなってる気がする」
「私は大丈夫だよ、優秀な補佐官のサポートもあったし」
「私、シャーリーに頼んだもん」
「・・・・・・・・・あれ、なのはのせいだったんだ」


何かにつけて休憩時間や食事を勧めてくる補佐官に苦笑が洩れるフェイトさん。どうやら膝の上でむくれる人が原因のようです。
額が離れ、なのはさんはフェイトさんの頬に手を添えます。その感触に瞳を細めるフェイトさん。


「身体壊したり、怪我したりしたら、やだよ?」
「うん、解ってる。なのはも教導で無茶しないでね」
「フェイトちゃんは人の心配ばっかり」
「そうかな?」
「そうだよ」
「大丈夫だよ」


身体が引き寄せられ、いつも通り蒼を隠したなのはさんが感じたのは、いつもと違う、額への感触。少し違和感を感じながらも蒼を解き放てば。


「なのはが笑ってくれるなら、私は大丈夫。どんなことも、乗り越えられるから」


優しい、紅。
その言葉に秘めた想いになのはさんが気付くことは、ありませんでした。

















フェイトさんが本局での仕事を終えて、廊下で見つけたのは元上司にして親友。その姿を見つけてフェイトさんの頬が弛みます。


「はやて、久しぶり」
「おー、久しぶりやなー、フェイトちゃん」


休憩だと言うはやてさんとともにカフェラウンジに赴き、近況を伝え合います。会話は、世間話へと。


「今なのはちゃんたちと一緒に住んでるんやろ?」
「あんまり居れないけどね。居候みたいな感じかな」
「その割には大黒柱みたいに感じるんやけど」
「あの家の最高権力者はなのはだよ」
「ぁー、せやね。逆らえん」


真面目にうんうん頷いたはやてさんとともに、一瞬後には噴き出して笑うフェイトさん。この遣り取りははやてさんだからこそ出来るのです。


「でも楽しいんとちゃう?同じ家に住んでるんは」
「楽しいよ。私は、なのはとヴィヴィオが幸せならそれで良いんだ」
「またまたー、んなこと言うてもフェイトちゃんかて幸せいっぱいやろ?二人と一緒なんやから」
「うん・・・、そうだね」


静かに微笑むフェイトさんに、この時はやてさんは何の違和感も感じませんでした。


「なのはが笑って、ヴィヴィオが喜んでるのを見るのは、幸せだよ」


はやてさんは気付きません。そのどれしもが傍にいなくても感じ取れる幸せだということを。
言葉を紡ぐその人の紅は、澄んでいました。


「だから、私は幸せなんだ」


秘める想い。それが、周りの人にどう感じられるかとは、考えずに。
時間やー、と嘆くはやてさんを見送り、フェイトさんは一人ラウンジに残っていました。


「あれ?フェイトさん?」
「スバル」


そんなフェイトさんに声を掛けたのは、特別救助隊の制服を纏った人。変わらない笑顔で駆け寄ってきます。彼女のパートナーにだらしない!と言われるような笑顔で。


「お久しぶりです!」
「久しぶり、相変わらず元気そうで何よりだよ。さっきまではやてもいたんだけどね」
「あ、八神二等陸佐ならあたしも昨日会いました!」


一通り先ほどはやてさんと交わした会話と同じように近況等を話していると、スバルさんが笑いながら言います。


「八神二等陸佐、面白い話聞かせてくれたんですよ」
「へぇ、どんな?」


この時はただの興味本位。フェイトさんは続きを促します。
スバルさんが語りだした話。それは、御伽噺に似たものでした。


「ある時空のある世界、ある王国があったんです」

「王の一人娘・・・、王女は才色兼備で親しみやすい方だったらしいんですけど、王家存続の危機を迎えちゃったんです」

「王女が心から信愛していたのは、自分の幼馴染の女の子だったんです」


そこまで聞いたフェイトさんの胸中は解りません。
ここで話を止めることも可能だったのです、しかしフェイトさんはそれをしませんでした。


「その国は、どうなったの?」


フェイトさんが知りたいのは、そのこと。それから推測される、王女の未来。
スバルさんは答えます。


「繁栄したそうです。王女の、王家の血が絶えることなく」
「・・・・、そっか」


何となく予想はしていた答え。
きっと、ハッピーエンド。それが、答え。
フェイトさんの表情が一瞬変わったことに気付かずに、スバルさんは続けます。


「何でかって言いますとねー」


と、それを遮るようにピピッとフェイトさんの端末が呼び出しを告げ、それに目を通しフェイトさんが済まなそうに眉を下げました。


「ごめん、スバル。呼び出しだ」
「あ、いいえ!こちらこそお呼び止めしてすみません!!」
「ううん、久しぶりに話せて楽しかった。じゃあ、頑張ってね」
「はい!!」


一人廊下を進む中、フェイトさんは思います。


(王女は違う人を選んだ、・・・。それで、幸せになったんだ・・・)


少しだけ瞳を伏せたフェイトさんが再び視線を上げた時、紅に蔭りはありませんでした。
フェイトさんは気付かない振りをします。
悲鳴を上げる、自身のココロに。


(大丈夫。私は、大丈夫。大丈夫、なんだ)


フェイトさんを今支えているのは、悲壮な想い。
哀しいまでの純粋な想い。
元上司が去ったラウンジで、カフェオレをかき混ぜつつスバルさんは呟きます。


「その王女のために作られたロストロギアが本局に保管されてること、何で八神二等陸佐は知ってたんだろう・・・」


スバルさんの言葉をフェイトさんが知ることは、ありません。

















「で、リインに言うことはないですか?」
「堪忍☆」
「・・・・・」
「あ、嘘、感謝しとる、マジで、ほんと、翠屋のケーキ買ってきたる!!」
「騎士に二言はないですね、はやてちゃん」
「ないで☆」
「・・・・・・・・・・・・」
「ホールで買ってきます」


はやてさんが個人的最重要案件とやらに奔走している間に書類と格闘していたリインさんの機嫌はとても悪くなっていました、当たり前です。
今度の休みは翠屋にゴー!という予定を立てざるを得なくなってしまったはやてさんは、コンソールを叩いてモニターを浮かび上がらせます。そこには無限書庫より送られてきた資料。


「・・・・・・さっすがユーノ君、資料に関しては玄人やなー」
「はやてちゃん?何ですかそれ」
「リインにはちょっぴり早いかなー」
「むぅ、どういう意味ですか」
「コウノトリとかキャベツ畑とか色んなもんを超越したそんなお話や」
「訳わかんないですぅ」
「それでええよー、あたしらは見守る側やから。・・・・・ぃよし!!これならいける!!」


資料に軽く目を通したはやてさんが握り拳。
そのままスクロールしていき、行き着いたのは“許可が必要”の文字。


「使用許可、か・・・」
「はやてちゃん、誰かに許可出すですか?」
「キャリアとは言え、あたしだけや足りんなー」
「足りない?」
「いいか、リイン。反対を受けない許可って言うんは、反対を受け付けない許可と同じ様な意味なんよ」
「はい?」
「逆らってもダメやいうことを感じ取らせなダメなんよ。必要になるんは、権力と地位と人望」
「それならしょうがない、って納得させるってことですか?」
「せや。完璧に、完全に、完膚なきまでに、絶対的な使用許可。それが必要や」


うんうん頷きながら、うちの末っ子は賢いなーとリインさんの頭をよしよし撫でるはやてさん。
それからひいふうみいと指折り数え始めます。


「・・・・・コレだけ居ればええやろ」


ニマリと笑った創造主に若干嫌な予感を覚えつつ、リインさんははやてさんの指示通りにある人たちの連絡回線を開きました。







全てはすれ違い。


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