アフター11
むずがる様な声からぐずりへ、そして泣き声に変わるのにそう時間はかかりませんでした。
それにゆるゆると重く上げられた瞼から覗いたのは蒼色。
「ステラー」
泣き声。
「お腹一杯でしょうー?」
泣き声。
「おむつも替えたようー?」
泣き声。
夜もとっぷり更けた、深夜と言って憚らない時刻。
ベッドサイドの明かりだけが灯った寝室で幼子を抱き、あやす母親。
高町家の次女たるこの幼子の夜泣きが始まったのは、最近のこと。
あやしては寝入り、寝入っては泣き出し、泣き出してはあやし。そんな堂々巡り。
気がつけば夜空が白んでいる、そんな日が一週間ほど。
かといって昼間寝ているわけにもいかず、母親であるなのはさんの寝不足は見るも明らかでした。
火がついたように泣きだすとはこのこと。泣きだす原因を思いつく限り取り払ってはみても、泣き声はやみません。
溜息を呑み込んだなのはさんの耳に、泣き声とは違う音が届きます。
次いで聞こえたのは。
「ただいま、なのは」
聞き慣れた声。
執務官服のまま、最愛の人が寝室へと入ってきました。
どんなに遅くとも仕事が終われば帰ってきてくれるフェイトさんに、無理しないでと思うと共に嬉しく思うとは仕方のないこと。
ベッドまでやってきて、頬へと唇が落とされます。
「ん。おかえり、フェイトちゃん」
それに何故か脱力したような安心感を覚えながら、なのはさんもまた、微笑みを返しました。
と、少しだけ忘れていたかのようにまた響いたのは泣き声。
私を忘れないで。とばかりにステラちゃんは泣きだします。
「ステラー、パパ帰ってきたんだよ?」
またあやすのを再開したなのはさんに、フェイトさんは上着だけ脱ぎます。
「なのは、ステラは私が見るよ」
そして、その両腕をなのはさんへと向けました。
抱っこを変わる。というのです。
「なのはは休んでて」
続いた言葉。
困ったような表情を浮かべたなのはさん。
フェイトちゃんだってお仕事で疲れてるでしょう。
そんな思考をフェイトさんがわからないわけがありません。
けれど、フェイトさんは少しだけおどけたように言います。
「たまにはステラを一人占めしたいかな、なんて」
いつもはママにべったりだから。
なんて冗談みたいに重ねて。
「ね?」
その優しい紅に、なのはさんは甘えることにしました。
ステラちゃんを抱き受け、もう一度頬へとフェイトさんは唇を落とします。
「おやすみ」
なのはさんが横になるのを見てから、フェイトさんは寝室を出ました。
桃子さんから送られたブランケットを使い、寒くないように包み込んで抱っこをしながら、フェイトさんはステラちゃんに話しかけます。
「ステラ、ちょっとだけパパ一人で我慢してね」
いつもはママとお姉ちゃんが一緒だもんね。と続けて、私も早く帰ってこれればいいんだけどなぁ、なんてちょっとした嘆息。
未だ途切れない泣き声に、フェイトさんはリビングの窓辺に寄ります。
今日は満天の星空。
窓越しの夜空を見上げてから、ステラちゃんに微笑みます。
「ステラー、ステラ、ほら、星が綺麗だよ、ステラ」
何度も何度も名前を呼んで、あやしていると、ふと、くりくりしたまあるい瞳が、フェイトさんを見ました。
フェイトさんを見上げる臙脂色。フェイトさんは、改めて、微笑みます。
「うん、ステラ、ただいま」
涙の跡を優しく撫でながら、フェイトさんはゆっくりと声を掛けます。
「ステラ、おねむしよう?」
そこで、フェイトさんの記憶に掠る、遠い音。
フェイトさんは、ステラちゃんを見ます。
「私が眠れない時にね、よく聞いた歌があるんだ」
蘇る、音の連なり。
「あんまり上手じゃないけど、聞いてくれる?」
夜の澄んだ空気を、フェイトさんは吸いこみました。
奏でられたのは、フェイトさん自身もどこの歌なのかわからないもの。
楽譜を見たこともない、記憶の中の声をなぞる様に奏でる歌。
けれど、ステラちゃんにはとても心地よい子守歌だったのでしょう。
一曲歌うか歌わないか、その内に母親やお姉ちゃんと似た寝息を立てた幼子に、フェイトさんは目元を緩めます。
「効果抜群だね、リニス」
「泣きやませたのもそうだけど……どうやって寝付かせたの?」
「うん?」
翌朝、事の次第を聞いたなのはさんがステラちゃんの夜泣き対策にその歌を録音したいとねだったのは言うに及ばず。
ステラばっかりずるい。という本音は隠して。