アフター10

 


「ただいま」
「おかえり、フェイトちゃん」

玄関で身を寄せ合い、額を合わせて見詰め合うどこからどう見ても甘ったるい空気を発しているこの二人。
二週間の航行任務を終えたフェイトさんが帰宅し、なのはさんが出迎えたことにより発生した光景です。変わることのない光景でもあります。これが二人きりであればまた連鎖的なイベントが発生する可能性が軒並み上昇しますが。

「あのー、娘の目がありますよー」

ここは、高町さんちであり、二人の娘たちも居るというわけで。
ほんのり遠巻きに、両親のやりとりをやや呆れた生温かさで見守っていたヴィヴィオちゃんはタイミングを見計らい声をかけました。それになのはさんが照れたように笑い、フェイトさんも微笑みを向けます。

「ただいま、ヴィヴィオ」
「おかえりなさい、フェイトママ」

笑顔で返してくれたヴィヴィオちゃん。そんな長女から視線を下げて、その足元に隠れるもう一人の娘に微笑むフェイトさん。

「ステラ、ただいま」

しかし、返ってきたのは無言で、しかもヴィヴィオちゃんの後ろにより隠れてしまうという行動つきでした。

「ステラ?」

それに首を傾げてフェイトさんはもう一度名前を呼びますが、反応なし。
苦笑したヴィヴィオちゃんが隠れる妹に声をかけて。

「ほら、ステラ。フェイトパパのとこ行っておいで」
「ゃ」

ステラちゃんから拒否の声が漏れました。








「ステラに嫌われた。完璧に嫌われた。絶対嫌われた。ああどうしよう。ほんともう駄目だ。やっぱり航行任務一週間超えるやつは断るべきだったんだ。クロノの嘘つき。ちょっとくらい長くっても大丈夫だって言ってたのに。きっとお家に居ないから愛想尽かされたんだ。お土産なんて罪滅ぼしだと思われてるんだ。一緒に遊んでくれないから嫌いになっちゃったんだ。パパ嫌いって言われるんだ。パパ嫌い!?わ、私そんなこと言われたら立ち直れない・・・・!!!」

ソファで頭を抱えてぶつぶつと呟き、はたまた地の底まで沈み込んでいきそうなフェイトさんの姿がリビングにありました。
それをココアの入ったマグカップ片手にキッチンから眺めていたヴィヴィオちゃんは、夕食の準備に勤しむなのはさんに視線を向けます。

「ママ、どうにかしないと」
「うーん」
「凄まじい凹みっぷりだよ」
「凹んでるよねぇ」
「はやてさん辺りに伝えたら爆笑しながら録画するくらいの凹みっぷりだよ」
「そうだねぇ」

両親の親友が最新の記録機器を手に笑っている姿を思い浮かべて、ヴィヴィオちゃんはココアを一口。やりかねません、あの人なら。
しかしそんなことを言ってもなのはさんのどこか暢気な返答に首を傾げれば、返ってきたのは微笑み。しかも、ちょっといたずらっぽいものです。嫌な予感がヴィヴィオちゃんを襲います。

「ヴィヴィオが、フェイトママは学校に迎えに来ないで!って言った時くらいの凹みっぷりだねぇ」
「あ!あれは!!その、なんといいますか、あの・・・」

蘇る幼き日の記憶。確かにその時のフェイトさんの凹みっぷりと、今の凹みっぷりは重ねてみても遜色ないほどのものです。
ヴィヴィオちゃんがちょっと思い出したくない記憶に照れを隠せないでいると、なのはさんはやはり微笑みを向けてきます。

「ねー?」
「・・・・・・・何」
「やっぱり姉妹って似るなぁ、って」
「え?」
「ステラも同じって言うこと」

小さく息をつき、なのはさんはひと段落ついた夕食の準備を止めて屈みます。そこにはフェイトさん帰宅直後からヴィヴィオちゃんの足元にくっついて離れないステラちゃんの姿。
お姉ちゃんはそんなステラちゃんに邪魔どころかちょう可愛いので何も言いません。

「ね?ステラ」

視線を合わせる母親に、ステラちゃんは俯き、お姉ちゃんの服の裾を握る手に力を込めます。お姉ちゃんに頭を撫でられて少しずつ上げた視線に、優しく微笑んだ母親。

「パパ、寂しがってるよ?」
「・・・・・・」
「ずぅーっと、ステラに会うの楽しみにしてたんだって」
「・・・・・・」
「ステラも、そうだよね?」

ステラちゃんは小さく、頷きました。









「パパ」
「す、ステラっ、パパ謝るから!お願いだから嫌いにならないで!!」

不意にかかった声に、その持ち主が誰だか瞬時に認識したフェイトさんは振り向きざまに謝っていました。全力で謝っていました。
かなり情けないです。

「え?」

けれど返ってきたのは想像していたお怒りではなく、腕の中に飛び込んできた小さな身体。
視線を下げれば母親によく似た髪色。
ステラちゃんが抱きついてきたことに驚きながらも反射的に抱きとめて、軽く混乱していると。

「照れてただけなんだよ」

キッチンからやってきたなのはさんの言葉。
そう、ステラちゃんがフェイトさんに近づかなかったのはそんな理由。ステラちゃんにとったら大きな理由。久し振りに見た大好きなパパ。すぐに抱っこしてほしかったけど、恥ずかしさが勝ってしまったのです。

「誰かさんと一緒でねー?」
「こっち見ないでください」

なのはさんが振り返って、まだキッチンにいるヴィヴィオちゃんを見れば少しだけ頬が赤くなっていました。
状況を整理しようと必死に動いているフェイトさんの頭。そんなフェイトさんの腕の中で顔を上げたステラちゃんはやっと、言いたかった言葉を口にします。

「パパ、おかえりなさい」

頬を真っ赤にした、はにかみ。

「ステラああああぁああぁあぁ・・・」

感極まるとはまさにこのことでしょう。ぎゅうううううっとステラちゃんを抱きしめるフェイトさん。
そんなフェイトさんにはにかみ笑顔を浮かべたまま、抱きつくステラちゃん。
いつもの親子がそこに居ました。

「んー」
「何?」

そんな光景を見ながら漏れた母親の声。ヴィヴィオちゃんは空になったマグカップを持ったまま近づきます。
ちょっと困ったような、なのはさんの表情。

「娘ながらちょっと妬けちゃうなー、なんて」
「ママ、そこは我慢してよ・・・」
「はーい」

こうして、高町家の少しだけ特別な日は過ぎていきます。


 

パパ歓喜

 
inserted by FC2 system