be knocked down to one




キャラの性格や人物像に過度の歪曲があります
また、人道的に良くない表現もありますのでご注意ください
任意の上で、御覧ください








光あれ。
彼の神は最初にそう言ったらしい。
最初から闇があったのか、そうではないのか。それはわからない。
しかし光射すところにモノがあれば影ができ、闇が出来る。
モノが増えれば増えるほど影か重なり、重なり、重なり。
闇は深く。


カンカン!!

「落札!!」


ハンマーの打ち下ろされる固い音と司会者の声が響いた。
それと共に喜びと落胆の声。
眼下で繰り広げられる狂乱の宴。闇の世界で行われるオークション。


「不機嫌丸出しね」
「気分が悪いんだ」
「そういうのを、機嫌悪いっていうのよ」


呆れたように息を吐く翠の瞳の少女と、無表情に告げる紅い瞳の少女。
子供と大人の境界にいる少女たちは、会場で一番高い位置に座り澱んだオトナタチを見下していた。
この世界の双肩である二人の家。その跡取りと、跡取りでなくともその家の者である二人。


「あたしたちが何でここに居るか、わかってるでしょう?」
「・・・・、わかってるよ。だからまだここにいるんだ」
「義務がなきゃさっさと消えてるってわけね」
「慣れなきゃいけないってことも、わかってる」
「そうね、これが日常になるんだから」
「少し、億劫かな」


少女たちは今夜、この世界に初めて家族とは別に現れた。
光だけではなく、こちらの世界を仕切る役割を少なからず担うということ。
表と裏の統率者の一族としての役目。
何も知らないコドモと、知りすぎたオトナの間の少女たち。
色彩に満ちた世界は、この世界と一族の繋がりを知った瞬間から色あせて。


「さあ!紳士淑女の皆さま!!今宵の目玉商品のお披露目にございます!!」


儀礼用の仮面をつけた司会者が声を張る。
意味のない仮面をつけた客陣がざわめく。
仮面をつけない二人が見下す。


「空高く舞う鳶色の髪、夜空を溶かした紫紺の髪。蒼天の空と宵闇の空を映した瞳。数十年に一度の、いえ、このオークション始まって以来の上物にございます!!」


鮮赤の布を取り払われ、鳥籠を模した鉄牢には十にも満たない少女が二人。
黒いワンピースを纏い、光のない瞳が周囲に向けられたが何も映りはしない。


「鑑賞、愛玩、転売。お客様のお好きに!!」


値が跳ね上がる。
二倍、さらに三倍、さらに四倍。五倍。十倍。そこからは徐々に。


「こんなことまで、してるんだ」
「こんなことで済んでるのよ。他のところでどうなってるか、知ってるでしょ」
「・・・・・、そうだね」
「あたしたちがくるから特別に上物用意したってとこかしらね」
「私たちの、ために、か」
「余興よ」


上座から見下ろす二人は閉じ込められた小鳥を眺める。
蒼と紫紺を、紅と翠が捕らえた。


「・・・・・・・・」
「・・・・・、あれで終わりじゃないのよ」


無言の言葉と、自分に言い聞かせるような言葉。


「目の前を救っても、終わりはない」
「けど・・・」
「野良猫拾ってくるより、タチ悪い」
「木から堕とされた小鳥を保護しちゃいけない?」
「鳥の生き方を知らない狼が育てても、不幸になるだけ」
「他の獣に食い荒らされるより、いいとは思わない?」
「何であたしにいうわけ?」


仮面がない二人は、幾重にも重ねた仮面の奥の考えを読み合う。
溜息をついたのは、翠色。


「最初で、最後よ」
「ん」


現在値の倍を現す手を、二人は同時に挙げた。















カンカン!!

「落札!!」


ショウヒンが競り落とされたことを告げる声が響く。
籠の中の小鳥たちはそれを理解していた。自分たちは買われたと。
物心ついた時から色のない世界。
何度目かわからない闇を取り払われた後に見たのは鉄格子越しの仮面の群れ。どれも同じ、どれもモロクロのヒトタチ。


「貴女様方に飼われる小鳥たちとは・・・、なんと羨ましいことでしょう!!」


舞台にいる仮面が興の入った声を上げる。
小鳥よりもセカイを知らない雛鳥は次の鳥籠が決まったことを理解していた。それが最期まで続く鳥籠かどうかはわからないが、ソトには飛びたてはしない。
ソトは知らずとも、鳥籠の周りならば誰よりも知っている雛鳥は、無理に羽ばたいて羽を傷付ける愚行など、しない。囀るような馬鹿な真似は、しない。


「では後ほどお屋敷にお届け致しますので」


雛鳥たちは瞼を下ろす。
また煌びやかな鮮赤に包まれて闇から闇に移されるのを待つのだ。今までそうだったように。














「必要ない」
「そうね」


だが今日は、これまでと違った。
瞼を上げる。
黒い線の入ったセカイで群れが割れる。一番高い所から一番低いこの場所に続く道。
仮面をつけていない人物が、二人。
舞台を降りるかのように、こちらに向かってきていた。


「い、いけません!そのようなこと!!」


ショウヒンを並べるこの舞台に立とうとする二人を止めようと、司会者が慌てる。
この舞台は彼女たちの舞台ではないのだ。
彼女たちの舞台は、もっと煌びやかで、もっと穢れている。これ以上ないほど明るく、これ以上ないほど昏いのだ。


「それ、あたしたちのものでしょ」
「持って帰るよ」


だが彼女たちは止まらない。
止めることなど出来ない。この場にいる誰もが、二人には敵わないのだから。


「邪魔だな」


鳥籠の扉に絡みつく鎖に手を触れた紅い瞳を持つ彼女が、籠の隣に立つアシスタントに短く告げる。
冷え切った瞳。


「さっさとしなさい」


翠の瞳を持つ彼女の一言で、顔を青くしたアシスタントが鍵と鎖を取り払う。
温度のない無表情に、震える解錠者を誰が責められようか。
誰も何も言えない。見ているしかない。


「ああ、一つ言っておくわ」


司会者と、仮面たちを翠が射抜く。
身動きのできない、圧倒的な存在感。


「あたしも、こいつも、自分の所有物が見下されるのは嫌いなのよ」


彼女たちが手に入れたものは、鳥籠に。


「同じようなものを出されたら、イラつくわけ。比べられてるようで」


彼女たちの前に、再び違う小鳥を晒したら。
さらに彼らを射抜く、紅。


「わかるよね?」


誰も、逆らえない。
鍵と鎖が、取り払われた。


「御苦労」
「下がってもいいよ」


畏まり恐怖で固まるアシスタントに視線もやらず、二人は鳥籠を開け放つ。
雛鳥たちは見上げる。
籠を開け放った新たな飼い主を。


「・・・、先に選んでいいわ」
「そんな風に言わなくても、その子、でしょ?私はこの子だから」


蒼は、紅を。
紫紺は、翠を。


『おいで』


セカイで初めて認識した色。














下ろされたのは純白のシーツの上。
ベッドというものを使ったことがなくともわかる、天蓋付きでキングサイズの上質な寝台。
ふかふかのそこに下ろされた蒼い瞳の雛鳥は、自分をここまで連れてきた人物を見上げていた。
あの宴からこの屋敷についてからのことを思い出す。


「ただいま」
「おかえりなさいませ、フェイト様」
「・・・・・・、何も言わないんだね」
「客室をご用意しております」
「誰から連絡が?」
「御館様より」
「もうばれちゃったんだ、凄いな」
「どうなさるおつもりですか?」
「どうにかする。少し協力してもらうかもしれないけど・・・、お願いね」
「御心のままに」


様付けで呼ばれ、他の者が従っていた。
つまりはこの家の中で、偉い人。外でも、さらにはこの世界で絶対の一族、ということを雛鳥は知らない。


「えっと」


明かりを灯さない部屋には青白い月明かりだけが四角く差し込む。
けれど闇に慣れた瞳にはよく見えた。
目線を合わせるように屈んだ彼女の表情は、微笑み。


「怪我、してない?」
「・・・・・」
「どこか痛くない?」
「・・・・・」


こちらをまっすぐ見詰め頷く雛鳥に、この館の主であるフェイトは重ねて問う。


「言葉、話せる?」
「・・・・・」
「私は、フェイトっていうんだ」
「・・・・・」
「わかる、かな」


首を傾げたフェイトを蒼が見詰める。
ただ静かに待つフェイトに、微かに口が動く。


「フェイト、さ、ま」
「うん。でも様はつけなくていいよ」


フェイトは雛鳥の頭をなでる。
しかし少し強張った身体にすぐに掌を離した。
フェイトは予想していたこととはいえ、少しだけ悲しくなる。この子が聞いて、知っていることは、おそらくそういうこと。


「君の名前は?」
「なまえ?」
「そう、なんて呼ばれてた?」
「ソレ」


答えに眉を下げ、しばらく考えたフェイトは雛鳥に微笑みかける。


「なのは」
「?」
「今日から君は、なのは」
「なの、は?」
「うん」


雛鳥の声を聞いて、いまだ見せない笑顔を想像して。
幼い頃に見た、春に咲く一面の黄色い花畑。
それを思い浮かべたフェイト。
気に入らなかった?と聞けばゆっくりと横に振られる首に安堵する。


「じゃあ、私は行くね」


フェイトは立ち上がる。
ゆっくり休んで。その言葉をフェイトが言う前に、なのはが口を開く。


「アナタじゃないの?」
「え?」
「誰かほかに来るの?」


どこまでも、真っ直ぐな蒼。
月明かりに照らされ、その奥底が濁っていることに、やっと、気付いた。


「私で遊ばないの?」


濁ってしまった蒼を、見た。

















親友と会場で別れ、帰路に着く。
バニングス家の息女、アリサは自分だけの屋敷に競り落とした雛鳥を連れて帰った。
用意させた客室。そこのベッドに雛鳥を座らせ、自分もまた少し距離を置いて腰をかける。


「名前は?」
「・・・・・・・ない、です」
「ない?」
「買った人につけられるものだから」
「・・・・・ああ、そういうこと」


警戒し、果ては泣き叫ぶと思っていた雛鳥はベッドに座らせてもその感情を揺れさせなかった。
動の色を見せない、静の色だけの紫紺。
何も読み取れないその色にアリサは額に手を当てて溜息をつく。


「・・・・・・・・・・・・・、すずか」
「え?」
「あんたの名前よ。ないと面倒でしょ」
「すずか・・・」
「どっかの国の楽器」


あんた声綺麗だし、丁度いいでしょ。
とは続けない。アリサは適当につけたとばかりに軽く言う。
親友につき合う形になったとはいえ、この紫紺の雛鳥に目を奪われたのは事実。親友と同じように、手に入れたい、他の人に奪われなくないと一瞬でも思ったことも、事実。
何か言いたそうにこちらを見る紫紺にああ、と呟いた。


「アリサよ」
「アリサ様」
「様つけないでいいわ」
「でも、貴女は私の飼い主」


アリサの眉がぴくりと動く。
いまだ揺れぬ紫紺。


「そういう言い方、嫌いなんだけど」
「ご主人様?」
「同じようなもんじゃない」
「けど、そういうものではないのですか?」


ショウヒンと、落札者。
二人の関係は、それ以外の何物でもない。


「・・・・・・、あんた、あたし以外にゴシュジンサマとやらはいた?」
「いいえ」
「頭良いみたいだから端折って言うけど」
「はい」
「試されたことはある?」
「いいえ」


そういう目的でも売られていると、すずかは自覚しているのだろう。
アリサは見る。
紫紺は動がないわけでなく、動を失くした静だということに気付く。


「私たちを買った方は皆さん転売目的だったので、商品価値を下げたくなかったのでしょう。誰も、私たちに触れることを許されませんでした」


いい商品は、より深いオークションでは高くなる。それが価値基準になるのは、珍しくもない。
最高値落札者の前で、ショウヒンは淡々と告げる。


「落ち着いてるわね」
「泣き喚いて嫌がる方がお好みでしたか?それとも、震えて怯える方が?」
「あたしがサディスティックに見える?」
「いいえ」


感情を動かすことを捨てた紫紺が、アリサを見詰めた。


「アリサ様は」


月を覆っていた雲が晴れたらしい。
光源を増した蒼白い光の柱が窓枠を鮮明に浮き立たせる。
一瞬。


「私から強請る方が、お好きですか?」


上半身をベッドに投げ出したまま、アリサは自分の上に居るものを見る。
急に距離を詰められたかと思えば、警戒する前に肩を押された。
自身に跨るものを見上げて、理解し、急激に冷める心と裏腹に頭を焼く怒り。


「なんのつもり?」
「私の存在意義、です」
「誰が決めた?」
「解りません。けれど、そう、決まっていました」


雛鳥は何も知らないコドモではない。
少なからず闇で見なくてもいいものを、見て、知って、理解していた。
自分の行く末を理解していた。それが誰に決められたものかもわからないまま。


「御所望は、ございますか?」


しかし何も知らない雛鳥でしかなかった。
何をすればいいかはわかっていても、その方法を知らなかった。
それでもどうにかしようとすずかが自身のワンピースに手を掛け。
アリサが、やっと動いた。















「遊ぶ?」
「だって、私たちはそういうものだって、言ってた」


驚き瞳を丸くしたフェイトがなのはを見る。
追うように立ち上がったなのははフェイトの指先を握る。
冷たく、小さな手。


「それが存在意義、だって」
「・・・・・・」
「遊んで、くれないの?」


遊ぶ。
彼女たちを飼い主が籠から出す理由のすべてに当てはまる答え。


「一緒にいたあの子が言ってた。結局そのためだけのものだって」


紅い雛鳥と翠の雛鳥はずっと一緒にいたらしい。
同じ鳥籠で、同じものを見て、認識はそれぞれ。理解度もそれぞれ。
引かれる指先。


「そのために、私はここに居るんでしょ?居られるんでしょ?ねぇ。遊んで?それしか、私は出来ないから」


真っ直ぐな言葉と、真っ直ぐな瞳。
その根本はどうしようもなく歪んでいて。
月明かりは二人の足元までしか伸びていない。なのははフェイトの瞳が昏く染まることには気づかない。


「・・・、なのはは、他の人と遊んだことはある?」
「ないよ」


否定に、昏さが和らいだ。
雛鳥は、誰にも触れられていない。


「私とあの子は、トクベツだから。誰も、遊べないようになってたの」


鳥籠は無数に。
しかし強固な鍵と寄せ付けぬ鎖があったのは、この雛鳥たちの籠だけ。
なのはは理解はしていなくとも、感じてはいた。
自分たちはトクベツなのだと。


「でも、フェイトさまは、違う」
「・・・・・・・・・」
「私で、遊んでくれる。遊べる人なんでしょ?」


なのはは口を開かないフェイトの指を引く。
微かに月明かりを映す紅を見上げて、乞う。
言葉と声はまっすぐに。瞳は澄みきり。身体は純白。けれど。


「遊ぼう?」


心は、淀み。













腹筋に力を入れ、一気に起き上がる。
体勢を崩したすずかを支えてベッドにおろし、そのままアリサは立ち上がる。


「どうして、ですか?」
「んなこと自分で考えなさい」


すずかが見上げた翠には、明らかな怒り。
アリサが何故何もしないのか理解できない。初めて微かに揺れた紫紺から感じ取れたのはそんな思い。


「申し訳ありません。謝ります。だからっ」
「煩い」


ぴしゃりと言い切られ、すずかは口をつぐんだ。
何が悪かったのか。どこが悪かったのか。
鳥籠の周りしか見たことのない、鳥籠の周りしか知らないすずかは考える。しかしわかるわけがないのだ、絶対に。
俯くすずかの肩に、ふわりと暖かいものがかけられる。


「え・・・?」
「寝なさい。疲れてるでしょ」
「・・・・・・・」
「イイコはとっくに寝る時間よ」


自身の上着をすずかに掛け、アリサは言うだけ言って背を向けた。
扉まで歩み寄ると一度振り返る。


「おやすみ、すずか」
「・・・・・、おやすみなさい」


すずかの視線を背中に受けながら、アリサは部屋を後にした。















フェイトはもう一度、なのはと視線を合わせるように屈んだ。
頼りなく、それでも必死に掴まれていた指を解き、逆に掌でちいさなそれを包み込む。


「遊ばない」
「どうして?」
「どうしても」
「だって、私は・・・」
「いいんだ、君は無理に遊ばなくても」


微笑むフェイトになのはは首を傾げる。
そんななのはの頭を撫でて、フェイトは努めて優しく語りかけた。


「私と、遊ばなくていいの?」
「ん。そうだよ」
「だめ、だよ。私、遊ぶことしか出来ないんだからっ」
「なのは」


なのはの言葉をフェイトは遮る。
眉を下げて、困ったような微笑み。


「いいんだ」
「・・・・・」
「ゆっくり、休んで。ね?」


頭をもうひと撫でし、フェイトはなのはを抱き上げた。
ベッドまで運び、その小さな体を横たえて毛布を掛ける。
見上げてくる蒼に微笑んだ。


「おやすみ、なのは」
「・・・、おやすみ、なさい」


なのははフェイトが扉から姿を消すのを見送った。















屋敷の廊下。
窓枠に切り取られた光の柱が続いていた。
場所は違えど、フェイトとアリサはそれぞれの屋敷の廊下を往く。



どうしようか



小さな溜息と漏れた言葉は同じ。
美麗な貌。眉根が寄る。



どうしたら、救えるか



どうしたら、雛鳥を飛び立たせてあげられるか。




続かぬ。



厨二心全開やんなぁ。ごめんなさい。

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