表裏一体



※王国ぱろ、中途半端、暗い












ごめんね。
たったその一言で。たった一度の泣きそうな笑顔で。
私は、この人の傍にいたいと、想った。











王族に仕える侍女。
その役職に就くために私は必死だった。
実家の仕事を手伝いながら、礼儀作法、一般教養、時には武術。それを少しずつ覚えていった。
きっかけは幼い頃の想い出。
かといって、そうそう簡単になれるわけもなくて、騎士見習いの募集の様にはいかなくて。
巡り合わせが良かった、としか言えない。
よくケーキの配達に行くお屋敷の、旦那様。の、娘。
彼女と私は、仲が良かった。そして彼女はお城に努める文官の娘と、幼馴染だった。
文官の娘に、お城の侍女の話が上がったが、彼女はそれにあまり乗り気ではなかったのだ。彼女は、父と同じく文官であることを望んだ。
文官である父もその意思を尊重しようとした。
そうして、巡り巡って。私へとその話が舞い込み。
年を十と幾つか経た私は。



晴れて、ハラオウン王家の侍女となった。



貴族ではなく平民である私は、最初は下働きから。王族にお目通りなど叶うこともない。
数度、月日が回り。やっと城内のある程度の領域を歩くことを許された頃。
煌びやかさより厳かさを重んじたその城の一室の掃除を任されていたその時。
私は。

「貴女、誰ですか」

目の前の紅い瞳に、そう告げていた。
金色の髪。紅い瞳。整った貌。祭事用とは違うけれど、落ち着いた漆黒の装い。
見間違えるはずもない。ハラオウン王家に仕える、祭事の一切を取り仕切るテスタロッサ家の、後継者。
アリシア・テスタロッサ様。
私が、幼い頃に一度だけ逢った人。
私が、ずっと追いかけてきた人。
私が、逢いたかった人。
間違えるはずがない。
私の目の前で、私を見て、私に微笑んでいるその人は。

「アリシア様じゃない」

紅が瞬く。
扉が開く音に振り向けば、そこにはもう一度だけ逢いたくてたまらなかった人。
の、はずだったのに。
狼狽した私に、不思議そうに近づいたこの人は、初めて見る顔だね、と笑っていた。
私は、踵を下げて、先ほどの言葉を口にしていた。
私の言葉を聞いて、目を丸くした彼女は、首を傾げる。

「どうして?」
「だって……」

距離を詰めることなく、かといって逃すことがないように扉を背に、私の前に立ったまま。
彼女は、手元の扇を軽く開いて口元を隠した。
それを見て、確信する。

「アリシア様は、右利きのはずです」

扇は、左利き用のもの。
私も左利きだからこそ、よくわかる。
何より、右手の甲に彫られているはずの刺青が。

「それに、紋章だって……っ」

ない。
あの日見た。あの日の残照として瞼を焼いた紋様は、消し去ることが出来ないはずなのに。
ただ、目に痛いくらいの白い肌が、あるだけ。扇を持つ手に紋章があるが、左手だった。

「ふぅん、右手に紋章、か」

目の前の、誰かの、紅い瞳が細まる。
扇が下ろされて、そこにあるのは、極限に薄く残る弧月。

「でも残念、わたしは、左利きで、紋章も、左手なんだよ?」

笑う、彼女。
思考に、土砂崩れが起こる。
そうそうお目にかかれない天上人だからこそ、その人に化けてしまえば下位の者は気付かない。
なにより、城内でも一部にしか姿を見せない猊下一族が、こんな所に来るわけがない。
間者。暗殺。そう言った者もいると、教育を受けた。些細なことでもいい。逐一報告しなさいと。全て訝しめと。

「衛兵……っ」

叫んだつもりの声は、掠れたものだった。
恐怖。動揺。不安。全てで、喉が潰れる。
それでも扉は開いた。眼鏡を掛けたその人を私は知らない。服装が、すこし、違ったが恐らくは先輩侍女だろう。
その人がこちらを見て息をのんだのを見た。
だから、もう一度叫ぼうとして。

「シャーリー、クロノを呼んで」

目の前の、誰かが、言った。

「“アリシア”の侍女が見つかったって」

彼女は、笑っていた。



















連れてこられたのは、城内でも奥の、奥。
王族と、その近衛しか近づけない区画。

「祭事を取り仕切る、所謂猊下の家っていうのはね、一子完全相続なんだ」

鉄格子が嵌められた窓。
幾重もの鍵が設えられた扉。

「後継者と定められた子が居なくなれば、他の家が継ぐことになる」

分厚く、光を通さないカーテン。
重厚な家具は持ちあげることすら難しそう。

「だからこそ、猊下の地位を狙ってるやつは多い」

誰かを部屋に在るもので傷つけようとしても、不可能な作り。
そんな一室で、私は彼女の話を聞いていた。
あの時やってきた侍女は、確かに先輩にあたる侍女だった。しかも王族直属の。
私は、あの後、その先輩侍女が呼んだ近衛兵に連れられて、一言も喋ることを許されず、何も見ることも許されず、ここへと連れて来られていた。
考えることはただ一つ。
この人は、誰なのだろう。
もしかしたら、本当は、この人がアリシア様で、私が言ったことは不敬罪で、断罪される立場なのかもしれない。
一番の可能性はそれだ。
けれど、私にはどうしても信じられなかった。
幼い頃に逢ったあの人が、アリシア様だと信じている。確かに、確かにあの時、彼女は名を呼ばれていた。他でもない、次期王に。
じゃあ、どうして。この人がアリシア様でないというのなら、こんな所に連れてこれるわけがない。

「表面上は反逆防止の人質。実質には保護。ハラオウン王家にとってもテスタロッサ家は重要だからね」

なにより、こんなことをぺらぺらと話すわけが、ない。
彼女が、私に笑いかける。

「でもそれだけじゃ足りない。権力争いって危険がいっぱいなの」

その背後で、鍵が無数に取り付けられた扉とは、違う、扉が、開いた。
目を、見張る。彼女が、その扉の方を振り返りながら笑う。
そこにいたのは。

「ね、“アリシア”」

そこにいたのは、表情を無にしたアリシア様だった。
目の前の人と、瓜二つ。黒い手袋のせいで、紋章の確認は出来ない。
その人は、その人たちは、私の前に立って、ただ、私を見ていた。
アリシア様が、アリシア様に問いかける。

「この子が、侍女?」
「うん」

アリシア様が、アリシア様に頷く。
もう、頭がおかしくなりそう。
先の、アリシア様が笑う。

「わたしたちが、“アリシア”だよ」

後の、アリシア様が、言う。

「私のことを知ってるのは、ほんの一部だけ」

同じ声で、同じ姿で。
じゃあ、私が見たのは、私が立て付いたのは、どっちも。
どちらが。

「今日から君は、“アリシア”の侍女」

アリシア様が扇で口元を隠し。

「勘違いしないでね」

アリシア様が冷えた紅を私に向ける。

「君は、わたしたちに監視されてる立場なんだよ」

一対の、アリシア様は。

「よろしくね、なのはちゃん」
「無駄なことは考えない方がいいよ」

そう、宣告した。



猊下一族と会う機会があるのは城内だけ。
姉妹だけどひとりっ子。
後継者は姉。影武者は妹。
どろどろの権力争い。
って考えたらこうなった。
どの映画のCMを見たかばればれですね。

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