不健康吸血鬼 3



純血、と呼ばれる者たちがいる。



吸血鬼の中でも特別とされ、比類なき力を持つ者たち。
赤い業を背負い、それでも誰も敵うことがない吸血を司る者たちの頂点。ヒトが跪く吸血鬼たちが傅く吸血鬼。
純血の血族は多くはない。限られた家名を持ち、その赤を色濃くする。中には、家名を持たず、古からただ一人永劫を過ごすものも居た。
純血の中で特に濃い血を受け継ぐ者たちは総じて、紅い瞳を有している。脈動する血を連想する、深い紅。
その贄ともなれば、言うに及ばず。モノとなったヒトの中の頂点と言えよう。ヒトはもちろん、下位の吸血鬼にも傅かれ、他のモノが手を触れることなど許されないのだ。



黒い封筒。
赤い封蝋に刻まれた紋章。
中に隠された羊皮紙に綴られた言葉は古めかしい文言。
そこに記された名を持つヒトが、モノとなる運命を綴った見た目に反してとても重いもの。
ビロードに覆われた台座に据えられたそれを、見詰める二対の瞳がありました。
翡翠と、紅玉。
薄暗い室内に纏うのは重苦しい沈黙と、威圧感。色味の違う金色が燭台の灯に揺らめき、てらりと輝きます。
細まる紅と同時に、白い手が伸び。

「やっぱりだめだよ燃やしていいこれ!?」
「やめい!!」

燭台に手を伸ばすフェイトさんと、それを防ごうとするアリサさんの攻防は、アリサさんの全力チョップにより終幕を迎えました。
やっとよくわからない混乱から少し回復したフェイトさんは、大人しくソファに座りこんでいます。
それを見て、何とか奪還した燭台を握りしめ、あまりの力にみしみしとそれが悲鳴を上げていることに気付かずにアリサさんは声を荒げます。

「これ用意すんのにあたしがどんだけ苦労したと思ってんの!?」
「あ、うん、お疲れ様。ところでこれ燃やしていい?」
「やめろっつってんでしょ!!」

諦めていなかったようです。
大きなため息をついて、テーブルを割らないように燭台を下ろしたアリサさんは、さきほどの静寂と同じようにフェイトさんと対面のソファに腰を深く埋めました。お疲れモードです。

「何であんたの血族への確認とか告知の準備とかあたしがしなくちゃなんなかったのか小一時間愚痴ってあげたいわ」
「しなくてよかったのに」
「あ?」
「ご、ごめんなさい」

フェイトさんの小さな本音に返ってきたのはドスの効いた一音でした。思わず即刻謝っちゃうほどでした。
でも。だって。と未だにもごもご言っているフェイトさんに、アリサさんは長く息を吐きだします。
思い出すのは、ここ数日で回った、本来特別なことがない限り目にかかることが出来ないであろう純血の血族たち。

「あらまあフェイトが……!! って感涙してたわよハラオウン家の当主様」
「……」
「どこのどいつだ!! って怒り心頭だったわよハラオウン家の次期当主様」
「……」

もごり。とフェイトさんが言葉を飲み込みました。
脳裏に浮かぶ姿は確実に実際と違うことはないでしょう。愛されていると言う自覚が、ハラオウン家の長女にはあるのです。
アリサさんは、少しだけ遠い目をしました。

「ちなみに最難関は、申し訳ございません、少し耳が……それで、何か仰いましたか? って笑顔だったあんたの元教育係よ。何よアレ、めっちゃ怖かったわよ!! アレが獣人とか嘘でしょ!!」

思わず身を乗り出して叫んでしまうほどです。
吸血鬼に着き従うものとして有名な種族のはずが、高位の吸血鬼さえ震えあがらせる獣人。
アリサさんにトラウマを植え付けたその人を思い描いて、ふんわり笑うフェイトさん。

「リニスはテスタロッサの古い頃からの従者だから」
「えっ、いくつなの」
「女性の年齢を詮索するのは失礼なことだよ」
「うわ腹立つ!! マナーでしょって顔すんごい腹立つ!!」

アリサさんは頭を抱えてしまいました。

「とにかく!! これ、ちゃんと出すこと」

長い沈黙という名の、天然に何言っても意味ねーのよこの苛立ちは自身で昇華するしかない頑張れあたし、というマインドコントロールを経て、アリサさんはずびしと黒い封筒を、贄への宣告を司るそれを、示しました。

「けど、そうね、何日かだけ時間をあげるわ」

さすがに今すぐ手配しろ、なんていうほど鬼ではありません。それでも期限を付けるところがフェイトさんの性格をよく理解していました。

「気付いてないかもしれないけど」

もはやちょっと涙目のフェイトさんに、アリサさんは言葉を区切ります。

「さっき、ちょっとだけ瞳孔開いてたわよ」

その言葉に、紅が鎮まります。
アリサさんが思い出すのは、渇いた姿。純血の、業。
目の前の手紙など、燭台の火を使わずともフェイトさんは燃やしつくせるのです。その、比類なき力を使えば容易いのです。
アリサさんに燭台を奪われるはずがないのです。高位と純血の差は、広く深いのです。
けれど、それが出来なかった理由。

「これでも怖いんだからね」
「ごめん……」

渇いた状態で少しでも力を使えば、歯止めが効かないことを、知っているから。




























夕暮れ。
家へと続く道に、少女。
栗色の髪が、歩に合わせて揺れていました。
色濃い影がまるで道路を二分するように広がり、少女は黄昏に染まった部分に踵を乗せます。
家の前までついて、門扉に手をかけ止まります。
違和感というより、何かもっと確実なもの。
少女は、なのはさんは振り向きました。
誰も居なかったそこに、少し離れた影の中に、誰かを、見つけます。
誰彼(たそかれ)時とはよく言ったものです。赤い光に網膜が焼け、よく、姿が見えません。

「なのは」

耳に届くのは自身の名前。
それだけで、一瞬で、脳裏に駆け廻る、記憶。ずっとずっと描いていた、あの子のこと。
瞬きを、数度。
ようやく見えた、誰か。
瞼に映った姿と違うけれど、紅い瞳と金色は、なによりその少し困ったような微笑みは、強く想い描いていた人。
十年前。約束。
巡る言葉はその二つだけで、言葉を発せないなのはさんに、尚も声は届きます。

「覚えて、る、かな」

途切れがちに聞こえた問いに返そうとした声は、喉の奥に、心の出入り口で渋滞を起こして空気を震わせることが出来なかったのです。
だからこその、数秒の沈黙。
それを破ったのは。

「あら、なのは、おかえりなさい」

玄関を開けたなのはさんの母親の声でした。
肩を震わせて母親を見たなのはさんが、一瞬後にもう一度振り向けば、そこには色濃い影しかありませんでした。
そこを呆然と見ていたなのはさんに首を傾げながらも、家に入る様に促した母親。なのはさんはぼんやりとしたまま帰宅の意を告げ、ふらふらと自室へと向かいます。
鞄を机の上に置き、ベッドに倒れ込んで、瞼を下ろし。
映るのは、さきほどの。
なのはさんは盛大に息を吸い込んで。

「あんなになってるなんて、反則だよぉ……!!」

枕に真っ赤な顔を埋めました。













「おわぁ! ちょ、何でそんな部屋の隅に居るのよ!!」
「見てアリサ、吸血鬼が流水に弱いなんてことやっぱりないよ、だって今まさに私、流水に頬が濡れてる」
「フェイト!? 何があったのよ!!」
「手紙を出す前にひと目だけ逢いたかった、せめて先に自分の口から言いたかったんだ、でもやっぱり無理だったんだ、ちっぽけな約束だったんだ、私が吸血鬼だから怖がられちゃったんだ、もっと良い吸血鬼ならよかったのかもしれない、そもそも吸血鬼だったからだめだったのかも、吸血鬼でももっと綺麗とか、かっこよかったのなら、覚えてくれてたのかもしれない、きみの姿を私は思い出すことなんてなかったのに、いつも覚えているから、いつも考えてるから、思い出すなんてことしなくてもよかったのに、ああこういうのって粘着質っていうんだっけ、気持ち悪いよね、それがわかっちゃったんだね、それでも私はきみのことだけを、きみだからって思ってたんだ、心にも思ってないお世辞を並べ塗り込んだ言葉で言い寄ってくるどうでもいいやつなんて目に映したくもなかったし、あの煩いやつらの勧めてくる血族なんていらないし、おやつみたいに差し出される従者も断ってきたし、誰のも、飲んだことなんてなかったのに、家族はノーカウントだよね、うんそうだ、飲んだことないのに、全部全部きみだけにって思ってたんだよ、ごめんね、気持ち悪かったよね、こんな私じゃ、ダメだったんだよね、ぐすっ」
「泣いtああもういい子だからこっち来なさい!!」



なにこれちょうひどい

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