そばにいたいけど


※女の子の日ネタだよ




大丈夫。
短く息を吐いて、瞼を上げる。
ほら、大丈夫。うん。
いつも通り教導を行う。
多数対一。一人ひとりの弱点をついて叩き落としていく。それと同時に改善点と前回と比較して良かった所を記録。
マルチタスクを効率的に使用して、今はそれだけに集中。
集中すればするほど、生徒たちを見極めれば見極めるほど、教導官である私に成る。
成って、いく。
よし。大丈夫。
魔力運用も、術式構成も、何もかもいつも通り。ある意味いつも以上の精度。描いて望んだ通りに撃ち落としていく。
最後の生徒が地に膝をついたのを見て、タイムリミット。
レポートの提出と、十分な休息。
それを言い渡して、今日の教導は終わり。
数人に声を掛けて、医務室に行くことを進める。丸くなる瞳と苦笑。ばれてないとでも思ったのだろうか。小さな不調さえ実践では大きな差異となる。それを注意して、シャマル先生へ連絡を入れておく。シャマル先生は慣れたもので、教導負傷組ねー、なんて受け入れてくれる。
教導官は疲れた顔も見せないですよね。
そんなことを言われて、それじゃあ疲れるくらいの戦闘をさせてくれなきゃ、とちょっとしたプレッシャーを掛けておく。口元が引きつる生徒たち。うんうん。向上心は大切だよ。
生徒たちと別れて、局の廊下を往く。時折掛かる声に応えて、その目的に合わせた対処をしていく。
教導官として。武装隊として。先輩として。後輩として。同僚として。
大丈夫。いつも通りの私だ。
今日のスケジュールを頭に浮かべて、帰宅予想時間を割りだす。
あと四時間の我慢。違う。いつも通り過ごせばいいだけ。うん。大丈夫。
ゆっくり息を吐き出して、思考を今に戻す。下手なことは考えないように。マルチタスクでさっきの教導の情報を整理しながら、廊下を進む。
作戦を変えたからか包囲網の展開がいつもより遅かった。チームワークは以前より良くなったとはいえ、まだまだ。多段階攻撃はよかった。けれどツーマンセルの組み合わせが悪かったかもしれない。今度特性を活かしたフォローを教えなくちゃ。チーム編成して模擬戦もいいかもしれない。そうなるとフロントアタッカー、ガードウィング、センターガード、フルバック……それぞれわけなくちゃいけないし。個人の相性もあるから色々と面倒だけどやる価値はある。うーん。中々難しい。
考えながらも挨拶や、軽い世間話もする。それぞれのことに集中しながら、一つのことに集中しない。今はそれが大事。
うまくいってる。
大丈夫。
ひとり心の中で頷いて、今回宛がわれた教導執務室に入って、息を詰めた。
おお、丁度良かった高町。
武装隊で、教導官の先輩でもある先輩が朗らかに笑う。そっちはいい。だってこの時間に在席している先輩だから。
そうじゃない。そっちじゃない。
マルチタスクなんてもう動いてない。一つのことに集中してしまった。その原因。
この前の出動の件のことなんだが、あれの書類はまだあいつが持ってるかわかるか?
あいつ。違う武装隊の先輩。

「はい、まだ持っていると思います」

急いで思考を巡らせて、やっとそれだけ紡ぎ出す。
大丈夫。大丈夫。
だって、ここには、先輩もいる。
それが解っている私は、大丈夫だ。
努めてそっちを見ないように、先輩だけを見るようにする。
先輩は、デスク前にいる人に苦く笑った。
執務官自ら来てもらって申し訳ないが、そういうわけだ。今日は難しいが、明日届けさせよう。

「いいえ、それだけわかれば十分です。明日、私が伺いますので」

ああ。どうして。解ってしまう。
見ていないのに、いつもみたいに淡く微笑んだのが、声だけで、解ってしまう。
それはそうだ。だって誰よりも知っているんだから。自惚れじゃなくて、事実として。私は知っているんだから。
考えないようにすればするほど、じくじくと、迫りくる。
大丈夫。
うん。大丈夫。
それじゃあ高町。ちょっと用事が出来たから少しここ頼む。
そう言って、先輩は私の隣を通り過ぎる。
えっ。
何で。何で。どうして。それじゃ。そうなると。
だって。
目で追った先。無慈悲に閉まる扉を、見ていた。
この部屋にいるのは。私と。もう一人。

「なのは」

ああ。もう。だめだ。
特別な声で、私の名前が紡がれる。
寄ってきた気配が、私の隣に。小首を傾げて見詰めてくる、紅。さらりと零れる、金色。
必死に視界に、意識に、捉えないようにしていた、人。
下がる眉と、心地いい声。

「どこか調子悪い?」

誰にも気づかれなかったところが、すぐにばれてしまう。
大丈夫だったんだよ。
大丈夫、って思ってたんだよ。
でもね。
大丈夫、じゃ、無くなってしまった。
足を踏み出す。扉の方に。触れたコンソール。浮かぶロック完了表示。
振り返る。
不思議そうな顔。ちょっと腹が立つ。だって、そっちのせいでしょ。
数歩を要して離れた距離を、飛びつく様に埋めた。

「な、なのは?」
「フェイトちゃんのばかぁ……」
「えぇ?」

思いっきり抱き着く。安心する匂い。耳元で聞こえるうろたえた声。
同時に下腹部からじわじわと浸透する痛み。頭の片隅に追いやって気付かないようにしていたそれ。
大丈夫だと暗示を掛けていた扉は、ある人にだけ反応して開いてしまうのだ。

「だからフェイトちゃんと二人になるの避けてたのにー……っ」

この人の傍なら、大丈夫だと。
痛みを感じても大丈夫だと、私の身体は理解している。守ってくれると安心してしまう。
だからこそ、今は会いたくなかった。
だって、この痛みが治まるまで一緒にいられるわけじゃないのだ。
なのにどうして、ここにいるかなぁもう、ばか。

「ぅー……っ」

戸惑いながら抱きしめてくれる腕。わかってるのかわかってないのか、背中や腰を擦る様に触れる手。
徐々に増してくる痛みに、額を肩口にぐりぐり押しつける。
それもこれも、この人のせいだ。

「えっと、ごめん、なさい……?」

罰として、私がいいっていうまで抱きしめなさい。



やっと理由に気付いて、執務官赤面。

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