その後、割と早く慣れた



シャリオ・フィニーノ執務官補佐の知名度は高い。
その理由が自らの有能さだけではなく、正確には他の部分が大きく占めていることを本人は理解しているしそれでいいと思っている。
理由の大部分を占めるのが、シャリオが補佐する執務官本人である。
その執務官は元々噂の多い人であった。
噂と言っても、悪いものではない。むしろ、良いものばかりだ。
執務官名家の長女。魔導師ランクは最高峰と言えるSクラスオーバー。加えて容姿端麗。性格も温厚であり、仕事も文句なし。そういった人である。
彼女の下で働きたい。もしくは彼女を従えて働きたいという者たちは多いだろう。しかし航行執務官と言う職業柄、単独行動が主であり、また上司は彼女の義兄である。前者はともかく、後者は超える壁が強大過ぎた。
よって彼女が専属補佐官を付けたという情報は風となり、光となり、管理局を駆け抜けたのだ。
そして現在、シャリオは“あの執務官”の補佐。という認識がほとんどなのである。
そのシャリオの有能さを誰よりも知っているのは、執務官本人。
ただ仕事が有能なだけではない。その人柄や思考、発想に至るまで、シャリオを認め、そして望んだ上での補佐官任命。
だからこそ、執務官はシャリオのことを信頼しているし、信用もしている。

「ご、ごめんね、私、寝起きが良くないことがあるから、もし寝坊したら起こしてくれないかな」
「りょーかいです」

眉を下げて、自らのルームキーを渡しちゃうくらいには、信じている。











「って、言ってたけど、これ使うの初めてだなー」

シャリオはその日、とある宿舎の一室前にいた。
時計を見れば約束の時間を五分過ぎている。とはいっても、何か取引があるだとか会議があるとかではない。ただシャリオとの打ち合わせを兼ねた食事をしようと約束をしていたのだ。
いつもならば十分前には姿を現す執務官が約束の場所に来ず、さらにメールを送ったのだが返信もなく、通話を入れたのだが数コールで切られてしまった。もしかして、と考えてさして遠くもない宿舎に来てみたのだ。
自らが補佐を務める執務官の部屋の前で、シャリオは一応モニターを呼びだす。
指先がくるりと一回りし、逡巡してから、それは消えた。
熟睡してると、普通の呼び出し音じゃ、起きないんだ。もしかしたら無意識に切っちゃうかも。ごめんね。
さらに眉を下げた美人を思い出して苦笑。あんな顔、仕事じゃ絶対見せないだろうな、と考えてポケットから取り出したのはカードキー。

「しっつれいしまぁす」

空気が抜ける音と共に、開く扉。
まず目にしたのは、薄暗い室内。寝るために遮光モードになっているのか、それとも普段からそうしているのか。
明るいの、あんまり得意じゃないんだ。
そう言って小さく笑っていた執務官を思い出し、フットライトの僅かな光源を頼りに、室内を見回せば生活感がほとんどない。私物と言う私物が、ほとんどない部屋であった。簡易キッチンに置かれた水のペットボトルだけが、なんとなくらしくて、苦笑が零れる。
目についたのは、ソファに掛かる執務官服の上着。
珍しい。シャリオはそう思いながら寝室の扉を開けた。
やはり薄暗い室内でまず見つけたのは、僅かな光源に反応して輝く金糸。
あれだけ長いのに痛みのないそれを羨ましく思うのはいつものこと。シャリオはシーツに広がるそれを見て、何とはなしに画になると考えた。
そうして、気付く。
やはり寝坊か、と思うと同時に、気付いたのだ。
こちらに背を向けて眠る執務官。ベッドの上、もちろん執務官の身体を覆うのは白いシーツ。
なのだが。
どう見たって、どう観察したって、一人分の膨らみでは、ない。
くっと口元を妙な笑みで凍りつかせたシャリオは、その視力補正材質越しに、まじまじとそれを見詰めた。
おそらく。執務官より背が低い。おそらく。執務官の胸元に顔を埋めている。おそらく。というより確実にそちらも熟睡。
つまり。人。
くっと口元が更に角度を増した。別に笑いたいわけではない。現にシャリオの背中はじっとりと汗でぬれている。
そしてシャリオの目は、シーツから零れる、明るい栗色を見つけていた。
この時点でシャリオの聡明な頭脳は答えを弾きだしていた。真っ先に予測に出していた答えであった。
むしろそれ以外に予測がなかった。
答え合わせとばかりに、シャリオの目が捉えたのは。
ベッド脇の一人掛けソファに放り出された、白と青のカラーリングを持つ、制服。

〈〈Please be saved.〉〉 退室をお勧めします。

微かな二重の機械音声に、あくまで静かに、あくまで素早く、その身を翻したシャリオには拍手喝采を送りたい。
視界の端に金と紅の光が見えた気がしなくもなかったが、シャリオは気にしなかった。気にするわけがなかった。そこに居て当たり前だからだ。
シャリオは決して騒がず慌てず、室外へとまた戻ってきた。
扉のオートロックがかかる音を背後で認識し、とりあえず真顔のまま百数えた。
長く細い息を吐き出して、シャリオはまた通話モニターを呼びだす。
今度は逡巡しなかった。コールボタンを押して、待つ。待つ。待つ。
通じた。と、思ったが、何故か聞こえるのは無言と、衣擦れの音。しばらく無言が続いて、なにやら騒がしくなる。

“……っん、んん……、なに? つうわ? うん? んー……ん……”

聞こえる音声は、執務官のものだけだったが、どうしたって独り言のようには聞こえなかったがシャリオはずっと何も言わなかった。
すると、ぶつん、と盛大な音を立てて通話が切れる。
その二十秒後。
あえてサイレントにしていたコールがモニターを彩り、シャリオは部屋の前から遠ざかりつつ通話開始ボタンを押す。

“ごっ、ごめんシャーリー!!”

すぐさま響いたのは、執務官の声。
シャリオは、努めていつもの声色を作り出すことに集中した。例え相手がそれどころじゃなくても、そうしなければならなかった。

「いえいえー、フェイトさんが寝坊って珍しいですね」
“やくそく! そう! やくそくしてたよね!”
「それなんですけれど、夕食の時でも構いませんか? 私ちょっと私用が入ってしまって……」
“ゆうしょく? あれ? あ、うん、も、もちろんいいよ”
「じゃあ、都合いい時間決まったらまたご連絡頂けますか? 私はいつでも大丈夫なのでー」

安堵と動揺混じりの返事を聞いてから、通話を切った。
シャリオはもう宿舎から出ている。見上げたのは、目に痛いほどの青空。

「……熟睡しちゃう時ってつまり、……あー……」

頭まで若干痛くなってくるのは、何も視覚だけの問題ではないだろう。

「うん、よっぽどのことがない限り、通話にしとこう」

すがすがしい笑みを、シャリオは浮かべて、宿舎から去っていった。



「フェイトさーん、それと一緒に寝てる方ー、起きてくださーい」
って最終的にバルディッシュに強制通話承認させて通話口で言っちゃうまで慣れる。

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