同音異義語



それを見るのなんて日常茶飯事なのです。
だからそんなに気にするわけでもなかったし、見たからといってその度に話題にするものでもなかったのです。だから、それを見たなのはちゃんがそれについて話したのはもしかしたら、これが初めてだったのかもしれません。


「どうしたの?なのは」
「あー、うん」


ハラオウン家。
その長女の部屋に遊びに来ていたなのはちゃんは窓から見下ろしたファーストフード店の店先の光景を見ていて、そこに声を掛けたのはフェイトちゃんでした。
なのはちゃんは照れたような色をにじませた苦笑いを浮かべて、その単語を、口にしたのです。


「間接キスしてる人たちが居たの」


そりゃあ照れずに言えないでしょう。改めて、ちゃんとその単語を口にするとしたら。
聞いた方も聞いた方でどうとも言えない表情を浮かべる浮かべて、返す言葉を流すでしょう。そう、なのはさんも思っていました。


「かんせつきす?」


しかし、返ってきたのは物凄いキョトンとした表情と声でした。
ちょっとした衝撃に固まり、そのまま二十秒ほどフェイトちゃんを固まった笑顔のまま見詰め、真顔になるなのはちゃん。そりゃあ真顔にもなります。様々なことが脳内を駆け巡っていました。えらいこっちゃです。


「フェイトちゃんしたことないの?」
「うん」


素直な頷きが帰ってきました。嘘を付いているはずがありません。そもそも嘘を付く必要がないのです。フェイトちゃんは真摯に答えています。


「したことないんだ?」
「う、うん」


しかし重ねて問いかけてくる真顔のなのはちゃんに何となく気後れしながらも頷くフェイトちゃん。


「皆、結構してるよ?」
「そ、そうなの?」
「うん」


知らなかった事実に目を丸くし、そしてその後に何だか微妙な窺う視線でフェイトちゃんはなのはちゃんに問い返します。


「なのはも、あるの?」
「あるよ」


返ってきたのは肯定。
そしてそう返したなのはちゃんはなんだかとても笑顔になっていました。どこか意地の悪い、からかうような、そんな笑顔。なのはちゃんの頷きには、もちろん家族もカウントに入っています。バッチリ入っています。しかしそんなこと言うわけもありません。


「そっかー、フェイトちゃん間接キスしたことないんだー」
「で、出来るよ!!」
「えー?」


慌てたように、そしてどこか必死に、そう言い放ったフェイトちゃん。
ここでもう解る人には分ったでしょう。
なのはちゃんがフェイトちゃんに何をさせたいのかということが。何を望んでいるかということが。なのはちゃんの視線が一瞬だけ動いた先には、テーブルの上のマグカップ二つ。フェイトちゃんと、なのはちゃんのものです。それに中身がまだ残っていることを確認し、なのはちゃんはそれはもう挑発的な笑み。


「ほんと?今すぐ出来る?」
「出来るよ!!かんせつきす!!」


もう後には引けないし、もちろん意地もあるのでしょう。フェイトちゃんは宣言してしまったのです。それはもう力強く。待ってましたとばかりになのはちゃんは駄目押しの一言を発します。


「なのはと?」
「なのはと!!」


相手確定。
盛大にガッツポーズをしたくてたまらないなのはちゃんでしたが、それは心の中だけにとどめていました。お祭り騒ぎでしたが心の中だけにとどめておきました。ニヤニヤと漏れ出ているものもありましたが。
なのはちゃんはフェイトちゃんの右斜め横に座ります。丁度、テーブルの角を挟んだ形です。手元にあるのはマグカップ。それはもうベストポジションでした。間接キスを観察する上で、完璧な位置取りでした。脳内のフォルダに記録できる最高のアングルでした。
だからこそ、最後のひと押しを言ったのです。


「ほんとに出来る?」


一瞬でした。
左手を、左手首を掴まれたと思ったら、その内側に、柔らかい感触。


唇の温度。


なのはちゃんは状況を理解する前に手首を捕らえている人物を見ます。
やってやったぜ!みたいな顔しながらも耳もほっぺも真っ赤にしているフェイトちゃんがそこにはいました。どうだ!って顔です。ほら見ろ私だってやればできるんだいつだってできるんだこんなこと!!!そんな言葉すら聞こえかねないどや顔でした。
でも真っ赤っかです。しかし真っ赤っかです。だけれども真っ赤っかです。
どうあがいても真っ赤っかでした。
けれどそれ以上に顔を真っ赤っかにしている人物が居ました。もちろんなのはちゃんです。林檎も敗北宣言するほどの赤さです。チャンピオンは君だ。


「ほら、出来るよ!」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「かんせつきす!」


べしゃっとなのはちゃんが崩れ落ちました。テーブルに強かにでこをぶつけましたがそれどころではありません。フェイトちゃんが慌てる声とか気配が聞こえますがそれどころではありません。
オーバーヒートです。
痛感したのは意思疎通の難しさ。そして食い違いの素晴らしさ。
予想していた嬉しさは、予想以上の衝撃になってなのはちゃんを襲ったのです。
でもまあ。
なのはちゃんがとてつもなく幸せに浸っていることは、フェイトちゃんは知らない方がいいのかもしれません。
かんせつ。
日本語って、むつかしいですね。



な、なんて頭の悪い話なんだ!(作者が

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