どうしようもないほどの、安心を



残暑がやっと遠のいて、過ごし易くなってきた。
今日は雨が降っているから、少し肌寒いくらい。
コンビニの袋を片手に私は勝手知ったるフェイトちゃんの家に居る。
リビングに居た子供フォームのアルフさんに、フェイトちゃんに頼まれたビーフジャーキーを渡すと尻尾が面白いくらいにぶんぶん揺れていて笑いが漏れた。
フェイトなら部屋に居るから。
そう言われて、許可を得た私はフェイトちゃんの部屋に向かう。いつもなら玄関で迎え入れてくれる人は、まだその姿を見せていない。
疑問と、ほんの少しの不満を持って、部屋に着き、ノックをして数秒。反応なし。


「フェイトちゃーん?」


声を掛けながら扉を開けば、ベッドに転がる長身の人。
ちょっとだけ驚いて、すぐに頬が緩んだ。
フェイトちゃんは、とても気持ちよさそうに眠っていた。
最近重宝している大きめの黒いパーカー。手元に所在なさ気にある雑誌。あどけない寝顔に、揺ぎ無い寝息。


「こらー、寝るなんてひどいよー」


不満を口にする。ほんの、小さな音で。
本当は怒ってなんかいない。怒ることが出来ない。
ベッドに腰をおろしても、頬をつついても、フェイトちゃんは起きない。こういう時の眠りがとても深いことを知っているから、起きないと知っているから。
フェイトちゃんがこんなに安心して眠れる条件に、私が関わっていることを知っているから。


「久し振りにお話しするんじゃなかったの?」


寝息は乱れない。
緩んだ頬のまま、しばらく寝顔を見ていたけれど、ふいに自分の腕をさする。
そう言えば、外は雨だった。少し前まで外にいた私の体温は、少しだけ奪われている。
思考は数瞬、決断は一瞬。


「おじゃましまーす」


起きないと知っているから。
私はフェイトちゃんの腕の中に潜りこむ。腕枕。
前が開いたままのパーカー。その内側に腕を差し込んで、胸元に顔を埋めて。
うん、我ながらジャストフィット。
ぎゅうっと、抱きついて。思いっきり深呼吸して。力を抜いて。
いいにおい。
頭上で聞こえる寝息と、微かに聞こえる心音と、どうしようもないほどの安心感と。
あったかい。
額も、頬も、胸も、腕も、手も、お腹も、太腿も、膝も、ふくらはぎも。
全部全部、可能な限りくっついて。
瞼を、下ろす。


「なの、は・・・・」


微かに聞こえたのはそんな寝言。
無意識でも抱き寄せてくれるフェイトちゃんに、思わずにやけてしまう。
フェイトちゃん、私のこと大好きだなー、なんて。
それ以上に、私、フェイトちゃんのこと大好きだなー、なんて。
ああ。
私は今、とても幸せなんだろうな、なんて。


「おやすみなさい、フェイトちゃん」


私は、眠りに落ちた。












ゆっくりと意識が覚醒していく。
まだ暗闇に閉ざされた視界で、ああ、また寝てたんだ、とどこか他人事に思う。
私は寝起きがいいとは言えない。ゆっくり、とてもゆっくり物事を把握していく。
ああ、眠いな。まだ眠い。
あたたかいな。何だか、とても、いいぬくもりがある。腕の中に。
それを緩慢な動きで、改めて抱き寄せる。いつ抱きしめたかなんて解らないけれど、腕の中にあるこのぬくもりを、放したくない。
柔らかいし、いい匂いがする。
顎の下あたりにある、それのてっぺんに鼻先を埋める。気分が落ち着く、匂い。香り。
何だか嬉しくなって腕に力を込めたら、にゅぅ、なんて不満を形にした声がした。
力を込めすぎたらしい。ごめんね。指通りのいい絹のような感触を撫でて、力を抜く。
私の背中に回されていたものの力が強まる。ぐりぐりと、胸元に擦り寄られる。
可愛いな。凄く、可愛い。
まだ視界に映っていないぬくもりが、とても愛おしく感じる。何故だろう。解らないのに、わかるんだ。
とても、とても大切だということが。
どうしようもない安心感をくれるそのぬくもりが、私の眠気を助長させる。
それでもそのぬくもりを見たくて、確認したくて、私はようやく瞼を押し上げる。
少しだけぼやけた視界はやがて鮮明に。
腕の中に居るのは、ああ、やっぱり。君だったんだ。
ねぇ、なのは。
その姿を捉えて思考の一部が大混乱しているけれど、私の脳の大半を占める眠気がそれを抑える。
ゆるゆると少しだけ身体を離して、腕を動かして、小さく寝息を立てるなのはの頬に触れた。


「なのは」


もしかしたら音にすらなっていない声を出す。
聞こえなくてもいい、私が呼びたいだけだから。
ねぇ、可愛い人。
どうして私の腕の中に居るの。どうしてそんなに安心したように眠っているの。
どうしてこんなに、愛おしいのかな。
少しだけ作ってしまった隙間をまた埋める。出来るだけ優しく抱き寄せて。出来るだけ固く閉じ込める。
ねぇ、放したくないよ。
ああ、眠いな。凄く、眠い。
君を抱きしめて眠ることができるなんて、とても幸せなこと。


「おやすみ、なのは」


私はまた、眠りの中に。













あたしはリンディママに首を振った。
リンディママはそれに微笑んで頷いてくれて、あたしは何故か安心する。


「夕ご飯にしましょうか」


リンディママがクロノとエイミィに向かって言った。
もう食卓に並んだ料理が手招きしている。美味しそう。お肉。お肉。


「野菜もね」
「はぁーい」


リンディママはあたしのお皿にいつもお肉を多めに入れてくれる。嬉しい。
エイミィが食卓に着いて、クロノは首を傾げていた。


「フェイトたちはどうした?」


あたしに聞いてくる。
リンディママとエイミィから溜息が洩れたけど、あたしは仕方ないから答えてあげることにした。


「たぶん寝てる」
「夕食だから、起こせばいいだろう」
「空気読めないなー」
「な゛ッ!?」


反論しようと口を開くクロノ。
でもリンディママとエイミィの視線に気づいたのか、たじろいだ。ふふん。あたしは空気読めてる。


「クロノ、お兄ちゃんとしてそれは駄目よ」
「クロノ君、そのままだと可愛い妹に嫌われちゃう事態になるよ」
「な、何でだ!!」
「クロノ、空気読めー」
「アルフ!!」
「怒んなよー。あたしは何もしてない」


あたしは合掌してお肉を頬張る。
うん。美味しい。幸せ。
フェイトから流れてくる魔力も、凄く穏やかで、幸せ。
ご飯を食べたらあたしも眠ろう。
きっと、幸せな夢を見れる。
ねぇ、フェイトもそうだよね。



あなたのとなりがいちばん。

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