おあそび



硬質な連続音。
絶え間なく響いていたそれが徐々に治まり、ラシャで覆われた台の上に球が転がる。その数は、九つ。

「部隊長たちは、ビリヤードも出来るんですね」
「ティアナ、ビリヤード知っとるん?」
「ゲンヤさんに聞いたことがあって」

六課の部隊長、そして分隊長の二人。さらにスターズ04。
出先で書類確認待ちという手持無沙汰。
館の執事に、それならばと案内されたのは遊戯室でした。
要人たちも招くであろうその部屋の中心に鎮座するのは、九つの球が鎮座する台。壁に立てかけられた棒。
先祖が第97管理外世界出身だという館の主。どうせならと、部隊長に進められてキューを手に取った分隊長たち。
それを観戦する形で、部屋の隅に設えられたバーカウンターにてはやてさんとティアナさんはコーヒーを傾けていました。

「何ていうか、異様に似合いますね。特にフェイトさん」
「あー、お嬢の親友がおってなぁ、金色の頭突き合わせてよぉやっとったわ」

ゲームはナインボール。
ブレイクショットでポケットインしたのは、一番。
先攻のなのはさんが、手球の位置と他の球の位置を把握する中、フェイトさんはチョークでキューの先端、ティップを整えながら動向を見詰めていました。その容貌も相まって、見惚れるものとなっていました。

「訓練以外でこういう対決、見たことないです」

分隊長である二人の真剣な眼差しを見て、ティアナさんは呟きます。
二人きりの対決など、もしかしたら初めてのこと。
真面目に言ったことに返ってくる言葉がなく、ティアナさんがはやてさんに視線を動かせば。

「スポーツ関係はめんどいねん」

とても遠い目をした分隊長たちの親友がいました。
学生の頃からな。そう、それこそ小学生からや。個人競技だと主に金色の方が周りにきゃあきゃあ言われよって栗色がヤキモチ焼くし。団体競技やと何故かいっちゃいっちゃしとるようにしか見えへんコンビネーションで二人っきりの世界作り上げてアレやし。いやそれ見るんも楽しいねんけどな。段々糖分欲しなくなるいうか。やらせるんやったら、身体的接触のないこういう対戦の方がええ。わたしがあっちの親友たちと導き出した結論や。
語り終えて、その若干虚ろな視線の先には何が見えるのでしょうか。ティアナさんが申し訳なくなるくらいには大分疲れた目をしていました。

「ぶ、部隊長はスポーツとか……」
「わたしは運動得意やないから、もっぱらマインドスポーツやな。チェスとか」
「強そうですよね」
「それなりになー」

慌てて話題を逸らして、返ってきたのは普通に戻った笑顔でした。ティアナさんが安堵します。
今度是非一局、などと約束をしていると響いた音。
ガコン。
ポケットインの音に視線を台に戻せば、その上からは四番の球が消えていました。
時をさほど置かず、綺麗なバンクショット。軽快な音に続いて台の上から消える二番の球。
なのはさんのフォームは美しく、手球が的球に当たるインパクトの音すら澄んで聞こえるのは気のせいでしょうか。
まるで彼女が操る桜色の球のよう。アクセルシューターを彷彿とさせる狙い澄ました軌跡は次々と球をポケットしていきます。
キャノンショット。コンビネーションショット。
三番。五番。順に台から退場する球を、バースツールに腰掛けながら見るフェイトさんもまた、真剣な表情の中に楽しみが滲みでていました。
なのはさんを視界に収める時、特別に柔和な弧を描く紅い瞳。ティアナさんはそれに心の中で合掌。御馳走様です。

「うーん、しっかし」

ふと、隣から声。
こちらに背を向けてフォームに移ろうとするなのはさんを見ながら、はやてさんは至極真面目な顔をしていました。
ティアナさんが難しい局面なのかと台に注目しようとして。

「なのはちゃーん、スカートぎっりぎりやでー」
「ッ!?」

ガゴッ。と崩れた音に重なる様に声にならない悲鳴。

「お、ファウル」
「はやてちゃん!」
「なははー」

部隊長に対して色々と呆れる前に、目の前にやってきた赤い顔の直属の上司に苦笑い。
確かに。
台の高さと隊服のスカート。フォーム。確かに、その通りと言ったらそうなのです。見えそうで見えないのです。
ショットのタイミングで言う辺りがはやてさんらしいというか、何と言うか。

「はやて」

鼓膜を揺らしたのは、へらりと笑っていたはやてさんの背筋を伸ばす声。
ティアナさんも反射的に直立不動。
声を辿れば、笑顔の、フェイトさん。

「いや、ちゃうねん」
「うん?」
「ちゃうねんて」

両手をぱたぱた振るはやてさんにこそ、自業自得の言葉が似合います。
そうしてなのはさんの顔の赤みもやっと落ち着き、はやてさんがなのはさんに頭を下げて、何故かフェイトさんに許された後。
フェイトさんが、台の傍に。

「今さらですけど、緊張感がありますね」
「せやろ。こういう時くしゃみとか無駄に出てまう」
「はやてちゃんよくそれで怒られてたよね」

なのはさんもまた、キューを置いてはやてさんたちと同じくコーヒーを傾けていました。
残る球は、六、七、八、九。もしかしたら、もう順番は回ってこないかもしれない。そう考えてすらいました。
そうして移るフォーム。インパクト。
手球が触れたのは六番。その六番が進んだ先で七番に触れて進路を変え、ポケットイン。
なのはさんに負けず劣らず、綺麗なショット。
凄いですね。その言葉と共にティアナさんが隣を見れば、妙な表情の部隊長と、少し赤みが戻ってしまった分隊長。
あれ。と疑問を抱いて間もなく、インパクトの音。
七番。進んだ先で八番に触れて進路を変え、ポケットイン。
先ほどと同じショット。

「うわぁ」
「えっ」

そうして、隣から漏れ出た声。
見れば、苦い顔をした部隊長と、さらに頬に朱が差した分隊長。
台に視線を戻せば、今まさにショットしようとするフェイトさん。
違うことなく弾かれた八番は、九番に触れてから、ポケットへと向かいます。
やはり、同じショットでした。
ガコン。
インの音とほぼ同時。

「あー! やめやめやめい!! フェイトちゃんの勝ちー!」

はやてさんの限界が訪れました。
声を上げて、コーヒーを飲み干します。
九番と手球。勝者を決めるそれが残る台を見て、ティアナさんは納得します。確かに、フェイトさんが外すわけがない、と。
しかしそれは違いました。はやてさんが言う勝ちとは、違ったのです。

「なのはちゃん見てみぃ」

ティアナさんがその言葉通りに視線を動かせば、フェイトさんと話す人。
その頬は、桜色。負けたのに、拗ねたような表情はどうしてかとても嬉しそうにも見えました。
それでも意味がわからず首を傾げると、はやてさんは続けます。

「ほんなら問題。六、七、八。この数字で語呂合わせできるものなーんだ」
「ろく、む、しち、な、はち、や……」
「んー、ひらがなって、知っとる?」

ひらがな。
その形を想い浮かべて、導き出される答え。

「な、の、は」
「だいせいかーい」

はやてさんの声はとっても棒読みでした。

「ほんでティアナ、フェイトちゃんがその数字をどんなショットでポケットしたか、高町隊長に聞いてみ」
「えっ」
「わたしが言うたら砂吐くわ」

二杯目のコーヒーを口にしながらはやてさんは言いました。
その意味がやはりわからないティアナさん。
ようやく書類確認が終わり、館から去る途中。
ティアナさんはそれとなくなのはさんに聞きました。
あのショットは、どんな名前なのか。と。
はにかんで発された答え。

「えっとね」



キスショット。



「御馳走様です」

今度は口にした言葉。
ティアナさんは思います。コーヒーが、飲みたいと。


2012.10.7に行われましたリリカルマジカル14にて某所にて無料配布して頂いたおまけの本文になります。
当サイトならびに私、せりによる発行ではなく、某サイト様の発行物でした。
また、私が手掛けたのは内容本文のみです。
許可を頂いたので掲載ですよーう
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