恋にきづくきっかけ 10題



【触れられるたびに上がる体温】



何のことはない。手が、少しだけ触れただけ。掠った、だけ。

「それじゃ、いってきます」

屋上へと消える後ろ姿を見送って、指先を見詰める。
何てことのない、見慣れた自分の手。
瞬きを数回。

「んー……」

違和感。気のせいかと思いなおすのにさほど時間のかからない、ささいなもの。
伸びをする。
屋上へと続く階段を下る。
空気の流れが悪いからか、少しだけ、暑い気がした。











【苗字を挙げて連想する人】



「ハラオウン執務官が言い寄られてまた困ってたよ」
「ははは、あれをオトすなんて無理だろ」

そんな会話を聞いて、動揺せずには居られなかった。
視線を上げた先には教導隊の先輩たち。聞けない仲ではなかった。

「あ、あのっ、ハラオウン執務官が、言い寄られてたって……」

ただ聞くだけなのに、何故か少し声が裏返ってしまった。
先輩たちはそれをそれほど気にせず、笑う。

「ああ、高町の知り合いだもんな」
「相変わらずモテるよなぁ」

羨ましい。そんなからかいに似た言葉を付け足して。続いた声。

「フィアンセ居るってのに」

衝撃訓練。を、しているみたい、だった。
脳を揺さぶられて、まとまらない頭のまま飛び出た言葉。

「フィアンセ!?」

どうしてこんな声が出るんだろうって、自分でもわからなくって。

「誰、誰ですか!?」

私の知らないあの人のことを、どうして他の人が知ってるんだろうって。
どうして、私には教えてくれないんだろうって。
どうして、そんな人がいるんだろうって。
先輩の隊服を掴んで、問い詰めてしまった。
困惑した先輩が、言う。

「え、エイミィ副官がいるだろう?」
「あ」

ハラオウン。
何も。
あの人のことだけじゃ、ない。
慌てて先輩たちに頭を下げるしかなかった。
ああもう。恥ずかしい。











【無自覚独占欲】



階下にあの人を見つけた。
取り巻いているのは、所謂ファンの人たち。
その人たちに嫌がることなく笑顔を向けているのを見て、何となく、進路を変更。
向かうはあの人がいる廊下。
進んで、進んで、進んで。
あの人が、私を見つける。目が、合う。

「なのは」

ふふん。
素の笑顔を浮かべてくれた彼女を見て、何故か誇らしかった。












【返事をされると鼓動が増えてる】



本を読んでいるその人を、何となく、呼んでみた。
すぐにあげられる視線と。

「なぁに?」

無防備に緩む目元に、鼓動が跳ねた。

「なんでもありません!」
「えっ」

まったく、これだから美人はずるい。












【顔の色と顔の距離】



どうして日本語を九年も長く学んでいるのに、負けるのか。
解せない。
目の前のノートと教科書には字だけなら読める文章。
意味?
解せぬ!!
ぱたりと突っ伏した私の耳に届いた微かな笑い。
隣に寄って来てくれたのは、教えてくれるため。
改めて文章と向き合って。

「ああ、ここはね……」

吐息が、頬をくすぐった。
思わず後ずさった。距離を置いた。一メートルくらい。
耳に掌を当てる。ガード! 熱い!
さっき。本当に近くで。視界の端に映ったのは金色と、紅。

「なのは?」

名前と、私の顔色を口にして。

「具合悪い?」

首を傾げる彼女。

「だいじょうぶ!!」

思わず叫んだ。











【振り返ってほしいってこっそり】



金色を見つけた。
手元の資料に集中しているのか、私に気付くこともない。
元より後ろ、それなりに離れている場所に居る私に気付くなんて、たぶんデバイスが教えなきゃわからないだろう。
そして彼女のデバイスが必要がない限りそれをしないと知っている。
邪魔しちゃいけないよなぁ。って思いながら見る。
金色。
黒。
背中を見詰める。

「……、こっち向けー」

小さく漏れた声は、空気に溶けた。










【存在だけで恥ずかしい】



避けてるんじゃないんです。
違います。
なんか違うんです。
今日に限ってと言うか、たまにあるんですけど違うんです。
見つけた瞬間何故か視線を逸らしてしまったのは違うんです。
一人でいるというなんとも話しかけるには最適な状況だったけれど違うんです。
違います。
違うったら。
何か。
どうしてか。
瞼に映る笑顔。頭蓋で反響する声。

なのは

違う。
避けてるんじゃない。
何か、何か。
違うんです!!!!









【笑顔自体は好きなはずなのに】



彼女を見つけた。
隣に居るのは同僚か。仕事の話ではなさそうな、それでも楽しそうな光景。
声をかければいいのに、そうできなかった。
背を向ける。
何故って、何故って。
わからないけれど。
笑顔を、見ていられなかった。









【隣にいてこんなにも幸せだということ】



とん。
と、肩に軽い衝撃を以ってして不時着したのは金色。
私より背の高い人なのに、見下ろせるほどになっているのは、ソファに深く埋もれているせい。
跳ねあがった心臓を落ち着けたのは、聞こえた寝息。
最近、忙しそうだったし。
零れそうな手元のカップを取りあげて、テーブルに置くこともできないからそのまま私の手の内に。
開いたままのモニターをデバイスに確認してから閉じて、代わりに私がモニターを開こうとして、止めた。
時間を潰すのは、資料確認じゃなくてもいい。
手元の黒色の液体は、もう温い。口を付けることは、しない。出来ない。
これくらいなら、たぶん、いいよね。
凭れた金色に、頬を寄せた。
香る匂いに、瞼を下ろす。
うん。
もう。
わかってる。
私は。
貴女のことが。










【ああ、両想いだね】



その二文字を伝えるのに、どれだけ勇気が必要か、たぶん私も知っている。
手に触れるのをためらったり。笑顔の種類に優越感。向けた表情に不満。距離感に悩んで。落ち着いたのは隣。
ねえ。知ってるよ。

「私も好きだよ、フェイトちゃん」

泣き笑いを浮かべるのは、貴女だけじゃないもの。


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