好きって言って!



「なのはさん」
「ん?」


デスクワークの休憩中に書類を渡しに来たティアナさんに、小首を傾げるなのはさん。
部下は物凄く真顔でした。
周りにはほとんど人はおらず、話を聞かれる心配もない状況を確認したうえでティアナさんは言います。


「不躾なことを聞いてもよろしいですか」
「答えられるかどうかは別としてなら、どうぞ」
「すみません。あの、フェイトさんに、その、好意を伝える時、どうしてますか?」
「どうしてって・・・普通に?」
「その、変な言い回しなんてしませんよね」
「うん、普通に好きって」
「相手にも、そんなの求めませんよね」
「うん?よくわかんないけど、好きって言ってくれるだけで嬉しいけど」
「ですよね・・・」


なのはさんの意中の人があの人であることはもはや公然のことであり、ティアナさんもそれをよく知っていました。
しかしだからと言ってティアナさんがその類の話をすること自体が珍しいことであり、またそれがため息混じりのどこか疲れたような言い方だったとしたら尚更。
なのはさんは手にしていた書類を置き、どこか妹を見るような、そんな視線をティアナさんに向けます。


「どうしたの?」
「え?」
「言ってあげたんでしょ?スバルに」
「ええ、まあ……」


ティアナさんの意中の人がその人であることももはや公然のことであり、なのはさんもそれをよく知っていました。
照れと居た堪れなさを含んだ返事に頬を緩めて、どうやらそれがうまくいかなかったことを察します。


「それで、何がいけなかったの?」
「いや、それがですね」


それは、昨日のこと。


−−−−−−


「ねぇねぇ、ティア」
「何よ」
「あたしのこと好き?」
「はあ?」


非番で部屋に居たティアナさんは思わず視線を雑誌からあげました。
そこには同じく非番でさきほどまでアイスを食べていたスバルさんがいつの間にか至近距離まで迫ってきていたのです。
とりあえず、近い、と顔を手で押しのけて溜息をつくティアナさん。


「ねぇ、好き?好き?ねぇ、ティア、あたしのこと好き?」
「何言ってんの?」
「いいから!」


この状態のスバルさんがその言葉を聞き出すまで相当しつこく粘るということをよく知っているティアナさんは、思考を巡らせます。
経験を顧みるに、前置きやそういうことはなしで淡々と言うことが一番被害が少ないと結論付け、脳内で色々と言い訳を付け足してから。


「あーあー、好きよ」


そう、雑誌に視線を戻しながら一言だけ告げたのです。


「違う」
「……はあ?」


返ってきた反応は予想外のものでした。
ありがとーティアー!!と子犬のようにじゃれついてくるだけで被害は治まると思っていたティアナさんが視線をあげれば、そこには真顔のスバルさん。
ものっそい真顔でした。新緑の瞳は真っ直ぐにティアナさんを見詰めていました。


「そんなに簡単に好きとか言っちゃだめ」
「言ってあげたのに何なわけ」


その反応に動揺していることを隠してティアナさんが言えば、違うの!と語気強く否定するスバルさん。
いつになく真剣なスバルさんの続く言葉を息を飲んで待てば。


「違うよ!ティアがあたしのこと好きで好きでそりゃあもう大好きだってことは確定事項なんだけど言い方が違うよ!!」


握り拳で。


「もっとこう照れたりそっぽ向いたり言い淀んでみたりそういうのが欲しかったのに!如何にあたしを好きかをこう言外に滲ませたそういうの!!」


頭を抱えて。


「もー!ティアわかってない!!いつもみたいにそのツンデレを今使わないでどうするの!!そういうのも可愛いけど!!」


勢いよくこっちを向いて。


「ほら!リテイク!!」


満面の笑みでした。


−−−−−−


「無視したら泣きそうになりながら縋ってきまして、余計にうざかったです」
「……」
「……」
「……」
「いいんですよなのはさん、うわめんどくさいって思ったのなら言ってくれて」
「思ってないよ?」
「声裏返ってますよ」


なのはさんの笑顔はどことなく不自然でした。
言わなきゃよかったとティアナさんが後悔をし始める程度には何だか微妙な空気でした。
軽く咳払いをしたなのはさんと、溜息を吐き出すティアナさん。


「もうほんと意味わかんないんですけどあの馬鹿……」
「あはは、可愛いじゃない」
「他人事だからですよ……」


そんな会話をしたのが、今日の午前。


−−−−−−


「ねえフェイトちゃん」
「え?」


なのはさんより早く部屋に戻ってきていたフェイトさんと、他愛もない会話をしていて、午前のやりとりを思い出してしまったなのはさん。
お風呂に行くために着替えを持ったその状態で、しばし黙考。しかし実行。
ベッドで資料を読んでいたフェイトさんに振り向いて、問いました。


「私のこと、好き?」


それは、確認とも言ってもいいのかもしれません。
その言葉を聞いて、フェイトさんは固まり。


「え、あ、……」


頬を、耳を、桜色に染めて。
視線を少し泳がせて。
シーツを、握って。
微かに口を躊躇わせて。


「うん、好き」


はにかんで、そう、返してきました。


「ティアナごめん、私スバルの気持ちよくわかる」
そんな真顔で言われましても……


色々と葛藤しながら脱衣所まで逃げてきたなのはさんが速攻で通信回線を開き、ティアナさんに心の底からそう告げたことだけ追記しておきます。


inserted by FC2 system