チームであったとしても、例え一人きりだったとしても、戦いの相棒。命を預けると言ってもいい、片割。
それが、デバイス。
デバイスがいれば状況は覆り、デバイスがいなければ追い詰められる。そう言っても過言ではないだろう。
だからこそ、定期的なメンテナンスは欠かせない。
プログラムの細部にわたるメンテナンスは専門機関でなければ満足に行えないとはいえ、日々のチェックはデバイス保有者の習慣と言っていい。 その刃の形から三日月斧、半月斧などと呼ばれることもあるポールウェポンの一種である、その斧と同じ名前を冠したデバイス。
月の名を得たその武器と同じく、金色の光を抱くそのデバイスのベース素体の一部であるシリンダーを手に、主は固まっていた。
目に映るのは慣れ親しんだ漆黒。その横で輝く金の宝石。


「バルディッシュ」
 はい


闇を貫く雷神の槍、夜を切り裂く閃光の戦斧。その、創造主から賜った名を呼ばれ、一瞬のきらめきを以ってして主に応えるデバイス。
デバイスと同じく、いや、この主にして月の名を得たのかもしれない、その見事な金糸を揺らして主は首を傾げた。
極秘任務に就くにあたり、主は私的なコンタクトをとることは制限される。もちろん、通信も。長期航行ではなかったにしろ帰港し、そしてその任務のほとんどが終わった今にしろ、主は最終報告を終え、着任を解かれない限り私事に目を向けることは出来ない。
だからこそこうして資料確認を待つ時間を用いてデバイスのチェックを行っているわけだ。急な出撃が予想出来た先日までとは違い、後は確認業務だけになった今だからこそ各部位に渡り細かく見ることが出来ていた。
そうして、カートリッジシステムの要であるともいえるシリンダーを外し、手にした瞬間のことである。


「今、さ……」
 何かありましたか。


主の問いを聞くこともなく、デバイスは即答した。
ここは今回の任務期間中、主に宛がわれた部屋であり、主とそのデバイスしかいない。
微妙な沈黙が流れた。主も、デバイスも、口が達者な方ではない。むしろ逆だ。
だからこそ言葉がなくとも伝わることが多々ある。現に、主はデバイスが何かを秘密にしていることを察し、デバイスもそれをわかっていた。
あえて視線をデバイス本体である宝石から離し、シリンダーを置いてコッキングカバーの稼働を確かめながら主はさらに問う。


「任務前のメンテナンスで、誰かと会った?」
 メンテナンスルームに居た方々に。


その言葉に含まれた技師以外の存在の可能性に主は気付いている。
このデバイスは、主に嘘をつかない。絶対に。例え本当のことは言えずとも、必ず。


「何か頼まれなかった?」
 お願いならお受けしました。
「誰から?」
 申し上げられません。


否定の言葉に視線を送れば、デバイスは瞬く。


 秘密ね、とお願いされましたので。


それが、誰なのか。
今度は余剰魔力排気筒のチェックをしながら、主は考えを巡らせる。いや、巡らす必要さえもなく答えに行きつく。
このデバイスがそれを許す相手など限られているし、何より、鼓膜を打ったあの音を主が間違えるわけがない。
小さく笑い、主はもう何も言わなかった。
チェックを終えて組み立てを始めた頃、同じように沈黙を守っていたデバイスが珍しく自ら瞬く。


 しばらく会えないからせめて声だけでも、と。


それは、デバイスの言葉ではなく。


 驚くよね、と笑っておいででした。


先ほどの、音の持ち主のもの。
取り付けたシリンダーを軽く回転させ、カートリッジを装填しながら聞いていた主は再び頬を緩ませる。
脳裏に浮かんだのは、己のデバイスととある人とのやり取り。
それぞれの任務と、スケジュールのすれ違いからその姿を見ていない人。まだ会うことの出来ない人。
聞き慣れた金属音と共にシリンダーが収まり、あるべき姿に戻った戦斧の現出を解除し、主の視線はデバイスへ。


「バルディッシュ」
 二日後、第三メンテナンスルームにて0900より調整開始。そう聞き及んでおります。


無論、スケジュールの話ではない。


 尚、保持者は調整中は会議と。


まるで、先のメンテナンスの逆。それを示したデバイスに主はもはや以心伝心の域を越えているのではないかと思いながら笑った。


「そっか」
 何か御用でも?
「ちょっとお願いしに行こうかなって」
 なるほど。


深くは聞かない。聞く必要もない。
このデバイスにとって主の言葉は絶対である。それがどんなことであっても。
主の脳裏に浮かぶ笑顔。反響する、先ほどの音。メンテナンスのためにシリンダーを取り外すことで作動するようになっていた、ちょっとしたプログラム。


フェイトちゃん、お疲れ様です。


愛しい、声。


大好きだよ。


やや間があって照れを含んでいたその音を思い出して主はまた、微笑んだ。


inserted by FC2 system