教導隊の職務はハードです。
それは他の部署であっても大変だと言うことは変わりませんが、実務が戦闘というその役職から身体を酷使する時もあります。
いくら普段から鍛えているからといっても、筋肉が凝ることももちろんあります。
しかし教導隊の隊員たちは自分の身体の調子を整えることも仕事のうちです。身体は、資本。
もちろん、教導官であったとしても。いえ、教導官だからこそ。尚更。
ストレッチをしているなのはさんを見つけたフェイトさんがマッサージを買って出るまでさほど時間はかかりませんでした。
それに喜んだなのはさんがベッドにうつ伏せになり、有り体に言えばそのなのはさんに馬乗りになったフェイトさんが肩に触れて、少し困ったように眉を下げます。


「なのは……」
「いや、あのね、別に無茶したとかじゃなくて」
「無理はしたよね」
「ぅー」


ストレッチを欠かさないなのはさんですから、慢性的な凄い凝り方というわけではありません。しかしフェイトさんだからこそと言いましょうか、疲労がたまっていることは簡単にわかりました。
凝りを確かめるように肩から腰に掛けて触れていたフェイトさんの控え目だけれど核心を突く小言に苛まれながら、なのはさんは枕元にあったクッションを手繰り寄せます。それを顎置きのように抱えて、訓練が続いてだとか、急な任務が入ってだとか、そんな言い訳じみたことをつらつらと吐きだしていました。
それはフェイトさんがなのはさんに、食事を摂らないことで怒られている時ととても似ていることは二人とも気付いていません。


「教導隊は戦闘が主体なんだから……」
「フェイトちゃんだって肩凝り凄い時あるくせに」
「それは、うん、デスクワーク多い時だけだよ」
「ワーカーホリック」
「……、くすぐろうか?」
「ご、ごめんってば!」


止まった手といつも以上に静かな声にになのはさんが慌てます。
背中に馬乗り。逃げることが難しく、制されることが容易となるこの状況に置いてのくすぐりはもはや拷問といってもいいでしょう。
そうは言ってもフェイトさんがそんなことをしないことを知ってはいるのです。むしろ、なのはさんの方がこういうことをするでしょう。
しばらくそんなじゃれ合いのような会話を続けて、身体を完全に弛緩させたなのはさんが溜息をつきます。


「フェイトちゃん、マッサージ上手いよねー」
「そう?」
「うん、気持ちいー」


喉を撫でられた猫のように瞳を細めたなのはさんに頬を緩めて、フェイトさんはゆっくりと筋肉をほぐし、血流を良くしようとマッサージを続けていました。
僧帽筋。広背筋。頸板上筋。棘筋。最長筋。腸肋筋。肩から腰に掛けての奥の筋肉までじんわりと届くように。各リンパ節に沿うように。ツボまでも活用して。それはそれはマッサージされた方は気持ちいいでしょう。
実はフェイトさんが自分以上にデスクワークの多い補佐官のために調べ上げて、かつ遠慮しまくる補佐官に例の寂しそうな笑顔と曇りなき善意で絆してマッサージをしていることをなのはさんはまだ知りません。


「ぁー、寝ちゃいそう」
「いいよ、寝ても」
「んー」


寝ては駄目だと何となく思いながらもなのはさんの瞼は下がっていきます。無理もないでしょう。疲れた体に、最高のマッサージ。おまけに傍には安心するぬくもり。
これ以上ないほどの安眠状況です。
とろとろと意識を溶かし、眠気が侵食してきた脳で、なのはさんはフェイトさんにも今度マッサージしてあげようなどと考えていました。
そしてまさに、眠りに墜ちようと言うその時。


「んゃっ……!」


場に不釣り合いな、甘い甘い嬌声が響いたのです。
沈黙が、この空間を支配しました。
フェイトさんは手を慌てて離したまま固まり。なのはさんは自分の口をクッションに埋めて固まり。
互いの顔は、それはもう見事なほどに真っ赤っか。
片やそんなつもりもそんな予想もしていなかった反応に混乱し。片やそんなつもりもそんな意味もなかったのに漏れ出た自分の声に混乱し。
気まずい沈黙は、続いていました。
端的に言いましょう。フェイトさんが、フェイトさんが知らなかった、なのはさんも自覚がなかった、なのはさんの弱点に触れてしまったのです。


「あ、えと、……」


ぎこちなくなのはさんの上からどいたフェイトさんは正座をして視線を逸らし、顔を赤に染めたまま何とか言葉を絞りだそうとしていました。
けれど出てくる声もなく、膨れ上がる何に対してか解らない羞恥。
クッションに顔を埋めたまま何も言わなかったなのはさんがバネの様に起き上がります。
そのまま捲し立てるように一気に言いました。


「ま、マッサージありがとう!!」
「う、うん!」


それに思わず首肯してしまうフェイトさん。
どうやら、なかったことにするつもりです。
この後、どこかそわそわとした空気が流れましたが、それも時間と共に緩和され、いつもの二人に戻ったのですが、弊害は残りました。
それは、なのはさんの教導後の出来事。赤い髪をした小さな同僚が軽く伸びをしていたなのはさんに言ったのです。


「あいつにマッサージしてもらったらいいんじゃねーの」


あいつ。マッサージ。
光の速さで蘇る、光景。


「え、なにこの微妙な雰囲気」


同僚の何とも言い難い、面倒くさそうな表情に、なのはさんは真っ赤な顔をしながら何でもないと半ば叫ぶように言ったとか。


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