大体甘えたい日



太陽が心地いい日差しを室内に運んでくれる高さまで上った。
そんな時刻。
コーヒーが入っていたカップをシンクに置いて、改めて時計を見た。
もうすぐ、短い針は二桁に進む。
少しだけ悩んで、キッチンを出る。
珍しく、私の方が早く起きた。
疲れてたみたいだからまだ眠らせてあげようと思ってそっとベッドを出て、今。
さすがにそろそろ起こさないと。私が寝てると起こしてくる時間はだいたいこのくらいだし。


「なのはー?」


寝室の扉を空けて声をかける。
予想通り反応はない。
自然と苦笑いが浮かんで、私の時もこんな感じなのかなと思ったりして。
ベッドに近づく。
初めて会った時より、とても伸びた綺麗な栗色の髪がシーツの波に流れている。
ベッド際に腰掛けて、寝顔をのぞきこんだ。
穏やかな寝顔。エースオブエース、そう呼ばれているなんて思えないあどけない寝顔だ。
こんなことで幸せを感じるとか、私もどうかしているかもしれない。


「なのは、朝だよ」


寝息に乱れはない。
顔の近くに手をついて、身を屈める。
私の髪がかからないように気を付けて、私の影がなのはを覆う。


「なーのーはー?」


上がらない瞼と震えない睫を見詰める。
微かな吐息さえ聞こえる距離。髪を軽く梳く。
誰かの声が頭の中で反響する。お姫様を起こすなら、とか、何とか。
王子様にはなれる気はしない。私は騎士でいたい。戦うお姫様の騎士でありたい。
けどまあ、こういうのもたまには良いかもしれない。


「なのは」


頬に唇で触れる。
きめ細かい肌。離れるのが惜しいと毎回思う。
見詰めた先、まだ瞼は上がらない。


「起きて」


指先で前髪を避けて、今度は額。
離れて、腕の囲いの中なのはは起きない。
蒼はまだ私を映さない。
あとは、残すところは、本当は、ただ一つは。
肘をついて、さらに近づく。
吐息すら感じる距離。
寝込みを襲う。なんて言葉が頭をよぎった。
違います。だって。ほら。
唇が、もう少しで触れる距離。
睫は震えない。
でも。ねえ。


「起きてるでしょ、なのは」
「ばれた?」


真っ直ぐな蒼が私を写した。
それを嬉しく思うと共に、楽しそうな色に溜息をつきそうになる。
いつの間にか、猫のような動きでするりと首に回った腕。囲っていたはずなのに、捕まえられた。


「寝込みを襲っちゃいけないよ?」
「起きてたでしょ」
「うん」
「だから私はお目覚めに、って」
「ふぅん?」


項の辺りを指がなぞってくる。髪を指に絡ませて、少し高い体温。


「起きたくないなー」
「起きてください」
「起きたくないの」


未だに触れない唇。笑っている蒼。
私はこのあとなのはが言うことがわかる。
この楽しそうな色を知っている。


「だからフェイトちゃん」


ほら、瞳の奥に火が燻ぶる。
どうしたい。どうさせたい。


「私が起きたくなるくらいを、頂戴」


火が、灯った。


「おおせのままに」


言葉と裏腹に、ベッドに沈む。


inserted by FC2 system