mine



余りに突然の言葉に反応できなかった私は、間抜けな声を出していたと思う。
対面にいる親友は人懐っこい笑みを浮かべたまま、もう一度口を開いた。


「だからー、なのはちゃんって、そー見えへんけど、独占欲強い方やろ」
「ふぇ?」
「大抵のことにはそういうのないけど、ある特定のものに関しては、相当強いと見た」


カフェモカを飲みながら一人頷くはやてちゃん。
独占欲。自分ひとりのものにしたいと願う、欲。
曰く、私はそれが強いという。


「何で?」
「この前な、局のシャワー室でとある執務官と会ったんよ」


はやてちゃんの言葉に顔が引きつる。
わざと遠回りな言い方をしているけれど、誰を指しているかはわかりきっている。
それと同時に何故こんなことを言い出したのかを理解して、


「はやてちゃん待っ」
「右肩口を中心にお花畑」
「・・・・・・・・・・・」


止めようとして言い放たれた。
顔に血が上る。うわ、絶対顔赤い。
にやにやしながら見詰めてくるはやてちゃん。こういうことには労力を惜しまないところは直してほしい。ほんとに。


「だいぶ薄くなってたけど、あれ、咲かせたのなのはちゃんやろ」
「黙秘します」
「いやぁ、あの漆黒の制服に隠された白い素肌に映える花畑やったなー」


そうですよ。肌白いからすんごく綺麗に咲くんですよ。目立っちゃうから見えないところに付けないと大変なんだから。
・・・・・・・・・、あれ?


「はやてちゃん」
「んぉ?」
「見たの?」
「へ?」
「見たの?」


どこに咲いているかがわかると言うことは、つまり、そういうこと。
シャワーには当然各間仕切りがあるわけで、そして背後からでは見えにくいところに咲いているわけで。
こっちを見るはやてちゃんの口端が引きつった。答えによっては、私、怒るよ?


「誤解しとる。絶対誤解しとる」
「誤解かどうかは答えを聞いてから判断するよ?」
「ちゃうって!丁度シャワー浴び終わって着替えてる時にあたしが出くわしただけで!見てへん!全部は見てへん!」
「全部、は?」
「・・・・・・・・・、ちょーっと肌蹴とるくらいええやん!あんな素敵体型をそっちは全部見てるんやから!独り占めしよってからに!」
「な、何で私が怒られるの!?」


むきゃーっと怒っているはやてちゃん。
よくわからないよ。怒ってたのは私の方だよ?
でもこれ以上言うとややこしくなりそうだったのではやてちゃんを宥めて、その場は有耶無耶のうちにお開きになった。


――――――


確かに。
あの人はそういうところはしっかりしてるから他人に着替えているところとか、そういう場面を見せないようにしている。けど信頼を寄せている人にはガードが甘いというかなんというか。
だいぶ薄くなってたけど。
その言葉が再生される。
マンションの自室に戻ってきて、玄関にある靴を見て、声を掛けて、返事がないことに首を傾げてやってきたリビング。
そのソファに横たわる人を見つける。滑り落ちた左腕。床に落ちた本。
穏やかな、寝顔。
部屋着の上着は、Yシャツだった。
だいぶ薄くなってたけど。
無意識に日付を逆算して、指折り数えてソファに近づく。
自分のテリトリーで寝る時は眠りがとても深く、中々起きないことを私は知っている。
腰のあたりに馬乗り。所謂マウントポジション。
うん。起きない。
頭の中に日数を浮かべて、釦を外す。一番上は外れていたから、あと三つ。
ぷち。ぷち。ぷち。


「あ、ほんとだ」


右肩口を中心に散らばる花弁。淡い紅。鎖骨辺りにある一つに指で触れる。
私が付けた痕。名残。
俗に独占欲や支配欲の表れだと言う。
でも私がこれを付ける時はほとんど思考や思惑がない状態の時。
だけどもこれを見るとなんとなく落ち着いて、これを付けれるのが私だけだと実感し、これが他の人が見れない位置に隠されていることに充足を得る。
つまり、そう言う欲がないとは言い切れない。


「・・・・・・、付け過ぎだよ、私」


指で線をつなぐように花弁から花弁へ。
映える花弁。
私には、ないもの。
普通、逆なんじゃないかな。私について、この人についてないのが、立場的に。
視線は花弁から花弁へ。
映える花畑。
私には、一片の花弁はあっても、花畑はない。
たった一度も、ない。


「ん、・・・・・なのは?」


身じろぎと、眠気でかすれた声。
固まる。
まずい、思考に没頭しすぎた。
ぎこちなく視線を少し上にあげると、寝惚けた表情。眠りに溶けかけた紅。
フェイトちゃんが、目を覚ましてしまった。
私。自分。Yシャツ。指。状況。
紅が私を見つめて、首を傾げる。


「えと、・・・・・、教導で疲れてると思ってたんだけど、違った?・・・・・・わぷ」


掌を顔に押し付けてやった。
もがもがいっているけど無視。無視。断固無視。
顔が暑い。いや熱い。
確かに客観的に、いやもう主観的に見ても、これは、この状況はそう見えるかもしれないけれど違う。違うの!


「ちがう、ちがうんだからね」
「む」
「ちがうんだからね!」


ギブアップとばかりに腕を軽く叩かれる。
両腕に自由なのに無理矢理引き?がさないフェイトちゃんは、やっぱりフェイトちゃんらしい。
渋々離した掌。露わになった顔は、苦笑い。


「なのは」
「ちがう」
「いや、あのね、前のこともあるから聞いただけ」
「ちがうの!」
「はい、違うんですね」


だから落ち着いて、と頬に掌が触れた。
その記憶は消去してください。
速やかに。即刻。
無理?可愛かったから?ああもういいから笑わないで!
頬を引っ張ると、降参、と両手が顔の横に上げられた。
仕方ないから離してあげましょう。


「それで、本当はどうしたの?」
「何でもない」
「ちょっと無理な答えだと思うんだけど」
「ぅ」


寝てる間にマウントポジションとられて胸元肌蹴けさせられてたら、それはそうですよね。
わかってる。わかってるけど、言えない。
ちょっと見てみたくなったから剥いてました。なんて。


「・・・・・、痕、見てた?」


でもばれてしまう。
いつでも優しい紅は、こんな時でも優しいまま。
繋がれた左手。右頬に掌。包むぬくもりと、柔らかい声。


「どうしたの?」
「フェイトちゃん」
「うん?」
「つけないよね」
「つけたことはあるよ」
「自分からつけないよね」
「そうだね」


私が強請れば、一片の花弁が落ちる。
彼女はあまり欲を見せない。感情の揺れを悟らせない。垣間見えることはあっても、全てを明かそうとしない。明かしたがらない。
もしかして。ひょっとしたら。
私に対してつけないのは。そういう欲が、ないからなのかと。馬鹿馬鹿しいとわかっていながら、思ってしまった。


「何で?」
「理由?」
「うん」


睫が伏せられる。
フェイトちゃんの考えをまとめる時の癖。
しばらくして、紅が私を映す。


「理由は三つ」
「教えて?」
「二つだけなら、ね」
「残りは?」
「それを教えてって言うなら、全部言わない」
「ずるい」
「ずるいかも」


微笑んだフェイトちゃんを睨んでも、困ったようなそれに変わるだけ。
どうしても、三つのうち一つは言わないつもりらしい。


「言わない理由は?」
「なのはが怒るから」
「言わないとわからないよ?怒らないかも」
「ううん。怒る。絶対に」


だから、言わない。教えない。今も、これからも、ずっと。
フェイトちゃんは意外と頑固だ。私がここまで言っても折れないということは、絶対に教えてくれはしないだろう。
それなら、残り二つは教えてもらおう。
促せば、握られた手の力が強まった。


「なのはを傷つけたくないんだ」


何度も聞いた言葉。
予想通りの言葉。
想定していた答え。


「だから、何度も言ってるけど、これは違うよ」
「証、だよね」
「うん」
「そうだね。証だって、それはわかってる」
「じゃあ」
「それでも、だめなんだ。私は、なのはが望む以外は、私から、つけられない」
「・・・・・・」
「拗ねないで?お願い」


私が傷つくことを、私以上に恐れる人。
わかってる。痛いほどに、感じている。その想いは、届いている。
これ以上言っても仕方がない。


「もう一つは?」
「痕じゃなくても、確認出来るから」
「え?」


掌が頬を滑り。
フェイトちゃんに伝わるのは皮膚越しの鼓動。拍動。
花弁が落ちることが多いとされる場所に、掌が移動して。


「例えばね?触れると脈が速くなったり」


指先が首筋を滑り。
なぞる様な触れ方は、私を知り尽くしている。
また頬に戻った掌は視線を固定させて、絶対に逸らさせないため。


「声出すのを我慢する姿や」


私の鼓膜を叩いたのは、会話の流れに関係ない、それでもとても大切な、たった二文字。
それでも頬が熱を持つ。


「私の言葉で、可愛い表情を見せてくれるから」


フェイトちゃんが上半身を起こして、一気に縮まる距離。
私はフェイトちゃんの太ももに座り込み、少しだけ不満そうな表情を作る。
だって、ずるいじゃないか。私だけ慌てているみたいで。
眼の前には、嬉しそうな微笑み。


「なのはが、私だけに、そう言う感情を向けてくれてるって思えるんだ」


額を合わせてくるフェイトちゃんは本当に嬉しそう。
自分だけ。
確かにそう言った。
それは、そういう欲だと言って、いいよね?
そう思っても、いいよね。
欲しかった言葉をもらって、見たかったものを見れた。
自然に、頬が緩む。


「わかってくれた?」
「んー、今回はそれでいいとします」
「・・・・・・・、今回ですか」
「だってつけてほしいもん」
「言ってくれればつけてるよね?」
「フェイトちゃんから、いっぱい」
「無理だと思う」
「即答されると何だかムッとする」
「ごめんなさい」


眉を下げた微笑みに、謝る唇に、証ではない印を。
触れるだけの印を。


「ね?なのはからこういうことしてもらえるから、つけなくてもいいんだ」
「もうしないって言ったら?」
「寂しいかな。それに、なのは、我慢できる?」
「馬鹿」


今度は意地悪く上がった唇に蓋を。
その蓋をやんわりと開けられながら、視界の端に映った淡い花弁。
また濃く色付けよう。何度でも、重ねて。


私の、だって。


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