和訳



恒例の夜の魔法練習。


「フェイトちゃん」
「うん?」


少し休憩してから解散にする、それがいつものこと。
臨海公園のフェンスに腰かけて、星空を見上げているとなのはが呟いた。


「月が綺麗だね」
「あ、うん、そうだね」


見上げた月は満月。確かに綺麗だった。
私は深くは考えなかった。ただ、満月が綺麗だったから。そういったのだろう。
そう、軽く思う程度だった。


どさどさどさどさ


ミッド生まれの私が一番困ったのは言葉だった。
聞く、話す。は、出来る。スムーズな意思疎通は口下手な私だからあまり出来ないかもしれないけど、会話は出来た。
でも。


「はい、各種ドリル」
「ついでに漢字辞典と国語辞書」
「ことわざ辞典」
「純文学」


積まれていくドリル。辞書。辞典。文庫本。
日本語は難しい。
ひらがな。カタカナ。ローマ字。
丁寧語。謙譲語。尊敬語。古語。時に英語。
英語ならIで済む自分を表す単語さえ、多種多様。
板書するのも悪戦苦闘。それを解読するのさえ至難の業。
それなりに覚えてきたとはいえ応用とかは無理。
ということで。


「このアリサ様が特別にレッスンしてあげるんだから感謝しなさい」
「特別個人レッスンってなんやイケナイ響きやな・・・」
「黙れこだぬき」
「ひ、酷い、繊細なガラスの心に傷を負った!!すずかちゃん慰めて!!」
「粉々に砕かれて高温で溶かして再構築という名の更生をされろ!!ってかすずかに泣き付くな!!」
「二人とも、今日はフェイトちゃんの先生役なんだからもっと落ち着いても・・・」
「そうそう、ドキドキ★特別レッスンなんやからアリサちゃんクールダウンしぃやー」
「あんたが大人しくしたらドライアイス並みにクールダウンしてあげるわ・・・」
「冷たいのに触れたら火傷とはこれ如何に」
「黙れちびだぬき!!」
「ちび言うな!!」


・・・・・。
あ、訛りや略語っていうのもある。
目の前で繰り広げられる会話には色んな種類の言葉が乱舞。普段の会話である程度は理解しているけど、それを文字にするのはまた別問題。
私は漢字ドリルを開いて、視線を巡らせる。・・・書き順って、何の意味があるんだろう。自分が書きやすいように書いちゃいけないのか。
眉間に感触。顔を上げるとなのはが苦笑。


「皺、寄ってたよ」
「あ、ぅ・・・」
「そういうものだ、って考えた方が楽だから」
「だって、右と左の書き順・・・・明らかに・・・」
「そういうものなの」
「ぅ・・・・・うん・・・・」


そういうものらしい。
私がわたしとわたくしのどっちでもいいのも。ファーストフード店とかでよく聞くお決まりの言葉が実は間違った丁寧語や尊敬語なのも。
全部、そういうもの、だかららしい。


「ちなみに本気と書いてマジって読む場合もあるで」
「え!?」
「嘘教えるな!!」
「あながち嘘でもないやろ?本気と書いてガチってルビが振ってあったりするやん」
「え?え?」
「フェイトが混乱してるでしょ!」
「あたし色に染まれ!!」
「意味解んないわよ!!」


アリサとはやては楽しそうだ。それを見てるすずかも。なのはは少し困った顔。
辞書を開く。和洋折衷。和製英語。日本語は単語だけでも難しい。
同音異義とか。対象によって違う漢字を当てはめる。たいしょうって言葉すら、そうだ。


「フェイトちゃんの頭から煙がみえる・・・」
「私たちだってそんなに完璧に使ってるわけじゃないから、フェイトちゃんには余計に難しいかもね」
「私も苦手なんだけどな・・・」
「その分なのはちゃんは理数系得意でしょ?」
「すずかちゃんは何でも大丈夫でしょ?」
「うーん、得意ってわけじゃないよ?」
「完璧超人が何言うとるん」
「全くだわ」
「アリサちゃんの方が完璧だと思うけど・・・」
「当たり前よ、あたしはパーフェクトを地で行くんだから」
「ツンデレの見本も地で行くわけですね、わかります」
「黙れミニだぬき」
「み・・・!?」


日本語は、色んな言葉をまぜこぜ。意味を考えて揶揄。
小さい。ミニ。スモール。ちび。応用。ちっちゃい。ちっこい。ちびすけ。エトセトラ。
うん。奥が深い。


「文法は大丈夫なの?」
「たぶん・・・」
「ほんなら。はやて、私、抱き締める。この単語を使って依頼の意味を込めた文章を作りなさい」
「えっと、はy」
「ストップ。それどう転んでもあんたが得するでしょ」
「ッチ」


口を片手で塞がれたままアリサを見ると眉がぴくぴくしてる。はやては顔を背けてしまった。
すずかを見ればしかたないみたいな微笑み。なのはは思案顔から何かに気付いて驚いている。
手が離れる気配がないからそのままことわざ辞典を開いた。
・・・・・竜と虎ってどう考えても竜の方が強いんじゃ・・・・、それよりもこっちの世界では竜は架空の生き物で・・・・・もしかして次元転移で?


「全く・・・・って、ごめんフェイト、口塞いだままだった・・・・つーかあんたもされるがままじゃなくて抵抗しなさいよ」
「どうして?」
「・・・・・・・・・・、聞いたあたしが馬鹿だったわ」
「ばーか、ばーか」
「黙れ馬鹿だぬき」
「あ、アリサちゃんが自分で言うたんやんか!!」
「二人ともよく飽きないね」
「じゃれあいみたいなものなんだよ、きっと」


・・・・。
竜と龍って何が違うんだろう。犬と戌と狗とか、どれもいぬのことなんじゃ・・・。
じゅうにし?あ、古典とか、そっち系になるのかな。
日本語は現文と古文とか、それもあるから奥が深い。


「英語は大丈夫なのよね?」
「あ、うん、バルディッシュがいるから」
「ばる・・・・?ああ、あんたの相棒」
「うん」


バルディッシュが話すのはこちらでの英語と同じだから、それについては大丈夫。


「じゃあ和訳の練習もしなきゃね」
「わやく?」
「英語を日本語に直すのよ。日本語の文法とか知らないと無理でしょ?」
「何で直す必要があるの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・あんた今英語出来ないヤツを敵に回すこと言ったわよ」
「え?」


わ、私とんでもないこと言っちゃった?
だって、英語は英語で。日本語は日本語だよ?


「意訳とかもあるからね」
「いやく?」
「例えばWhere am I ?」
「それが?」
「ここはどこ?ってなるわけ」
「何で?」
「私はどこ?どこかわからない。ここはどこ?」
「なるほど」


一度捻って訳す。それに意味があるらしい。
やはり日本語は奥が深い。


「変な意訳もあるから、注意」
「ふぅん」


呟いたところでどさどさと目の前にまた本が積まれた。
和英辞典。英和辞典。英語の御伽噺。意訳例文。
冷や汗が流れる。


「このあたしが教えてあげるのよ。せめて一通りマスターしなさい」
「あの、お手柔らかに・・・」


日本語は奥が深い。特に、腰が低いとか、低姿勢とか、そういうものの種類は豊富だ。
だからその一例を実践したみたのだけれど。


「あたしの辞書にはスパルタという言葉が登録されているわ」
「対すずかちゃんにはヘタレという言葉が登録されてんねんで」
「黙れまめだぬき」
「まめ・・・!?」


アリサの前にそれは意味をなさなかった。
少しだけ涙目で漢字ドリルと文法ドリルのノルマを終わらせて和訳ドリルに差し掛かった。
目の前では丸めたノート片手の先生が目を光らせているので手は抜けない。抜く手がない。
時折ぱこーんといい音がするのは違う先生がまた何かを言ったのだろう。


「あれ・・・?」


豆知識がドリルの隅に載っていた。
夏目さんって言う人の話。それに何となく目を通して、記憶が蘇る。




月が綺麗だね




思わずなのはを見た。
まさか。でも。もしかして。けど。


「どうしたの?フェイトちゃん」
「え?あ、うん、ごめん、何でも、ない・・・」
「?」


慌てて視線を下げる。恥ずかしい。
違うんだ。絶対。そうだ。知ってるとは限らない。知らないんだ。こんなこと。


「・・・・・・・・・・・・・違うよね」
「ええ、違うわね」
「え!?」
「そこの和訳間違ってるわよ」
「ご、ごめんなさい!」


ぴしっと示される問題に頭を回す。
あまり上手く回ってくれないそれを叱咤していた私は、もうそのことを記憶の隅に押しやってしまった。
そんな。だって。なのはが。









慌てるフェイトちゃんを苦笑しながら見守る。私にはそれ以外出来ないから。
今解いているドリルは私が選んだもの。何となく手に取って開いたそれには豆知識。
自惚れてもいいのだろうか。自信を持っていいのだろうか。
狼狽えたということは。それはつまり。そういうことなのだろうか。
今夜、もう一度試してみよう。
私の気持ちを少しでも満足させるためだけど。
慌てたら、きっと、脈あり。



ねぇ、フェイトちゃん。



月が、綺麗だね。


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