蒼が求めしモノ



とある時空。
とある世界。
とある研究所。
そこは、もうすでに廃墟と言ってよかった。
一時間前には何の障害もなく機能していたとしても。
今は、廃墟と言ってよかった。




――――――




彼は奔っていた。
ただ漠然に、ここではないどこかに。
彼は敬われていた。
彼の研究は、この施設にいるものに崇拝されていた。
生と死の研究。
そして彼は自身の研究に陶酔していた。
かつてあの虚無空間に消えたとされる魔導師と同等の成果を得ることを夢見て。




それが、一瞬で崩れ去る瞬間まで。




気づいた時には遅かった。
部下は全て捕えられ、ガジェットは全て破壊され、研究成果は吹き飛んだ。
残ったのは、自分だけ。
だがそれだけでもいい、脳に残された研究データは失われていない。
自分さえ失わなければ、また作り直すことが出来る。
だから、彼は奔っていた。
ここではない、どこかへ。






「見つけた」






微かな声が聞こえ、彼は足を止めた。
止めざるを得なかった。
後ずさるしかなかった。
壁に背を預けるしかなかった。
目に映ったのは。
綺麗な、キレイな、桜色の魔力光。



全てを無に還す、光。



そして。
その発生源に立つ、白い魔道師。
魔道師の眼が、彼を捉えている。





深い、深い、飲み込まれそうな蒼の瞳。




「貴方が、首謀者?」





静かな良く通る声。
それを聞いて、彼の本能が、悟る。
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ。
ここに居たくない。
ここに居てはいけない。
アレの目に映りたくない。
アレの前に居たくない。




死 に た く な い 。




圧倒的な、存在感。
絶対的な、死の存在。
だから彼は奔っていたのに。
それはもう、無意味でしかなかった。
もしかしたら、最初から。
襲撃を受けた瞬間から。
研究を始めた瞬間から。




「貴方は、プロジェクトFを利用しようとしていた・・・んですよね?」




静かに降り立つ魔導師。




「あの計画の、“最初の成功作にして最高傑作”を、使おうとしていたんですよね?」




桜色が、周りを包む。




「フェイト・T・ハラオウン・・・彼女を、利用しようと」




いきなり襲う激痛。
何かを掌と、足の甲に穿たれた痛み。




「あ゛あァあアアぁァッ!!」
「大丈夫です。少しアレンジした技ですけど非殺傷設定ですから、死なないですよ?“絶対に”」




痛覚だけを苛まれる。
外傷は、跡は、赤い痕跡は、残らない。
暗い、暗い、全てが沈み込みそうな蒼が彼を見詰める。
弧を描いた唇が、言葉を紡ぐ。




「ねえ」



「どうするつもりだったんですか?彼女を」



「彼女の被保護者を囮にして、彼女を手に入れて」



「何を、彼女に、するつもりだったんですか?」



「研究?生体実験?」




答えられるわけがない。
二の腕と、太腿にさらに穿たれる激痛。
劈くような悲鳴だけが、木霊する。耳を塞ぎたく生に縋る叫び。
魔導師の表情が、嗤いから、無に。




「許さない」



「私が、許さない」



「あの人に触れることが出来るのは、私だけ」




桜色が、濃くなる。
穿つ為だけに作られた形の魔力が、無数に飛ぶ。飛ぶ。飛ぶ。舞い踊る。
彼が最後に認識したのは。






「他に、必要ない」






無垢な白と、昏い蒼と、美しい桜色と、歪んだ唇。




――――――
――――
――




「・・・・ん。報告書、ちゃんと受け取りました」




時空管理局本局、特別捜査部。
二等陸佐が使用する部屋。




「お疲れ様。なのはちゃん」




報告書に軽く目を通したはやてが、書類を持ってきた今回の事件担当者であった教導官に笑顔を向けた。




「ううん、そんなに大変じゃなかったし」
「そらエースオブエースにはそうでもなぁ。聞いたで、他の局員にガジェット任せて自分だけ侵入したんやってな」
「そっちの方が効率がよさそうだったから」
「局員ビックリしてたやろなー、研究員全員捕縛して、その上首謀者もガッツリ逮捕なんやから、しかも一人で」
「あはは」




照れ笑いするなのは。
それに微笑み返したはやてが、再び報告書に視線を移して呟く。




「精神崩壊、かぁ・・・。やっぱ自分の全てを注いでた研究壊されるとそぉなるんかなー」




逮捕された研究者の身体情報。
それとも、はやては続けた。




「よっぽどのコト、体験したか・・・」




己を構成する“意識”を潰されるほどの、コト。
あくまでも軽く、冗談のように、はやてはなのはの瞳を見て問う。




「なのはちゃん、何か知っとる?」
「何も。私は“お話”しただけだよ?」




深い、深い、底が見えない蒼。
深いことがわかるほど、澄んでいるのに底が昏くて見えない蒼。




「でも私ね、はやてちゃん」




にこりと、誰をも見惚れさせる笑顔でなのはは言う。




「あの人のこと許せなかったんだ。だってね?はやてちゃん。あの人フェイトちゃんを手に入れようとしてたんだよ?フェイトちゃんを私から取ろうとしたんだよ?私のフェイトちゃんを取ろうとしたんだよ?そんなの許せるわけないよね。許せないよね。許さないの。そんな人本当は引き千切られて切り刻まれて潰されて灰になってこの世からこの次元から存在が消えてなくればいいけど任務は捕獲だったから、だからもう二度とフェイトちゃんに近づかないように興味をなくすようにその濁った汚らわしい目にフェイトちゃんを映さないように」




当たり前のことのように。
事実、彼女にとってそれは当たり前のことで。誰にも否定させない不変のことで。
誰も、彼女を邪魔出来ない。
弧を描いた桜色。




「徹底的に“お話”したんだ」




誰も、彼女を止められない。




「お話したら、納得してくれたよ?」



「最後は、何にも興味をなくして・・・」



「何言っても、反応しなくなっちゃった」




微笑むなのはをはやては静かに見つめていた。
金色が空みたいと表した瞳は、紛れもなく空のように澄んでいて。




「でも仕方ないよね?」



「だってフェイトちゃんを守るためだもん」



「フェイトちゃんと一緒にいるためだもん」




空は深く、深く、遠く、遠く。




「ねえ、はやてちゃん」




全てを飲み込むように。




「私、おかしいこと言ってる?」




蒼い空の先には、漆黒の闇。
にこり。
誰よりも綺麗に嗤うなのはに、はやては何も言葉を返せなかった。



――――――



精神が崩壊したまま管理局の刑務所に入った犯罪者の共通点。




捕縛担当者が、高町一等空尉であること。


何らかの形で、F.A.T.E計画を利用しようとしていたこと。




それだけ。
予想はできる。
しかし予想でしかない。
証拠など何もない。
捕縛の映像も。犯罪者の証言も。現場の跡も。担当者の言葉も。



何も、残ってはいなかった。



己の研究が破壊されたことによる発狂・自暴自棄。
そう、片付けられた。




「・・・・・・深入りしたら、あかん・・・な」




誰も。
誰もあの蒼から逃げられない。
蒼から紅を奪えない。



――――――




「なのは」
「フェイトちゃん」




はやてちゃんへの報告を終えた私の背中にかかる声。
姿を見なくてもわかる。私が一番好きな音色。
でもその顔が、存在が見たくて振り向けば、ほら、フェイトちゃんだ。




「どうしたの?」
「ううん、何にもないよ」




人通りがないのをいいことに、すり寄る様に抱きつけば優しいぬくもり。
一番好きな匂い。一番好きな暖かさ。
肩口に顔を埋めて、制服越しの一番好きな白に映える私の紅を思い浮かべて問いかける。




「フェイトちゃん、私のこと、好き?」
「うん・・・・、好きだよ」




照れたような声。
顔を上げれば、はにかんだ笑顔。




「なのは?」




私を、呼ぶ、フェイトちゃん。
ああ。
幸せ。
フェイトちゃんの綺麗な紅に映るのは私だけ。
そうだよ、フェイトちゃん。それでいいんだよ。
貴女は私だけを見てればいい。感じてればいい。
私だけのフェイトちゃんでいてくれればいい。
そのためなら。
私は。
例え、何を敵にしても、誰を裏切っても。





「私も、フェイトちゃんのこと、何より、誰より・・・好きだよ」





貴女の隣に居続けるから。


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