痕と証



目を開けて、最初に目に映ったのはもう見慣れた天井。
そしてすぐに、一番大切な人の顔。


「ふぇいとちゃん」


名前を微かに呼べば、ふわりと微笑んでくれた。


――――――


幼い頃から泊まっていたフェイトちゃんの部屋。
昨日も、ハラオウン家の皆は仕事で居ないと聞いて泊まりに来た部屋。
寝心地がいい、ベッドの上。
カーテンの隙間から淡い月の光が洩れて、彼女の金色を引き立てていた。


「私・・・」
「なのは。身体、平気?」


八の字に下げられた柳眉。
心配顔を見て、思い出す。
私は目を覚ましたんじゃなく、気が付いたんだということに。
気だるいけれど、嫌ではない感覚がまだ残っていた。


「ごめん、無理させた」
「ううん、大丈夫」


ほら、隣で身体を起こして私を心配しているフェイトちゃんも、何も纏っていない。
もちろん、シーツの中にある私の身体も。
ゆっくり手が伸びてきて、優しく頬に触れた。
身を屈めて、フェイトちゃんの指が目元を滑る。


「また、泣かせちゃったね。ごめん、なのは」
「大丈夫だよ、フェイトちゃん」


涙の跡があったみたい。
さらに顔が近づいて、目尻に唇が落ちる。
それにくすぐったさを覚えつつ、視線を少しだけ下げると白磁の肌。
薄っすらと残るいくつもの痕。


「ぁ」
「うん?」


少しだけ離れた彼女に、今度は私が眉を下げた。


「ごめん、フェイトちゃん、私また付けちゃった・・・」
「ああ、いいよ」
「でも・・・」


私の視線に気付いたフェイトちゃんは、それを確認して微笑む。
私はどうやらしがみ付いている時、無意識に付けてしまうらしい。
フェイトちゃんのことしか考えられなくて。
フェイトちゃんのことしか考えさせてもらえなくて。


「鎖骨辺りなら隠れるし、見えないから。首には付いてるかな」
「ううん」
「だったら、大丈夫」


安心させるように髪がなでられる。
いつもというわけではないけど付けてしまった痕を見ていて、ふと思った。
自分の身体を見て、確認する。


「・・・・・フェイトちゃんは、今日も付けてない・・・よね」


肯定と苦笑が返ってきた。
私が強請らない限り、フェイトちゃんは痕を付けない。
そうだとしても、本当に薄く。
キスはしてくれるけど、絶対に付けてはくれない。


「全然、付けてくれないよね」
「そうかな」
「そうだよ」


言葉の雰囲気でわかった。
あまり聞かれたくないことらしい。
でも、聞きたい。


「ねぇ、どうして?」
「言わなきゃ、ダメ?」
「教えて欲しいな」


困り顔のフェイトちゃんの首に腕を回して、眼を逸らされないようにする。
しばらくすると根負けしたのか、口を開いてくれた。


「なのはの肌を、傷つけたくないから」


傷つける?
言っている意味が、よく解らない。


「コレは違うよ?それにそんなこといったら、私、フェイトちゃんのこと傷つけてる」
「うん、違うって思ってる。でも、他に何て言ったらいいか解らないんだ」


軽く唇を合わせて、フェイトちゃんは私の首に顔を埋める。
痕を付けるわけではない、触れるだけのキス。


「なのはを、傷つけたく、ない」


ああ・・・そっか。
理解したわけじゃない。
けど、フェイトちゃんが思ってることは何となく、感じた。
そういえば、初めての時も、言ってたよねその言葉。
だから。


「フェイトちゃん、付けて」
「今の話聞いたのに?」


軽く肩を押して改めて顔を見詰める。
違うよ。
痕じゃない。
渋るフェイトちゃんに、微笑む。


「痕じゃなくて、証」
「証?」


そう、証。


「フェイトちゃんのモノだっていう、証」


私の肌に。
私に。
証を付けられるのはフェイトちゃんだけ。
だから、フェイトちゃんの証。
困惑するフェイトちゃんを導いて、顔を近づけさせる。
心臓の真上。


「付けて」
「なのは・・・」
「お願い」


ちらりと私を窺って、観念したのかフェイトちゃんはそこに口付ける。
いつもとは違う感覚。
シルシの感覚。
弱い、感覚。


「それじゃ、薄くしか付かないよ」
「だけど・・・」
「いいから、強く、ね?」


胸元にある頭を抱き締めて強請った。
私が貴女のモノだと確認できる証が欲しい。
ほんの少しの痛み。
フェイトちゃんが離れたそこには、紅いシルシ。


「ほら、フェイトちゃんの証」
「うん・・・・、私の証だ」


確かめるように、何度も証を指でなぞられる。
私がそれを見つめているのに気付いたフェイトちゃんは、こっちに顔を寄せてきて。


「なのは」
「ん」


深くて、少しだけ長いキス。
蕩けるような嬉しそうな顔で。


「ありがとう」


本当に、嬉しそうな微笑み。
うん、そう言う顔してるフェイトちゃんの方が私は好き。
でもね。


「フェイトちゃん、あのね」


さっきのキスは、ちょっと、ほら。


「シャワー浴びるの、もう少し後でもいいかな?」


今の私には刺激が、強かった、かな。
目を丸くするフェイトちゃん。
意味、解ってくれた・・・?


「だめ、かな」
「いいよ」


少し熱くなった顔で、問えば。
優しく微笑み返されて。


「シャワーはもう少し、後でね」


私は、また。
フェイトちゃんの腕の中に。


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