あかずきんさん



とある町に可愛い女の子がいました。その女の子はお母さんから貰った赤い頭巾をいつも被って略。だからその女の子は赤ずきんちゃんと呼ばれるように略。むしろ一部には赤ずきんさんと呼ばれるように略。その理由は公にされず略。平和な日々を送っていました。
ただ、その女の子は、双子だったのです。


「赤ずきんちゃん・・・・、なのは、すずか。ちょっと頼まれてくれる?」
『なぁに?お母さん』


お母さんに呼ばれた赤ずきんちゃんたち、なのはちゃんとすずかちゃんは首を傾げます。二児の母とは思えない若々しさを誇るお母さんの手には、バスケットが二つ。中身はパンと赤ワイン。+α。お母さんは笑顔を向けます。


「森の奥に住んでいるお母さんの友達の娘さんが風邪を引いてしまったみたいなの。だからお見舞いに行ってくれるかしら?」
「うん」「はい」
「ありがとう、二人ともいい子ね」


どうやらお見舞いのようです。子供へのお見舞いなのに赤ワインが入っていることなど特に気にしません。赤ずきんちゃんたちは素直に頷きます。
お母さんは出かける支度を二人にさせた後、膝を折って視線を合わせ言い聞かせるように口を開きます。


「いい?知らない人に話しかけられても付いて行ったり、いうことを聞いたらダメよ?」


お母さんは町でも随一の美少女である娘二人を心配していました。じゃあお見舞いに行かせるなよとかそんなことをツッコんではいけません。赤ずきんちゃんたちは顔を見合わせます。


「道を聞かれても、無視するの?」
「助けを乞われても、無視するの?」
「そこらへんは常識の範囲で」


赤ずきんちゃんたちは賢く育っていました。お母さんはニッコリ微笑みました。かくしてバスケットを手に赤ずきんちゃんたちはお家を出ます。


「あ、あと森の中には怖い狼もいるから気をつけてね」
『はーい、いってきます』


お母さんは何気に最重要なことを最後にさらっと付け加えました。


――――――


「狼だったらやっぱり獲物を獲るべきよ」
「そこまで狼に拘らなくてもいいんじゃないかな・・・」


所変わって森の中。そこには狼が二匹いました。握り拳で力説する狼に苦笑する狼。町で恐れられている狼たちです。例え外見が狼のつなぎ型のきぐるみを着ているだけにしか見えなくても怖い狼たちです。


「フェイト、そんなだから狼としての威厳が出ないのよ」
「でもアリサ、果物や木の実だけでも生命活動に支障は出ないよ?」
「違うわ。これは狼が狼であるという存在意義の問題よ」
「プライド?」
「そうとも言うわ」


何やら議論している狼さん、むしろ狼ちゃんたち。息巻く白い毛皮の狼ちゃんであるアリサちゃんと、ほんわかしている黒い毛皮の狼ちゃんであるフェイトちゃん。めちゃくちゃ可愛らしいのに威厳とか言っているそのギャップが何とも言えません。


「だから狩りするわよ」
「何を狩るの?」
「ここは町で恐れられている狼らしく、人間でしょ」
「でも人間はこの森に中々入って・・・」


こない、と続けようとしたフェイトちゃんの言葉が止まります。二匹の視線の先には森を仲良く歩く赤いずきんを被った女の子が二人。しかもこちらには気付いていませんでした。なんと言うグッドタイミング。


「あの二人を狙うわ」
「止めようよ。可哀想だよ」
「何言ってんのよ。狼として当然のことでしょ」
「お腹そんなに空いてないし。さっきウサギさんにりんご貰っちゃったから」
「気合で空腹にしなさい」
「無理だよ」


アリサちゃんに引きずられる形で、フェイトちゃんも二人に気付かれないように尾行を開始しました。


「すずかちゃん、お母さんの友達の子供ってどんな子だと思う?」
「んー。楽しい子だと良いな」


赤ずきんちゃんたちはとてつもない危機が迫っていることなど露にも思っていませんでした。


――――――


「背後から一気に襲うわよ」
「不意打ち?」
「効率よくね」


乗り気でないフェイトちゃんを巻き込んで茂みの影から赤ずきんちゃんたちを窺うアリサちゃん。意気込む白い狼ちゃんに黒い狼ちゃんは女の子二人を示して言いました。


「どっちがどっちを襲うの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」


至極当然の疑問です。こちらも二匹、あちらも二人いるならどちらかがどちらかを狙うのが普通。アリサちゃんが固まりました。フェイトちゃんは首を傾げます。


「・・・・・・アリサ?」
「・・・・・・。フェイトはどっちがいいのよ」
「アリサは?」
「質問を質問で返すのは卑怯」
「でも提案者はアリサだからアリサが先に決めるべきだと思う」


最もな意見に言葉を詰まらせるアリサちゃんは再び女の子たちに視線を戻します。その翠の瞳に映るのは。


「紫色の髪の子?」
「なななななな何言ってんのよ!!」
「だってそっちの子見てたよね?違った?」


純粋に言うフェイトちゃんに顔を赤らめるアリサちゃん。どう考えても図星でした。


「・・・・・・・・〜〜〜〜〜ッ!フェイトは、それでいいわけ?」
「アリサが栗色の髪の子、って言ってたら少し困ったかも」
「・・・・・・・あっちが気に入ったの?」
「うん、何でかな」


自分のことなのに不思議そうなフェイトちゃんに溜め息を漏らすアリサちゃん。気を取り直して標的を確認しようとして。


「あ」
「居ないね」


見失ったみたいです。


――――――


「森が危険だって凄く言われてるけどさ」
「どうしたの?」


てこてこ森を進む中、なのはちゃんが口を開きました。すずかちゃんはその続きを待ちます。


「狼に食べられたー、とか聞いたことないよね?」
「確かに・・・・、そうだね」
「狼って本当に居るのかな」
「もしかしたら教育的な言い伝えなのかも。勝手に森に入って迷子にならないように」
「あ、そっか」


微妙に冷めたような賢い二人は勝手に結論に至っていました。もう少し歩けば目的のお家というところで、二人は示し合わせたかのように後ろを振り向きます。しかしそこには進んできた道があるだけ。


「・・・・・・・すずかちゃん、物音しなかった?」
「うん、したような気がしたけど・・・。風のせいかも」
「そうだよね」


再び視線を前に戻すと、すずかちゃんが木々の合間から見えるお花畑に気付きました。


「なのはちゃん。もうすぐでお家に着くし、お花摘んでいこうか?」
「いいかも。お見舞いだしね」


二人は進路を変更し、寄り道をすることに決めました。そんな二人の後方、茂みにて。


「何で隠れるの?」
「見つかったら不意打ちにならないでしょ!」
「そのまま襲っちゃダメなの?」
「狩りにも美学を求めなさい」
「・・・・・・・・」


白い狼ちゃんの真摯な瞳にどうしていいかわからない黒い狼ちゃん。しばらく悩んでいたアリサちゃんが打開策を打ち出しました。


「こうなったら先回りして待ち伏せるわよ」
「森の奥の家・・・ってことは一つしかないね」
「・・・・・ちょっと変わったヤツがいるって言われてるから少し億劫だけど」
「じゃあ止める?」
「ココまで来て止められるか!」


もう意地です。


――――――


「ここね」
「ここだね」


狼ちゃんたちの目の前にはこじんまりしたログハウス。森の中のお家といったらここです。どことなく止めようとするフェイトちゃんを制し、アリサちゃんは扉をノックしました。


コンコン

「はーい。どちらさん?」
「着払いの郵便です、代金お願いします」
「ちょお待っててくださいー。・・・・・財布どこや?」


独り言が聞こえるログハウス内。そんなことよりもフェイトちゃんはアリサちゃんをじぃっと見詰めていました。いいたいことは、唯一つ。


「アリサ・・・」
「常套句よ。文句ある?」
「もうちょっと違うのなかったのかな・・・」
「宅急便、宅配、セールス、警察・・・・色々あるけど?」
「・・・・・・・・・・うん、もういいや」


若干項垂れるフェイトちゃん。そんなこんなしているうちに扉が開き、現れたのはこげ茶色の髪をした女の子。どうやらこの子が風邪を引いた子の様です。ただ風邪はもうよくなったらしく顔色も悪くはありませんでした。
財布片手の女の子が目を丸くします。当たり前です、そこにいたのは狼二匹だったのですから。


「え?最近の郵便配達て狼がしとるん?」
「んなわけないでしょ」


律儀にツッコみながらも部屋に侵入するアリサちゃんと、それに続くフェイトちゃん。女の子は自然に後ずさって行きます。


「あんた、名前は?」
「は、はやて、やけど・・・」
「じゃああたしの獲物第一号としてその名前は覚えててあげるわ。感謝しなさい」


どうやらアリサちゃんは待ち伏せに邪魔な女の子から獲物にしていこうと考えたようです。


「や、ちょお待ち」
「待たないわよ。あたしたちは狼よ?」


病み上がりで少し足元の覚束ないはやてちゃんが、追い詰められてぼすんとベッドに座り込みます。不適に笑うアリサちゃんを見上げて、何故か視線を逸らして頬を染めました。


「いや、めっちゃ可愛え狼さんたちに喰べられるとかやぶさかではないんやけど、二人同時に相手っていうのはちょぉ体力的に問題が・・・」
「そっちの喰べるじゃないわよ!!」
「そっち?食べるって違うのがあるの?」
「フェイトは黙ってなさい!」


赤い顔のアリサちゃんのツッコミが響きました。


―――――


「こんなでいいかな?」
「うん、可愛い花束になったね」


お花畑でお花摘みを終えた二人の手には小さな花束。これでお見舞いの品が一つ増えました。二人は満足し、森の奥のお家に行こうと立ち上がり。


「ったく!何なのよあいつ!」
「面白い子だったね」
「そう言う問題じゃないわよ!」
「そうなの?・・・・・・あ」
「何よ?・・・・あ」
『・・・・・・・・狼?』


狼ちゃんたちと遭遇してしまったのです。・・・正確に言えば発見してしまったのです。初めて見る狼に驚く二人と、すっかりお花畑に二人が居ることを忘れていて固まる二匹。
しばらく沈黙が流れました。


「アリサ・・・」
「フェイト、こうなったら実力行使よ」
「美学は?」
「敵前逃亡よりまし」


フェイトちゃんに小声でそう伝え、アリサちゃんは一歩前に出て二人に告げます。


「簡潔に言うわ。逃げても無駄よ」
「えっと、もしかして私たちは狙われてるのかな?」
「ご明察」


ニヤリと笑うアリサちゃん。しかし次の二人の言葉にがくりと体制を崩すことになります。


『本当に、狼?』
「っ!・・・・・、狼以外の何に見えるのよ!」
『犬?』
「まあいぬ科だけど。ね?アリサ」
「フェイト・・・あんたまで」


色々勢いの削がれたアリサちゃんが凹んでいると、すずかちゃんが歩み寄ってきました。そんな、狼に自ら近づくなんて何て危険な!!・・・・・そうでもないですね。


「・・・・・・・怖くないわけ?町では狼は人間を食べるって言われてるんでしょ?」
「だってこんな可愛い狼さんだもん」
「・・・・・・・・・、人間にそんなこと言われたの初めてよ」
「じゃあ何度でも言ってあげるね。アリサちゃん可愛い」
「な゛!何で名前!!」


頬を赤く染めて狼狽するアリサちゃんに微笑み、すずかちゃんはフェイトちゃんに視線を移します。


「そっちの狼さんが言ってたよね?」
「うん、アリサだよ」
「ちょっとフェイト!」
「え?何かまずかった?」
「・・・・・・・・はぁ」
「え?ええ?」


疑問符を浮かべまくるフェイトちゃんに溜め息を吐くアリサちゃん、それを見てすずかちゃんは笑みをさらに深くしました。それに耳まで赤に染めたアリサちゃんがそっぽを向きます。


「アリサちゃん」
「・・・・・・・・」
「アリサちゃん?」
「・・・・・・、何よ」
「すずか」
「え?」
「私は、すずかだよ」


ニッコリ笑顔に押されたアリサちゃんが微かに呟くのを聞いたフェイトちゃんが、離れたところで佇むもう一人の赤ずきんちゃんに気付いて近づいていきます。なのはちゃんもそれに応じるかのように歩を進めます。


「ごめんね、驚かせて。食べたりなんかしないから、安心して」
「狼さんは、フェイトちゃんって言うの?」
「うん。そうだよ」


頷くフェイトちゃんをまじまじと見ていたなのはさんがにぱっと笑って言いました。


「お友達に、ならない?」
「ともだち?ともだちって何?」


その単語の意味を知らないフェイトちゃんが聞き返すと、なのはちゃんは言います。


「一緒に遊んだり、一緒にご飯食べたり、一緒に楽しいことする人同士のこと」
「へー」
「一定の条件を互いにクリアした特別なたった一人だけが恋人にレベルアップするんだよ」
「なるほど」
「恋人になるともっと一緒に色んな事するんだよ」
「ふぅん」
「フェイトちゃんはもう最有力候補かな」
「え?そうなの?」
「うん、そうなの」


純な黒い狼ちゃんは全てを信じてしまいました。なのはちゃんは満面の笑みでした。なのはちゃん・・・恐ろしい子!!狼なんて目じゃないぜ!!
しかしそんなことフェイトちゃんが気付くわけもありません、首を傾げます。


「どうすれば、ともだちになれるの?」


優しい紅を見詰め返し、なのはちゃんはその言葉を口にします。


「名前を呼んで」


空を写したかのような綺麗な蒼に視線を捕らわれるフェイトちゃん。


「なのは。私はなのはだよ」


促され、おずおずと口を開き。


「なの、は」
「うん」
「なのは。・・・なのは」
「うんっ」


答えてくれることが嬉しくて、はにかんだフェイトちゃんはもう一度その名を呼びます。


「なのは」
「フェイトちゃん!」
「ぅわあ!」


いきなり抱きついてきたなのはちゃんに押し倒される形でお花畑に埋もれるフェイトちゃん。それをいつの間にか手を繋いでいたアリサちゃんとすずかちゃんが呆れ顔と微笑で見守っていました。


「あ、ちなみに私の最有力候補はアリサちゃんだよ」
「え゛!?」


こうして。
狼ちゃんたちをお持ち帰りしてきた赤ずきんちゃんたちは、今まで以上に平和で幸せな日々をすごしましたとさ。



余談として。
本来の目的であるお見舞いを思い出して何故か渋る白い狼ちゃんと快く了承した黒い狼ちゃんとともに赤ずきんちゃんたちが森の奥のお家に行って、ひと悶着あるのは別のお話。


inserted by FC2 system